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『after school 』
篠咲・夏央2125)&矢塚・朱羽(2058)

 消しゴムが転がり落ちる。
 その小さな音が、筆箱を落としたような大きな音で驚いて、篠咲夏央は顔を上げた。
 午後4時30分。
 授業を終えた生徒達はとうに部活や家路につき、人っ子1人いない静まりかえった教室に、1人。
「はぁ……やってらんない……」
 溜息を付きながらペンを走らせる。
 友人達と馬鹿話しをしながら校門を出た所で、日直だった事を思い出した。帰り際に担任に提出するべきである日誌は机の中。しかも、一行たりとも記入されていない。
 仕方なく、友人と別れて教室に舞い戻り、少し前に漸く解放されたばかりの机に戻り、今日一日の授業内容や報告事を書いていく。
 手早く済ませば簡単な作業なのだが、誰もいない教室でやる気泣く書いていると、とてつもなく面倒でやってられない。
 しかし、放課後の教室に一人きりでいるなど、今までになかった。夏央はいつの間にか、ペンを動かしながら窓の外に目をやり、物音に耳を澄ませていた。
「……色んな音があるんだ……」
 普段なら気付かない、グラウンドを走る生徒の足音。部活動のかけ声、笛の音、バットにボールが当たる音……、そして時々、誰かが校舎の階段を駆け下りる足音。
 自分の呼吸さえも響くような教室。
 何だか少し、別の空間のおうで面白く……1人だけ現実から切り離されたようで淋しい。
 冬の夕暮れは早く、その上曇り空。電気を付けていても教室は薄暗い。そして何時も以上に冷える。
「早くやっちゃおっと」
 冷えた指でペンを握り、再び日誌に目を戻す。
 と、そこで足音が近付いてくるのに気付いた。
 教師か生徒のどちらかだろう。夏央は気に留めずペンを走らせる。
 足音は少しずつ近付いてくるようだ。特に急ぐでもない、一定のテンポ。
 足音一つにも、その人物を現す特徴がある。
 自分の足音には一体どんなリズムがあるのだろう……などと欠席者の名前を書きながら、思ってみる。
 すると突然、教室の戸が開いた。足音と同じ、一定のリズムで。
 夏央はふと顔を上げ、戸口に視線を向ける。
 そこに立つ男子生徒。
「あれ?何やってんだ?帰ったんじゃなかったのか?」
 先に口を開いたのは、男子生徒の方だ。
 矢塚朱羽と言う名のクラスメイト。
「矢塚こそ、どしたの?あたしは日誌書き忘れたから戻ってきたんだけど……」
 夏央が答えると、矢塚は少し笑って、
「ばーっか」
 と、憎まれ口を叩く。
 ムッとして、夏央は舌を出して見せる。
「って、俺も人の事は言えないけどな。数学のワーク忘れたんだ。宿題……、明日、俺当たるからな」
 言いながら朱羽は自分の机から数学の問題集を取り出す。
「本ッ当、人の事言えないね。って言うか、矢塚、宿題なんかするんだ?意外にマジメー」
「俺は何時でも真面目だろう」
「ああ、ハイハイ。寝言は寝てから言うようにな」
 つまらない冗談を適当にあしらって、夏央はパタンと日誌を閉じる。これを担任に提出すれば、晴れて無罪奉免。
 ペンを仕舞いながら、何気なく矢塚を見る。
 鞄の中に問題集を仕舞う、何気ない仕草。
 ふと、夏央は気付いてしまった。
 放課後の、誰もいない静かな教室。
 そこにいる、自分と矢塚。
 もしかしてこれは、お約束過ぎるけれど絶好のシュチュエーションではなかろうか。

「矢塚」
 何気ない振りで、夏央は矢塚を呼ぶ。
「んん〜?」
 顔も上げずに答える矢塚。
 夏央は、すぐに聞いた。
「矢塚には彼女はいるのか?」
 一瞬の間をおいて、矢塚が顔を上げる。そして、眼鏡の奧の金色の目で、真っ直ぐに夏央を見た。
「……な、何だ、突然?分かった、聞き出して、言いふらす気だな?」
「ちっがーう!」
 激しく首を振って、夏央は否定する。
「ほらほら、矢塚とそーゆー話しってしたことないじゃん?となると、何かちょっと気になって来るじゃん?正直に言ってご覧?おねーさんが聞いてあやるからさ!」
 胸はそれこそ早鐘の様に打っているが、それを顔と口には出さず、夏央はあくまで平静を装って言う。
 そして、さも青春の1ページを飾るような他愛ない会話の一つであると強調するかのように近付き、すぐ側の机に腰掛ける。
「いないよ」
 極アッサリとした返答。
 しかし、その後すぐに矢塚は顔を背けた。
 アヤシイ。と、夏央は思う。
 彼女もいないのに、不意に妙に淋しげな顔をしたりするだろうか?
 誰かを無性に恋しく思っているかのように、1人で空を見上げたりするだろうか?
 このクリスマスの近い時期に、女漁りをするでもなく、平然としていられるだろうか?
 実は、矢塚には隠しているけれど彼女がいるに違いない、と言うのはクラスでの専らの噂。
「矢塚ー……、面白くない奴だなぁ。誰もいないんだから、正直に言ってみなって。別に茶化したり馬鹿にしたりなんて、しないからさ」
 顔には必死で笑みを浮かべて、夏央は再び尋ねる。
「ね。それじゃ、彼女じゃなくて、好きな人はいるのか?」
 不意に、矢塚は動きを止めて、口を閉ざす。
(ああ、これは決定的だ……)
 きっといるんだ。間違いなくいるんだ。
 夏央は心の中で猛スピードで考える。
 彼女ではないのかも知れない。付き合ってはいないけれど、でも、心に決めた人が、きっといるんだと。
「矢塚ー。何黙ってんのー。良いじゃん?それくらい、教えてくれてもさ?」
 本当は、聞きたくないかも知れない。
 聞いてしまったら、もうどうしようもなくなってしまうから。
 諦めざるを得なくなってしまうから……、知らない方が良いのかも知れない。
 それでも、夏央は尋ねずにはいられなかった。
 この目の前のクラスメイトが、一体どんな人物に思いをはせているのか。
「ね、ね。どんな人?あ、実はすっごく年上だったり、年下だったりとか?」
「……い、いや……」
 短く答えながら、矢塚の視線はやや泳いでいる。
「同い年?高校生?同じガッコ?……じゃないか、全然そんな素振り見せないもんな。うーん……女子校?」
 どうせなら、もうどうしようもなく勝ち目のない相手が良いと夏央は思う。
 そうすれば、諦めもつくから。
 手も足も及ばないような、矢塚の為だけに存在するような、相応しい人だったら良いと思う。
 そうすれば、自分の想いにケリを付けられるから。
「可愛い?どんなコ?芸能人で言ったら、誰に似てる?」
 しかし、尋ねれば尋ねる程、矢塚の視線はぎこちなく宙を泳ぎ、どこか気もそぞろな感じになってくる。
「矢塚、もしかして照れてる?そんな可愛いコなのか?」
「そ、そう言うんじゃないっ!」
 慌てて矢塚は否定する。
 実は、ちょっと人には言えぬ事情があるのだ。
(あ、あれ……?)
 その異様に慌てた否定振りに、夏央は内心首を傾げた。
 何だか随分、強く否定されてしまった。しかも妙に慌てて……。
(うん〜?矢塚の好きな人って、一体どんなのだ……?)
 同い年か、高校生か、女子校かと言う質問にも、可愛いかと言う質問にも、矢塚は答えない。
(もしかして、年上かな?矢塚、年上好み……?大学生……?)
 机に腰掛けたまま、足をブラブラ揺らしながら、夏央は必死になって考える。
(大学生じゃなきゃ、社会人……?でも、可愛いかって聞いても答えないって事は……)
「ね、何かヒント!美人?黒髪?それとも茶髪?」
 ……そんな事を聞いてどうするのかと、自分でも思うのだが、どうにか間を繋ごうとすると、そんな質問しか出てこない。
「び、美人……?黒髪!?い、いや、だから違うって……、いない、そんなの……!」
 何故かしどろもどろになる矢塚。
(ん〜……!?な、何かちょっと、絶対アヤシイ感じがする……??)
 だんだんと、どうにか脳裏に描こうとした矢塚の想い人像があらぬ方向に向いてくる。
 年上。多分大学生以上。そして、可愛くはなく、美人と言うには少し違う。そして恐らく、黒髪。
(えええええ……!?)
 何故か、夏央の脳裏にはスーツに身を包んだ黒髪の男の姿が出来上がる。
(い、今流行りのボーイズなんとかって奴か……?そ、そうか、それじゃそうそう人には言えないわけだ……)
 しかし。
(でも、待てよ?相手が男ってことは、あたし全然望みがないワケないんじゃないのか……?)
 しかも、想い人。付き合っているワケではなさそうだ。となれば、全く1%の望みもないワケではない。
「矢塚っ!!」
 机から勢いよく飛び降りて、夏央はやや挙動不審のように見える矢塚の前に立つ。
(そうだよ。男が好きです!なんて、言えるワケないもんな。悪い事聞いちゃったな……)
「な、何だ?」
 驚いて一歩後退る矢塚に、夏央は思い切って言った。
「矢塚が誰を好きでも構わないから……!」
 そして、もしかしたら0.5%でも望みがあるかも知れない矢塚に、抱きつく。
 一世一代の大決心。……とまでは行かないけれど、やはり夏央も一応多少の恥じらいを持つ少女で、告白となるとかなりの心構えが必要。
 かなりの決心で、想いを告げたのだが。
 矢塚の返事は。
「ナニしてるんだ?」
 と言う無情すぎるものだった。
「大丈夫か?眩暈か?それとも、腹でも痛いのか?」
(矢塚……、何言ってんの……?)
 一瞬、惚けたのか本心なのか、分からなかった。しかし、どうやら矢塚は本心で言っているらしい。
 純粋に、驚いた顔で自分を見る矢塚。
「………………」
 夏央は、無性に腹が立った。
 人の決心を、人の恋心を、人の純情を、何だと思ってるんだ、……と。
「好きだっつってんのっ!」
 叫ぶように言って、夏央は矢塚を突き飛ばす。
 よろめいた隙に、鞄と日誌を持って廊下に駆け出した。

「あああああっ!馬鹿バカばか!」
 何て事をしてしまったんだろう。
 言うんじゃなかった。
 どうせ言うなら、もっとちゃんと言えば良かった。例えば、少女漫画みたいに呼び出して。
「もう、信じられない。最低だ。本ッ当最低だ!あたしのバカッ!!」
 しかも、突き飛ばしたりなんかしちゃって。
 明日から一体どうやって顔を合わせよう?
「休んじゃおっかな……」
 自然と目の縁に浮かんで来た涙を、指で拭って夏央は呟く。
 出るのは溜息ばかり。
 間近の冬休みもクリスマスも、灰色だ……。
 とぼとぼと職員室に向かい、担任の机に日誌を置く。
 明日の休みの理由を考えながら、夏央は家路を辿り始めた。

 その頃。
「な、何なんだ夏央の奴……?何って言ったんだ?」
 教室に取り残された矢塚。
 ちょうど夏央が抱きついて、何か言った時。下校を促すチャイムが重なり、聞き取る事が出来なかった。
 確認しようと口を開きかけた時には、夏央は自分を突き飛ばして走り去ってしまった。
「やっぱり腹でも痛かったのか……?」
 全く……、と溜息を付いて、鞄を持つ。
「ワケわかんねぇ奴……」
 呟いて、教室を出る。
 一体何を言ったのか、明日にでも聞けば良いことだと思いながら。


end
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月15日

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