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『these days 』
神坐生・守矢0564)&龍澤・直生(0722)

閉店間近。
店主である神坐生守矢が今日最後の配達に出ている間に一つの計画を行動に移そうとして、龍澤直生はもう30分も切り花の前に立っていた。
後数分で守矢は帰ってくるだろう。
タイムリミット。
「チッ」
舌打ちして、手に取ったばかりの白いフリージアを戻す。
ボスの日。
スタッフが上司に贈り物をすると言う、日本ではあまり知られていない習慣。
そんな日があるのかと、何気に記憶に留めていただけだったのが、つい先日、偶然入ったリカーショップでワインを見つけた。
棚に1本だけ、透明な瓶に入った赤ワイン。
その赤を見た瞬間、直生は守矢を思い出した。
あの、赤い髪。
その色に、ワインは似ていた。
優しさの中に激しさを秘めたような、赤。
それは、もしかしたら髪の色だけじゃなく内面にも通じている。
そう思ったら、どうしてもそのワインを買わずには居られなかった。
そして。
どうせなら花を添えて贈ろうと思った。
男が男に贈ったってちっとも嬉しくない。むしろ気持ち悪い。
それでも、「ボスの日」に因んで贈ってみようと思った。
従業員から店長へ、日頃の感謝の気持ちを込めて。
作業台の上には、用意した籠とラッピングペーパーとワイン。
問題は、それに合わす花で。
それがどうしても、決まらなかった。
ワインと守矢のイメージに合わない。
「あーあ」
溜息を付いて、取り敢えずワインを隠す。
丁度そこへ、守矢が帰ってきた。
「ただいま。あれ?お客さん?」
ごく親しく、にこやかに、使おうと思って準備してあった籠とラッピングペーパーを置いたままの作業台を指す。
「あ、そうっす。もう帰ったケド……」
適当に誤魔化して、慌ててそれらを片付ける。
勿論、守矢は自分の店の花だって喜んで受け取ってくれるだろうし、男が男に贈ったって、嫌がらない。
そう分かっているけれど。
いざ贈るとなると、なかなか難しい。


「そろそろ片付けようか。今日も一日ご苦労様」
守矢に言われて、水やりを終えた龍澤直生は店名入りのエプロンで手を拭きながら頷く。
看板の電気を消して、扉に閉店の札。
「よっと」
外に出した大きな観葉植物を抱え上げながら、直生はかけ声をかける。
慣れたものとは言え、鉢や土は結構重く腰にくる。
「ん?何だ?」
不意に、通りの向こうで誰かが言い争う声が聞こえた。
まだ若い男の声。
「喧嘩かよ……」
それが聞こえているのかいないのか、視界に入っているのかいないのか、気付かぬ振りで通り過ぎる人々。
そんな無感動さが、時々妙に腹が立つ。
知らない振り、見ない振り、聞こえない振り……。
いい加減で偽善的。
そして身勝手な人々。
そんなものにいちいち腹を立て、反抗して逆らって生きていた時期が、直生にはあった。
「あれ、何?喧嘩?大丈夫かな?」
花台の代わりに使っているアンティーク調の椅子を抱えて、守矢が顔を覗かせる。
言い争いはまだ続いていた。
恐らく友人同士なのだろう、どちらが裏切ったとか騙したとか……、口汚く罵り合う。
通りの方を覗いて見ると、まだ若い男が二人。
「止めに行った方が良いかな……、乱闘にでもなりそうな勢いだね」
男二人を避けて通る人の波。
冷たい視線だけを送って、何か汚いものでも見るように眉をひそめる。
手前にいる男の拳が、相手に一発。
倒れた男を残して去ってゆく。
悪態をついて立ち上がる男。
取り敢えず言い争いは終わった。
「ああ……、もう大丈夫みたいっすね」
突然、くすくすと守矢が笑う。
「うん?」
「いや……何かさ、今の喧嘩の声を聞いたら、昔の直生さんの事思い出しちゃって……」
「昔の俺?何でまた、突然」
喧嘩で連想されるとはあまり有り難くない思い出され方ではないか。
店内の片隅に大きなゴムの木を並べながら、直生は首を傾げる。
「直生さんも、あんな風に街角で平気で人と喧嘩をしていた頃がありましたよね……」
昔と言えば昔。
まだほんの少し前と言えばほんの少し前。
自分以外は全員的だと、この世の全てが敵だと、ひたすら牙を剥くように生きていた頃。
「そんな頃もあったっすかね……」
「ありました。少し恐いくらいだったね」
守矢の正直な感想に、思わず苦笑。
あの頃は。
今、目の前で花の手入れに勤しむ守矢と出会って間もないあの頃は。
守るべきものがなかった。
人は一人で生きていくものだと信じ、人は常に誰かを騙し、陥れる汚い生き物だと信じ、虚勢を張って自分を守る事しかしなかった。
出逢う人すべてを、見る物、聞く物、触れる物すべてを疑って、拗ねた生き方をしていた。
「そんな昔のコト言われると照れるな……」
「褒めてないってば」
手を止める守矢。
その顔に浮かんだ笑み。
「でも立派に更正したじゃないっすか」
「そうだね。見違えるよう」
もしも守矢に出逢わなかったら、と思う。
この笑みに出逢わなかったら。
この柔らかい物腰に出逢わなかったら。
今もまだ、一人で生きていたのかも知れない。
人を疑う事しか知らず、自分を守る術しか知らず。
「あ、直生さん。そのドラセナもう少しこっちに」
「へいへい」
植物を育てる人は、とても優しいのだと言う。
繊細な心と、一本のしっかりとしたポリシーと強さを持っているのだと。
その優しさに惹かれたのか、強さに惹かれたのか……。
今、こうしてここで働いている。
更正して、とても真面目に。
「何か俺もこの人に懐いたよなぁ……」
しみじみとした呟き。
「え、何か言った?」
振り返る守矢に笑顔で応える。
「何も」
あの頃の自分が、どんな目をしていたのか。
今ではもう思い出せない。


「なぁ……、ワインがあるんだけど、要らねぇ?」
閉店後。
もう他の従業員もアルバイトもいないので、うち砕けた口調で直生は言った。
結局、どう考えても花は無理で。
明日にしようかとも思ったのだが、まだ新店舗が開店したばかりで忙しい最中、花の前でグズグズ悩むのはどう考えても無理で。
「ワイン?」
素っ気なく包装の一つもないワインを、守矢に渡す。
「え、有り難う。って、貰って良いの?」
受け取って、守矢は不思議そうな顔で直生を見る。
「どうしたの突然、何かあったの?」
「俺が贈り物をしたらおかしいかよ」
とてつもなく珍しそうな顔をされて、直生は眉をよせる。
「そう言う訳じゃないけど……、でも、嬉しいよ」
ワインを持った守矢。
その髪の赤と、ワインの赤。
一緒に見ると、とても良く合っていると実感出来た。
ワインと守矢と、一緒に並べて合う花。
それさえ分かればちゃんと贈り物として手渡せたのに。
「家にチーズがあるんだけど、一緒にどう?」
柔らかい笑み。
この笑みに、惹かれた。
柔らかい春の様な、それでいてキッパリとした。
「ああ……、でもそれじゃあ、ワイン1本じゃ足りなくねぇ?」
言いながら、直生も笑う。
「大丈夫、家にも何かあるだろう」
嬉しそうにワインを抱えたままエプロンを外す。
笑顔と、赤い髪と、赤いワイン。
一つの花の名が、直生の脳裏に浮かんだ。
「なあ」
「うん?」
振り返る守矢。
「春になったら……ラナンキュラス、やるよ」
「え?」
「今度はちゃんと、ラッピングしてな」
意味が分からず首を傾げる守矢に、直生は笑う。
花言葉は、晴れやかな魅力・美しい人格。
そして、かわいらしさ。


end
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月18日

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