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『暖かな秋 』
露樹・故0604)&空狐・焔樹(3484)&(登場しない)

 秋という季節は非常に冷たい季節だ。暖かな色を纏った木々、世間一般に出回る服の数々も時期の流行によって様々だったが全てが暖色に彩られた世界になる。裏腹に過ぎ去っていく風は冷たく、肌を締め付けるようにして冷徹な季節はどの人間の肌にも触れてゆくだろう。
 だから、秋という季節は冷たいのだ。

(珍しい事もあるものですね)
 今、自分がどうなっているのかわからない。黒く塗りつぶされた世界、目を瞑っている事も睡眠をとっている状況だという事も十分承知だ。横になり、目覚める事の稀な夢という思考回路を漂うのはある種、露樹・故(つゆき・ゆえ)の趣味の一つなのかもしれない。
 奇術師の名を持ち華々しい世界に浸るのもまた故の趣味、そして長い眠りも同じ位置にあるのだから、故という存在自体、傍から見れば不思議極まりない人物像であろう。
(暖かいです、とても)
 満足げに頭だけを枕に甘えさせる。
 自らの頭髪の柔らかな感触と共に暖かな、少しだけ安心できる香りが息をすると同時に肺の中を満たし、更に睡眠という名の場所へ自分を攫わせていくような気がした。

 夢の中、通常そこはレム睡眠やノンレム睡眠というなんとも色気の無い解釈で人間の間では健康状態や精神状態のパロメータとして測られる事が多い。いや、殆どがその枠を出ない。
 その推論、論理の全てを否定するわけではないが、一つ、故人が枕元に立ったのならば少しばかり非科学的な事を考えてもいい程度に世界の理というものは成り立っていて、故の睡眠もまた身体を休めるという至極簡単な理由と思考するという複雑な事情が絡まりながら作られている。
 全てが思考しているわけではない、楽しいと思ったただそれだけの思い出を人が思い出す、その時が単に夢の中であったりする、という簡単な事だ。
(秋だというのに近頃は本当に暖かくて嬉しい限りです。 いや、そろそろスケジュールも詰まっている筈ですし…)
 本日夢の中で考える事は随分と心を弾ませてくれる。実際の所、故が睡眠を取り始めて一日という単位である筈はまず無かったが、それは自身がよく理解し、何よりスケジュールの事が頭に流れる事はもう起きなければいけないという事を示していた。奇術師、という職は随分と収入の上下する物ではあったが年末年始となると何かと入用とされる物なのである。

(そろそろ起きなくては…ふふ、勿体無いですね)

 暗い闇に輝く星空の中に居るような錯覚すら覚える故の夢の中。通常の人間ならばなんらかのストーリーにそって動いている夢という存在を、故は睡眠時間の長さからかこうしてまじまじと眺める事も出来る。勿論、普通に何かの物語を見る事もあるが多すぎる時間というものは恐ろしい物だ。
(ここは随分と心地良いのですが、そろそろ時間というのは)
 一人寝の時も、誰かが居た時もこんな風に寛げる事は少ない。長い睡眠時間のせいでもあったが精神的な作用もきっとあるのだろう。眠る少し前に見た風景が随分とおぼろげに、そして何よりあの青銀の女性の顔が目に浮かぶ。
(きっともう居ないでしょうね)
 自分はきっともう何日も眠っていただろうから、何より秋の冷たい風の中、女性の格好で居る筈がない、あの空狐・焔樹(くうこ・えんじゅ)。人間では無い、けれどどこか不思議な魅力の女性はまるで故と同じように気紛れな人でもあるから、今こうして残る暖かさは彼女が居た温もりの残りだろうと、どこか自嘲めいた感情を持って目を開く準備をする。
 まだ眠っていたい、瞼が重く、少しでも気を許せばまた睡魔に持っていかれそうになる意識を故は一つづつ浮上させながらその新緑の宝石を見せた。

「嗚呼…」

 いつもの自分らしくはない、それでも寝起きなのだから仕方が無い。
 篭ったような声を上げた故は意識を覚醒させ、その現実世界に自分ともう一人別の生き物が居ると頭の温もりだけで感じ取り、そして曇った視界で一つ一つを確認する。
 落ち葉が遠い向こうで小さな炎のように揺れ、眼下には廃虚にも似た古風な建物の床が、腐った木で出来あがった天井が。
「まだ膝枕をして下さっていたのですか?」
 ぽつりと、その言葉は自然と故の口から零れるようにして出た。
 まるで生まれてきたばかりの赤子のように、世界の一つ一つを確かめると一番側に居た、いや居る人物の青銀の髪が揺れるのを頬に触れる感触で口を開いたのだ。同時に自分の頭がその青銀を揺れさせる人間、女性の足元へ繋がっていると感じて。
「なんだ、私がこうしてだまってやっておったというのに」
 意地が悪いのか、それとも本心ではないのか少しばかり悪戯っ子のように微笑んだ女性――焔樹はいつの間にか手にしていた、古びた異国の言葉が書かれている書物を自らの顔の上へ上げて赤い唇を吊り上げさせる。
「なんなら振り落としてやっても良かったのだぞ?」
 本当にそう思っているか、もし彼女の心の中が見えたとしたら半分は絶対にこの言葉は真実であろう。
「いえ、美しい方に振り落とされるのも本望ですが、美しい方の膝の上を独占していた方が至福ですから」
 是非このままで居てください、そう言えば焔樹からはため息とも照れともつかぬ風が故の髪を撫でた。
「それでも…」
「なんだ?」
 口がいびつに曲がるのが故には分かった。苦虫を潰したような、いつもの自分の笑みではない笑み。
「いえ」
 付き合っていただいて有難う御座います。まるで嫌味ともとれるその一言が今の故の口から出る事は無かった。元々が口ばかり回るように出来ているのだ、嫌味ではなくとも礼は言おうと思っていた、けれど。
「案外気が長いのですね」
 これも憎まれ口だろうか、膝枕の上でそう口走る故はもしかしたら焔樹にとって酷く子供っぽい生き物にも見えるだろう。だが、何故か今日は、この日は、ただの言葉遊びすら出て来る事が無かった、難しかったのだ。
(珍しい…)
 一言で言うならばそれか。
 居なくなっていると夢の中で思っていた人物はそこに居て、何日眠っていようと故の眠りに付き合う女性は珍しいのである。
 数日、数ヶ月と眠り続ける癖のような物を持っている自分の時間に付き合える女性は今まで焔樹しか居なかったように思える程に、それだけ故の記憶や友好関係が華やかだったという事でもあったが、大抵の友人ないし女性は最初こそ寝顔を見る事で好奇心や探究心を満たしていくのに結局そうやって付き合っていけるのはせいぜい数時間、半日が良いところなのだ。
(だから、どうした…そんな事はないのですけれども)
 何も変わる筈がない、そうやって焔樹を上から見つめていれば一度少女のように膨らんだ彼女の頬が緩み緩やかなカーブを描く。
「まぁ長く生きていれば気が長くなるのも当然とも言うな。 …なんだ、そんな顔をして」
 気が長い、それは生きる長さと同じだと焔樹は性別を感じさせない声で言った。が、すぐに声を止めてしまう。そうやって少しばかり今まで読んでいただろう、くすんだ緑色の本を隅に置き、視線を彷徨わせ故の方へと向けてくる。
「長く生きて、ですか…ふふ」
 言葉にしてもいいのだろうか、長く生きたという事はある種年増だと言っているような物なのだから。
「――言いたい事はわかった…振り落としてくれるわ!」
「ああ、いえすみません。 思えば思うほど女性と意識してしまいますのでつい」
 一言一言で墓穴を掘っているような気がする。
 焔樹は焔樹で何かを口にする度に赤くなったし、故はそうやって言葉にしてみて初めて焔樹が人外という枠から外れ、女性であると意識するのだ。少女の顔も、年齢を気にするその仕草も、全ては女性だからこそできる事。
「何を言うか、私はただ…」
「ただ、何です?」
 言わんとしている事は故にもよく分かった。いや、ただ分かる気がするだけなのかもしれない。
 人間とは違う奇妙な時間の間隔、それは故にとっても焔樹にとっても同じことではあるが見ている限りでは空狐という地位、そして名の付く彼女は大人にしてまだどこか少女のような愛らしい一面が見え隠れするのだ。人よりは生きている、けれど年頃の女性でもある。
(どうしてこう、貴女は…)
 膝枕の上とそれをする人物、翡翠と黄金の視線が意味も無く交差する。もしこの交差に意味があるのだとすれば、それはとても重要な事になってしまうのだろう。心がその何かに蓋をしてしまうように過ぎた事を望まない。

「なんでもない」

 焔樹は素直ではない。ある種の素直さは備えているが、自分の前に居る彼女は素直な人ではないと故は思っている。
 気が強い、美しくて、何より遊びと称した何かを抱えた女性、それが焔樹だ。世界の範囲で言えば数多居る女性の中に彼女のような女性が全く居ないわけではない。けれど今こうして側に居る人がとても美しく輝いて見えた。
「何かあるのではないですか?」
 言いたい事が、伝えたい事が、焔樹から自分に。
 それはいつもの故と彼女の関係である。焔樹が主導権を握り、そして軽く自分が訂正していく。度が過ぎる子供の遊びを思わせる奇妙な距離。
 けれど、焔樹は一度だけいつものような不服そうな顔を見せ、何度見たかわからない肩を落とした、憑き物が取れたような微笑で微笑む。
「…こうして明るい時に顔を見る事などなかったからの」
「そう、ですか?」
「気付いておらなんだか」
 逢瀬という程の事ではないと今までじゃれ合う様に共にした時間はいつも、日の無い暗闇の中で、こうして明るい場所で一つ一つ焔樹の表情、ころころと転がる宝石のような笑顔は見た事が無かったかもしれない。いつも見る彼女の笑顔はどちらかと言えば。

「儚い炎…」
「…? なんの事だ?」
 呟いた言葉に目を丸くする焔樹は矢張り少女のようだ。
 暗闇、安寧を運ぶ筈の闇の中を照らし、そして消え行く儚い炎を伴ったいつもの焔樹は脆く、芯の強さよりも危うさが見えた。そんな彼女が美しいと、面白いと思って会っていた筈が今はどうだろう。
「なんでもありません」
 このまま、膝枕をしてくれている彼女の顔をずっと見ていたいと思ってしまう、以前との大きな違い。
「珍妙な奴だ…」
 今までもそうだったが、と付け加える焔樹の言葉に少しばかりの反感を覚える。今まではそうであったとして、今は何かが違うと。
「酷いですね。 いつも俺は真面目に生きているというのに」
 歯の浮いた台詞だと、口を滑らせて心の中で自嘲する。ただ、焔樹の中に『珍妙』ではない別の自分を見て欲しいと何かが動いているのだ。
 仕草の一つ、視線の一つ故は彼女から目が離せないというのに、ため息をついて横を向いてしまう焔樹の視線の先が気になって仕方が無い。

「ふん、どうせまた二の句は美しいだのなんだのと言うのであろう?」
「嬉しくありませんか?」
 女性なのだから嬉しくない筈は無い。だが今の故は一つだけ、美しいとは言わずに改めて焔樹に訪ねてしまった。
 途端に険しくなり、中身の無い笑いを作る彼女の瞳、唇。
「悪い気はせんが、使い古された言葉は聞き飽きてしまったからの」
 自信に裏づけされる容姿を、心を焔樹は持っている。当たり前だ、でも言い続けてきた彼女への賛美が今更変わる筈が無い。
「どう思われても美しい人と俺は思いますよ」
 また不機嫌になる焔樹の顔、同時に彷徨う視線。一つ一つを確かめながら、故は何かが色付き始めた心と共にもう一度口にした。
「少し先の予定など気にせずに、もう一度お付き合い願いましょうか? 美しい人」

 秋の風は肌に冷たく、目に写る景色だけが鮮やかな暖かさを持っている。
 けれど闇の中でも故はもう一度暖かさを得ることが出来るだろう、ため息交じりの焔樹がまた本の一ページを捲くる、その肌に触れながら。




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東京怪談
2006年11月09日

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