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『 「黒白の宴に奏でる楽の夢」 』
夜神・潤7038

「結婚式?」
 14歳の少年は薄茶の瞳をまん丸に見開き、首を傾げる。
「そう。ほら、あんた手品とかやってるでしょ。それで友達が、披露宴でやって欲しいっていうのよ」
「えー、どうしよっかなぁ〜」
 母親からの頼みに、少年はわざとらしく迷い、薄茶色の短い髪をかきあげるが、心はすでに決まっているようだった。
 元々、幻術を使った手品は仕事で疲れた母親の心を和ませるために始めたことだ。
 その母がしてくれと頼むのを、断る理由などどこにもない。
「母さんの友達なら、下手なことできないな。任せて、一生の思い出になる結婚式にしてあげるからさ」
 愛嬌のある笑みを浮かべてVサインをする少年に、母親は「期待してるわよ、一流」と頭を撫でた。
「……ちぇ〜、子供扱いしてらぁ」
 少年、一流は悪態づくが、その表情は嬉しそうだった。
 自分のしていることを認め、任せてくれたことが嬉しくて。
 最高の結婚式にしてあげよう、いつも以上の夢を紡ぎだそうと、少年は心を弾ませるのだった。


「猫(マオ)」
 真っ黒な長袍(男性用チャイナ服)を着た男が、中国の死装束をまとった白い髪の少年に、一枚の紙切れを差し出した。
 そこには、中国語で依頼の内容と、呪殺相手の写真が貼り付けられてある。
「……我的工作(我の仕事か)?」
 金の瞳で見返す16歳ほどの少年に、男は首を振り。
「監督被要求(監視しろ)」
 とだけ答える。誰か、他のものの仕事なのだ。しかしそれだけでは心もとないということだろう。
「它被了解(わかった)」
 少年は、ため息を吐き出す代わりに、静かにつぶやく。
 本当は嫌だった。仕事としていくのもそうだが、失敗した場合は自分が代わり呪殺相手を殺し……それだけではなく、場合によっては失敗した仲間を殺す必要ある。
 猫鬼という、術者の扱う蠱毒の中では最高レベルの実力を持つ彼は、失敗しても殺される危険は少ないが、逆らい続けてばかりいるとそれも危うくなってくる。
 しかしほとんどの蠱毒たちが意志を持たず命令に従うのに比べ、彼には深く痛む心があった。
 囚われたまま、苦しみながらも。自らの命と願いのため、血に染まる道を歩むのだ。


 その披露宴は、華やかで盛大なものだった。
 花嫁が社長の一人娘だったせいもあり、会社のお偉方に親戚一同、その友人たち。おそらくは場を盛り上げるためのサクラも用意されていただろう。
「ねぇ、アレってもしかして……夜神 潤じゃない?」
「えぇ? まさか」
 手品が得意だという藤凪 一流という少年が紹介され、炎を出したり水を出したりなど、プロのマジシャン顔負けの迫力ある曲芸を披露し、注目を集める。
 そんな中、とあるテーブルからひそひそと声があがった。
「だって、何で芸能人がこんなところに?」
「さぁ。社長さんがお金でも積んだんじゃない?」
 整った顔立ちの黒髪、黒い瞳の青年アイドルの姿に女性たちは色めき立つ。
 ちらちらと自分に目を向けられていることに、気づいているのかいないのか。当の本人は涼しい顔で腕を組み、真っ直ぐに前を見ていた。 
「何故お前がここにいる」
 不意に足元から声が聞こえ、潤はぎょっとして下を向いた。
 音を立てないように椅子を引き、白いテーブルクロスにおおわれた机の下を覗き込む。
 そこには、金色の瞳をした一匹の白猫がいた。
 猫がホテルの中に入り込むなんて、というバカらしいことは言わない。それがただの猫ではないことくらい、彼にはわかっていた。そして、おそらくは自分の見知った相手だということさえ。
「――白(ハク)……か?」
 彼が知っているのは金色の瞳に白い髪をした16歳ほどの少年だったはずだが、その猫は声色も雰囲気もあまりに酷似していた。
 とん、と。
 白猫はテーブルクロスを頭に引っ掛けながらも潤の膝の上に飛び乗った。
「帰れ、潤。ここにいてはいけない」
 ひっそりとささやかれた、真剣な言葉。
 どうやら間違いなく本人らしい。
「無茶言うなよ、こっちにだって色々事情があるんだぜ。……けど聞き捨てならないな。ここにいちゃいけないって、何かあるのか?」
「――頼むから、邪魔はしないで欲しい。任務遂行を見届けるのが我の役目だ。妨害されれば、闘わなくてはならない」
 その任務というのは、何のことなのか。
 問いただそうとした瞬間、周囲にざわめきと悲鳴があがった。
 潤はバッと立ち上がり、そちらに顔を向ける。
 手品をしていた少年、一流が炎をまとった剣のようなものを手に対峙しているのは……先ほどまではいなかったはずの、巨大な鳥だった。灰色の鶴のような姿をしているが、それよりもずっと大きい。
 花嫁に襲いかかろうとしているのを、少年が必死に護っている。
「何だ、アレ……」
「羅刹鳥。墓場の陰の気によって発生する妖怪で、人を祟る。術者が拾って、飼いならしたものだ」
 転げ落ちる前に軽やかに床に着地した白猫は、テーブルクロスの下から顔を覗かせ小さくつぶやく。
「――もう一度言う。邪魔はするな」
 金色の瞳を光らせる白に、潤は花嫁の方を振り返った。
「あの鳥が失敗したら、どうなるんだ?」
「我が、ヤツを葬ることになる。勿論、花嫁もだ」
 うつむき、小さくつぶやく白の頭を、潤はぽん、と軽く叩いた。
「安心しろ。おまえにそんなこと、させないから」
 力強い言葉を受け、白は顔をあげて潤を見る。
 潤は颯爽と混乱する新郎新婦の席へと歩み寄っていく。そして、ふわりと飛び上がると羅刹鳥の頭部を勢いよく蹴りつける。
 鳥は吹き飛ばされ、強く壁に打ちつけられる。
 白は猫から少年の姿へと変化すると、勢いよくその場へ飛び出した。
 しかし潤は、床に転がる羅刹鳥に更なる攻撃を加えようとはしなかった。
 対峙する少年に何かをささやきかけ、一流はハッとしたように彼を見る。
 少年がうなずくと、踵を返してその場から離れる。
 白はわけがわからず、立ち尽くしていた。
 『安心しろ。おまえにそんなこと、させないから』と、潤は言った。一体、何をする気だ? 花嫁は、殺すしかない。潤が邪魔をするなら、闘わなくてはならない。何故なら……この状況を術者は他所で監視しているのだから。
 手を抜いたり、わざと失敗させるようなことがあれば白の命さえ危うくなるのだ。
 ――それを、潤はわかっていないのだろうか。


 白の心配をよそに、潤は比較的静かな部屋の隅に行くと、瞳を閉じて集中する。
羅刹鳥の放つ悪意。術者のものや、元々身に宿るもの以外の思念を探る。花嫁に向けられた黒い感情。それはどこから来ているのか。一体、誰のものなのか……。
 先ほどの蹴りと共に読み取った情報を、更に深く分析していく。
 ――いた。
 閉じていた目を開き、今度はその思念の発生場所を探る。会場から駆け出すような時間も余裕もないので、空間を捻じ曲げ、操作することで一時的にその場への道を開く。
 そこには、女がいた。
 純白の花嫁とは対照的に、喪服に身を包んだ女性。暗がりの部屋に蝋燭を灯し、化粧っけのないそばかすだらけの顔をしている。
「な……なに、何で……っ」
 いきなり現れた青年の姿に、女性は驚きと共に立ち上がり、後ずさる。
「お前だな。花嫁を呪ってたのは」
 潤の言葉に、さっと女性の顔が青ざめる。逃げ場を探すように、キョロキョロと周囲を窺った。
「依頼を取り消してくれないか」
「い……嫌よ。あの女、社長令嬢だからって彼に取り入って……たいして美人でもないくせに! 私の方が、ずっと彼のことが好きだったんだから。ずっと……っ」
 自分の身を守るかのようにぎゅっと両腕をつかみ、女性はヒステリックに怒鳴りたてる。
「好きな男の結婚式をぶち壊して、何が楽しいんだよ」
「彼だって、本当は嫌なのよ! でも社長の命令で仕方なく……そうよ、彼のためなの。あんな女と結婚したら、彼は不幸になるばかりだもの!」
 更に激しく叫ぶ女性に、潤は深くため息をつく。
「……命令なんかじゃない。金も権力も関係なく……アイツは本当に、彼女のことが好きなんだよ」
 それは本当に、偶然のことだった。
 結婚が決まって以来、花嫁が嫌がらせを受けているらしく心配だと、ぼやいているところを耳にした。その内容が、呪術めいたものだったため気になって結婚式にもぐりこんだというわけだ。
 男があまりにも真剣に、花嫁を想っていたものだから。
 潤の言葉に、女性は崩れ落ちるように座り込んだ。
 うっうっと、嗚咽を漏らす。
「依頼を、取り消すんだ。本当にあの男が好きだというなら」
 女性の肩をつかみ、真剣な表情で語りかける潤。
 彼女は、涙を浮かべたまま小さくうなずいた。
 

 潤が会場に戻ると、一流少年は網を使って羅刹鳥を捕らえていた。
 ――時間を稼げとは言ったけど、ふざけたような闘い方をするヤツだな。
 半ば呆れて、潤は思う。
 狙っているのかいないのか、おかげで観客たちはアトラクションの一つと思い、すっかり楽しんでいるようだった。必死なのは本人だけだ。
 不意に、羅刹鳥の動きが止まった。一流少年も観客たちも、ハッとするように静まり返る。
 中国の死装束姿をした白い髪の少年が静寂の中、怪鳥の元ヘと歩み寄る。
「――它是末端(終わりだ)。撤出了請求(依頼は撤回された)」
 中国語での語りかけに、鳥は不服そうに頭を振り……そして、一瞬にしてその姿を消した。
 ぱさりと、かかっていた網が床に落ちる。
 わぁっと、歓声と拍手があがる。
 少年はわけがわからないようで、立ち尽くしたまま白を見て、潤に目をやる。
 説明するのも面倒だと思い、潤は少年が観客たちの注目を浴びている隙に背を向ける。――もう、ここに居座る理由もない。
「潤」
 騒々しい会場から出て、不意にしんとした廊下で声をかけられ、振り返る。
「お前が、依頼を取り消させたのか?」
 潤は答えず、うなずきもしなかったが、それが事実であることは明白だった。
「……ありがとう。助かった」
 お前には助けられてばかりだな、と。白は引きつったような、不器用な笑みを浮かべる。
 潤はそれに、苦笑を返す。
 たいしたことはできてはいない。未だ、術者の元から彼を救い出す方法は見つからないのだから。だけど……。
 それでも少しでも、何かできることがあるのなら。
「このくらい、お安い御用だよ」
 軽く手を振って背を向ける潤に、白はもう一度、「ありがとう」と小さくつぶやくのだった。


 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:7038 / PC名:夜神・潤 / 性別:男性 / 年齢:200歳 / 職業:禁忌の子(人界での顔はアイドル)】

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■         ライター通信          ■
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 夜神 潤様

こんにちは、ライターの青谷 圭です。ジューンブライドノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回は猫 白星に味方し、その上で花嫁も白の仲間さえも死なない、とのことで白側にしてはハッピーエンドの流れにさせていただきました。
潤様には以前にも「黒雨の中で」のシナリオでお会いしているので、続編の体になりましたがいかがでしたでしょうか。

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PCゲームノベル・6月の花嫁 -
青谷圭 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月25日

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