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『1日ホスト体験 』
真名神・慶悟0389)&佐和・トオル(1781)

 あまりに予定外だった。
 真名神慶悟はマドラーを手に吐き気と頭痛を懸命に堪えていた。
 何が予定外と言って、匂いだ匂い。兎に角この匂い。
 決して女性に免疫がないワケではない。
 電車や町中等の混雑する中で女性の集団などいくらでも見てきた。
 しかし、両手に抱えた花の匂いがこれまでキツイとは、想像もしていなかった。
 何の匂いかと言うと、恐らく本人は『ふわりと漂う程度』のつもりでつけているのであろう香水。それから整髪料のフローラルな香り、化粧品のフルーティな薫り、口臭予防のミントの香りに、(これはまぁ我慢出来るが)アルコールの香り。それらがこの上なく絶妙にミックスされて凄まじい香りを醸し、慶悟を苦しめる。
 両手に花と言えばかなり美味しい状況だ。しかもそれが上の中あたりの美人と来ている。本来ならば1人の立派な成人男性である慶悟にはこの上なく嬉しい状況でなければならない。ならないのだが……、やはり激しいこの匂い。
 慶悟は逃げ出したいような心境でせっせと水割り作りに専念していた。
 しかし何故慶悟の両サイドに見目麗しい花がいるのか。そして何故慶悟が水割り作りに精を出しているのか。
 それは1週間程前、慶悟と佐和トオルが会った日に遡る。

「寂しい懐だなぁ」
 慶悟が煙草を買う為に取り出した財布を何気なく覗き込んで、トオルは言った。
「覗くな。最近ちょっと仕事が少ないんだ」
 いそいそと財布を仕舞って、慶悟はしっしとトオルを払った。
「仕事?ああ、陰陽師。毎日ある仕事じゃないからね。他にアルバイトなんかはしないの?」
「なかなか時間の都合がつかなくてな。考えてはいるんだが……」
 実入りの良さそうな職が見付からない、と慶悟はため息を付く。
「陰陽師だけで喰ってくならさ、ほら、テレビとかに売り込まなきゃ難しいんじゃないの?ルックス良いんだから使えそうだよね」
「ルックスで働いてるワケじゃないぞ」
 派手な服装で髪の色を抜いてはいるが、それはあくまで魔を嚇し、気を引く為だと慶悟は言う。
「それじゃ、営業でもかけてみたらどうだろう?陰陽師の訪問販売」
「……馬鹿にしているのか」
 眉を寄せる慶悟に、トオルはとんでもないと首を振った。
「心配してるんだ。大の大人の男の懐がそれじゃ、あまりにも酷いんじゃないかって。女の子とデートも出来ないんじゃないか?」
 言われてみれば(いや、言われなくても自覚しているが)確かに寂しすぎる懐だ。
 慶悟は残った金を思い出して少々気が重くなった。
 そうか、あと家賃を払わなきゃならないのか……、生活費も多少は必要で、仕事で使う金も必要で……。
「うーん……」
 考えるとつい、唸ってしまう。
「まだ若いんだからさ、もっと色々考えた方が良いんじゃないの?その点、俺の収入はしっかりしてるぞ。勿論、女の子とデートだって思う存分出来るし」
 トオルの職業と言えば勿論、ホストだ。オーナーであり、尚かつNo.1と来た。
 そりゃもう収入なんざ慶悟は足元にも及ばない。
「うーん……」
 羨ましい話しである。
 ふと目を向ければ、トオルの服も靴も時計も、かなり高級そうだ。
 決してだらしなく見えないよう、慶悟も日頃服装にはあるていど気を配ってはいるが、見比べてみると何だか自分の服はよれよれとして見えて貧乏くさい。
 趣味はツーリングと聞いていたが、きっとそっちにも相当なお金を掛けているに違いない。
「…………」
「あれあれ、どうしたの黙り込んで?」
 慶悟は少々憮然とした顔で煙草に火を付けた。
 目の前のこの男は、外見は確かに女好きのするような感じだ。
 職業柄多少チャラチャラして見えても実はクリスチャンである。きっと内面は真面目でしっかりしているのだろう。
 しっかりとした収入があり、女にももてる。
 むしろ女にもてるから収入がある。
「……良い職業だな……」
 慶悟の抱くホストのイメージと言えば、両手に美人を侍らせて酒を飲ませる職業だ。
 美人をおだてて酒を勧め、それで金になる。
 勿論仕事だからして、苦労はあるだろうが、恐らく陰陽師のような危険はないに違いない。
「突然だが、」
 と、慶悟は煙草をもみ消してトオルを見た。
「社会勉強をさせてくれ。後学の為に……いや、社会勉強の為に」
「社会勉強?将来ホストをするつもりでも?」
「いや、女の扱いが分かれば女の依頼が今まで以上に受けやすくなるかと」
「ああ、成る程ね。そうだなぁ、女の子の扱いってのは、妙に難しい処があるからなぁ……」
 うんうん、と頷いてトオルはポンと慶悟の肩を叩いた。
「良いよ。暫くアルバイトとして雇おう」

 ……とまぁ、こんな具合で慶悟は今、Virgin−Angelで短気アルバイトとして働いている。
 両手には、想像した通り(むしろ想像以上に)美人。
 匂いさえ我慢出来れば問題はなさそうなのだが……。
「おおぃ慶悟!こっちに入ってくれないかな」
 呼び声に顔を上げると、少々奥まった席からトオルが呼んでいる。
「常連さんなんだけど、是非とも新人アルバイトの顔が見たいって言ってね」
 挨拶をして席を立ち、そちらに向かった慶悟の耳元に、トオルが囁く。
 と、その途端。
「えーっうっそ、マジ可愛い〜」
「いくつ?若いよねー」
 甲高い声が耳に飛び込んでくる。
「初めまして、慶悟です。宜しくお願いします」
 頭を下げてから年齢を告げると、さらに甲高い声が何故か激しい笑いを発した。
「うっそー、わっかーい。良いよねぇ、若い子ってやっぱりさー」
「てゆぅか慶悟って何でアルバイトなのー?勿体ないじゃーん。ここに就職しちゃえば?あたし毎日通っちゃうー」
 初対面でイキナリ呼び捨てか!
 ……と一瞬思ったのだが、そこはやはり相手は客で、自分はホストなので口には出さないでおく。
「今日が初めてだっけ?だったらあたし、お祝いにフルーツ注文しちゃおっかな。ねぇ、食べさせてくれるぅ〜?」
「あ、それ良い〜、ね、フルーツお願い!」
 ありがとうございます、と早速注文を入れるトオル。
 慶悟は『食べさせてくれるぅ〜?』の意味が今ひとつ理解出来ず黙って水割りを作った。
「わぁ、何か良いよねー、慣れてませんて感じー」
 出来上がった水割りを手渡そうとした慶悟を、正面に座った女が笑った。
 何事か分からなかった慶悟に、すぐさまトオルが注意を入れる。どうやらグラスの渡し方が悪かったらしい。
「あ、良いの良いの。気にしないで、そう言うところが好きかも。あ、ほらフルーツ来たわよ。ね、慶悟。あたし苺がたべたいー」
 何故か口を寄せてくる女。
 ほら、とトオルがフォークを渡す。
 ……つまり、食べさせろと言う事なのか。
 仕方なく慶悟は苺をフォークの先に突き刺して女の口に入れてやった。
 途端に、女2人が激しい嬌声を上げる。
 慶悟は一瞬顔を背けて頭を抱えてしまった。これは一体何事なんだ?と。
 女達が何故笑っているのか理解出来ない。何故フルーツを人に食べさせて貰うのか分からない。20才の男を可愛いと言うその心境が理解出来ない。
 そこへ、トオルから小声で注意が入る。
 何か話しを振る事、それから女性を褒める事。
 慌てて慶悟は視線を女性客に戻し……それから、口を開いた。が、そこから言葉は出なかった。
 何処を褒めれば良いか、分からなかったのだ。
 ファッションを褒めるべきなのか、化粧を褒めるべきなのか、趣味が良いのか悪いのか取り敢えず悪臭としか感じられない香水を褒めるベキなのか……。
 思考停止したまま口をパクパクする慶悟の横から、すかさずトオルが女性2人の爪を褒めた。
 ああそうか、爪を褒めれば良かったのか……と慶悟が漸く女性の手に視線を落とした時、トオルが氷を持って来るようにと指示を出した。
 これ幸いと立ち上がる慶悟。
 ふと店内を見回すと、どこもかしこも嬌声を上げる女・女・女・女……。
 急いで氷を入れて戻り、慶悟はそのままトイレに姿を消した。

 トイレの個室に入って、慶悟はまず煙草に火を付けた。
 深く煙りを吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
 労働の合間の旨い1本。
 外から聞こえてくる音楽と嬌声に耳を澄まして、慶悟は激しいため息を付いた。
 あの中に戻るのかと思うと、少々……いや、かなり気が重い。
 そこで慶悟は式神を呼び出し、替形法で慶悟の姿を取らせた。
 狭い個室に慶悟が2人。
 慶悟は式神を頭からつま先までじっくり眺めてから、言った。
「笑って座って相槌を打ってろ」
 直ぐさまトイレを出る式神。
 気付かれる事はまず有り得ないだろう。
 しかしホストと言う職業、少々簡単に考えすぎていたようだ。
 まだ鼻につく匂いと耳にガンガン響く嬌声にうんざりしつつ煙草を消して、慶悟は個室を出る。
 と、そこにトオルが入ってきた。
「あれ、何してるんだこんなところで……って、あれ?さっき席に戻ったのは……?」
「式神だ。替形法で俺の姿をした」
「ああ、成る程ね」
 頷いて、トオルはニヤリと笑った。
「社会勉強になったかな?ホストってのもなかなか大変な仕事だろう?」
 恐らくトオルは、慶悟がすぐに音を上げる事を予想していたに違いない。
 何が不向きと言って、性格がホスト向きではない。
「ああ、良い社会勉強をさせて貰った……、もう十分だ」
 洗った手を風で乾かしながら、慶悟はため息混じりに言った。
「酒は客としてのんびり飲んでいる方がいい……」
 笑うトオルに、一言たりとも反論は出来なかった。

 数日後、アルバイト料を持って慶悟を尋ねたトオルが一つ、頼み事をした。
 式神でも何でも良いから、もう1日アルバイトをして欲しい、と。
 先日のあの女性客がいたく慶悟を気に入って、是非とももう一目見たいとトオルに頼むのだそうだ。
 勿論式神であってもそれなりの料金は支払うつもりだと言うトオルに、慶悟は激しく首を振って丁重に断りを入れる。
 例え式神にだって、あの匂いの中であの女性達を相手に働けと言うのは、あまりに酷だと思ったからだ。
 ……とは勿論、トオルには言わないでおいた。


end 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月03日

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