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『Dream World【追憶の夢現】 』
ブラッド・ローディル(ha1369)


 初夢に沈む世界はひっそりと静まりかえり、年末の喧噪が嘘のようにさえ思える。
 故郷に帰る者、まだ微睡んで夢の世界に浸る者。
 様々な景色がそこにある。
 新しい一年、最初の風景。
 そのなかで微睡むのは、ブラッド・ローディル(ha1369)――。


 セピア色の陽光が窓から差し込み、古書店の番台に窓枠の影を落とす。
 まるで時間が止まってしまったかのような静寂さえ漂う中、紙が擦れ合う音だけが微かに響く。鼻腔をつく黴臭さは手から手へ、親から子へ、そして時代を超えてここに辿り着いた書籍達の匂い。
 ブリーダー修行中のブラッドは、普段からここで年老いた店主の代わりに店番をする。外見年齢的にもその不自然な行為は――彼が実家に居辛い様を投影していた。
 この日は学園授業の模擬試験で負った怪我が痛み、何もする気が起きない。それでも、分厚く黴臭い本を手に取った。手元の黄ばんだページをめくると、また、黄ばんだページ。そこに目を落とし、ゆるやかに時を過ごす。
 五回ほどページをめくっただろうか、本の内容に没頭し始めた頃、入口の銀鈴が乾いた音を立てた。この時間だと、またアイツか。
 ゲオルグ・エヴォルト(ha1327)――。


「はっはっは、大丈夫だったかブラちゃん!」
 そう言いながら、ゲオルグはしかし――入口ではなくブラッドの背後からにょきっと湧いて出た。
「……なぜそんなところにいる」
 微かに頬を引き攣らせ、ブラッドは本を閉じた。栞を挟むのを忘れてしまったが、まあいい。椅子ごと振り返り、ゲオルグを見上げた。
「怪我をした君の見舞いに、意外なところから参上だッ!」
 腰に手を当てて威張ってみるゲオルグ。その表情はフェイントが上手くいったことで、非常に満たされたものとなっている。
「わざわざ入口を開けて、速攻で裏口に回る……か。……確かに意外だね〜。その大きな図体で子供みたいなことを楽しげにやってのける」
「それは褒め言葉かい?」
「呆れてるだけだよ。それにゲオルグ、見舞いとか言うが……俺の怪我はお前のせいだって判ってるのかい?」
 軽く袖をまくって腕を見せると、ブラッドは茶を淹れるために席を立つ。ゲオルグはブラッドを目で追いながら、片隅に置かれていた椅子を持ってきて番台の正面に腰掛けた。
「はっはっは、気にしたら負けだ!」
「負けとかそういう問題かい? ……て、当然のように座るんじゃない」
 そう言いながらも、結局茶を淹れているのは何故なのか。ブラッドは軽い頭痛を覚えた。
 少し渋い香りが店内に充満する。湯飲みを番台の上に置きながら、ブラッドはゲオルグの衣服の隙間から見える包帯に気付いて眉を寄せた。ゲオルグも怪我をしているではないか。しかも、ブラッドのそれより酷いように見える。
「暴力ハーフエルフ女にやられたよ。ほら、あの腐れ縁の。彼女曰く『私の親友を危ない目に遭わせんな!』とかでな」
 しかしどこか嬉しそうに、湯飲みを手に取る。渋い梅昆布茶。
「ブラちゃん……もうちょっと若者らしいものを出したらどうだね」
「出してもらえるだけ有り難いと思って欲しいね〜」
「今からそんなに落ち着いてて、大人になったらどうするんだい」
 くすりと笑い、ゲオルグは梅昆布茶を啜った。しかしそう言うゲオルグはもう少し落ち着いたほうがいいが、この際それはおいておこう。
 梅昆布茶を堪能するゲオルグは、一口啜る度に眉を寄せる。口の中も切っているのだろう。ブラッドはその表情をじっと見据えた。
「……ゲオルグ、お前に戦士は向いてないよ。なぜ戦士だというのに前に立たず、小細工に頼るんだい?」


 出会ってからまだ数ヶ月だというのに、妙に人懐こいゲオルグという青年はしきりにブラッドの元を訪れていた。
 戦士だというのに、小細工に頼るゲオルグ。しかもブラッドを巻き込むから性質が悪い。
 だが――嫌では、ない。
 彼が自分を巻き込むことも、こうして図々しくも番台の前を陣取り、当然とでも言うように茶を啜る様も。
 まさか俺が誰かと深く関わることになるとはね――。
 ブラッドは小さく肩を竦める。
 ハーフエルフの少年、ブラッド・ローディル。
 両親は人間だったはずなのに、その耳は尖っていた。
 ブラッドの存在は、母の罪の証。隠しおおせるはずのない、生きた罪の形。
 自分の生家だというのに、実家には居心地のいい場所がない。だからいつもここにきて、ひとり時を過ごし続けてきた。
 外見はまだ本当に幼い。
 けれどもその内面は――誰よりも時を重ねてきたかのような、どこか達観したものがあった。子供らしさなど、まるで知らない子供、それがブラッドなのかもしれない。
 人と深く関わるのが怖かった。
 その態度で、近寄る者達を遠ざけた。
 だがゲオルグは――気にせず踏み込んできた。
 人の笑顔を何より望む男。人を笑顔にさせるためなら、自分が傷つくことさえ厭わない男。
 ブラッドは、ゲオルグの他の何を認めることはできなくても、それだけは認めていた。

 だが――ゲオルグ。
 お前のその行動が……誰かを悲しませていることに、気付かないのかい?
 いや、お前のことだから気付いているのだろう。
 それでも……笑顔のためなら、前に進み続けるのだろうな。
 でも、彼女達もそれを理解しているから、お前の傍にいるんだ。
 ――俺も、お前がそうして傷つくことは嫌だと思うよ。でも、理解しているから。

 決して――口にはしないけれども。


「僕には力が足りない。足りないものは足すしかないだろう。策や小細工はそのためだ」
 湯飲みから立ち上る湯気か、ゲオルグとブラッドの間に壁を作る。互いの顔が湯気でぼやけてよく見えない。
「お前の不注意が起こす問題を誰がフォローしてると思ってるんだ?」
 ブラッドは先程閉じた本を開き、自分が読み進んだ箇所を確認する。そして長い紐の先に銀鈴がぶら下がっている栞を挟んで再び閉じると、垂れた銀鈴を指で弄り始めた。
「僕には力が足りない。足りないものは足すしかないだろう。策や小細工はその為だ。僕は自分にできないことを知っている。それ以上に、誰に何ができるのかを知っている」
 そう、君に対してもね――そう言いたげな眼差しで、ゲオルグはブラッドを湯気の隙間から見つめる。
「――それに、あの時も無茶だったが、無理ではなかった」
「しかし実際、彼女に派手に殴られるような羽目になったんだろう?」
「でも、僕の想像より、結果は遥かに良かったよ。……それは皆の力だ」
 ゲオルグは梅昆布茶を一気に飲み干す。湯気が消えると、そこには彼の満足しきった笑みが浮かんでいた。
「お前が小細工をするのも、無茶をするのも……判ってる。……そう、判ってるさ、彼女を守る力が欲しいのはね」
 この銀鈴のように美しい銀髪と、透き通った青い瞳の女性。いつもゲオルグの近くにいて、彼を見守っている女性。ブラッドはその笑顔を思い出す。
 ゲオルグが守りたいと思っている女性。そのための力を得たいとさえ思わせる、女性。
「……そうだな、いっそ魔術師になってしまえばいい」
 ブラッドは銀鈴を弄る手を止め、ぽつりと呟く。
「……魔術師?」
 弾かれるようにして、ゲオルグが顔を上げた。
「そう、魔術師。世界法則に介入する偉大な力だよ。お前は既に介入しまくっている気もするが。まあ俺はこの店に集積する叡智こそ魔術の真髄と思っているけれど……て、聞いてるのか?」
 ブラッドは言葉を止め、じっとゲオルグの顔を覗き込む。ゲオルグは半ば放心状態で宙を見つめていた。
「おい、ゲオルグ……?」
 ブラッドはゲオルグの目の前で手をひらひらと振って名を呼んでみる。すると、ゆっくりと彼の視線がブラッドの顔を捉え――。
「……決めた。僕は魔術師……そう、ソーサラーになるぞ! ブリーダーとなる前でよかった。今からなら間に合うじゃないか!」
 満面の、笑みを浮かべた。
「何、本気で転職するだって?」
 本気か――本気で、言っているのか?
 ブラッドは、子供のような笑顔を浮かべているゲオルグを唖然と見つめた。
「戦士を志望したのは彼女を守りたかったからだが、どかーんとかばきゃーんとか、派手なのは好きだしな。何よりかっこよさそうだ」
「どかーんとかばきゃーんとか派手とかかっこよさそうとか」
 くらくら。ブラッドは目眩がした。そんな理由か? そんな理由でこの男は――。
 勘弁してくれ、と思い始めたとき、ゲオルグはその笑みをひどく穏やかな表情に変えた。
「――それに……ブラッド君がさっき言っていた魔術師の力。それは足りないものを掛けたり割ったりできるということだろう」
「そう……なるのか?」
「なるとも! 誰もが無理だと思っても覆せる力。世界に立ち向かえる力を、僕は手に入れたい」
 大仰に両腕を広げ、ゲオルグは立ち上がる。そして店内を所狭しと駆け回り、書棚から「魔術」という文字の書かれた文献を片っ端から引っ張り出していく。
「本当に訳が判らないね……」
 未だ唖然と、そして呆然とゲオルグを目で追うブラッド。
「ん? 何が?」
 きょとんとした表情で、両腕に抱えた文献を番台に置くと、「これ、全部買っていくよ」とゲオルグは頬を緩めた。
「いや、何でもない。……これも、買っていけ。俺がさっき読んでいた本だ。きっと面白いと思う」
 ブラッドは首を振り、自身が読んでいた本をゲオルグが築き上げた本の山の上に置いた。挟まれたままの銀鈴がしゃらりと音を立てる。
「おお、気が利くじゃないか。ありがとう、じゃあ遠慮無く。読み終わったらブラちゃんに貸すよ」
「待っているよ。でも……お前に内容が理解できるとは思わないけどね〜?」
 そう言って、ブラッドは――笑った。
 ゲオルグはハッと息を呑む。だが、ブラッドの笑顔に対しては何も言わず――。
「僕の周りのハーフエルフはどうしてこう、ツンツンしているんだろうね?」
 これまでに見たことのないほど、嬉しそうな笑みを浮かべてブラッドを見つめた。

 窓から差し込んでいたセピア色の陽光は、いつしか仄かな赤みを帯び、窓枠の影を長く延ばす。
 店内の黴臭さにどこか湿り気を与え、止まっていた時間が、動き出した――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha1369 / ブラッド・ローディル / 男性 / 24歳(実年齢48歳) / ソーサラー】
【ha1327 / ゲオルグ・エヴォルト / 男性 / 52歳 / ソーサラー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■ブラッド・ローディル様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「WS・新春ドリームノベル」、お届けいたします。
今回、ゲオルグ・エヴォルト様とご一緒ということで、それぞれ違うパートを入れてお届けさせていただいております。よろしければ是非、ゲオルグ様のノベルと比べてみてくださいね。
お二人の過去ということで、現在のお二人から色々と想像を膨らませてみましたが、いかがでしたでしょうか。
梅昆布茶は……突然空から降ってきました。最初はコーヒーだんたんですが……!

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
まだ寒い日が続きますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 2月某日 佐伯ますみ
WS・新春ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年02月24日

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