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『初夢の欠片 ――お料理教室―― 』
エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)

 年が明けて初めての夜に見た夢‥‥初夢。
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)が見た夢は、とても甘くて美味しそうな香りがした。


 ある冬の早朝。
 きんと冷えた空気の中、宿屋「止まり木」の玄関前からは、今朝も箒がさっさと埃を払う規則正しい音が聞こえて来る。
「寒いですけど、早起きは気持ち良いですの」
 気持ち良くお客様をお迎えする為に、まず必要な事。朝起きたらまず一番に、自宅を兼ねた宿屋の前を掃き清めるのがエヴァーグリーン――エリの日課だった。
 真っ白な息が、斜めに差し込む朝日を受けてキラキラと輝く。今日も素敵な一日になりそうだと、エリは日差しに手をかざした。
 と、その視界に見慣れた姿を捉えた気がして、エリは目を細めた。
 朝日を背に飛ぶ、一羽のスワロー。あれは……
「ホープちゃん?」
 名を呼ばれたスワローは、差し出されたエリの手に当たり前の様に止まる。やっぱり、そうか。
「おはよう、ホープちゃん。どうしたの、こんな朝早くから? それに……」
 飼い主は、どこだろう。エリはホープが飛んで来た方向に再び手をかざした。
 ……いた。
 先に飛んで行ってしまった相棒を慌てて追いかける様な事はしない。のんびりとマイペースに歩いている。
「おはようございます」
 にこー。
 漸くエリの前に辿り着いたクレイ・リチャードソン(hz0032)は、朝の空気にも負けない程の清々しい微笑みを浮かべた。逆光を受けて、淡い金色の髪が煌めく。
 そして、普通なら「寒いですね」とか「良い天気ですね」とか「朝早くからすみません」とか‥‥色々な世間話その他を挟むべき所を一切すっとばして、金色の王子様はいきなり本題に入った。
「エリさん、料理を教えて下さい」
「……はい?」
 エリは相手の意図を掴みかねて、目をぱちくり。
 この寒い中、こんな朝早くからわざわざ訪ねて来て……何を言い出すかと思えば。
「あの、でも……」
「エリ、とにかく中に入って貰ったら?」
 玄関から顔を出した養父が、そこでは寒いだろうと声をかけた。
「あ、そうでしたの。クレイさん、どうぞ……お話は、中でお伺いしますの」
 エリはクレイの袖を引っ張り、促す。
「お邪魔します」
 にこー。
 クレイは実に嬉しそうに、ふわふわとした足取りでその後に従った。

「えーと、それで……」
 開店準備中の、宿屋の食堂。その一角にお行儀良く座って、クレイは期待の眼差しをエリに向けている。
「……お料理、ですよね?」
「はい」
 にこー。
「でも、ヴィスターさんもお料理上手ですし、娘さんの料理も美味しいって仰ってたでしょ? お二人に教……」
「それじゃ駄目なんです。二人には、内緒」
 クレイは今、ヴィスター・シアレント(hz0020)の家で彼等親子と寝食を共にしている。下宿人というか、居候というか……まあ、何というか。
「一品だけで、良いんです。三人で食べきれるくらいの量で、出来れば、ちょっと……記憶に残りそうなもの」
 でも、二人には内緒だから家のキッチンは使えない。ここで作って、持ち帰りが出来るものを、とクレイが条件を付ける。
 それを聞いて、エリに思い当たるものと言えば……
 ――ヴィスターさんのお誕生日は確か夏だし、バレンタインにはまだ早い……
「……パパ?」
 ふと顔を上げると、養父がクレイの耳元で何かを囁いている。
「――はい」
 こくん、とクレイが頷いた。満面に広がる、幸せそうな笑顔。頬にはほんのりと赤味もさして……なんか、可愛い。すごく可愛い。
 この人、本当に男なんだろうか。
「エリ、教えてあげたら?」
 その理由に合点が行ったらしい養父に促され、エリは頷いた。
「じゃあ、えーと……クレイさん、何か得意な料理ってあります?」
「ゆでたまご」
 にこー。
「え……と」
 それは料理とは言わない、なんて言ったら泣き出しそうだ、この王子様。
「……じゃあ、ゆで卵使って……何か記憶に残るもの……」
 タマゴサンドにスコッチエッグ、味付け卵……
「ゆで卵を使うエカリス以外の国の料理は?」
「……あ!」
 養父のアドバイスで、メニューは「おでん」に決まった。が……
「もう少し、手の込んだものが良いな」
 何を言い出すか、この王子様は。
「クレイさん、おでんを馬鹿にしちゃいけませんですの」
 それに、見た目がシンプルなものほど作った人の想いがストレートに伝わる筈だ。多分。
「おでんは愛情の料理ですの!」
「‥‥はい!」
 にこー。
 おでんは愛情。王子様はそのフレーズが気に入ったらしい。

「じゃ、早速始めますの。まずは下ごしらえに……大根の皮剥きお願いしますの」
 ぐっと突き出される、見事に太った大根。しかし、受け取ったクレイはそれを両手で抱えたまま……困っている。
「……皮……って」
 どうやって剥くんだろう。そもそも、大根の皮って剥くものなのか。
「……クレイさん、包丁持ったこと……」
 ぶんぶん。
「触らせてくれないんです。危ないからって」
 居候先のご主人様は、相当な過保護らしい。
「……エリがやって見せますから、その通りにお願いしますの」
 これはどうやら基本中の基本、包丁の持ち方から教える必要がありそうだと、エリは自分の隣に手招きをした。
「こう持って、左手はこう……」
「――こう?」
「あぁ、それじゃ自分の手まで切っちゃいますの!」
 基本は猫の手。ごろにゃーん。
「こう……かな」
 すとん。まずは一切れ。
「皮を剥く時は、手をこうして……」
「こ、こう? ――いたっ!」
 あー。包丁を持った右手の親指から血が出ている。皮剥きは、少しハードルが高すぎた様だ。
「えーと、ピーラーは……あった」
 エリはクレイにリカバーをかけると、ピーラーを手渡した。
「まずはそれで皮を全部剥いてから切った方が良いですの。使い方は……」
 わかる筈が、ない。
「これは簡単ですの」
 手を切る心配もないし。これでも何か怪我をしそうな一抹の不安はあるが……ヴィスターが過保護になるのも、何となくわかる様な気がする。
「出来ました! ……でも、もったいないな、これ」
 クレイは分厚く剥かれた皮を名残惜しそうに見つめ、呟いた。
「大丈夫、これは後で千切りにして、きんぴらにしますの」
 面取りをした部分は塩で揉めば浅漬けになる。勿論、面取りなどという高度な作業はクレイには任せられないが。
「捨てる所なんて殆どないですの」
「そうなんだ。良かったー」
 ほわん。
 クレイは綺麗に皮を剥かれた大根をトントンと輪切りに‥‥
「クレイさん、手!」
「――あ! ……え、と。ごろにゃ〜ん♪」
 トン、トン。にゃごにゃご言いながら大根を切る王子様。
「後はこれを水から茹でて……その間にだし汁を作りますの」
 まずは昆布を水に漬け――
「はい、これお願いしますの」
 エリが手渡したのは、丸のままの鰹節と箱の形をした削り器。
「うちではいつも、削りたてをお出汁に使ってますの」
 かしゅかしゅかしゅ。エリが削って見せる。鰹節の何とも言えない良い香りが部屋じゅうに広がった。
「……へえ……鰹節って、そうやって作るんだ」
 興味津々な王子様は、やらせてくれとおねだり。
 かしゅかしゅ、かしゅかしゅ、かしゅかしゅ……面白い、らしい。
「あ、そんなにたくさん使いませんですの!」
 止めなければ、鰹節がなくなるまで延々と削っていそうだ。
「後はさっきの昆布汁を火にかけて……あ、昆布は煮立つ前に取り出して下さいですの」
 そして沸騰直前に鰹節を入れて、火を止める。それを布巾で濾して、次は味付け。
「お醤油とお酒と、お塩に、お砂糖……あ、そんなに入れちゃだめですのー!」
「え?」
 当たり前の様に大量の砂糖を加えようとするクレイの手を、エリは慌てて止める。
「お砂糖は隠し味って言って……」
 とにかく、そんなにたくさん入れるものではない。
「でも、甘い方が美味しいのに」
 クレイの頭の中では「美味しいもの=甘いもの」という図式が出来上がっているらしい。
「甘いものは、確かに美味しいですけど……」
 世の中に、甘くなくても美味しいものはいくらでもある。と言うか、甘いおでんは……おでんじゃない。
「後で甘〜いぜんざいの作り方もお教えしますの。ですから……」
 ここは我慢して下さい。お願いだから。
「お出汁の味を整えたら、もう一度火にかけて味の染みにくいものからおでんだねを入れていきますの」
「……隠し味……リンゴとか、バナナは入れないんだ?」
「それはカレーの隠し味ですの」
 下茹でした大根、隠し包丁を入れた‥‥ただし所々でちょん切れかかっている蒟蒻、これだけは完璧なゆで卵、湯通しした厚揚げにがんも、串に刺して柔らかく煮たすじ肉。
「……チョコとかマシュマロとかキャンディとか……入れないで下さいね?」
 ――どきっ!
 クレイは慌てて首を振る。後でこっそり入れようとしていた事は……秘密だ。
 ことこと、ことこと。弱火でじっくり40分ほど。出汁をとった後の昆布や餅巾着、練り物を入れたら、さっと煮立たせて火を止める。
「おでんは煮すぎてもダメですの」
 家に帰って、軽く火を通せば丁度いい加減に仕上げるだろう。
「……出来た、の?」
「はい、完成ですの」
 何とか、無事に。味見をした限りでは、出来映えも上々だった。
「ありがとう」
 にこぉーーー。
 この笑顔を見たら、例え失敗作でも美味しく思えるに違いない。美味しく出来たものなら、尚更。

「本当に、ありがとうございます。お世話になりました」
 宿の玄関先。
 完成したおでんの鍋を大事そうに両手で持って、クレイはぺこりと頭を下げる。
「気を付けて……転んじゃだめですの」
「大丈夫ですよ」
 ほわ〜んと答えて、クレイは見送る二人に背を向ける。と、何かを思い出した様に振り返った。
「……今度は、チョコレートケーキの作り方を教えて下さいね」
 にこにこにこ。
 もう一度頭を下げて、歩き出す。その後を追って、パートナーのホープがエリの肩から舞い上がった。
「……パパ、クレイさんに何て言ったんですの?」
 次第に遠ざかる後ろ姿を少し心配そうに見送りながら、エリは先程の内緒話の事を養父に訊ねた。
「ん、ひょっとしたらと思ってね」

 ――今日がヴィスターさんとはじめて逢った日ですか?

「……そういう事、でしたの」
 どうりで、あんな笑顔を見せる筈だ。
「クレイさんでも上手に作れるようなチョコレートケーキのレシピ、考えておくですの」
 角を曲がって見えなくなるまで見守っていたエリは、そっと手を振ると養父と共に暖かい部屋の中へと戻って行った。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0170 / エヴァーグリーン・シーウィンド / 女性 / 10歳(実年齢20歳) / プリースト】
【hz0032 / クレイ・リチャードソン / 男性 / 24歳 / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。STANZAです。
この度はド新人(?)へのちゃれんじゃーなご依頼、誠にありがとうございました。

おでんは出汁が関西風、たねは関東風……でしょうか。多分。書いた本人はいつもレトルトで済ませていますが(ぁ
とても楽しんで書かせて頂きました。王子も「楽しかった〜」と、ぱやぽやしています。
この楽しさを、一緒に感じて頂ければ幸いです。
WS・新春ドリームノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年02月04日

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