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『父が来たりて 』
藤井・雄一郎2072)&藤井・蘭(2163)

 藤井・蘭(ふじい らん)は熊のリュックの中に楽しそうに物を詰めていた。にこにこと笑いながら一つ一つ確認して。
「にゃんじろーの日記帳とー」
 蘭はそう言いながら、毎日つけている日記帳をリュックに詰める。
「お水とー」
 蘭はそう言いながら、水の入った小さなペットボトルをリュックに詰める。
「あとは何がいるかなー?」
 大きな銀の目できょろきょろと辺りを見回す。リュックにはまだ若干の余裕がある。なんでもかんでも持っていきたくなってしまっていた。
「そんなになんでもかんでも持っていっても、仕方が無いだろう?」
 うきうきと心弾ませている蘭の緑の髪をくしゃりと撫でてやりながら、蘭の持ち主は苦笑する。
「でもでも、まだくまさんは頑張れるのー」
 じっと持ち主を見上げ、蘭は不服そうにそう言った。持ち主は苦笑し、そっとハンカチとティッシュを差し出す。
「ほら、これが抜けていたぞ」
「あ、本当なのー!」
 差し出されたハンカチとティッシュを入れるのを見て、すかさず持ち主が「あ」と声を出す。
「蘭、もうくまさんはお腹一杯だって」
「え?本当なのー?」
「うん。ほらほら」
 持ち主は熊のリュックのファスナーを閉じ、お腹を摩ってやる。確かにある膨らみを強調させるかのように。
「本当なのー。……じゃあ、これでおしまいなの」
 蘭はそう言い、小さく「よいしょ」と言いながら立ち上がって熊のリュックを背負った。両肩に重さがやんわりと圧し掛かる。
「気をつけて行ってくるんだぞ」
「はーいなの。いってきますなの!」
 声をかける持ち主に、蘭は元気良く答えた。ぶんぶんと手を大きく振りながら。


 茶色の髪をふわりと風に靡かせ、しきりに翠の目をきょろきょろとさせ、藤井・雄一郎(ふじい ゆういちろう)はひたすら待っていた。
「ここまで、まさか迷ったりはしてないだろうが」
 ぼそり、と呟く。この待ち合わせ場所に到達するまでに、迷子になっていないだろうか。または途中で何かあったのではないか、と懸念する。そんな心配をするくらいならば、いっそ自分が赴けばよかったかとふと思い、すぐにそれを否定する。
(いやいや。それでは蘭の為にならないっ!これも社会勉強、社会勉強!)
 雄一郎はそう自分を叱咤し、そして再び小さく溜息をつく。
(でも……別に社会勉強は今日でなくても良かったかもしれん。ほら、また日を改めてもいいんだし)
 一度気にしだすと、止まらない。自分から赴けばよかったか、それともやはり待ち合わせ場所に来て貰うのが良かったか、どちらが正しかったのかと思い始めてぐるぐるとその周辺を歩き始めてしまった。
(ただでさえ……)
 雄一郎はふと、待ち合わせに使った銅像を見上げる。
(ここには、精霊や植物が少ないって言うのに)
 もしも精霊や植物がいれば、今蘭がどこら辺にいるのかなど、何かしらの情報を得る事も出来たであろう。しかし、こういう街中には精霊や植物が存在するのは極稀だ。
(それだけじゃない。危険はありとあらゆる所に転がっている筈だ!)
 雄一郎はそう考え、暫くしてから頭を振る。
(いや、信じよう。蘭は大丈夫だ!なぜなら、俺の娘が蘭に色々教えてくれているはずだからだ!)
 雄一郎はこっくりと頷く。ぐっと拳を握り締める。と、その時だった。
「パパさーん!」
 元気の良い声がしたかと思うと、何かが雄一郎に抱きついてきた。突然の出来事に、思わず雄一郎の体がぐっと後方に押された。
「パパさーん、お久しぶりなのー!」
 雄一郎は抱きついてきた蘭をぐっと抱き締め返しながら満面の笑みを浮かべる。
「おお、蘭!元気だったか?」
「元気なのー!パパさんも元気なのー?」
「元気だぞ!ははは、相変わらずちっこいな」
 雄一郎はにこにこと笑いながら蘭を抱き上げ、蘭はそれにきゃっきゃっとはしゃぐ。雄一郎は蘭を抱き上げながらにっこりと蘭に笑いかける。
「毎日楽しくしているか?」
「しているのー!しているのをね、見せようと思ったのー」
「しているのを?」
 蘭の不思議な言葉に首を傾げていると、蘭はにっこりと笑いながら熊のリュックをぱしぱしと叩く。
「ここに持って来ているのー」
「そうかそうか。じゃあ、何か冷たいものでも飲みながらそれを見せてもらおうかな」
「はいなのー」
 とりあえず蘭を下に降ろし、雄一郎は蘭と手を繋いで歩き始めた。蘭が見せようと持ってきた『楽しくしている証拠』を見るための、喫茶店へ向かって。


 喫茶店に入るなり、蘭は水をごくごくと飲み、嬉しそうににっこりと笑った。
「おいしいのー」
「そうかそうか」
 嬉しそうな蘭に、雄一郎はにっこりと笑った。嬉しそうに蘭が笑っているのは、見ていて気持ちが良い。
「俺はアイスコーヒーで……蘭は?」
「えっとねー……チョコレートパフェ!甘いのー」
「お、チョコレートパフェだなんて知っているのか。なかなかやるな?」
「えへへー」
 妙な誉められ方をされたが、蘭は照れたように笑った。
「あ。そろそろ見せるのー」
 蘭はそう言って、熊のリュックをごそごそと取り出し、中から一冊のノートを取り出した。表に猫のキャラクターが書かれた、日記帳である。
「日記帳か」
「にゃんじろーなの!」
 えへへ、と嬉しそうに蘭は笑った。雄一郎はにっこりと笑いながら、そっとページを捲る。
『きょうも持ち主さんは寝てたのー』
 蘭らしいフレーズに、思わず雄一郎は吹き出す。
「そうか、やぱりあいつは寝てばかりいるのか」
「そうなのー。持ち主さん、いっつも寝ているのー」
 不服そうに蘭は言いながら、ぶらぶらと足を揺らす。目に浮かぶようだ、と雄一郎は笑みをこぼしつつ、日記帳を捲る。
「……ん?」
「お待たせしましたー」
 雄一郎の疑問の声と共に、注文していたアイスコーヒーとチョコレートパフェがやって来た。蘭は「わーい」と言いながらスプーンを手に取る。
「いただきますなのー」
 蘭はそう言うと、パフェに取り掛かる。クリームを頬一杯放り込み、「おいしいのー」と言いながらスプーンを動かす。
「……蘭」
「おいしいのー。このね、バナナがおいしいのー」
「ええと、蘭?」
「パパさんも食べる?おいしいのー!」
「あのな、蘭。……ちょっとバナナは置いておいてくれるか?」
「ほえ?さくらんぼがいいのー?」
「そうじゃなくてな。……これ、何?」
 雄一郎が指差す先に遭ったのは、日記帳の中の一ページにあった黒い人間のような絵であった。蘭らしき緑色の頭と、娘らしき黒髪の女の子と、もう一人黒っぽい人間のようなものがいる。蘭はきょとんとした目でそれをじっと見た後「ああ」と言ってにっこりと笑った。
「それはねー、いつも遊んでくれるお兄さんなのー」
「そうかそうか……って……ええ?!」
「なあに?」
「お、お兄さん?」
「はい、なの」
「お兄さんという事は、男か?男なのか?」
「そうなのー」
 ぽたり。雄一郎の頼んだアイスコーヒーの器についていた水滴が、コースターに落ちていった。
「……蘭、ちょっと詳しく聞きたいんだが」
「何をー?」
「その、男について」
「お兄さんのことー?」
「そう。そうだぞ、蘭!どういう男なんだ?そいつは」
「どうって……優しいのー」
「そういう事じゃなくてだな、一体どういった奴なんだ?」
「どういったって……面白いのー」
「蘭、もっと詳しく。もっと詳しく!」
 必死になりながら、雄一郎は蘭をせかした。蘭はきょとんとして首を傾げる。
「どうしてそんな風にパパさんは聞くのー?」
「大事な娘だから心配なんだよ、俺は!」
 ぐっと拳を作りながら雄一郎が力説すると、蘭はぷう、と頬を膨らませた。
「そういう事をいうパパさんは、嫌いなのー」
「……え?」
「嫌いなのー」
「……そうか……」
 雄一郎はがっくりとうな垂れた。これ以上は蘭に何を言っても無駄だろう。しかし、娘に友達か彼氏かは知らないが、何かしらの男がいる事は分かったのだし、その男がそんなに悪い奴では無いと言う事は分かった。
(今回はそれで勘弁してやるか)
 雄一郎は諦めにも似た溜息をつき、ようやくアイスコーヒーに口をつけた。蘭はそれを見て、ようやく男について聞かれないと分かり、再びチョコレートパフェに取り掛かった。
「美味しいか?蘭」
「おいしいのー」
「そうか」
 にこにこと頬にクリームをつけて食べる蘭を見ながら、雄一郎は小さく微笑んだ。そして、ぱらぱらと日記帳を捲っていった。何とはなしに、黒い男の影を気にしながら。


 喫茶店から出ると、再び街の喧騒が二人を待っていた。雄一郎は蘭と手を繋ごうとし、小さく「あ」と呟く。ごそごそと何かを取り出し、蘭と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。
「どうしたのー?」
「ほら、蘭。これを渡すのを忘れる所だったよ」
 雄一郎はそう言って、蘭に取り出したものを手渡した。蘭はそれをそっと手に取り、不思議そうじっと見つめた。
「これ、なあに?」
 蘭が手にしたのは、一本の小さな枝であった。雄一郎は小さく微笑む。
「それは、蘭の為に持ってきたやつだ」
「僕の?」
「そう。蘭がもっと頑張れるようにな」
 雄一郎がそう言うと、蘭はにっこりと笑って枝をぎゅっと抱き締める。
「僕、頑張るなのー!」
「おう、頑張るんだぞ」
「はい、なの!」
 蘭はそう言ってにっこりと笑い、ぶんぶんと枝を振り回した。途端、枝は鞭状に変化する。
(さすが霊枝)
 小さく雄一郎は苦笑し、襲ってこようとする鞭をすっと避ける。
(しかし……コントロールが不十分だ)
「え?ええ?」
 蘭は鞭状に変化した霊枝に戸惑っていた。雄一郎はそっと霊枝を持っている蘭の手を握り締め、それを収める。再び、霊枝は鞭状から元の枝に戻る。
「ほえー……すごいのー」
 蘭はそう言い、にっこりと笑った。「ありがとうなのー」と言いながら。
(大丈夫……かな?)
 雄一郎はふと不安を覚えたが、目の前でにこにこと笑っている蘭を見て、その不安を拭いさる。
(大丈夫、だろう)
 にこにこと笑う蘭の笑顔を見ていると、不安は何処かに飛んでいくかのようであった。蘭ならば、大丈夫であろうと思わせられるかのような。
「さて、何処か行きたいところはあるか?」
「あのね、僕の友達のね、楓の木がいるのー」
「よし、じゃあそこに行ってみるか」
 雄一郎は蘭の手をぎゅっと握り、歩き始めた。蘭はにこにこと笑いながら、片方の手は雄一郎とつなぎ、もう片方の手で霊枝を握り締めて歩き始めた。繋いだ手が離れぬように、ぎゅっと互いに握り締めあいながら。

<両手に大事なものを握り締めたまま・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年07月12日

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