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『沖縄の風とプリン 』
清水・コータ4778)&柳・悠(4941)

 東京ではちょっと信じられない大雪が降った翌日、迷子捜しからお遣い、ちょっと人には言えないようなことまで何でも請け負い、生業とする柳悠の元に、1人の便利屋がやって来た。
 自分も悠と大差ない生業である清水コータはまだ寒いと言うのに妙に薄着で、やたら重そうな荷物を背負っていた。
「割のいい仕事があるんだけど、やる気ない?」
「ない」
 即答する悠にガクッと肩を落として、コータは小さな溜息を付いたがすぐに気を取り直して話しだけでも聞いてみてはどうかと言う。
「報酬はかなり良いよ」
 そう言われて、悠は暫し迷ってから答える。
「内容による……」
 どんなに割の良い仕事だと言われても、「やる」と即答しないのは、この腐れ縁の男の持ってくる仕事は6:4くらいで碌なものがないからだ。
「今度のは簡単だよ、本当にね。旅行に行くからプリン持ちとして付いて来て欲しいだけ。ね、簡単。料金はそれなりに支払うし、旅行代金も宿泊費も全部こっち持ち。凄いなぁ、こんな割りの良い仕事なんて滅多にないなぁ。プリン運ぶだけで旅行が出来ちゃうなんて、ねぇ?」
 ねぇ?と言われても、「清水コータの美味しい仕事には裏がある」と信じて疑わない悠、やはりウンと首を縦には振らない。
「そんな美味しいだけで割の良い仕事なんてあるかな」
 と渋る悠に、コータは続けて言った。
「別に旅先で他の仕事を頼んだりしないよ。純粋に、プリンだけ運んでくれたら良い。2泊3日、当然だけど宿の部屋は別々。行き先は沖縄!こんな何時までも寒い東京を出て温かい場所で身と心を休めるのも良いんじゃない?悠は酒好きだったね。夕飯には泡盛も付けよう。勿論、夕飯は沖縄料理で豪華だよ」
 元々、風の吹くまま気の向くままに旅行する事が好きな悠だ。意識はすぐに青い空と緑の海、白い砂浜へと飛んでしまう。沖縄料理は割りと好き。泡盛だって大好きだ。コータの言う通り、東京は何時までも寒い。大雪なんか降っちゃって、足元が寒い。
「…………」
「東京と違って、沖縄は温かいよ、柳」
 コータの声は酷く甘く聞こえた。
 2泊3日の旅行にプリン持ちとして付いて来いなんて、普通では考えられない巫山戯た依頼だ。けれど、プリンに異常な執着を示すコータを何度か目の当たりにしているので、冗談ではなく本気で言っているのだと理解出来る。
 沖縄。泡盛。2泊3日。温かい土地。
「…………」
 にこにこと笑うコータに、それでも精一杯苦渋した表情を作って、悠は答える。
「……仕方ないな……。やっても、良い」
 出発は何時かと聞きかけた悠の右手に、背負っていた荷物を渡し、コータは嬉々として左手を掴む。
 その荷物の重さにちょっとよろめいた悠は、手を引かれ、転びそうになりながらもコータを見る。
「出発だ!」
「ええっ?」
「それ、プリンね。さあ、行こう。早くしないと飛行機に乗り遅れてしまうっ!」
「ちょっちょっとっ!?」
 行こうも何も、普段着のままの悠。旅行に行くからにはそれなりの準備も必要な訳で、一応数日留守にすると伝えておくべき相手もいる訳で……と言う声は敢えなく無視され、折しも空車で通りかかったタクシーに押し込まれてしまった。
「空港まで!」
 と高らかに告げるコータ。
 悠はずっしり重いリュックを膝に抱き、動き出した外の景色を虚しく見つめた。


 沖縄は、雨だった。
「何で雨なのっ!?」
 半ば拉致られるように沖縄まで連行された悠は背負ったリュックの重さと肌寒さにかなり不機嫌な声で言った。
「柳。沖縄にだって雨は降るよ」
 そんな事は分かってる。分かってるけど、分かってるから腹が立つとも言う。
「天気予報とか、見ないわけ?週間天気とか」
「見ないね」
 即答するコータ。
 この男にそんな常識的なことを求めるだけ無駄かと諦め、悠はまずは身を落ち着けようと宿を尋ねる。
「うん?これから探すんだけど」
「……2泊3日で部屋は別々、豪華な沖縄料理で泡盛も付けるって、言わなかった?」
「でも、宿が決まってるとは言わなかったね。これから、豪華な沖縄料理と美味しい泡盛を出してくれる所を探すんだ。ああ、丁度ほら、そこに観光案内所がある」
 プリン運び以外の仕事はさせないと言った、それだけは守る気があるようで、コータはスタスタと案内所に入って行き、数分後にはちゃんと宿を決めて戻ってきた。
 自分も一緒に案内所に入れば良かったのだが、重いプリンを背負って無駄に動く気にならない悠はひたすら小雨降る軒下で待ちつづけ、酷く酷く体が冷えてしまった。
 空港で必要な物を買い揃えようと思ったのだが、そんな時間はなく、着の身着のままのジーンズに薄いシャツと厚手のジャケットと言う格好で沖縄まで来てしまった。例えどんなにさばさばしていようと、時に危険な仕事を請け負おうと、何度男に間違われようと、これでも一応、身も心も女と言う自覚があるので、宿に入る前に着替えくらいは用意する必要がある。そう告げると、コータは一瞬もの凄く驚いた顔をして、それから悠の頭のてっぺんからつま先までを見つめて、しみじみと言った。
「……そう言えば、女の人だったっけ」
「何時かプリン漬けにして海に葬ってやる」
「それはもしかしたら、凄く幸せかも」
 本当にプリンに浸かり込んでいる自分でも想像したのか、幸せそうに口元を緩めるコータ。涎が垂れてきそうな様子は明らかに変人だ。人通りの多い場所でその姿を曝すのは忍びなく、悠はコータの手から宿までの地図を奪い、コータの手を引いて歩き始めた。
 それにしても、天候も気にせず宿も決めず、プリンだけを持って沖縄くんだりまでやって来て、一体何をするつもりなのだろうか。


 コータが選んだ小さな民宿に一旦荷物を置き、近くの衣料品店で着替えやその他諸々を揃えてから熱いお風呂に入り、背負い続けたプリンの重みに強張った肩をほぐすと、漸く遠路遙々沖縄までやって来たぞと言う実感が沸いてきた。
 外はまだ小雨がぱらついているが、明日には天気が回復するらしく、すぐ近くの観光スポットも幾つか教えて貰った。コータが何をする気なのか知らないが、時間があれば行ってみたいと思いながら用意された浴衣に身を包み、早い夕餉が整っていると言うコータの部屋に行くと、そこにはテーブルいっぱいの料理が並んでいた。
 ホテルのように豪華に飾り立ててはいないが、大皿にどんと盛られた炒め物に深皿に盛られた煮物に小鉢に添えられた酢の物に……と、昼食を食べていなかった胃がすぐに空腹を訴えて来る。
 約束通り、泡盛が1瓶。ビールも数本用意されていた。
 先に風呂から上がって待っていたコータと乾杯をして、悠は突然沖縄まで連れて来られた事も、天気の悪さも寒かった事も忘れてひたすら料理に舌鼓を打った。
「すぐ近くに小島が見えるんだそうだ」
 デザートのシャーベットとフルーツの盛り合わせは悠に譲り、自分はプリンを食べながらコータは言った。
「小島?」
「そう。後で散歩がてら行ってみよう。そんなに雨も酷くない」
 ビールと泡盛でほろ酔い加減の悠は、波の音と雨音を一緒に聞きながらの散歩も悪くはないと思った。勿論、その散歩にもプリンを背負って行くのだろうが、1時間や2時間の散歩には3〜4個のプリンで十分。そう思えば何の躊躇いもなく頷いてしまう。
「良いね。沖縄だもん、やっぱり海岸を散歩とかしないと」
 沖縄と散歩に何の関係もにないが、料理の美味しさと泡盛の酔いが、悠を機嫌良くさせる。
「ところで、沖縄まで何の用があって来たわけ?」
「沖縄が俺を呼んでいた」
「いや、呼んでないし。仕事?」
「別に」
「別にって、用もないのにプリン持ち従えて来たって?」
「まぁね。悠も暇そうだったし」
「暇じゃないよ。用がないなら連れて来るなよ」
「でも、バイト料貰えて尚かつ旅行も出来るわけだし。それもただプリンを運ぶだけで」
 言いながら、コータは3つ目のプリンに取り掛かる。
「そのプリンが問題だよ!そもそも、たった2泊3日ごときの旅行にプリンが50個も必要なわけ?」
 民宿に着いて、プリンを冷やすために冷蔵庫を借りてみると出るわ出るわ、背負って来たリュックの中からは50個ものプリンが出てきた。
 今、コータはその50個の中の3つ目を食べているわけで、あと47個残っているが、残りの日々に47個のプリンが必要だとは到底思えない。
 それを指摘する悠に、コータは4つ目のプリンを開けながら言った。
「人生何時何処で何が起こるか分からないものだよ、柳」


 ギィコギィコと軋む木の舟に座り、雨の上がった空と、遠くに見える小さな島影を見ながら、コータは本日5個目のプリンを開いた。添え付けのスプーンの小袋を破る手がやたら嬉しそうだ。
「……一体幾つ食べるんだよぅ」
 と言う悠は通りがかりの自動販売機で買った缶ビールを手にしている。
 夕食後に5つのプリン……。見ているだけで気持ち悪くなると言う悠に、コータは溜息を付いた。
「この美味しさが分からないとは、可哀想だなぁ、悠」
「可哀想なのはプリンの美味しさが理解出来ない私じゃなくてコータに付き合わされてる私だよ」
 などと言いつつも、食後に浜辺を散歩して、誰の物か、打ち上げられていた舟を勝手に拝借しての逍遙は悪くない。やはり東京より遙かに温かく、冷えたビールも美味しい。
「あ〜、何か優雅だな〜」
 空を見上げる悠。
「感謝しろ、柳」
「いや、仕事だしね」
 軽口を叩きながら古びたオールを扱っていた悠は、ふと冷たいものに気付いた。雨で湿った舟にそのまま座っているのだから、冷たくても当たり前だが何だか尋常ではない気がする。
「……コータ、浸水してる……」
 薄暗い中、悠はゆっくりと体を動かして自分のお尻を触る。びっしょりと濡れた服。手で探ると、なかった筈の水がそこにある。
「じゃあ戻ろうか。ま、大丈夫大丈夫、この程度なら沈むなんてことはないから」
 浜辺との距離を見て気楽に言うコータ。
「濡れてない自分は良いよな」
 悠は貼り付いてくる衣服の不快さにちょっと機嫌を悪くしてコータを睨む。
「あっとっ」
 座り場所を変えようと立ち上がった悠はバランスを崩し、小さな舟の中で尻餅を付いた。
「わっ」
 舟が激しく揺れた拍子に、コータの手にあったプリンが投げ出され、悠がジャケットのポケットに入れてあった2つの内の1つが海に放り出されてしまった。
「ああっプリンがっ!!」
「私の心配しろっての!」
 プリンを拾い上げようと波間に手を伸ばすコータ。
「あー、しまったぁ」
 残った1つのプリンをコータに渡しながら悠は溜息を付いた。
「どうした?」
「オールが流された。しょうがない、手で漕ぐか……。暢気にプリン食べてないで手伝って」
 いざとなれば泳いで帰れば良いとでも思っているのか、コータは手伝う素振りを見せない。
「俺はのんびり波に揺られながらプリンの味を楽しみたいんだ」
 この男は……。と、悠は軽く殺意を感じながらコータの手からプリンを取り上げる。
「言っとくけど、今、持ってきてるプリンはこれで最後だから。これ食べたらないからね」
「これで最後って、リュックは?」
「全部も持ってくるワケないでしょ!たった1時間や2時間の散歩ごときで!」
 コータは首を振り、深々と溜息を付いた。
「だから、人生何時何処で何が起こるか分からないって言っただろう、柳」
「そんな深刻な問題かっ」
「深刻に決まってる。プリンがなくなってしまうじゃないか」
 そう言い切ってからのコータの動きは素早かった。
 流石に海開きもしていないこの時期に泳ぐのは躊躇ったようで、舟から落ちない程度に身を乗り出し、両手で波を掻き分ける。
「ほら、悠。そっちもやってくれ」
 言われて、悠も仕方なく手で波を掻き分ける。
 2人が思っていたよりも沖へ出ていたらしく、浜辺が酷く遠く見えた。


 膝まで水に浸かって舟を浜辺に運んだ悠は、先に陸地へ上がってプリンを食べるコータを睨み付けた。
「普通、男の仕事じゃないのか、こう言う力仕事は!」
「……男じゃなかったのか、悠。ま、別に問題ないだろう、請負屋だし、仕事のうち」
「プリン運び以外の仕事はさせないって聞いたけど?」
 額に浮かぶ汗を拭いながらコータの横に腰を下ろし、髪に砂が付くのも構わず、悠はそのまま後ろに倒れた。
 食後で、しかもそこそこにアルコールの入った体に肉体労働はちょっとキツかった。
「だったら、ペナルティだと思えば良い。プリン運びを怠った訳だし」
「怠ってないって」
「そもそも、プリンを少ししか持ってこなかった悠に非がある。何度も言うけど、人生は何時何処で何が起こるか分からないんだよ。1時間や2時間の散歩にだって、プリンは最低10個は必要だ」
 事も無げに言うコータに、悠は深々と溜息を付いた。
「……もう二度と、コータの仕事は引き受けない……」
「まぁそう言うな。割の良い仕事があったら何時でも紹介するよ。さあ、そろそろ帰ろう。もう一度お湯に浸かって、それから沖縄の風とプリンを楽しもうじゃないか」
 空になったプリンの容器を悠に押し付けてから立ち上がるコータ。
 何時か必ずコイツをプリン漬けにしてやるぞ。
 雲間から僅かに覗き始めた星々に、心から誓う。
 




end
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年03月14日

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