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『夜間工場 』
宇奈月・慎一郎2322

「住処をねぇ、探さなければならないのですよねぇ」
 ホームに降り立った宇奈月慎一郎は僅かな荷物を詰めた鞄を肩に抱え直して呟いた。
 現在、魔法使いの掟に倣って一人修業中の身である慎一郎は、ワケあって最初に降り立った街から逃げてきたところだ。
 適当に乗り継いで、窓からの景色が気に入って列車を降りたのは、山中の小さな町。
「住処だけではありませんねぇ。仕事も探さなければ」
 無人駅の改札箱に乗車券を入れながら、慎一郎は呟く。
 こんな山中では宅急便の仕事は向かないだろう。さて、他に何か良い職業があるだろうか。
 考えながら改札を出て、駅の玄関口に立つ慎一郎。ふと、その目に古びた看板が映った。
―――社員急募。
 鉄鋼会社の求人だ。
 看板の文字は雨風に晒された所為か半ば消えている。看板自体も折れ曲がり、錆び付き、倒れかかっていることから随分前に立てられたものだと分かる。が、撤去していない=まだ求人中と言う事であろう。
「そうそう、きっとそうです。幸先が良いですねぇ」
 勝手な判断ではあるが、慎一郎は辛うじて読みとれる住所を目指して歩き始めた。

「へぇ、魔法使いの掟ねぇ」
 応接椅子に腰掛けた女が訝し気な目を慎一郎に向ける。
 この会社の社長だと言う、口紅が少しずれている事を除けばなかなかの美女だ。すらりと背が高く、ほっそりした体に地味な作業服を纏っている。
「ええ、それで、まぁこの町に辿り着いたワケでして」
 駅からこの会社までの距離は思いの外近かったのだが、道に迷った所為でかなりの労力と気力を使ってしまった。
 夕方の5時に突然、履歴書も持たずにやって来た男を雇えと言っても無理な話かも知れないが、今日これ以上歩き回って外の職を探す元気が慎一郎にはもうない。
 歩き回ってみたところ、この町には外にめぼしい仕事がない。つまり、ここで雇って貰えなければまた別の町へと旅立たなければならないと言うことだ。
「以前は何の仕事をしてたの?」
「はぁ、宅急便です。ええ、ちょっと不都合があって辞めて、ここに来たワケでして」
「随分職種が違うじゃなないか。やって行けるのかねぇ、見ての通り、ウチは鉄鋼の精錬工場だよ」
「雇って頂けるんでしたら、もう、どんな仕事でも!……雇って貰えませんかねぇ?」
 女社長は慎一郎を足元から頭のてっぺんまで見て、小さく溜息を付いた。
「ま、後ろ暗いのはどっちも一緒ってことか」
「はい?」
「いや、何でもないよ。アンタには夜間働いて貰おうかね」
 言いながら、女社長は慎一郎に鍵と袋に入ったままの作業服を渡した。
 
 完全個室・無料の社員寮、格安の社員食堂、土・日・祝日の休み、保険制度有り、仕事は夜間(午後10時〜午前3時)。
「おまけに三食昼寝付きかぁ!」
 突然雇ってくれと言ってきた住所不定・魔法使いの修業中である等と宣う慎一郎を高給で雇ってくれた上にこれ以上ないと言う条件。
 早速今日から働いて欲しいと言われ、いそいそと作業服を着込みちゃっかり社員食堂で夕食を摂ってから工場に向かう慎一郎はウキウキしながら呟く。
「鉄鋼の精錬って、どんなお仕事でしょうねぇ。僕に出来るんでしょうかねぇ……」
 職に飛びついて雇われてみたものの、自分にどんな仕事が与えられたのか知らない慎一郎。
 勿論、適当に使って適当に切り捨てようと言う目論みで雇われたことも知らない。
「こんばんはぁ……」
 機械音で賑やかな工場の扉をそっと開き、慎一郎が顔を覗かせるとすぐに社長が姿を現した。
 仕事場を案内すると言って工場内を歩く社長の後を追い掛けると、社長は工場の一番奥の小さな扉を開いた。
 一瞬、中の工員達の動きが止まり緊張が走ったが、そこにいるのが社長だと分かると工員達の緊張が解けた。
 和やかな雰囲気に戻ったところで社長が慎一郎を紹介すると、工員達はコイツ本当に働く気があるのかとばかりに小脇にノートパソコンを挟んだ慎一郎を一瞥し目で挨拶をする。
「宜しくお願いします」
 のんびりとした口調で言うと、責任者らしい男が自分の手元を指差して慎一郎を伺った。
 そこに鈍く黒い光を放つ塊。
「わぁ、物騒なものを製造しているのですねぇ〜」
 言って、慎一郎はその物騒な物を平然と手に取る。
 社長はにやりと笑って慎一郎の手を掴み、言った。
 決して、他言してはならない、と。
 他言さえしなければ、慎一郎は彼が望むまでここで働くことが出来る。
「勿論、誰にも言いません。人生は何事も経験ですから……、これも僕にとって立派な修業になるでしょう」
 にっこりと笑う慎一郎。
 魔法使いになるための修業とこの職業と、一体何の関連があるのか女社長にはサッパリ分からなかったが、敢えて何も聞かず慎一郎に工具を渡す。
 その工具を受け取った瞬間から、慎一郎はこの物騒に鈍く黒く光るもの……拳銃作りの工員となった。

 拳銃作り工員の代表が言うには、作業hあ4つに別れるらしい。
 下準備・部品磨き・組み立て・仕上げで、年季順に作業が変わる。つまり、新入の慎一郎に与えられるのは最も下っ端の仕事、下準備だ。
 下準備と言っても部品や工具を揃えるのではない。
 工員が気持ちよく作業に励む為の作業場の掃除並びに休息中のお茶の用意だ。
「♪きょ〜おのおやつ〜は小豆入り落雁〜」
 適当な節を付けて歌いながら慎一郎は小さな皿に落雁を並べる。
 午前0時。
 狭い作業場には4人の工員と慎一郎。
「はぁ〜い皆さん、御苦労様です〜。お茶が入りましたよ〜」
 慎一郎は慣れた手つきで4人に湯飲みを配る。
 入社から1週間。
 毎日たった5時間の労働(しかも掃除とお茶汲み)で高給が貰え、三食昼寝付きとくればこれに勝る仕事はない。
 もう一生この土地に住まっても良いとさえ思う。
「落雁の味はどうですか?食堂のおばちゃんのお薦めなんですがねぇ……」
 食堂のおばちゃんに譲って貰った可愛らしいフリルのついたエプロンで工員達にお菓子が行き届くよう気を配る様子はなかなか様になっていると慎一郎は思っている。
 ふと、工員達の手が止まった。
「どうかしましたか?」
 首を傾げる慎一郎。
 突如、工員達は立ち上がり作業台の拳銃を足元の箱に放り込み始めた。
「ど、どうしたんです、一体?落雁がまずかったですかねぇ?」
 倒れた湯飲みから零れるお茶を拭きながら慎一郎は突然慌ただしく動き始めた工員達に戸惑う。
 と、工員の一人がが壁際の戸棚を動かした。
 そこに現れた小さな扉。
 箱を抱えた工員はその扉に身を屈めて入って行く。
 最後の一人が慎一郎に早く逃げるようにと促した。
 逃げろと言われても何故だか分からない慎一郎。床に落ちた湯飲みを拾ったり落雁の屑を集めたり、慌ててしまって望むように動けない。
 こののろま!と言い捨てて最後の一人が扉の向こうに消える。
「あ、ちょっと!」
 そして、布巾を持った慎一郎が途方に暮れる目の前で、戸棚が再び元の位置に戻り小さな扉が消えてしまった。
 その瞬間。
「うわぁ!」
 勢いよく扉が開き、数人の男がずかずかと作業場に入ってきた。
 動くな!と強い口調で言われて慎一郎は思わず布巾を持ったまま何故か両手を挙げた。

 2人の制服を着た男にガッチリと手を掴まれて初めて、ガサイレなのだと慎一郎は気付いた。
「困りましたねぇ、折角良い仕事に就けたと思ったのに……」
 他の工員は何処に行ったのかと聞かれてしらばっくれつつ慎一郎は逃げる算段を始める。
 取り敢えず両手の自由はないし、周囲は警官だらけ。
 当然助けはこないであろうから一人で逃げるしかない。となれば、バイアクヘーを召喚してトンズラかますのか一番迅速且つ確実なのだが……、肝心のパソコンは作業台の上。
 ふむ、と暫し考えて慎一郎は大きな溜息を付いた。
「話します、他の工員さん達の居場所も、僕の知っている事もこの会社の事もすべて……、でもその前に、ちょっとお茶を飲ませて頂けませんか……、あのぅ、少し落ち着きたいので……」
 そこに急須と湯飲みがあるので、と言うと、御丁寧に警官がお茶を入れてくれた。
 飲むためには当然手を離さなければならない。
「ああ、どうもすみません、お手数掛けます……」
 しおらしい声を出して慎一郎は漸く自由になった両腕をなでなでして湯飲みに手を伸ばす。
 ふぅ、と大きな息を付いてお茶を一口……、
「ぅわっち!」
 派手にお茶を吹き出して湯飲みを落とす。
 あまりにベタな手だったがどうやら素直な性格の警官だったらしい。
 慌てて作業台の上の布巾を取って零れたお茶を拭き始めた。
「ぁあ、すみません、猫舌なもので……」
 手伝うフリをして慎一郎は手早くノートパソコンの電源を入れる。
 ……入れたかたと言ってすぐに動いてくれるワケではない。
「すみません、すぐに手伝います……っと!」
 仕方がないので濡れた床で滑ったフリをして転んでみる。
「あわわ、重ね重ねすみません」
 手を貸してくれた警官に足をかけて転ばせてみる。
「だ、大丈夫ですか……?」
 反対に手を貸して立ち上がらせて、ヘコヘコと頭を下げつつ目の端でパソコンの画面を確認。
 もう少々時間がかかるらしい。
「おやおや、濡れてしまいましたねぇ、熱くないですか、あ、そうですか、大丈夫ですか」
 警官の濡れた制服を拭い、更に時間を稼ぐ。
「あ、布巾もう一枚要りますね、待ってくださいね、あ、はいどうぞ」
 棚から新しい布巾を出して警官に渡す。
 再び床を拭き始める警官。
 これ幸いと、慎一郎は素早くキィボードに手を伸ばした。

 もしかしたら、ドーンとかゴーンとかボワ〜ンとか、何か音がしたかも知れないが分からなかった。
 どこでどう間違ったのかも分からなかった。
「……えーっと……?」
 何かが、狭苦しい作業室を走り抜けた。
 それは何だかもの凄く、奇妙な生き物だった。
 作業台をひっくり返し、戸棚を倒し、扉を壊して舞い上がったそれは、肉の塊のように見えた。
 その肉の塊になぎ倒されて気を失った警官が数名、腰を抜かした警官が数名、逃げまどう警官が数名、おろかにも発砲を試みようと銃を向ける警官が数名。
「ああ、とうとう世界の終末が来てしまった……」
 もし今日が世界の最後の日であるとしたら、その原因の9割以上を慎一郎が作ったと言って間違いないが、作ってしまったものは仕方がないし訪れたものはどうしようもない。呼び出したものも、お帰り頂けるワケがない。
 暫し無言で慎一郎はうっかり間違って呼びだしてしまった猫のような別名を持つ狂気と破壊の神様を見上げる。
 うっかり呼び出されてしまった神様は、折角だから思う存分暴れる事にしたらしい。
「それもこれもどれもすべて神様……ナイアルラトテップ様の思し召しです。お任せしましょう!」
 ほんのちょびっとだけ哀悼の意を示して合掌した慎一郎は逃げまどう警官と暴れ回る神様の間を擦り抜けて社員寮へ戻りいそいそと荷物をまとめる。
 午前1時近い時間では列車もバスもないし、この田舎町ではタクシーも見当たらない。
 慎一郎はやむを得ず外に止まっていたパトカーを一台失敬した。
「ああ、サヨウナラ素敵なお仕事!サヨウナラ三食昼寝付き……!」
 地獄と化す工場を涙ながらに後にする慎一郎。
 後に彼は拳銃密造容疑と車両盗難容疑で目出度く全国指名手配の身となる。
 

 end
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月07日

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