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『塵も積もれば花が咲く 』
真神・毛利2565)&倉前・沙樹(2182)&倉前・高嶺(2190)

「いらっしゃい!」
 満面の笑みで玄関を開け放ち、2人の客を迎える真神毛利。
「毛利姉、」
 ふわりとした笑顔で呼びかける少女の名は倉前沙樹。胸元に小さな花束を抱えている。それから、左手には近所のスーパーの買い物袋。
 その横で、僅かに笑みを浮かべる少女は倉前高嶺。手に持った紙袋を毛利に差し出してからおじゃまします、と一歩玄関に足を踏み入れた。
「待ってたのよ〜。久し振り!2人共元気そうだし全然変わってない!」
 リビングに案内しながら、毛利は振り返って2人の少女を見る。
 3年振りだ。
 身長や髪型に多少の変化こそあれ、毛利に見せる笑顔も言葉も態度も、何一つ変わっていない。
「毛利姉こそ、全然変わってない」
「本当。全然変わってないわ。私の知ってる毛利姉」
 それだけの会話でひとしきり笑って、少女2人はテーブルに袋の中身を並べ始めた。
「何?随分沢山買って来たのね。うちにも少しならあるのに……」
「そう。でも沙樹が絶対買うって言って聞かなかった」
 言いながら、高嶺が取り出すのはパリパリとしたレタス。それから人参、ブロッコリーに胡瓜にセロリ。
「折角だから、一杯作ろうと思って。これで足りなかったら、毛利姉の冷蔵庫から拝借するわ」
 にこりと笑って、沙樹が取り出すのは榎にしめじにあさり、パセリとスパゲティ。
 まだまだテーブルには食材が並ぶ。
 フランスパン、にんにく、玉葱、ヨーグルトに苺、白身魚と卵。
「さ、3人で食べきれるのかな、この材料……」
 一人暮らしではまず並ばない材料の多さに、毛利が苦笑する。それから、ついさっき高嶺から受け取った紙袋を手にとって首を傾げた。
「あ、これは何?」
「ワイン。毛利姉が飲むかなと思って」
 応える高嶺に、少しだけ料理にも使わせてねと言葉を添える沙樹。
「有り難う。早速冷やしておくわね。さ、それじゃ早速準備に取り掛かりましょう」
「お台所は私と高嶺ちゃんに任せて、毛利姉はテーブルのセットお願い。腕によりを掛けて作るから、期待しててね」
 毛利の差し出すエプロンを受け取って、沙樹がにこりと笑った。


 小さなテーブルに、普段は使うことのない真っ白なクロスを掛けて中央に沙樹が持ってきた花を飾る。
 黄色と薄いピンクのチューリップは窓から射す光を受けて、見慣れた部屋をいつもより明るく感じさせた。
 食器棚からこれまた普段は使う事のないちょっとだけ洒落たカトラリーのセットを取り出して、こちらも滅多に使わないランチョンマットの左右に並べる。
 2人が来ると言うので慌てて掃除した部屋はごく普通のマンションの1室なのだが、これだけでレストランか何かのように華やかになった。
 コンポにCDを挿入しながら、毛利は小さく笑った。
 最後に2人と会ったのは3年前。当たり前だが当時は13才の子供だった。
 今でも、子供と言う点では子供なのだが、17才ともなると少々しっかり具合が違って来る。
 2人共昔からどこか大人びた雰囲気を持っていたが、その大人び具合が悪い方向ではなく、良い方向に向かっている事に毛利は何よりも安堵する。可愛い妹の様な存在だからこそ、3年振りに会って見た笑顔の純粋さが妙に嬉しく感じられるのかも知れない。
 キッチンから聞こえてくる話し声もほのぼのとして可愛らしい。
「高嶺ちゃん、スパゲティの時間ちゃんと測ってくれてる?茹ですぎないでね?」
「大丈夫。あと1分半」
「そっちが出来たら白身魚に塩胡椒してね、掛けすぎないで……」
「分かった」
「それが終わったら苺を洗ってね」
「分かった」
「沙樹、何で泣いてるんだ?そんなに毛利姉に会えたのが嬉しかったのか?」
「違うわよ、玉葱が目にしみたの!」
 キッチンでは沙樹と高嶺……と言うか主に沙樹が料理に精を出している。
 材料から大体の想像は付くが、メニューは秘密なのだそうだ。立ち入りも極力避けるようにと言い渡されてしまった。
 器具の分からないところだけ、2人から質問にやって来る。
 油の跳ねる音に水の流れる音。氷を割る音、冷蔵庫を開ける音、オーブンがチンと鳴る。
「ねーぇ?そっち、何か手伝う事ないの?大丈夫?」
 キッチンに向かって呼びかけると、すぐに「ない!」と言う短い返事が返ってきた。
 この部屋の主であり、2人よりも年上の自分がもてなす為の料理を作るのではなく、御馳走になるのだと思うと少々妙な気分だ。
 決して料理が出来ない毛利ではないが、まぁ、沙樹と比べると腕は落ちる。手際も、多分沙樹の方が遙かに良い。
「これはこれで問題なのかも知れないわ……。今度お料理を教えて貰おうかしら、将来の為に……」
 思わず真剣に考える毛利に、高嶺から声がかかった。
「毛利姉?悪いが後ろを向いてくれないかな?」
「え?後ろ?」
「そう。今から料理を運ぶから……、沙樹が毛利姉を吃驚させるんだと言って聞かない」
 言われるままに毛利は窓の方に目を向ける。
「はい、良いよ」
 沙樹と高嶺がカチャカチャと音を立てながらテーブルに皿を並べるのを感じながら、毛利は自分のお腹がグゥグゥ鳴るのを聞いた。
「すっごい良い匂い!お腹空いちゃった!」
「もうちょっとだけ待ってね、毛利姉」
 クスクスと笑う沙樹。
 コトンコトンと、皿を置く音と、高嶺の大きなため息。
「出来た。毛利姉、もうこっちを見て良いぞ」
 その言葉に毛利はゆっくりと振り返り、
「ぅわぁ……、」
 長い息を付いた。
 テーブルに処狭しと並ぶ料理の数々。それは毛利が予想していたよりも多く、遙かに美味しそうだった。
「食欲そそるわぁ……。こんなに沢山、無理かもって思ったけど、全然平気で食べられそうよ」
 席に就いて、毛利は料理と2人の少女の顔を見比べる。
「沢山食べてね、毛利姉」
「そう、腕によりをかけて作ったから」
「うん。それじゃ早速」


「それで、高嶺ちゃんたらその場に呆然と立ちすくんじゃって、暫く動けなかったのよね」
「しかしあれは誰だって驚くだろう、公衆の面前で」
「うぅん……でもその子、勇気あるわぁ……」
 3人3様にフォークの先に料理を突き刺して、顔を見合わせて笑う。
 昨日のバレンタインに、高嶺の身に起こったある意味不幸とも呼べる出来事を沙樹が話したのだ。
「しかし沙樹だって災難だっただろう?休み時間毎、上級生に呼び出されて」
「えぇ?上級生に呼び出されちゃったの?どうして?」
「皆さんチョコレートを下さったの。お礼が大変だわ。何にしようか、今から迷っちゃう」
 因みに2人とも男子学生ではなく女子学生にチョコを貰ったと言うのだから、毛利は少々苦笑してしまう。
「それで、高嶺ちゃんと沙樹ちゃんは誰にもあげなかったの?」
 尋ねる毛利に、高嶺と沙樹は揃って首を振った。
 この可愛らしい少女達の春はまだまだ先のようだ。
「毛利姉こそ、誰かにあげなかったのか?」
「そうよ、会社の人とか?」
「ふふ……、秘密」
「あ、ずるい」
「毛利姉、教えて!」
「さぁ、どうかしらね〜?ご想像にお任せするわ〜」
 などと笑いながら、実は全然渡す相手はいない。
 昨日と言えば、仕事で遅くまで忙しくしていた。バレンタインだったと気付いたのは帰り道に立ち寄ったコンビニの商品を見てからだった。
「でも、良かった。学校も楽しそうだし。安心したわ」
 スパゲティを巻き付けたフォークを口に運びながら言う毛利に、高嶺と沙樹は顔を見合わせた。
「心配してたのか?」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ私の可愛い『妹』達だもの。2人が楽しそうで幸せそうなら、こんなに嬉しい事ってないわよ。こうやって一緒に食事したり出来るのも、すごく嬉しい」
 素直な感想だ。
 すると2人は嬉しそうな、少し恥ずかしそうな顔で笑った。
 この可愛らしい素直さが、3年前も今も変わらず2人の中にある事も、とても嬉しい。
「あ、これ美味しい。前にレストランで似たようなの食べたけど、それよりずっと美味しいわ。沙樹ちゃん、腕上げたわねぇ」
「有り難う、そう言って貰えると嬉しい」
「あたしだって腕を上げたぞ」
「そうそう、助手の腕をね。でもきっと、高嶺ちゃんがお料理出来るなんて言っても誰も信じないわよ?」
「失礼だな。人を外見で判断するのは良くないぞ?」
 外見と言うか、そう言う雰囲気なのよねぇ……と毛利と沙樹が頷き合った時。
 ガンッ。
 ……と、何か堅い物が窓に当たる音がした。
「何?ベランダ?毛利姉、洗濯物干してる?」
「え?今日は洗濯してないわよ?何かしら……、倒れるような物なんて置いてないけど……」
「突然狙撃されるのか?このマンションは?」
 一旦フォークを置いて、3人はベランダへ向かう。
 大きな窓から外を覗く……特に何もないようだ。
「何だったのかしら?」
 鍵を解いて窓を開いて、毛利は視線を上から下へと落としていった。その足元に。
「あ、」
 まず沙樹が気付いて声を上げた。
「死んでるのか?」
 続いて高嶺。
「や、ヤダなぁ……どうしよう……」
 しゃがんで、足元の物体をまじまじと見る毛利。
「毛利姉、触ってみたらどうだ?」
「触ってみたらーって言われても……死んでたらどうしよう……」
「でも、このままにしておくワケにもいかないし……」
 毛利は恐る恐る手を伸ばして、その物体に触れる。
 と。
 僅かに動いた。
「あ、生きてる?」
「動かして大丈夫かな?」
 毛利の指が触れた頭が少しだけ動いた。ふるふると瞼が震えて、それは僅かに口を開き、小さな鳴き声を発した。
 ――チュン。
「鳴いた!大丈夫みたい?病院に連れて行った方が良いのかな?」
「どうかしら、怪我はないようだけど……」
「ああ、それなら脳震とうじゃないのか?ほら、時々学校の窓にツバメが激突して脳震とう起こしてるだろう?」
 取り敢えず部屋の中に入れようと言って、毛利が両手でその小さな生き物をすくい上げる。
「うわぁ……雀なんて初めて触ったわ……」
 生暖かく頼りなくて、脆い。
「沙樹ちゃん、洗面所の下にタオルがあるから持って来て貰える?それから高嶺ちゃんはソファからクッション持って来て」 
 食事は中断。
 急遽、雀の看病になる。


 温めた方が良いのかも知れない、と言う訳で、クッションとタオルの間に使い捨てカイロを敷いてその上に雀を寝かせた。
 小さな体の上に薄いタオルを掛けて、頭だけが見える。
「マッサージとか、した方が良いんじゃないのか?刺激を与えたら目が覚めるかも」
「刺激って、大丈夫かしら?頭を強く打ったならそっとしておいた方が良いのかも……」
 美女と美少女2人の手厚い看護を受けているとはつゆ知らず、小さな雀は微動だにせず目を閉じている。
 呼吸はしているようだが……。
「ちょっとだけ触ってみる?それで目を覚まさなかったら、近くに動物病院があるから連れて行ってみましょうか?」
 言って、毛利が3人を代表して雀の心臓があると思しき辺りを指先でつんつん、と触ってみた。
 ――パチッ。
 と、音がしたんじゃないかと思うほどくっきりと小さな瞼が開いた。
「あ、起きたか?」
 雀は薄い灰色の瞼を何度か瞬かせて、ピョンと跳ね起きた。
「そんな、急に動いちゃダメよ……」
 今まで自分の体の上にあったタオルの上に立って、雀は首を傾げて3人を見る。
「何か考えてるな。何でこんな処にいるんだろうと思ってるのか?」
「人間がいるから驚いてるんじゃないかしら?飛べるようなら、すぐに外に離してあげた方が良いわよね?」
 見守る3人の前で雀は大きく体を震わせて翼を整えるとチュンチュンと鳴き、飛び上がった。
「平気みたいね?窓を開けた方が良いかしら?」
 立ち上がり、ベランダに向かう毛利。
 しかし雀は毛利とは逆の方向に飛んだ。
「あ、あら?」
「おい、どこへ行くんだ?外はそっちじゃないぞ?」
 首を傾げる3人に構わず、雀は天井近くを大きく旋回してからテーブルの端に止まった。
 そこで、落ちていたパン屑をついばむ。
「ちゃっかりした雀だな……、警戒心もないのか?」
 皿の上に止まられては困ると言って慌ててテーブルに戻る沙樹。
 それに驚く気配も見せず、雀は時折チュンチュンと鳴きながらパン屑をついばむ。
「お腹が空いてるのかしら?パンを分けてあげましょうか?」
 言って、毛利がフランスパンを小さくちぎって前に置いてやると、雀は平気な顔でそれをついばんだ。
「お前、ついさっきまで気を失ってたんだぞ?」
「もしかして、空腹のあまり窓にぶつかっちゃったのかしら……?」
「まさか……でも、全然人間を怖がらないわね、この子……」
 顔を見合わせる3人の前で、雀は可愛らしく首を傾げて元気に鳴いた。
 ――チュン。
「まぁ、良いか?パンは沢山あるから」
「そうね。特別ゲストと言う事で……勿論、毛利姉さえ良かったら、だけど」
「私は構わないわよ。可愛いお客さんが増えて嬉しい」
 そこで、雀の為に皿にちぎったパンを入れてやって、3人も食事を再開する。
 ワインが空になって、デザートの苺の最後の一粒がなくなり、コーヒーがカラッポになっても1羽の特別ゲストをくわえての会話は終わらなかった。
 小さな小さなパン屑が、雀にとって御馳走であるように、小さな小さな話題の数々が3人には満開の花。
 喋りすぎて喉が痛くなった……と、高嶺がぼやいてもまだ話しは続いた。


end
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月17日

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