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『僕と少女と夏の沼。 』
宇奈月・慎一郎2322)&碇・麗香(仕事)(NPCA005)



 みーんみんみん。
 しゅわしゅわしゅわ。
 耳障りな蝉たちの声は、夏の田舎の風物詩ともいえる。
 車の後部座席で窓から外の景色を眺めていた宇奈月慎一郎は、連なる山々や緑をただただ珍しそうに眺めた。
 貴重な夏休みを、友達が一人もいない田舎で過ごすことはあまり嬉しくない。
 遊ぶためのゲーム機一つないし、テレビ番組も微妙なものばかり。することもないので就寝時間も早くなり、朝も早くに起こされる。
 舗装されていない道を進む車は揺れ、慎一郎は車窓から見える、流れていく景色を目で追いかける。
 やがて車が右の道へ曲がった。その道の先にある、古い日本家屋。いかにも、と誰もが思うであろう木造の家だ。幼い慎一郎の目から見ればその家は十分にボロボロで、台風の一撃でぺしゃんこに潰れるか、吹っ飛ばされるのではないかと思えるほどだった。
 この家で母が過ごしたというのは、あまり信じられない。母親のイメージと、この家のイメージが一致しないせいだった。
 家の前の庭に車が停まる。
 後部座席のドアを開けて外に出ると、蝉の声が身体を打つような音量で響いた。太陽の照り付けが肌に少し痛い。
 母親が呼ぶ声に慎一郎は振り向いた。



 家に居てもすることがないので慎一郎は探検に出かけた。探検、とは言っても周りにあるのは森、山、川、畑、田んぼだ。
 何も見つけられなさそう。あまり変な期待は抱かないようにと慎一郎は田舎道を歩く。
 太陽の光を遮るためにと麦藁帽子を被らされたが、どうにも気に食わない。自分に似合っていないような気がする。
 あまり遠くに行かないように、と言われているが……。
(遠くって……どこまでが「遠く」なんでしょうか……)
 あまりに具体性に欠ける。
 家への帰り道さえ憶えていればいいのかもしれない。どうなんだろう。
 蝉のうるささ。太陽の照りつける光。慎一郎は道の真ん中に屈んだ。車が一台も通らないのでここに屈んでも構わないだろう。
(暑い……)
 こんなところに屈んだところで涼しくなるわけではない。慎一郎は視線を周りに向けた。どこか陰に入りたい。
(木……)
 少し歩いた先に木があるのが見え、慌てて立ち上がってそちらに向かう。
 転びそうになりながら駆けていくと、先客が居た。
「あ」
 小さく呟いて少し身を引いた慎一郎のほうを、少女はじっ、と見る。
 慎一郎より少し年上だろうか。目を細めている彼女はなんだか威圧的に腕組みしている。虫捕り網を木に立てかけ、虫カゴを網の下に置いていた。
 日陰に入れて欲しい……。けれど、口に出して言えない雰囲気だった。
 女の子らしいリボンのついた麦藁帽子。膝丈のシンプルなワンピース。可愛いとは思うが、ちょっと恐い。
 そんな少女は慎一郎をつま先から頭のてっぺんまで一通り見ると、うん、と頷いた。
「見かけない顔ね」
「は、はい」
 何が「はい」なんだろう? 咄嗟とはいえ、もっとマシな応え方をしたかった。
「いいわ。じゃああんたを子分にしてあげる!」
「…………」
 何がどうしてそうなるのか、慎一郎はわからない。少女とは初対面で、子分になる理由はないはずだ。
「なんで……子分?」
 首を微かに傾ける慎一郎の前で、少女は偉そうに胸を張った。
「あら。じゃあ陰に入れてあげないわよ」
「…………」
 脅し……?
(ええ?)
 困惑する慎一郎に、彼女は立てかけていた網と虫カゴを差し出した。
「ほら、持ちなさいよ!」
「え。ど、どうしてですか?」
「子分は荷物持ちって決まってるでしょ! それにあんた年下じゃない」
 そんなぁ、と少女を見ると、彼女は更に荷物を突きつけてくる。慎一郎は渋々それらを受け取った。
 少女は慎一郎を見て二度ほど頷く。満足そうだ。
「それじゃ行くわよ!」
「行くってどこにですか?」
「決まってるでしょ!」



 少女について道を歩き、山に入ることになった。母親の「遠くへ行かないように」という言葉を思い出したが、少女は聞き入れてくれそうにない。
(山……。虫を捕る……?)
 カブトムシを想像しながら後に続いていたが、少女は慎一郎のことなどお構いなしにどんどん奥へと進んでいく。
 山の中に続くこの小道を彼女はよく知っているようだ。頼もしい。
(でも、どこに行くつもりなんでしょうか……)
 どこに行くかは教えてくれなかった。
 山の中は蝉の音が大音量で響き、暑さが増すような気さえする。
 奥へと進む少女の背中を見失わないようにしながら、慎一郎は来た道を振り返った。一本道ではあるが、どことなく不安が残る。
「何してるの! 早くしなさい!」
 立ち止まって慎一郎を待っている少女の声に、慎一郎は慌てて走り出した。肩にかけた虫カゴがガチャガチャとうるさく鳴った。

「ここよ!」
 少女が自慢げに言い放った。慎一郎は汗を拭いながら顔をあげる。
 目の前に広がるのは沼だ。子供の目から見ればかなりの大きさだった。慎一郎の立つ場所より少しばかり低い位置に沼がある。
 少女は身軽な動きで先に降りると、濁った水を覗き込んだ。困惑している慎一郎を見もせずに手招きした。
「何してるの! 早く来なさい!」
「…………」
 慎一郎は恐る恐る沼に近づくために降りる。傾斜になった土を、足を滑らせないようにしながら進み、少女の横に辿り着いた。
 沼のほとりに立つ慎一郎は少女をうかがう。こんな沼で何をするのかさっぱりわからない。虫捕り網を持っているのだから、普通は木の幹にいるカブトムシやクワガタを捕まえるつもりかと思っていたのに。
「さあ、やるわよ」
「やるって……何をですか?」
 きょとんとする慎一郎の前で、彼女はフンと鼻で笑う。
「ヤゴを捕るのよ!」
「やご?」
 図鑑などで見たことがある。確か……。
 慎一郎がパッと顔を輝かせた。
「トンボの幼虫ですね!」
「そうよ」
「ここに居るんですか?」
「たぶんね。だから捕まえるの」
 嬉しそうな慎一郎に、少女もつられるように楽しそうに微笑む。
 少女の指示に従って慎一郎は虫捕り網を沼に入れる。そして沼の中を掻き回すように網を左右に大きく振った。水の抵抗と泥が編み目に引っかかる感触が手に伝わる。
「もっとしっかり腰に力を入れて、大きく網を使いなさいよ!」
「泥が網にかかって重いんです……!」
 両手で網を強く握り、水の中を掻き回す。
 力を入れていたのだが、さすがに手が辛い。荒い息を吐き出す慎一郎は突然の強い引きに驚く。
「! 何か強く引っ張って……」
「きっとヤゴよ!」
 たどたどしい手つきで網を引っ張りあげると、やはり細かい編み目に泥が詰まっていた。なんだかゴミのようなものもある。
 期待外れだった慎一郎は肩を落とすが、地面の上に置いた網の中を少女が手を突っ込んで探している。
「ちょっと水! 泥が邪魔よ!」
「はいっ」
 とはいえ、入れ物がない。慎一郎は辺りを見回していたが自分の肩にさがっているものに気づいた。虫捕りのカゴの蓋を開けて沼の中に入れ、水を掬う。我ながらいいアイデアだ。
 カゴを傾けて水を網の中に流し込むと、泥がなくなってくる。その代わり地面に水の染みが大きくできてしまった。
「あっ、ちょっと見て!」
 少女が慎一郎を制し、水を流すのをやめさせた。慎一郎はわくわくして少女を見る。
 もしかしてヤゴ発見!?
 トンボそのものを見ることはあるが、ヤゴはなかなか見れるものではない。緊張と興奮に喉を鳴らした慎一郎の前で、少女は喜びから怪訝そうな表情に変わった。
「……ヤゴ、じゃないわね。なにこれ」
 ヤゴではない?
(ザリガニでしょうか……)
 落胆する慎一郎は網の中を見遣った。
 確かに……図鑑で見たヤゴではない。ピンク色をしたヤゴはいないだろう。それに、背中に翼がついている。
「……新種のヤゴ、ってことはないですよね……」
「えー! 新種? そうは見えないけど。だってこれ、ちょっと気持ち悪いわよ!?」
 胴体にある手足がかさかさと動く。少女はその動きに身を少し退けた。
「きもちわるっ!」
「そうですか……? これが新種なら大発見ですよ」
 家に帰ったら図鑑で調べてみようと決めた慎一郎の目の前で、少女が網を掴んで沼に降ろす。
「こんなのいらないっ!」
「ええ〜っ!? ああー……勿体無い……」
 網を水の中で振り回し、引っ張りあげた。泥も、先ほどの妙な昆虫のようなものも、綺麗さっぱりなくなっていた。
「もう一度やり直し!」
「って、僕が?」
「当たり前でしょ! こういうのは男の仕事よ!」
 さっきの妙なものが引っかかるかと思って期待していたが、アレは慎一郎の前に二度と姿を現さなかった。
 夕方になるまで二人で沼の中を探してから家に帰った慎一郎は母親に叱られた。
 家まで送ってくれた少女はそれ以降見かけることはなかった。次の日も、その次の日も。
 持ってきた夏休みの宿題――絵日記を開いて書き込んでいた慎一郎は、縁側から庭を眺めた。
 まだ夏の暑さは続きそうだ――。



「……と、いう夏の思い出があるのです。ひと夏きりの友達って、美しい思い出になりますよね……」
 おでんの屋台で食事中の慎一郎は、横に座る碇麗香に自身の幼い頃を語ってみせた。
 麗香は「ふぅん」と小さく呟く。
「今ならそのヤゴ……というか、ピンクの昆虫? のようなものはミ=ゴだったのではないかと思うのですが……確かめようがないですね。大きさもかなり小型でしたし、本当にミ=ゴならもっと大きいはずですから。いや、突然変異かもしれないですけど」
「そういえば私も幼い頃、祖母の家がある田舎で遊んだ憶えがあるわね」
「そうなんですか?」
「ええ。ヤゴを捕ろうと私も奮闘したのよ? そうしたら気色悪い虫が捕れちゃって、あの時は驚いたわね。
 そうそう、そういえばあの時……たまたま見かけた男の子が親切に荷物を持ってくれたのよ。虫捕り網とカゴが邪魔だったから、すごく嬉しかったわね」
「へぇ……。優しい子ですね」
「でしょう? 私は次の日には自分の家に帰って、その子とはそれきりだったんだけど」
「…………なんだか似てますね、僕たちの思い出話」
「そうね」
 微笑む二人は、少し首を傾げた。
 似通っている……だけ、だろうか?
「ははは」
「ふふふ」
 まさか、ね。
 二人は顔を見合わせて笑った。いや――笑い続けたのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月09日

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