▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『やくそく。 』
火宮・翔子3974)&ブラッディ・ドッグ(6127)&(登場しない)

 殺人常習犯になる、何を仕出かすかわからない狂気の請負人こと『ブラッディ・ドッグ』と呼ばれる女。
 そんな彼女を何とか止めようとしている、生真面目で正義感溢れるハンターこと、火宮翔子。

 …決して相容れる事は無さそうな二人だが、何も知らずに今日この場で二人を見掛けた者は、そんな感想は持たなかったかもしれない。
 むしろ、仲良くさえ見えた可能性がある。

 何故ならこの場は。
 特に血の臭いがする事もない平穏な昼間のショッピング街であり。
 更に言うなら二人は戦う為に対峙していた訳ではなく、連れ立って腕を組んで歩いてさえいたのだから。



 事の起こりはいつものように仕事をこなそうとし――実際にその仕事こと殺人依頼を完遂したブラッディ・ドッグと、それを止める為に来――止められなかった翔子が辛そうに歯噛みをし対峙しているところから。
 またもブラッディ・ドッグの凶行を食い止められなかった翔子だが、それでも諦める事はない。見て知ってしまった以上、止めなければならない。このブラッディ・ドッグと言う彼女を――数多の一般人を平気で手に掛けるこの彼女を。
 対峙しているブラッディ・ドッグが面白がっているような目で翔子を見る。まるで楽しいおもちゃを見付けた子供の目。天秤に掛けたなら一応は好意に傾くだろう視線とは言え、そんな見下した意味だともすぐにわかったが――翔子はそれでも、自分を見たその時に訴えるだけ訴える。…いい加減に止めなさいと、その身体の事は同情に値するけれど、それでそんな事を続けていても何もならない、自棄になっても何も報われる訳じゃない、何も生み出さない、と。…いつか言葉でか行動でか、何らかの形で話が通じる――止める事が出来ると信じ。

 そうは言ってもブラッディ・ドッグのいつもの気が触れている言動からして、今すぐ、自分の言葉にまともに反応してくれるとは…初めから思っていなかった。
 だが。
 意外な事に、その時はまともな反応が返って来た。…取ろうと思えばそんなまともな態度も取れるらしい。だったら常にそうしていればいいのに。思っても聞き入れる訳も無いか。
 ともあれそんな訳で、その時のブラッディ・ドッグ、曰く。
 暫くだけなら大人しくしててもいいよ? と翔子に告げて来た。
 …但し。
 翔子さんが条件飲んでくれるなら、とも続けて。
 …それもまた、狂犬と呼ばれるこの女の気まぐれだろう。
 思っても、わかっていても、今ここで彼女を止める数少ないチャンスの一つが与えられたと言う事も確かで。
 翔子はその話を信じ、確り本気で聞く事にした。
 条件とやらも、自分で可能な限りは聞き入れてやろうと覚悟した。
 そして出された、その条件は。

 ――…『俺と買い物に付き合ってくれるなら、暫く大人しくする』。



 …とまぁ、そんな訳なのである。
 もっととんでもない条件を提示されると覚悟していた翔子にしてみれば、予想外に平凡で平和な――平和過ぎる条件だった事に安堵し――と言うか拍子抜けし――勿論即受け入れた。それを聞くなりブラッディ・ドッグはやけに嬉しそうに日取りをセッティング、こうして約束の日こと本日、二人のショッピングが始まった訳である。
 が。
 …ブラッディ・ドッグの行動が何だかおかしい。
 それは彼女の行動は元々読めないところがある。だが、だからと言って――幾ら何でも翔子さん翔子さん、とやたら上機嫌でぺたぺたくっ付いて来るとは思わない。
 それは彼女が無差別に危険な行動を起こそうとしない事は良いのだが、翔子にしてみれば彼女の凶行を止める為と言う使命感故の本日のお付き合いであり、当然ながら狂犬な彼女とプライベートでショッピングしたいなどとは露程も思っていない為――つまりは元々乗り気では無い為――そんな様子にはどっと疲れもする訳で。

 翔子の腕に絡み付き腕を組む形で嬉しそうにくっ付いているブラッディ・ドッグ。
 うんざりと頭を抱えながらも、翔子としては今彼女を無碍に突き放す訳には行かないのも確かで。今そんな事をしたらそれこそ彼女は何をするかわからない。それに今の通りなら、被害は私にしか来ないで済んでいる――それに被害と言ってもまぁ、傷付けられたり殺され掛けたり、と言う意味での被害ではない訳だから被害と数えなくても済む気さえするし。
 ただ私の心の問題だけで。…これなら、私が鬱陶しく思うだけで済んでいる訳なのだから。
 私の知る彼女から考えれば――今のブラッディ・ドッグは信じられないくらい、大人しいと言える。
 それでも、ぺたぺたくっ付いて来るのにはやっぱり閉口。
 いったい何故彼女はこんな態度なんだろうか。もし直に問うてもまともな答えは返るまいとは思いつつ、それでも翔子は内心、その理由は何なのかぐるぐる考えてしまう。

 欲しい洋服があるんだよねぇ、似合うかどーか見てもらいたいなぁ、といつものへらっとしただらしない笑顔を向けつつ、ブラッディ・ドッグは翔子の腕を引きつつ目的らしいショップへと先導。ただ、いつもの笑顔とは言っても――今日ここで翔子に向けているその笑い方には、いつも対峙している時のような険は無い。軽い足取り、嬉々とした態度。それでいて翔子の腕は――半機械の身体ならではの膂力で確りホールド、離さない。
 翔子にしてみれば他ならないブラッディ・ドッグの口から欲しい洋服がある、との言が出た事には少々意外さも感じたが、よくよく考えれば彼女のファッションセンスは特におかしい訳でも無い。…それは顔半分を覆ってしまう程大きな、サイズの合わないサングラス以外は、と注釈が必要だろうが。ならば用事さえあるなら普通に買い物にも出て来れると言う事なのだろう。…意外過ぎるくらい意外だが。
 …と、そんな益体も無い事を考えながらも、ブラッディ・ドッグに腕を引かれるまま翔子は大人しく付いて行っている。
 その最中、不意に、ねぇねぇ、おねえさん、と軽薄そうな声が後ろから掛けられた。記憶には無い声。だがそれでも自分に何か用事がある可能性は皆無とは言えない訳で、翔子はふと足を止める。立ち止まった翔子にきょとんとした顔を向けてくるブラッディ・ドッグ。そんな彼女をちょっと待ってと引き止めつつ、翔子は声の主を探す為振り返る。…そこに居たのは男性三人。翔子が振り返ったと見るなり、男たちの内一人の片手が挨拶でもするよう軽く上げられる。
 翔子は彼らの顔形容姿を見、やっぱり記憶には無い相手と確認。ならば何かこちらで物でも落としたのを拾ってくれたか、はたまた何かこちらが失念していた問題でも指摘してくれるのか。…いや、それ程善意を信じられるような相手では、なさそうか。人相風体からしても、見知らぬ相手へのやけに愛想の良い、気安い、大した意味の感じられない態度からしても――用件の内容は簡単に想像が付く。
 …さて。
 そうと知れれば。
 翔子は即座にそこまで分析すると――ナンパ目的と思しきその男たちを適当にあしらうべく、急いでいるので云々とやんわり断り始めた。…実際急いでいる訳ではないが、この種の手合いとなるべくお近付きになりたくないのは心の底からの本心だ。
 が、そんな翔子の思いも空しく、幾ら言っても効果無し。振り返り断りの声を掛けるだけであっても、一度反応してしまったが最後、男たちはしつこく食い下がって来る。
 …火宮翔子、腕っ節はともかく口の方に限っては百戦錬磨のナンパ男に比べると…どうも心許無いらしい。
 ブラッディ・ドッグは暫く翔子と男たちのそんな様子をじーっと窺っている。そのまま時が経つにつれ、ずり下がったサングラスの向こうの目がだんだん据わって来ていたのは気のせいか。
 常に狂躁気味で普通なブラッディ・ドッグが押し黙ると――それは常から危険な人物は人物なのだが――逆に普段『以上』に得体が知れないモノを醸し出す。
 …ねぇねぇそんな事言わないで一緒に遊びに行こうよ、女の子だけじゃつまらないでしょ。ねぇ? 翔子を取り巻きつつ、気安く同意を求めるようにブラッディ・ドッグにも振る男たち。
 ぷちりと何かが切れた音がした、気がした。…多分切れたのは『殺し損ねたお気に入り』との『約束』故に今回わざわざ御丁寧に作り上げた(元々は持っていなかっただろう)誰かさんの堪忍袋の緒。
 ブラッディ・ドッグはちらりと翔子を見てから男たちに視線を流し、ぼそり。
「…翔子さーん…こいつら殺すよ?」
「うっは。怖い事言うね」
 と、口では言いながらも男たちの表情は緩んでいる。その上に…いいねー、殺されたいかも、などと軽口を叩く輩まで居り。
 翔子は瞬間的に青褪めた。
 男たちは当然ながら、本気とは思っていない。
 そして肝心のブラッディ・ドッグの方は――冗談どころで無く即決有言実行し兼ねない訳で。それは翔子が買い物に付き合えば大人しくしていると約束したとは言え。
 ブラッディ・ドッグのその声を聞き目を見た途端、翔子は慌てて彼女の手を引きその場を離れる。残された男たちは突然の事に唖然としていたか声も無い。少し経ってから舌打ちや悪態も聞こえた気がしたが…翔子にしてみればそれももうどうでも良い。彼ら一般人に被害が無ければそれで。
「ちょっ…翔子さん何」
「黙って付いて来て!」
「…いやそりゃイーけどさ。翔子さんが手引いてくれてる事だし☆」
「莫迦な事言ってないでこっち!」
 と、翔子がブラッディ・ドッグを連れて来たのは、やや人通りの少ない路地。
 ブラッディ・ドッグは何だろ何だろと興味津々で翔子の発言を聞こうと大人しくなる。
 が。
 罪も無い人を殺しては駄目、あんなところで暴れては駄目。約束だった筈よ大人しくすると。そんな風に宥められ――と言うより真剣な顔で言い聞かされ諭されて。
 少し、む、とした。
「…今日は俺に付き合ってくれるっつったよね?」
「ええ。だから今こうして一緒にショッピング街まで繰り出して来てるんでしょ」
「今罪も無いっつったけどさぁ…あいつらの場合はさ、俺と翔子さんとの時間を邪魔した罪は重いだろ?」
「…だからって殺すなんて極端過ぎる…!」
「翔子さん」
「…ねぇブラッディ・ドッグ、お願いだから、大人しくしてて」
 せめて一般人には手を出さないでいて欲しいの。
「…翔子さん、何でそんなにあいつらの肩持つんだよ」
「え? そ、そんな事な…」
「うるさいうるさいうるさいッ、翔子さんは俺とあいつらどっちが大事なんだよっ!!!」
 駄々を捏ねるように叫ぶ声。
 ぎゅ、と握られたブラッディ・ドッグの拳。

 …そこにばちりと不吉な電光が迸る。



 翔子さん。翔子さん。
 俺に付き合ってくれるって言ったのに、何で。
 邪魔なら殺しちゃえば良いのに。何の罪も無いなんて嘘。俺たちの大事な時間を邪魔した大罪人。俺的裁判では速攻死刑。翔子さんだって困ってるみたいだったし。でもでも大人しくしてろって約束だからじーっと我慢してたんだよ? なのに――どうして翔子さんはそんな俺じゃなくあいつらの肩を持つんだよ!?
 翔子さんの身体がくるりと転がり受け身を取りつつ避けている。放電した電流が、スパークが当たらない。それでこそ翔子さんらしい身のこなし。起き上がると俺を、きっ、と本気で睨んで来る。俺はその目がダァイ好き。キレイな青色、幾ら抱いてもその手で実行に移せない殺意にはくらくらしちゃうから。
 視界の中で電光パチパチ弾ける色はキレイ。そんな中、必死で抵抗する無手での姿もキレイ。…大事なおもちゃの翔子さん。鋭く速い動きではあっても、それはあくまで人の範疇で。基礎の部分がもう違う。半人半機械の身体な俺と比較しちゃ当然。その上、今日は炎符や暗器すらも持ってないらしい。…それは今日の買い物はブラッディ・ドッグを信用して付き合うと決めた故か。丸腰。
 …翔子さん、ホントに俺の事信用してくれてたのかなぁ? そう思うとちょっと嬉しい。嬉しいとキレイなモノがもっと見たくなる。そうすればもっと嬉しくなるから。もっと電気。血の色。朱の色。翔子さん。

 ざっと翔子さんの髪が揺らめく。取りたくは無かった最後の手段。そう言いたげな決意が翔子さんの瞳の中に見えた。ぞっとするくらい凄くキレイな目。もっと見てたい。俺だけのモノにしたい。…翔子さんの瞳にそんな決意の色が見えたその途端、その長い髪と青い瞳の両方が同じ緋に染まり掛けるが――すぐ、元の色に戻る。

 特に何も、起きなかった。



 …それから、少し後。

 身体中傷だらけで襤褸切れみたいな人間の女がすぐ側で倒れてた。
 その服に、見覚えがある。
 背格好にも。
 長い髪にも。
 その、顔にも。
 …キレイな目は今は瞼の向こう側。

 あ…やっちゃった。
 約束したのに。

 …俺の大事な翔子さん。



 …自分の居る場所が何処だかわからなかった。
 それが、目が覚めた時の翔子が初めに思った事。そして意識がはっきりするにつれ、自分がどうして眠って――意識を失っていたのか、少しずつ思い出す。ブラッディ・ドッグとの約束。ナンパをして来た男たち。不穏当な事を言い出したブラッディ・ドッグ。宥めようと試みた時、自分よりあいつらを取るのかと自分に攻撃して来た事。…あの行為は殆ど八つ当たりであるようだった。
 何とかその攻撃に対抗し、その時出来る限りの術を使って応戦したが――結果は、これか。
 思いながら翔子は自分の居場所を改めて確認する。見知らぬ屋敷の一室らしい場所。大きなベッドに寝かされているらしい。ベッド脇には肩を落としてしょげているらしいブラッディ・ドッグが座っている。
「…ここは」
「あ…翔子さん」
 叱られた子供のようなおどおどした態度で、ブラッディ・ドッグは力無くそれだけぽつり。
 そのしおらしい様子に少し驚きつつも、翔子は何の気無くベッドから身体を起こそうとする。するが――そう思い動こうとした時点で、全身に激痛が走った。思わず呻くと、はっ、としたブラッディ・ドッグが慌てて翔子の動きを押さえベッドに寝かせ直した。…絶対安静だから。そう告げられ、自分の身体のあちこちにある違和感の正体に気付く。…動いた時の激痛の正体まではまだわかる。だが…包帯が巻かれ確りと手当てされていると言うのは考えていなかった。…誰が? それはこの状況では素直に考える限り一人しか思い当たらないが…それでも。
 ――…あの、ブラッディ・ドッグが?

「…貴方が?」
「…約束、破っちゃった」
「…」
「…許してくんないよね」
「…。…ああ、そっか…」
「…だよね」
 怒ってるよね。翔子さんその為に俺と付き合ってくれたんだもんね。…その代わりに俺は暴れないって約束したのに。
「…っ、そうじゃなくて、貴方…」
 それで、そんな態度で居る訳、なの?
 約束を破ったから、その罪悪感で? …他ならない貴方が?
「…。…怒って、ねぇの?」
「それは…」
 実際傷付けられたりした以上、幾ら何でも何も思わない訳には行かない。
 …とは言え、今日の場合――誰も殺していない上に傷付けてしまった当の翔子を確り手当てさえし、反省しているような気落ちした様子でその傍らに居るとなれば――むしろ毒気は抜かれるもので。
 いや、ブラッディ・ドッグと言う女性の狂気を知る身にすれば、信じられないくらいの大した進歩だと思える。
 ここまでしているようなら、気まぐれでも何でも、本気で翔子との約束を果たそうとしていたのだともわかる。
 ならば。
「…全然怒ってない訳じゃないけど。…でもね、今日の場合は」
 突発的なトラブルだったから。
 一応、貴方なりにそれなりに我慢してた事は確かみたいだし。
 これからは暴れないって、約束して。
 今日の事はカウントに入れないでおくから、今後は絶対に約束を破らないように。
「…って、翔子さん」
「約束してくれるなら、許してあげる」
 と。
 仕方なさそうにそう微笑って見せる翔子に、がばりとブラッディ・ドッグが抱き付いていた。心底嬉しそうに翔子に擦り寄り、するする約束するっ、と何度も言いつつ嬉々として翔子の名も呼んでいる。
 犬は犬でも飼主に懐きまくる犬の如き喜びように面食らう翔子。当然速攻で引き剥がす事を考え実行もする――しようとするが元々抵抗の難しい力関係の上に、怪我のせいで更に満足に抵抗できない。…思うように動けないのと痛いのと両方で。儚い抵抗を続け暫くもがいてはみるが結局意味は無い。どう足掻いてもブラッディ・ドッグのなすがまま。ぎゅー。
 …困った。
 けれどまぁ、今のブラッディ・ドッグに悪意は無い訳ではあるし。
 他の事はともあれ、今日のこの約束なら、彼女も本当に守ってくれそうだし。
 そこまで建前を置いてから、翔子は自分に抱き付くブラッディ・ドッグに抵抗するのを諦め身体の力を抜いた。

 …まぁ、今回は大目に見る事にしよう。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.