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『魔を封ぜし一族 』
柚品・弧月1582)&日下部・まろん(1741)

 昼下がり、暖かな日差しに照らされた坂道を、一人の少女が歩いている。髪は肩口程度まで伸びた金髪、少女特有の愛らしさを含んだ顔立ちに、瞳の色は真紅に近い赤である。春物の柔らかな服装の少女の手には、余程大事なのかウサギの縫いぐるみが抱かれていた。
 片手に持たれた紙切れを、時折チラチラと見ながら周囲を見回し歩く少女の視線が一軒の洋館で止まる。
「うん、あそこで間違いないみたいだね」
 ポツリと呟く様に言うと、少女は笑顔を浮かべてその洋館へと続く坂道を駆け出した。

 目の前の豪奢な扉の横のインターフォンを少女は押す。
 キンコーン!
 かなり大きなインターフォンの音の直ぐ後、パタパタと誰かがやって来る足音が聞こえて来た。少女はその足音に、ちょっぴり微笑むと扉が開くのを待つ。
 ガチャリ!
「はい?どちら様です?」
 扉が開いて現れたのは、黒髪の後ろ一房を纏めた長身の男。細い顔付きやその切れ長の目、バイクのプリントされたTシャツにジーンズと言う出で立ちに少女は懐かしさの余りクスリと小さく笑った。
「久し振り!弧月兄さん♪」
 その明るく元気な声に、男、柚品 弧月(ゆしな こげつ)は微笑み、少女を見詰めながら口を開いた。
「久し振り。まろんちゃん」


 弧月の目の前には、少女、日下部 まろん(くさかべ まろん)が椅子に座り足をブラブラさせながら弧月の返答を待っていた。その弧月はと言うと、一枚の手紙と目の前の封筒を交互に見詰めている。
「日下部の家は、相変わらず忙しいんだね」
 手紙を机の上に置き、封筒を手に取る。少しばかり膨らんだ中身は、見なくても弧月には分った。
「忙しいのかなぁ?分らないけど、結構彼方此方に行ってるみたいだよ?」
 普通だよ?と言った口ぶりのまろんに、弧月は苦笑いを浮かべる。彼女にとってはそれが普通なのかも知れないが、弧月にとってのそれは特殊なので有る。
 日下部家は、柚品家とは親戚に当たる。嘗て、弧月の一家を襲った悲劇の際、逸早く対応したのはまろんの父であった。そして、弧月と兄が世話になったのはまろんの家で有る。
 その当時から想っていた事だが、日下部の家は変わっていた。叔父も叔母も、しょっちゅう何処かに出かけ、残されるのは子供と使用人位の物。その使用人に至っても、時折姿を消し残されるのは子供達だけと言う事は多々あった。
 日下部の一族が、代々シャーマンの一族である事を知ったのは、随分後の事である。日本各地で起こる、怪かしによる事件や事故の解決をする為に、日下部の一族に属する者達は彼方此方を飛び回っている。弧月がその事に気付いた時、まろんもまたシャーマンとしての修行を受けて居たらしく弧月は感心したのを覚えている。そして、有る程度の実力を持つ様になったのだろう、その証として日下部の紋章を象った首飾りがまろんの首には掛けてあった。
「でさぁ、弧月兄さん。受けてくれる?」
 出されていた紅茶のカップに口を付けながら、上目遣いに弧月を見る。
 まろんが、弧月の元を訪れたのは日下部の仕事に関する事であった。
 手紙には、日下部に連なる者が、先日魔物の封印に失敗し命を落とした事が書かれていた。また、その魔物の封印をまろんがする事になり、良ければ力を貸して欲しいとも書いて有った。もう一つの封筒は、言わずと知れた報酬である。
 まろんの視線を受け、弧月は徐に席を立ち、「ちょっと待ってて」と言うと二階に有る自室へと姿を消した。不思議そうに待って居るまろんの耳には、ガタゴトと物を探している音が聞こえて来るのだが、一体何をして居るのか分らない。手持ちぶたさでまた足をブラブラさせながら数分待っただろうか?降りてくる弧月の手には、一つのヘルメットが有った。
「弧月兄さん、それは?」
「まろんちゃんの分だよ?行くんでしょ?封印しに」
 微笑み差し出されたヘルメットを受け取り、まろんはニッコリと笑顔を見せた。
「うん!有り難う、弧月兄さん!」
「どう致しまして。それより、場所は分かってるの?」
 まろんは、背中に背負って居たリュックを下ろし、中を探ると一枚の羅盤を取り出した。
「場所は、これから占うんだよ♪」
 まろんは、とても嬉しそうに笑顔で言い切った……


 軽快なエンジンのエキゾーストが、夕闇に染まり始めた道を駆け抜けて行く。スロットルを全開に疾駆するスティード400VCLの黒い車体に跨るのは弧月と、タンデムシートに座り弧月にしがみ付いているまろんである。
「弧月兄さん!!次に分かれ道が有るみたい!!そこを右でお願い!!」
「分った!!」
 唸り過ぎて行く風の中、まろんの声に弧月は応えると、もう目前に迫った分岐を右へと折れる。
「この道真っ直ぐ!!もう直ぐだよ!!」
「分った!!」
 まろんと弧月が、過ぎ行く景色に意識を集中し始めた……

 まろんの占いは、一瞬にして終わった。命を落とした者の体に、相手の体毛が付いていたのだろう、それを羅盤の中央に置き、まろんが気を込めただけでその方位、距離が瞬時にして現れたのだ。相手に対し霊気の紐を結び付け、弧月とまろんは目的の場所へと向かったのだった。
 しかし、此処で問題が一つ起きた。まろんがバイクの速度に耐えられなかったのである。
 速度を速め過ぎると、恐怖に集中が解けて紐への集中が解け掛ける、だからと言って余り速度を上げないと相手にとって優位な時間になってしまう。そこで、まろんは式神を作ると霊気の紐を追わせる形で先行させ、その道取りを弧月にナビゲートする事にしたのだ。
 この作戦は功を奏したのか、その後はまろんのナビゲートにより、目的の場所へと一気に辿り着く事が出来たのだ。

 ゆっくりとスロットルを緩め徐々に速度を落として行く弧月、まろんもまた速度の恐怖と戦いながら、周囲に気を集中する。
 鬱葱と木々が茂る合間を縫う様に作られた林道である、何処から襲って来られてもおかしくない状況に、弧月もまろんも緊張感が増して行くのが分った。
「近いよ……弧月兄さん」
「ああ、そうみたいだね」
 確かに日は落ちようとし、少々肌寒くなって来ては居るが、それとは全く異質の寒気が二人を襲っていた。即ち、敵が近い……
 ガクン!?
「うわ!?」
「キャッ!?」
 不意に何かに引っ掛かった様にその動きを止めるスティードに、弧月とまろんが投げ出される。しかし、その体が地面に着くより前に、何かが体の至る所に絡み付き二人の体を固定した。
「くっ!?これは一体!?」
「糸だ!糸だよ、弧月兄さん!」
「クカカカ……気付いたか?が、遅かったのぉ」
 低くしゃがれた声が聞こえて来たかと思うと、薄紫に染まり始めた光の中に、老人と思しき顔が浮かび上がる。黄色くギラギラと光る目は細められ、口元にはいやらしそうな笑みを浮かべていた。
「浅見、浅見……わしに印を残したは良いが、それが逆に察知されるとは思わなんだか?その紋を見ると、主も日下部であろうが、今日日の術師は腕が落ちたのぉ。まぁ、得易く寿命が延びるのじゃから感謝せねばならぬかの?」
 ニタリと笑みを見せ、まろんの方へと近付く顔の後ろから、巧妙に隠された体がズルリと姿を現す。その体は蜘蛛そのもの……顔に似合わぬ巨大な斑模様の体躯を、八本の木と見間違えるような足が支えている。
「くっ!?まろんちゃん!?」
 必死に絡み付く糸を外そうとする弧月だが、もがけばもがくだけ余計に抜けられなくなって行く。それはまろんも同じで、近付いてくる人面蜘蛛から逃れようともがくのだが徒労に終わっている。
「無駄じゃ無駄じゃ。主等程度でこの糸は切れはせぬ。さぁ、大人しゅう食われるが良かろう」
 じわじわと寄って来る人面蜘蛛の目が愉悦に細く笑っている。
「いやぁ!いやぁぁぁぁ!!」
 まろんの叫びが、辺りに木霊したその瞬間、弧月の中で何かが弾けた。
 絡まっていた糸を、まるで何も無いかの様に引き千切ると、今正にまろんに迫ろうとしていた人面蜘蛛へと、一瞬にして間合いを詰める。そして……
 ゴギャ!!
「ぐがぁぁぁぁおおぉぉぉ!!」
 鈍くくぐもった音と同時に叫びを上げる人面蜘蛛の足が一本叩き折れていた。一瞬にして間合いを詰めた弧月が放った神速とも呼べる蹴りの威力である。
 痛みに人面蜘蛛が叫び悶える間に、弧月は手刀でまろんを戒めていた糸を取り除く。
「弧月兄さん……有り難う……」
 弧月の豹変にまろんは戸惑いながらも感謝を述べるが、弧月は頷くだけでその眼は変わらず人面蜘蛛を睨んでいた。
「まろんちゃん、封印するよ。俺が注意を引いてる間に、術式を」
「う、うん」
 まろんにだけ聞こえる声量で弧月は言うと、未だ悶える人面蜘蛛に単身向かって行く。
「おのれ!!たかが数年生きた小童がわしに傷を負わせるとは!この痛み、死を持って償えぃ!!」
 弧月が向かってくる気配を感じたか、人面蜘蛛は吼えると残った足で弧月へ攻撃を始めた。
 しかし、弧月はその全てを見切り何の躊躇いも無く交わして行く。そう、まるで最初から全てが分っているかの様に……
「何故じゃ!?何故当たらぬ!?」
「お前の動きは、全部視える!」
 叫ぶ人面蜘蛛の懐に入り込むと、弧月はその腹に連打を浴びせた。
 まろんは、位置をしっかり確認しながら自分の血で地面に呪言を書き記している。
「後一個!キャッ!?」
 最後の一個を書く為に場所を移動しようとしたその目の前に、人面蜘蛛のその巨躯が落ちて来た。
「がはぁ!?はぁ……はぁ……」
 恨みに染まった瞳が、ギョロリとまろんを見据えたかと思った瞬間、人面蜘蛛は起き上がるとまろんへ向けて疾駆する。
「こうなれば、貴様だけでも食ろうてやるわ!!」
 叫び向かい来る人面蜘蛛の醜悪さに、まろんは目を閉じ、手を前に突き出し叫んだ。
「来ないでぇー!!」
 ドス!ドスドスドスドスドスドスドス!
 鈍くくぐもった音が無数に響き渡る。音が止み眼を開いてみれば人面蜘蛛は幾重もの衝撃にその口から血を吹き出し、その巨躯には何処からとも無く現れた無数の刀が突き立っていた。
「馬鹿なぁ……斯様な力は……聞いた事も……ゴフ!?」
 最後まで言い終わるより早く、弧月の蹴りがその顔面を捉え吹き飛ばす。
「まろんちゃん早く!!」
「うん!!」
 駆け出し、最後の位置に呪言を書き終えたまろんは、人面蜘蛛を見て言い放つ。
「日下部の理の元、貴方を封印します」
「嫌じゃぁ……わしは封じられとうないぃぃ!!ブフォォア!?」
 体中から血を流し、よたよたと逃れようとする人面蜘蛛の顔を、弧月の掌底が打ち付けその巨躯を吹き飛ばす。
「往生際が悪い。お前がやって来た事の報いだ」
 度重なる攻撃により最早動く力も無いのか、人面蜘蛛はその場で苦悶に蠢きすすり泣くが、その声が段々と擦れて行く。見れば、まろんが呪言を記した場所は正確に、五芒星の形を成し、光を発していた。
「日下部 まろんが疾く命じる。邪なるを封ぜし楔となせ!」
 力強い言葉と共に空に五芒星を切ると、人面蜘蛛の姿が薄れ始めまろんの持つうさぎの縫いぐるみへと光が流れ込む。その光が全てうさぎの縫いぐるみに収まると、まろんは再び自分の血にて符を書き、それをうさぎの縫いぐるみに貼り付けた。
「ふぅ……」
「終わったみたいだね」
「うん、弧月兄さんのお陰だよ♪有り難うね♪」
 笑顔で言う、まろんに弧月は微笑を返したが、ふと気がつきまろんに聞いた。
「その縫いぐるみはどうするの?」
「ん?ああ、これ?消しちゃうよ」
 そう言うと、まろんはうさぎの縫いぐるみをポイっと宙に放り投げた。それを目線で追う弧月は、一瞬我が目を疑う。
 一瞬、縫いぐるみが消えたのだ。そして、また現れ何事も無かった様にまろんの手に収まった。その縫いぐるみには、符が付いていなかった。
「まるで手品みたいだね」
「そう思う?」
 苦笑いを浮かべる弧月にまろんは悪戯っぽく笑うと駆け出した。
「さっ帰ろう!弧月兄さん♪」
「そうだね」
 微笑み弧月は、未だ糸に絡められたままの愛車へと歩を進める。その先には、まろんが笑顔で手を振っていた。
 夜の静寂に包まれた林道から、程なく甲高いエキゾーストの音が響き渡った……





 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月25日

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