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『光のどけき春の日に 』
真名神・慶悟0389)&夕乃瀬・慧那(2521)&観巫和・あげは(2129)

 昔々、うらうらと陽光の長閑な春の日にどうしてこう心慌ただしく花が散るのだろうと言った意味の和歌が詠まれた頃は、本当にはらはらと涙のように、吐息のように小さな薄紅の花びらが散っていたのだろう。その様は歌に詠むほどに美しく、心を乱したに違いない。けれど現代、花見と称して集まる人々の中に一体何人、心から花を愛でている者がいるだろうか。
 そんな事を考えながら、真名神慶悟は満開の桜に囲まれた公園内を歩いていた。約束は午後1時、池の畔の東屋の前で。
 桜祭りに慶悟を誘ったのは、弟子の夕乃瀬慧那。知人の観巫和あげはも誘ったと言っていたから、慶悟の周囲は花だらけと言うことになる。心配した天気は幸いにも晴天、春の花曇りと呼ばれる空ではなく、水色の澄み渡った空。見上げると、桜のピンクと重なって綺麗だ。
 花見と言えばつい花見酒……と飲むことを考えてしまうが、たまには純粋に、この時期だけの彩を目に焼き付けるのも悪くはない。そこかしこに陣取った花見客は弁当やバーベキューを囲んでビールや日本酒を呷っているが、慶悟は手ぶらで、尚かつ素面だ。
「場所取りくらいはしておいた方が良かったか……」
 どこもかしこも人で溢れている。花見弁当ならぬ花見菓子とお茶はあげはが用意すると言っていたのだから、せめてそれくらいは役に立てば良かった。この分では立って花見となりかねない。
 時折、一緒にどうかと声を掛けてくる見知らぬ女性に遠慮の手を振りながらそんな事を考えていると、前方に大きく手を振る弟子の姿が見えた。
「ここでーす!」
 普段なら周囲の注目を浴びるであろう慧那の元気な呼び声も、公園内にあってはざわめきとカラオケの音で掻き消されてしまう。手を挙げて返事をすると、慧那の隣にはあげはが立っている。長い黒髪と、物静かな様子が桜と良く合い、花見に来たぞと言う気がしてきた。
 二人に挨拶を返しながら時計を見る。10分程前に着くつもりで家を出たが、ぴったり1時。どうやら思いのほか桜に気を取られていたらしい。
「ちゃんと場所取ってありますよ。行きましょう」
 慧那に促されて歩き出す。案内された場所は大きく枝を張った桜の真下。
「いい場所だ……、よく取れたな」
 持つべきは優秀な(?)弟子である。素直に感心すると、慧那はえへへと小さく笑った。
「昨日の晩から式神に陣取らせてました〜」
「何て遣い方をしてるんだ」
 と言いつつ、青いレジャーシートの上に靴を脱いで上がる。隅にはあげはが持参したらしい大きな風呂敷包みとバッグがあった。
「式神さんって、お菓子は食べられないかしら……?3人なのに、沢山作って来てしまったの」
 おはぎに団子に水羊羹。三段の重箱にぎっしり詰まっているのだと言う。
「口直しに塩昆布も持って来てあるのよ。お茶は普通の玉露だけれど……、お抹茶ならもっと風流だったわね。はい、どうぞ」
 水筒から注いだお茶を慶悟に渡し、あげははそっと空を見上げた。
 うららかと表現するのが相応しい陽気。
慶悟と会うと言えば、偶然にも関わる事になる奇妙な事件の中か、時折、客として店にやって来る僅かな時間だ。時にはこんなのんびりとした中で、ゆっくり話しをするのも良いとあげはは思う。お酒をかなり嗜むと言う慶悟には、甘い物ばかりで退屈かも知れないが。
「う〜ん、どうでしょう。食べられるのかなぁ……」
 あげはの問いに真剣に考えつつ、慧那は取り出した紙の式神を見る。
 この式神が何か食べた場合、その食べた物は何処に吸収されるのだろうか……。師匠の番傘を被った式神ならば物を食べても不自然な気はしないが……。
 弟子が真剣に考え込む様子に、口を出そうとして辞めて、慶悟は取り出した煙草も懐に仕舞う。禁煙を考えた訳ではなく、女性二人に遠慮した訳でもなく、折角の桜と空を、僅かなりとも煙で隠してしまうのが勿体ないような気がした。
「試してみようかなぁ、でも、お腹壊しちゃったりしたら困るし……」
 慧那がまだ真剣に手の中の式神を凝視しているその時。1人の少年が3人のレジャーシートの側へ寄ってきた。
 10歳くらいの少年で、黄緑のシャツに青い帽子を被っている。さっきからきゃあきゃあと周囲を走り回っている子供達の1人が、子供らしい遠慮のなさで余所の花見を覗きに来たのかと思えば、少年は不意に端に置いてある重箱の風呂敷包みを持ち上げた。
「え?」
 と、あげはが首を傾げた瞬間。
 少年は持ち上げた風呂敷包みを大事そうに胸に抱き、走り出した。
 一瞬呆気に取られる3人。何が起きたのか理解出来ずに少年が走り去る後ろ姿を見ていたが、慶悟が我に返って言った。
「追い掛けろ!」
 直ぐさま番傘を式神が少年の後を追う。慌てて慧那も手の中の式神を放った。
「ええっ!?」
 数秒遅れてあげはが我に返り、レジャーシートにぺたんと座ったまま、水筒を抱き締めた。

「ま、待って……」
 慶悟と慧那が少年を追い掛ける式神の後を追い始め、あげはも慌てて靴を履き、二人の後を追った。
 広いと言えば広いが狭いと思えば狭い、中途半端な規模の公園だ。泥棒少年ごとき、式神がいればすぐに捕まえられる……とタカを括ったが悪かったか、少年の逃げ足が獣なみにすばしこいか、式神の追跡にも3人の追跡にも、少年はひょいひょいと身をかわしてしまう。
しかしそこはやはり年端もいかぬ少年と僅かなりとも年長の慧那、成人済みの慶悟、成人一歩手前のあげは。追い掛けて追い掛けて回り込み、追い詰めて、漸く少年を立ち止まらせることが出来た。
食い物の恨み……ではなく、如何なる理由があろうとも、人の物を取ることは悪い事であると、大人として子供を指導する必要がある。
「おい、」
 と、それでも出来る限り優しく、慶悟が声を掛ける。
 少年は黙ったまま顔を上げ、3人を見る。そして突然、にんまりと笑った。
「反省の色なし〜!やって良いいたずらと悪いいたずらを勉強しなさい!」
「お腹が空いているなら、一緒にどう?」
 突然人の物を取った理由を尋ねるのは、空腹が満たされてからでも……と、あげはが少年に近寄り掛けたその時、ぽんっと何か弾けるような音がして、少年が3人に増えた。
「はい〜っ!?」
 目を見張る3人の前で、3人の少年が更に3人ずつ増え、3人ずつ増えた少年がまた更に3人ずつ増え、そこから更に3人ずつ増え……、黄緑のシャツに青い帽子を被り、風呂敷包みを抱えた少年がそこらそうじゅうに現れた。
「…………」
 思わず顔を見合わせる3人。その隙をついて少年は再び逃亡を始めた。
「あっ!こら!」
 慧那は捕まえようと手を伸ばし、ひっこめる。
「師匠〜どれが本物でしょう〜っ!?」
 慶悟だって同じ質問をしたい。
「昔……、ありましたよね。似たような人の絵の中から本物を探すって……。赤と白の縞のシャツを着た絵で……」
 呆然と、あげはは少年が四方八方に散りながら3人を挑発するかのように舌を出したり手を振ったりするのを見た。
「こんなに沢山いたら、流石に足りないわね……」
 何故かついお菓子の心配もしてしまう。
「もっと作って来た方が良かったかしら……?」
「あげはさーん!しっかりしてー!師匠〜っどうしましょう〜!?」
 がくがくとあげはの肩を揺さぶって、慧那は慶悟に助けを求める。
「どうするもこうするも、取り敢えずは追い掛けるしかないだろう」
 慶悟は式神を放ちつつ、公園内を見回す。普通の人間があんな風に増えるとは考えられない。とすれば、幼いながらも何かしら能力を持った者なのか、或いは何かの化身なのか……。周囲に何かそれらしい物がないかと思ったが、身を2つにも3つにも分けられそうなものは見当たらない。
「そうだ、念写をして貰えないか。カメラがあれば、だが……」
「携帯なら、今持ってますよ」
 ポケットからカメラ付き携帯を取り出す慧那。
「え?あ、ああ、カメラならバッグの中に……」
 と、言ってから、あげはは自分が手ぶらであることに気付く。そう言えば、追い掛けることに必死で、荷物をレジャーシートの上に置きっぱなしにして来てしまった。
「ごめんなさいね、貸して貰える?」
 取りに戻る余裕はない。仕方なく、あげはは携帯の小さなデジカメでの初・念写をすることになった。
 小さくても手動でも自動でも、ようは念じた対象を写すことが出来れば良いのだから、無理なこととは思わない。カメラを起動させ、携帯を額に押し付けるように念じてから1度、シャッターボタンを押す。
 小さな画面を3人で覗き込む。と、そこに映っているのは数枚の桜の花びらだった。
「桜……の、化身とか……、妖精でしょうか?」
 数枚の花びらが合わさって1人の少年になっていたのだとしたら、あんな風に幾人に別れても何となく納得出来る。
「桜の悪戯か……、となれば、大元の桜を探し出せば良い訳だな」
 まさか、園内の桜の木々が一丸となって悪戯を始めた訳ではないだろう。桜の中でもそこそこに妖力を持っていそうなものを探し出せば、あの少年を捕らえることが出来るのではないか。
「大元を捜すって言っても、どうやって探すんですか?ここって確か、千本近くあるんですよ〜」
 情けなさそうな声を出して慧那が溜息を付く。
 折角の花見が面倒なことになってしまった。以前から3人で何処かに遊びに行こうと言う話しは出ていたのだが、なかなか実現せず、漸く叶った花見。桜を愛で、あげはお手製のお菓子を味わい、他愛ない会話を楽しむつもりだったのに……。
「桜を一本一本当たって行くか、あの子供を一人ずつ捕まえて行くかだな……」
 小学生一クラス分程度の子供を捕まえるのと、千本近い桜を確認していくこと、どちらが良いかと考えて、3人は数の少ない少年を追うことに決めた。

「一人見付けたーっ!」
 風呂敷包みを抱えたまま、別の花見客の席を覗き込んでいる少年を発見して、慧那は式神を走らせる。隙をつかれた少年は逃げだそうとしたが間に合わず、捕らえられてしまう。
「やった!」
 と、慧那がガッツポーズを決めると、ぽんっと弾ける音がした。また増えるのかと一瞬怯えたが、逆に少年は消えて1枚の花びらが地に落ちる。
「成る程、消えるのか……」
 こちらも一人、少年を捕まえて慶悟は言った。慶悟の式神に捕らえられた少年も、ぽんっと音を立てて花びらに変わる。
「見て下さい、これ」
 と、あげはは少年を追い掛ける途中、自分達の席からバッグを回収し、愛用のデジカメを差し出して言った。
「さっき、二人いたので撮ってみたんです。片方は花びらになって写ったのですが、もう一人はそのまま」
 映し出されているのは、背を向けた少年とその横に浮いた花びら。
「よし、式神の数を増やそう」
 慶悟が勢いよく式神を放った瞬間、背後の方から悲鳴とざわめきが聞こえてきた。
「待ちなさーいっ!」
 続いて、慧那の元気な声。泥棒を追い掛けていると言うよりも、姉が悪戯をした弟を追い掛けていると言った様子だが、少年はちょろちょろ逃げ回るし、一人だったと思えば二人に増えているし、慧那と式神の方が適当にあしらわれている。
 必死になって追い掛けるものだから、力が暴発して花見客の酒やらバーベキューの火やらが彼等の意に反した動きを見せる。
「まだまだ修業が足りないな……」
 溜息を付いて、慶悟はあげはと共に更に少年を追い掛ける。優秀な式神が次々と捕らえ、花びらに変えて行った。
「待って下さい〜っ!」
 慧那が肩で息を付きながら二人を追い掛ける。分散していた少年は固まって同じ方向に逃げ始めた。
「あの中に本物がいるか?」
 問われて、あげはは走りながら念写をした。記念写真でも撮ろうと思って持ってきたデジカメを、こんな風に使うことになろうとは……。
「います、真ん中の子がそうです」
 デジカメには、花びらが真ん中の少年を取り囲み、守っているかのように写る。
 少年が軽やかに駆ける後を追い掛けて、石段を登り小道を擦り抜け、木々と花の間を走る。と、不意に少年達が四方に散った。真ん中の少年だけは真っ直ぐに走って行く。
 自分達の誰が本物か判別出来ていないと思い、目を眩ませたつもりなのだろうか。念の為、慶悟と慧那は四方に散った少年達を式神に追わせる。
「あ、」
 トンネルのように重なり合った木々の間を抜けて、あげはが立ち止まる。追い掛けていた筈の少年が消え、目の前に薄紅色の景色が広がった。
「あれ?あの子、何処に行っちゃったんでしょう?」
 慧那が周囲を見回す。しかし、他に道がないにも関わらず何故か少年の姿は見当たらない。
 3人はそれぞれに息を切らせながら辺りを見た。公園の東寄りにある高台で、園内を一望出来る。
 眼下に広がる桜の絨毯に思わず、あげはは溜息を付いた。
「こんな特等席があったんですね……、何て綺麗……」
「ああ、これは凄いな……、本当に特等席だ」
 公園の中央にある小さな池の深い緑と、それを取り囲む桜の薄紅色、高く澄んだ青い空……。
「綺麗……。で、でもあの子は……?」
 まさかこの高台から飛び降りたと言うことはないだろう。慧那が首を傾げると、背後から小さな笑い声が起こった。
「いっぱい走ったから、お腹が空いたでしょ?はい、これ」
 振り返ると、消えた筈の少年が背後に立って、風呂敷包みを差し出している。
「あれ?どうして……?」
 首を傾げつつも、慧那が風呂敷包みを受け取る。と、再び少年は消えてしまった。
「な、何で〜?」
 ずっしりと思い風呂敷包みを抱いて、慧那はあげはと慶悟を振り返る。
「……もしや、それじゃないか……?」
 暫し考えて、慶悟が慧那の足元を指差す。
「え?」
 壊れた小さな鳥居が一つと、その向こうに握り拳ほどの石が置いてある。
 何かを祀っていたのだろうが、誰も来なくなって久しいような雰囲気。干からび、ヒビの入った小さな皿が一つ転がっている。  
「桜を使って俺達をここに呼んだか……。何か求めていると言うよりも、純粋にここからの風景を見せたかったんだろう」
 3人が辿り着くなり重箱を返して来たことを考えれば、危害を与えられた訳ではなし、重箱の中身を食べられてしまった訳ではなし、確かに、走り回った所為で心地よく腹も減って、良い具合になっている。
「随分、人騒がせな呼び方ですね……。でも、こんな素敵な風景が見えたんだから……」
 良い、とあげはは言う。
「折角ですから、ここでお茶にしましょう。あの男の子、消えなければ一緒に食べられたのに……」
 言いながらあげはは慧那から重箱を受け取り、包みを広げた。
「お皿に置いてあげると良いですよ」
 慧那はバッグから新しいペットボトル入りのミネラル水を取り出して、小さな皿を洗った。あげははその皿におはぎを一つと口直しの塩昆布を添える。
「忘れ去られた若宮か」
 こんな所では寂しかっただろう。多少の悪戯は寂しさ故か。
 額に浮かんだ汗を拭って。慶悟は眼下を見下ろす。
 ざわめきと賑わいに溢れた場所で、今も慌ただしく桜が散っている。


End
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年04月18日

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