▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Cook it easy! 』
佐和・トオル1781)&香坂・蓮(1532)

「辞めるなら今のうちだぞ」
「勿論、辞めたりしないさ」
「本当にやるんだな?」
「やるったら」
「途中で投げ出すなよ?俺は知らんぞ?」
「分かってるって」
「じゃ、ホラ。持ってみな」

 神妙な面持ちで包丁を差し出すのは香坂蓮。そして、それをこれまた神妙な面持ちで受け取るのは佐和トオル。
 ある休日の、トオルのマンションの台所。
 シンクに並んだ赤い林檎を前に、トオルはまるでカエルの解剖でもするかの様に真新しい包丁を握った。
「そんなに肩に力入れるなよ。良いか?よく見てろ」
 言って、蓮は包丁を握る。
 左手に林檎を持ち、包丁の刃を当ててクルクルと回す。
 ほんの数分で芯を取り綺麗にカットされた林檎が皿に並んだ。
「やってみな」
 言われて、トオルはつい笑みを浮かべてしまった。
―――なんだ、簡単じゃないか。
 料理を習いたいと言ったトオルに、蓮はまず林檎の皮むきから教えると言ってきかなかった。
 自慢じゃないがトオルは料理らしい料理をした事がない。
 それでも、皮むきから教わらなければならないほど不器用ではないつもりだ。
 護身用に持ち歩いているナイフ捌きと言ったら見事なものだ。
―――いくら何でもこりゃ俺を馬鹿にしてるよな……。
 と思えども、トオルはそれを口に出さず、左手に林檎を持つ。
 何と言っても今日は蓮は先生なのだから。逆らってはいけない。
 包丁を持つ手は少々ぎこちないが、林檎を回す手は極めて滑らか。
 ……の筈なのだが。
「おい。林檎の皮は何センチだ?」
「え?えっとぉ……1センチくらいかな……」
 と言うのは勿論冗談なのだが。
「何でだ……」
 トオルは自分が切った林檎を目の前にして、愕然とした。
「これは……どっちが皮でどっちが実なんだろうな?」
 真面目くさって言う蓮に、トオルは、
「包丁が悪いんだ。切れ味が悪い!だからこんなになるんだよ。そっちのを貸してくれ」
 と、蓮の包丁を取り上げる。
 そして再度、林檎を手に取って……。
 2時間かけてカウンターに並んだのは、どちらが皮でどちらが芯で、はたまたどれが味なのだか分からない哀れな残骸ばかり。
「おっかしぃなー、簡単そうに見えたんだけどなぁ……」
 納得いかないと呟いて、トオルは次の林檎び手を伸ばした。
「分かった。もう良い、やめろ勿体ない」
 全身全霊を込めて林檎に視線を注ぐトオルを、蓮は止めた。
「同じ刃物なのに何で出来ないんだ……」
 蓮は深い溜息を付いて、トオルの手から林檎を取る。
 左手の動きは抜群。ひょいひょいと軽やかに林檎を回す様子は大層手慣れている。
 問題は、その林檎にあてがう包丁を持つ右手だ。
 握り方も力の込め方も角度も、全てが問題だ。
「分かった。包丁は後に回そう。皮むきなら皮むき器で出来るからな」
 最初からこちらを使った方が良かったのかも知れない。
 蓮は抽出からにんじんの形をした皮むき器を取り出して、馬鈴薯と一緒にトオルに渡した。
「子供でも出来る馬鈴薯の皮むき。皮むき器も使えないんなら料理は諦めるんだな」
 子供でも出来ると言われてトオル自尊心に少しばかり傷が付いた。
―――こんな便利な器具があるなら最初から出せっての!
 と言いたいところをぐっと我慢して、馬鈴薯の皮むきに取り掛かる。
 成る程、大層便利な器具だ。ほんの数分で4つの馬鈴薯の皮が綺麗に剥けた。
「剥けたら芽を取って水に浸けておく」
 言って、蓮は芽取りをやって見せる。トオルにやれとは言わなかった。
 時間が勿体ないと思ったからだ。
「馬鈴薯が出来たら、次は玉葱。1回だけやって見せるから、ちゃんと覚えろよ?」
 言いながら、蓮は手早く玉葱の微塵切りを仕上げて見せる。目が痛くなる隙もない素早さ。
「うん。皮むきより簡単そうだ」
 ああ言うちまちました地味な作業は似合わないんだ……と言って、トオルは白いまな板に乗っかった玉葱に向かう。
 確かに、皮をうすーく剥く作業よりは簡単かも知れない。包丁を立て横に入れて切るだけ。しかも、何だか凄く料理をしているような雰囲気が出る。
「ええっと、こうして……こうして……」
 蓮が手本に見せてくれた通りに包丁を滑らせているつもりである。本人は、至って真面目に。
「……誰が乱切りにしろって言った?微塵切りだ微塵切り。微塵切りってのは細かく切るから微塵切りってんだろ」
「こ、細かいじゃないか!十分!」
「五月蝿い!やり直し!」
 まな板の哀れな乱切り玉葱を皿に移して、蓮は新しい玉葱を渡す。
 ぺりぺりと茶色い皮を剥ぐところからのやり直し。
―――人選誤ったかなぁ……。
 どうせなら、もっと優しい美人の女の子に頼んだ方が良かったかも知れない。
 内心呟きながら、トオルは包丁を握る。
「へたくそ!半分に切るものまともに出来ないのかよ」
「う、うるさいな。ちょっと手元が狂ったんだっ」
 見れば7:3に別れた玉葱。
 慌てて言い訳をして、トオルは小さい方の玉葱に包丁を入れる。
「もーちょっと優しく教えられないのかっ……」
「泣き言言うな。自分で覚えたいと言ったんだろう」
「そ、そりゃそうだけどさ……」
「良いからさっさとやれって。日が暮れる」
 因みに昼食の予定で作り始めて現在午後2時過ぎ。
 手柔らかに教えようと思っても、空腹が不機嫌にさせる。
 蓮は盛大な溜息を付いて椅子に腰掛け、林檎の処理に取り掛かった。

「で、何時になったら微塵切りは出来るんだ?」
 3時を過ぎて、手に持った包丁でトオルを一刺ししてみたいような気分で蓮は尋ねた。
 目の前のボウルに山と積まれた乱切り玉葱の山。
 部屋中に充満した玉葱の香り。
 蓮の手によって綺麗にカットされ、用意された肉と人参、馬鈴薯。
「一応努力はしてるから認めて貰えないかな……」
 包丁を握りっぱなしで強張った手を伸ばしながら、トオルが涙を拭う。
「これくらいで泣くな」
「泣いてない。……玉葱が目に染みただけだよ」
 ホントはいい加減イヤになって涙が滲んでしまったのだが、玉葱の所為にしてトオルは軽く鼻を鳴らす。
「まったく、しょうがないな……」
 呟いて、蓮はボウルを手元に引き寄せる。そして、トオルにはフライパンを渡した。
「油を敷いて温める。それで肉を炒める。それくらいなら出来るだろ?油が飛び跳ねるのが怖いとか言うなよ」
 ちょっとイヤミっぽく言ってみたりしてから、蓮は乱切りの玉葱を微塵切りにして、こちらも油を敷いて温めた鍋で炒め始めた。
「玉葱が飴色になるまでよく炒める。出来たら、人参と馬鈴薯を入れて軽く炒める。それから肉」
 包丁さえ使わなければ戸惑う事も恐れる事もない。
 蓮の指示通りにトオルは炒めた材料を鍋に移し、計量カップで測った水を注ぐ。
「蓋をして、あとはルゥを入れるだけだよな?これくらいなら出来る」
「誰でも出来るから胸を張るな」
 ちょっと自信を取り戻したトオルを一蹴して、蓮は小さな器とオタマジャクシを渡した。
「何?味見?」
「馬鹿。灰汁取りだ」
 聞けば何とトオルは灰汁取りも知らないらしい。
 料理らしい料理をした事がないのだからそれも当然なのだが、蓮は頭を抱えて教えた後で、
「よく今まで生きて来られたな。それも一人暮らしで……」
 と呟いた。
「腹が減ったら外で喰ってたし、料理してくれる女の子だっているし……、自慢じゃないけどパンくらい焼ける」
 パンを焼けると言っても小麦粉から作って焼く訳では決してない。
「そんなのは料理と呼ばない」
 軽く首を振って、蓮は冷蔵庫から卵を取り出す。
 因みに、今日の為に蓮が買ってきたものだ。
「あれ?カレーに卵なんか入ってるんだっけ?」
「こっちは良いから、灰汁を取れ灰汁を。ルゥを入れる時は火を止めて……間違ってもそのまま入れるなよ。ちゃんと割って入れるんだぞ」
 トオルの一つ一つの行動を目の端に捕らえて注意しつつ、蓮は卵を溶いた。

 午後4時。
 空腹を通り越して何だか食欲がなくなってしまった頃になって、台所に何とも美味しそうな香りが漂った。
「うわー……出来たー……」
 くつくつと煮える鍋を前にして、歓声を上げるのはトオル。
「やっっっと出来た……」
 エプロンを外し肩を回す蓮。
「うーん、なかなか感動だなぁ。自分で作ったカレー!」
 喜んで皿を準備するトオルに、蓮は、
「下準備も1人で出来たら完璧だけどな……」
 と呟いて、オーブンから香ばしい香りを放つものを取り出した。
「あれ、何それ」
「アップルパイ」
「え。アップルパイなんか作れるのか!?」
「そう、誰かさんがのろのろ乱切りしてる間に」
 食べきれない林檎の皮を剥くことは、最初から予想していた。
 捨てるには勿体ない、かと言って保存して誰かに分けられるようなものでもない。
 となると、料理に使ってしまうに限る。
 トオルが肉を炒めている間にすり下ろしたものを鍋に加えて、余ったものは砂糖で甘く煮込んで冷凍のパイシートに包んだ。
「焼くだけだからな、これは」
「美味しそうだなぁ……」
 嬉しそうにご飯を盛りつけた皿にカレーを掛けるトオル。
 因みに、この白飯もトオルが玉葱と格闘している間に蓮が炊いた。
 結局トオルがしたことと言えば、馬鈴薯の皮むきと玉葱の乱切り、炒める事と煮込む事。
「……これでも自分で作ったって言えるのかな……」
 トオルに聞こえないように呟いて、蓮はパイを切り分けた。

 生まれて初めてカレーを作った日から丁度一週間が過ぎた日曜日。
 トオルは台所に立って鍋に湯を沸かしていた。
 カレーの次はスパゲティ、と心に決めていた。
 そんな訳で、今日の昼食はスパゲティ。
 一番簡単なところで、女の子にレシピを教わったナポリタン。
 玉葱を乱切りにしているところでインターフォンが鳴った。
 出ると、宅配便だ。
「えーっと、何だろう?」
 送り主は香坂蓮。
 箱を開けて、トオルは思わず肩を落とした。
 贈答用の箱に詰められた赤い林檎と、その上に乗っかった受講料並びにカレー材料・皮むき練習用林檎請求書。
 箱の隅には真新しい切れ味の良さそうな包丁まで入っている。
「……なんかやっぱり……」
 講師の人選を間違えたかな。
 と、思わずにはいられないトオルだった。



end
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.