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『Cockroach extermination! 』
ライ・ベーゼ1697

「フッフッフ……」
凄まじく埃立つ部屋の中、本と本と本と本と、その他何だかよく分からない雑多な物に囲まれたライ・ベーゼは妖しげな笑みを漏らしていた。
本より重い物を持ったことがない彼の手にあるのは、『乙女の為の白魔術ー清く正しくある為にー超簡単図解つき』。
「……違うじゃないか」
埃を吸い込んで咳き込みながら、腹立ち紛れにライはそれを放り投げる。
探しているのは『乙女の為の黒魔術ー殺人から永遠の命までー超簡単図解つき』であり、実はもう、それを2時間ばかし探している。
何しろ、家具よりも本が多い部屋だ。加えて、日頃の怠惰から整理整頓などされていないから、薄っぺらい、一度しか読んだことのないような、さして興味を感じなかった本を見つけだすなど、至難の技だ。
漸く見つけたと思ったその本は、堆く積み上げられた本の山の中程にあり……、数冊ずつ退けて取れば良かったのだが、横着をしてイキナリ間から抜き取ったのが間違いのもと。バランスを崩した山は見事に崩れ、前後左右の別の山にぶつかって、本のドミノ状態で次々と崩れ、「しまったなぁ……」と、ライが舌打つ頃には、見事雪崩れた本と本と本と本とその他雑多な物が、そこらそうじゅうに足の踏み場なく散らばっていた。
そして、そこまでして手に取った本は目的の物とは違っていた。
「オレは本で死ねるな……」と、感じた瞬間だ。
少し埃の治まった部屋を見回して、ライは軽く溜息を付いた。
とても、汚い。
勿論、元々綺麗ではない。
出来る限り、面倒な事と疲れる事と無駄な事はしたくないと言うあまりにも怠惰すぎる性格上、部屋の掃除など滅多にしない。
故に、何時もそこかしこに何かしら既に記憶から欠落した様な物が転がっているのだが、雪崩れを起こした本が床を覆い尽くす今の部屋は、流石のライも溜息を付く惨状。
「しょうがないな……」
とてもイヤそうに呟いて、ライは立ち上がった。
その弾みで6冊ばかし積み重なっていた本が崩れて、また散らかった。
「あまりやりたくないが……、掃除するか……」
もの凄く気が進まないが、せざるを得ないようだ。


取り敢えず、手近な本をまとめて積み上げて、山にする。たったそれだけで随分部屋が綺麗になったような気がする。
勿論、気がするだけの話で、他人が見たら局地的地震でも発生したのかと思う有様なのだが。
「ええいクソッ。何だったこんなに本ばかりあるんだっ!」
本の山を6つばかし作った頃になって、ライは眉間にシワを寄せ始めた。
積み重ねても積み重ねても減らない本。本の間からチラホラ出てくる、何だかよく分からない紙切れだの糸くずだの、一体何に使ったんだか、燃えさしの蝋燭だの奇妙な図形を描いた布だのはほんの僅かで、広い部屋の中、分け入っても分け入っても本だらけなのだ。
「誰がこんなに持って来たんだ」
読んだか読んでいないのか、もう忘れてしまった本を積み上げて悪態を吐くライに、「お前だろ」とばかりに使い魔が甲高い笑い声を上げる。
バサバサと羽ばたき、羽が1本ふわりと漸く見え始めた床に落ちるのを見て、ライは手近の本を1冊投げつける。
「お前も手伝えっ!」
使い魔たるもの、主人の手伝いをして当然なのだ。
しかし、敵も然る者、胸くそ悪い笑い声を残して開いた窓から逃げ出してしまった。
「チッ」
強く舌打って、ライは仕方なく本を集めては積み重ねると言う短調な作業を再開した。
その時。
カサッと、何かが動く音がした。
本のページを捲る音に似ている。
が、部屋に居るのはライ一人で、勿論本のページなど捲っていない。
「ん……?」
何度か同じ音を耳にして、ライは手を止める。
カサカサッ……
ライがその音源を確かめるべく首を回した。
と、黒いゴキブリが1匹、本と本の間をコソコソと動きまわっている。
「ゴキブリか……」
呟いて、一瞬考える。
女子供じゃあるまいし、別段ゴキブリなど恐くない。
10匹も20匹も……と、大量にいるなら話は別だが、1匹や2匹いたからと言って困りはしない。
見逃してやるか……と思いかけたが、人が必死になって掃除しているのにあの汚らわしい足で部屋を動きまわっているのかと思うと、少々腹が立つ。
「しょうがないな……」
そっと本を置いて、ライは言った。
「殺るか」


ゴキブリを殺るとなれば、必要な物はやはり殺虫剤であろう。
が、勿論そんなものはない。
さて、どうしたものか。
部屋を我が物顔で図々しく動き回る汚らわしいゴキブリを目で追いつつ、ライは暫し考えた。
ゴキブリ相手に悪魔を召喚する訳にはいかないし、勿論、愛用の拳銃も役には立たない。
考えている間にもゴキブリは耳障りな音を立てて部屋を歩き回る。
その黒光りする小さな体が、部屋の中で比較的綺麗に見えるベッドに近付くのを見て、ライは決意した。
よもや寝ている間に、あの汚らわしい物が顔の上でもはい回ったらどうるす。
無い物は、ない。役に立たない物は役に立たない。
となれば、残された手段はただ一つ。
手近の黄ばんだ新聞紙を折り畳み、丸めて握りしめる。
実力行使より他に、方法はない。
「死ねぇぇっ!!!」
トルコ産の高級な絨毯の上を歩くゴキブリに、ライは新聞を振り下ろす。
バスッ。
鈍い音を立てて新聞は厚い絨毯にめり込んだ。
が。
当のゴキブリは振り下ろされた新聞の5cmばかし向こうを悠然と歩いている。
「チッ運の良い奴め!」
決して、自分のコントロールが悪い所為でも動きが鈍い訳でもない。
ライは再び新聞紙を握りしめて、そっとゴキブリの後を追う。
身の危険を感じたらしいゴキブリはやや足を速め、今度はキッチンの方へ向かう。
キッチンと言えば、ライの部屋の中でも利用頻度が少なく最も清潔な場所である。
そんな場所へ、この汚らわしい生き物を踏み入れさせる訳にはいかない。
「フッフッフ……」
新聞紙を握る手に力を込めて、ライは不敵な笑みを漏らした。
「雉も鳴かずばうたれまい……、貴様も歩かば殺られまいっ!」
今日に限って、視界に入ってしまったが運の尽き。
キッチンまでライの足で半歩、ゴキブリの足で数十歩と言うフローリング。
ライは再び新聞紙を振り下ろした。
しかし。
「わっ!!」
ライの予想だにしない事態が起きた。
「何っ!?」
思わず仰け反るライ。
何と!ゴキブリが飛んだ!
「そんな馬鹿な……!!」
新聞紙を握りしめて思わず叫ぶライ。
しかし、ゴキブリは飛ぶ物なのだ。殊に、身の危険を察知した時には。
鳥肌の立つような羽音を上げて、ゴキブリは飛んだ。
呆気にとられるライに構わず、飛んで、玄関へ近付いて行く。
「逃げるつもりかっ!?」
慌てて後を追うライ。
ゴキブリは玄関の扉にペタリと貼り付いて止まった。
「随分驚かせて呉れたじゃないか……」
触覚を動かし様子を伺っているゴキブリに向かって、ライは言った。
「だが、そうそう運が貴様に味方すると思うな……」
ピタリとゴキブリの動きが止まった。
ニヤリ。
ライは微笑む。
「今だっ!」
力を込めて、勢いよく、ライは新聞紙を振り下ろした。
パァァァンッ!!
小気味良い音が、部屋中に反響する。
そして次の瞬間。
「いっ痛いですよぉぉ〜っ!何なんですかぁぁっ!!」
情けない声が、ライの耳に届いた。
何故か扉が開き、そこに、三下忠雄が立っている。
「な、何だ?何の用だ?」
「ライさんに資料を頼んであるから受け取って来るようにって、言われたんですよぉ〜っ」
痛みの為か、驚きの為か、目に涙を浮かべて三下は言う。
「うん?資料?」
ポン、とライは手を打った。
「ああ、そうだった」
何処でどう間違ったか掃除になって、ゴキブリ退治になってしまったが、言われてみれば確かに本を探していたのだ。
「すっかり忘れていた」
人間、夢中になると記憶が欠落し、性格が変わってしまうものなのだな。
そんな事を思いながら、さて、ゴキブリはどうなったのか……、扉が開いた隙に逃げてしまったのかと、ライは新聞紙が命中した三下の額を見る。
と。
「うっ……」
思わずライは顔を歪めて小さく呻いた。
三下は気付いていないのかも知れないが―――ゴキブリが、額で潰れて白い内臓がはみ出ている。
やった張本人はライなのだが、目の当たりにすると、気持の良いものではない。
「1時間やろう」
「へ?」
首を傾げる三下に、ライは言った。
「顔を洗って出直して来い」
ポカンと口を開ける三下の目の前で、バタンと扉を閉めてライはまだ手に持っていた新聞紙を放り投げる。
仕方がない。掃除は後回しにして本を探すとしよう。
「オレとしたことが下らん事に夢中になってしまった……」
自嘲の笑みを浮かべて、うっすらと浮かんだ額の汗を拭い、ライは呟いた。






end




PCシチュエーションノベル(シングル) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月06日

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