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『世界はそれほど怖くは無いから 』
藤井・雄一郎2072

□Opening
【ホワイトデーのプレゼントに花束はいかがですか?】
 店内のポップを見て、木曽原シュウは溜息をついた。もうすぐホワイトデー。花屋『Flower shop K』では、ホワイトデー戦線に向け、花束のお返しを前面に打ち出していた。
 ……。
 のだが。
『いやよぅ、嫌、嫌』
 主力商品である薔薇の花が、頑なにそのツボミを閉ざしているのだ。
 木曽原に、花の声がかすかに届く。
『だって、怖いもん、大声で売られて暗い箱に詰められて』
『そうよぅ、怖い』
『きっと、もっと怖い事も有るんだもん』
 それは、市場でのセリの事だ。この時期の薔薇は、どの花屋も欲しい。売る方だって必死だ。多少の怒号は飛び交うし、落札したら即箱に詰めて輸送だ。
 しかし、その様子に、薔薇達は驚きすくみ上がってしまった模様。結果、全く咲く気配が無い。これでは、売り物にならないのだ。
――そんな事は無い。
――この薔薇達は、これから恋人達の幸せな時間に同席できるのだから。
 木曽原は思う。
 けれども、それを上手く言葉には出来なかった。彼は、人より少しばかり口下手だ。
 しかし、もうすぐ、花束を求めて客も来店するだろう。
 どうにかして、この花達に、世界はそんなに怖くは無いと伝えなければ……。

□01
 藤井・雄一郎は、たまたま見かけた花屋に足を踏み入れた。それは、フラワーショップの店長としての敵状視察……と言うわけでは、勿論、無い。植物が好きなのだ。
 この花屋では、どんな植物が展示されているのか。
 興味深く、店内をぐるりと見まわした。
 狭い店内だが、壁側には綺麗にラッピングされた鉢植えがきちんと並べられている。
 入り口近くの透明なディスプレイ用の冷蔵庫には、色とりどりの生花が並べられていた。
「……、?」
 と。
 店の奥、カウンター近くに店員らしき人影を見つけ、そして不思議に思う。
 自分と同じような、がっしりした姿形の男が、フラワーショップのエプロンを身につけ、そして、困ったようにうなだれているのだ。
 一体何があったのか?
 雄一郎は、好奇心の向くがまま、店員に近づいた。

□02
『……怖い』
『怖いよぅ』
 その店員の足元、まだ店に展示する前の状態で、バケツに束で放り込まれている薔薇達。
 雄一郎の耳に、それらの声が聞こえてきた。
「申し訳無い……、この薔薇達はまだ売り物では……」
 薔薇達を覗き込む雄一郎に、店員――木曽原シュウは静かに首を横に振った。
「いや、そうじゃなくてな、こいつら何があった?」
 もう一歩、薔薇達へ近づく。
 間違い無い、その不安そうな声は、薔薇達のものだ。
「ううむ、花達が怖がっているな」
 雄一郎は、腕組みをし、それから木曽原を見た。
 木曽原は、それが分かる相手だと、ようやく理解する。
「いや、仕入れの時に、セリにかけられたり乱暴に箱詰めにされたのが怖かったらしい」
 木曽原にとっては、それは驚きだった。
 花の仕入れとはそう言うモノだと思っていたからだ。
『大きな声でね、売られて』
『怖かった』
 けれど、薔薇達の主張は変わらない。
 事情を聞いた雄一郎は、一つ大きく頷いた。
「確かに見えない場所で売り買いされ、売られていくのは恐いかもしれん」
『そうだよぅ』
『怖いんだよぅ』
 雄一郎は、薔薇達の意見を肯定した。
 すると、薔薇達も、だから、そうだと、次々に主張を繰り返す。
「なるほど、それで、皆怯えてるわけか」
 雄一郎は、あくまでゆったりと花達との会話を続けた。
『怖いもん』
『そうよぅ、だから、もう、嫌』
 薔薇達は、やはり、その主張。
 つぼみは、頑なに閉ざされたままだった。
「そこまではっきりされると、逆にすがすがしいな、おい」
 しかし、雄一郎は、決して悲観する事は無い。むしろ、組んだ腕を緩め笑った。
 そこまで頑なな薔薇達が、何だか可愛い。
『……ぶぅ』
『すがすがしい?』
『えー』
 その雄一郎に対し、薔薇達の反応がついに変った。
 笑われたと頬を膨らますもの、言葉の意味を求めるもの、困惑するもの。
 その反応に満足する。
 決して、頑ななだけでは無い。この花達は、きっと大丈夫だ。そう確信し、改めて、雄一郎は木曽原に向き合った。
「もし良かったら、うちのフラワーショップでこの薔薇達を預かっても良いだろうか?」
 それは、突然の申し出だった。
 木曽原は驚き、考えた。
 まず、雄一郎が同業者だと言う事。しかし、『Flower shop K』の自分では、この薔薇達はきっと咲かせる事ができないだろうと言う事。
 今、薔薇達の雰囲気は和んでいるようだ。
 そして、それを行ったのは、他でもなく雄一郎その人だった。
「……、要らぬ葉と棘の処理はしてある」
 木曽原は、そう言って、雄一郎の話に耳を傾けた薔薇を選び、丁寧に包んだ。
 花達を頼む――、木曽原のそんな思いを感じ取ったか。
 雄一郎はしっかりと頷き、包まれた薔薇を優しく抱き寄せた。

□03
「他の花達もいるから話もできるだろう」
『できるかな?』
『大丈夫かな?』
「ああ、ほら、見てみな」
 雄一郎は、自分のフラワーショップに帰りつき、まずはじめに薔薇達を綺麗な花瓶に移しかえた。それから、ショップ全体が見渡せるよう、レジのすぐ側に薔薇達を運んだのだ。
 見渡す限りの、綺麗に花咲く花達。
 温かな雰囲気は、新しい仲間の薔薇達を歓迎しているようだった。
 ざわざわざわ、と。
 薔薇達は、その雰囲気を感じ取る。
「さぁウチも開店だ、見てみな、お客さんは、ああやって花を選ぶんだぜ」
 雄一郎は、薔薇達にそっと呟き、店内に入ってきた客に笑顔を向けた。

□Ending
「赤い花なんて、恥ずかしいかしら?」
「けれど、この花の赤は、気品溢れている、素敵な花束になると思いますよ」
 店内の花を見渡す客に、さりげなく花を勧める雄一郎。
『あの人、花は恥ずかしいって言ってるよ!』
『でも、顔は笑ってるね』
『うん、笑ってる』
 その様子を、薔薇達は、楽しげに見ていた。
 客の笑顔に引き込まれ、いつしか恐怖など忘れてしまったよう。
「では、これで花束をお作りしますので」
「ええ、お願いします」
 ようやく、客の花選びが終わったようだ。
 すぐに雄一郎は花束を作る作業に移る。
『ねぇねぇ、あの人、花束見てるよ!』
『うん、見てるね』
 花束を注文した客は、じっと興味深そうに、雄一郎の作業を眺めていた。
 それは、大切な宝物を見守るような目だ。
 花束用の花達は、それが誇りだと言う風に、束になっても尚輝く。
『……、いいなぁ』
 一輪、薔薇がポツリと呟いた。
 その声は、誰に聞こえたのか?
 小さな囁きだった。
「出来ました」
「わぁ、有難う!」
 出来あがった花束を手渡され、客は笑顔でそれを抱きしめた。
「ありがとうございましたー」
 客を見送る雄一郎も、満足そうだ。
「客さんはな、皆いい顔をしているぞ」
 そうして、また店内には雄一郎と花達。
『うん!』
『そうだね! 素敵だね!』
 他の花達に後押しされるように、花瓶に飾られた薔薇達もようやく明るい声ではっきりと話し出す。
「お前達もああやってもらわれていくんだぞ?」
 雄一郎はにっかと笑った。
 その隣で、薔薇達は、そっとつぼみをほころばせた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

【 2072 / 藤井・雄一郎 / 男 / 48 / フラワーショップ店長 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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□藤井・雄一郎様
 はじめまして、ノベルへのご参加ありがとうございました。ライターのかぎです。
 この度は、恐怖に駆られた薔薇達を、優しく受け取って頂きましてありがとうございます。藤井様の優しさを表現できたらと思いながら描写させて頂きました。
 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
ホワイトデー・恋人達の物語2006 -
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東京怪談
2006年03月03日

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