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『Dream World【森の社】 』
密原・帝(ha2398)


 初夢に沈む世界はひっそりと静まりかえり、年末の喧噪が嘘のようにさえ思える。
 故郷に帰る者、まだ微睡んで夢の世界に浸る者。
 様々な景色がそこにある。
 新しい一年、最初の風景。
 そのなかで微睡むのは、密原帝(ha2398)と、ララ・トランヴァース(hz0031)――。


「ララちゃん、志芯国のお正月を体験してみない……?」
 ……違うな。なんか意味深すぎて、僕らしくないよね。
「ララちゃんっ! 志芯国のお正月を体験してみなーいっ!?」
 これも違う。勢いがありすぎるよね。冗談だと思われちゃうかもしれない。
「ララちゃん、志芯国のお正月を体験してみない?」
 ……やっぱりこれかな、普通に言うのが一番!
 普通に。だけど、これでも遠巻きに言ってたりする。
 だってストレートに「僕の実家に来ない?」なんて言えないし。相手は、女の子。それに……まだ、その、うん。
 と、とにかくっ。
 事情はさておき(よ、夜這いじゃないからねっ、サンタだからねっ)、前にララちゃんの家に行ったから、今度は僕の家にも招待したいなと思ったわけで。ちょうど年が明けるから、誘うにはいいタイミングだよね。でも、どうやってララちゃんを誘おうか、ずっと悩んでた。
 悩んで悩んで、そして決まったのがさっきの言葉。
 今度はそれをどうやって言おうか悩んで悩んで、ようやく決定。
 あとは、本人を誘うだけ!
 でも……無断で行ったら、間違いなく怒られる。絶対に怒られる。
 怒られるどころじゃ……すまないよね。
 きっと、あんなことされてこんなことされてそんでもってすごいことされて。
 ――ついには、ララちゃんに逢えなくなっちゃったりするんだ……!
 うわぁ、怖い考えになりすぎちゃったよ……。
 でも、あの人ならやりかねない。だから、今回も性懲りもなく頭を下げに行こう。それにこういうことはきちんとね。まだララちゃんは大人じゃないから、勝手なことをするわけにはいかない。
 あの人――ギルド長オールヴィル・トランヴァース(hz0008)。
 娘のためなら、冬眠からも目覚める恐怖の赤熊。そんなこと、本人には言えないけれど。
 ララちゃんを志芯国に、僕の実家に誘うためにも、絶対に越えなければならない大きな壁だ。絶対に攻略してみせるっ!


 そして僕が向かったのは、もちろんギルド長室。
 この部屋の主は僕の申し出を聞いて――即答、した。
「いいぞ」
 ――は?
「ララを志芯国に連れて行くんだろ。で、お前の家にも連れて行くと」
「そ、そうです……けど……今、なんて?」
「だから、いいぞ、って」
 ――はぁ!? 何これ、またこのパターン!? 何企んでるのこの熊さん!
「そろそろ異国で社会勉強させたかったしな。お前の実家、確か武家だったろ。ほら、ララはあのとおり……自由奔放だからな。少し女性の嗜みってもんも必要だと思うんだ。お前の家に行けば少しは刺激になるんじゃねぇかと思ってな。いつか頼もうって思ってたところだ」
「で、でもギルド長、それって……。僕とふたりで、ですよ? 旅行……なんですよ? 本当にいいんですか、そんなに簡単に……」
「俺は、人を見る目くらい持っているつもりだが?」
 ギルド長は笑みを消して、僕をじっと見据えた。
 そういえば……僕が彼女に何をしても、ギルド長はその場は怒るけど、そのあとは何も言わない。僕が彼女の近くにいても、本気で引き離そうとはしない。……気が、する。
「ありがとうございますっ!」
 とにかく僕は必死で頭を下げた。ギルド長の気が変わる前に。でも、きっと気が変わったりはしないのだろうと――思うけれど。
「ララを、頼むな」
 下げた頭の上から降る、ギルド長の声。
 今、ギルド長はどんな顔をしているんだろう。怖くて頭を上げることができない。だけれど、危険なことの何もない旅でもララちゃんのことは守り抜こう。そして無事に、ギルド長にお返ししないと。
「わかりました。お預かりします」
 僕はやっと頭を上げて、ギルド長の顔を見た。彼はいつもの穏やかな笑みで、僕を見ている。よかった――あ、そうだ。ギルド長の機嫌がいいついでに。
「ついでにサームを使わせてもらうことは……! って国の用事じゃないからダメですよね」
 志芯国に通じたばかりのサーム。これを使えば早いだろうなあ、楽だろうなあ、時間が短縮できる分、いっぱいララちゃんと楽しめるだろうなあ……なんて下心はない……ことも、ない、けど。
「いいぞ。向こうには『ギルド長代理で、娘が新年の志芯国を視察に行く』とか言っておこう」
 いいのか、そんなことして。
 もしかして、陸路と海路では日程がかかりすぎるから……だから、僕とララちゃんが二人で過ごす時間が増えるから、それを阻止しようとしてるんじゃない……ですよ、ね? ああ、なんだかそんな気がしてきた。
 でも、うん。サームが使えるなら、細かいことは気にしない。あとは、ララちゃんを誘うだけだ。
 ――実はそれが一番緊張するのだけれど。


「ラ」
「行くーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 ちょ、ちょっと待ってララちゃん。僕はまだ、君の名前すら言ってないんだけど。
 ギルドの裏庭にララちゃんを呼び出したはいいけれど、あんなに練習した台詞が言えないなんて。ララちゃん、君って子は……。
「行くっ! 行くっ! 志芯国、行くっ! 行ったことないもん、行くっ!」
 ララちゃんは、きらきらと目を輝かせて僕を見上げてくる。こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く連れて行ってあげてもよかったかな。
「あれ? でも……どうして僕が志芯国に連れて行くってわかったの? 僕まだ何も言ってないのに」
「だってさっき……ずっと練習してたの、聞いちゃった」
 ――がぁん。
 そ、そっか……。
「でも……嬉しかった、です」
 きゅ、と僕の袖をつまんで、彼女ははにかんだ。
「楽しみだね。志芯の正月は賑やかだよ。神社に初もうでに行って、神様にご報告をするんだ」
「神様に……。……お願い事も、するの?」
「うん、するよ」
「あたし、志芯国出身じゃないけど、大丈夫かなぁ」
「うん、大丈夫」
「うんっ。早速準備しなきゃ! 振袖振袖! お父さんっ、お母さんの振袖出してっ!」
 ぱっと顔を輝かせ、ララちゃんはぐるーりと植え込みを振り返った。
 ……え?
 ……お父さん、て……。
「うわ、バレてたーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」
 雄叫びを上げ、植え込みの中から真っ青な顔で出現するギルド長。
「でえええええ!? いらしたんですかギルド長っ!」
「……お、おぅ……」
 ギルド長は、バツが悪そうにがさがさと植え込みから出てくる。
 どこまで親馬鹿なの……。
「振袖か……。……んー、女房の振袖を解いて、新しいの作ってもらおうか」
「ホント!? うわぁ、嬉しい。あたしお母さんの振袖大好きなんだっ。その生地使うなんてお父さんありがとう大好きーーーーーーーー!」
 がばあっ。ララちゃんは嬉しそうにギルド長に抱きついた。
 よかったね、ララちゃ……ん?
 ――俺の勝ちだぜ若造。ララはまだ渡さんぞっ!
 そう言いたげに、ギルド長は僕を見てにやにやサムズアップ。
 大人げないですよ……ギルド長……。


 そしていよいよ志芯国。
 泣きそうな顔で見送るギルド長を振り返りもせず、ララちゃんは満面の笑みでサームに飛び込んだ。
 僕は飛び込む前にギルド長を振り返る。
 ――僕の勝ちですギルド長。ララちゃんはお預かりしますっ!
 そして笑顔でサムズアップ。
 顔に敗北の色を浮かべ、がっくりとうなだれるギルド長に軽く手を振って、僕もサームに飛び込んだ。
 僕もちょっとたくましくなってきたかな、色んな意味で。


「うっわぁ……、森……みたい。ううん、森の中に……あるんだぁ……!」
 初詣に訪れた社に圧倒されたようで、ララちゃんは息を呑む。
 森の中――森と共に古来より在る、社。森羅万象の息づかいを一身に集めるように、ララちゃんは両腕を広げて深呼吸をする。
 厳かな雰囲気が、冬の冷たい空気を更に緊張させていた。
「あたしの……知らない、場所。帝さんの……故郷……」
 ララちゃんは静かに両腕を下ろし、呟く。
 彼女はその赤毛によく合う色の振袖を身に纏い、いつものツインテールではなく、後ろでひとつに結い上げている。ヘッドドレスやストールは彼女の手作りらしく、華やぐ振袖によく合っていた。
 帯や、帯揚げの結び方がいかにも彼女らしくて、とても可愛らしい。
「着付け、できるんだね」
「えへへ、お父さんがね……小さい頃から習わせてくれたの。お母さんの振袖を自分で着られるようにって。お母さんは志芯のひとじゃないけど……振袖や志芯国が大好きだったんだって。だから……あたしね、いつか志芯国に来てみたかった。お母さんの振袖を着て……それから……」
 そこまで言うと、彼女は押し黙って僕の顔をじっと見つめてきた。
「それから?」
「なんでもなーい。ね、ね、はつもうでっていうの、神様にご報告とかお願いするんだよね。早く行こうっ?」
 ぶんぶんと首を振り、ララちゃんは僕の腕を引っ張った。
 ――「それから」。その先は……どんな言葉が続くはずだったんだろう。気になるけれど、僕は訊かないことにした。
 最近、彼女は僕に何かを言いかけてやめる。それはきっと、彼女にとってまだ言うべきときではないのだろう。
 それが何なのかは――わからないけれど。
 僕はひととおりの作法を彼女に教え、一緒に進む。ゆっくりと、歩調を合わせて。
 ララちゃんは神妙な面持ちで、いつもよりも――大人びて見えた。
 十二歳はきっと、大人と子供の中間なのだろう。
 これから大人の女性になるために、進んでいくララちゃん。
 時々見せる大人びた表情に、僕は一瞬だけ不安になる。
 遠くへは、行かない……よね?
「あたしは……どこにも、行かないよ」
 ――え?
 ララ、ちゃん?
 僕の考えていること、わかったの?
「あっ。あそこで神様にご報告するの?」
 しかしララちゃんはいつもの表情に戻り、社を少し遠慮がちに指し示す。
「う、うん。そうだよ。行こうか」
 僕はやはり彼女には何も訊かず、社へと彼女を誘った。


 ふたりで神様の前で手を合わせ――瞼を伏せて、祈り、願う。
 僕のお願いごとは……皆が笑顔でいられますように。
 沢山の悲しい出来事も、全て……笑顔に変えられますように。
 そして――。
 本当のお願い事は、ララちゃんが無茶をしても僕が護ってあげられますように。
 この手で、僕の全てで。
 もう絶対に、傷つけさせないから。
 でも……無茶しないように、っていうのは多分無理だね。あの人の娘だし。
 それならそれでもいい。無茶するのなら、その無茶が無謀へと、傷へと変わらないように、僕が護り抜くだけだ。
 ――どうか、どうか……彼女を護ってあげられますように。
 祈り終え、僕は問う。
「ララちゃんは……何をお願いしたの?」
 きっと教えてはくれないだろう。わかっているけど、今度は問わずにはいられなかった。
「……クリスマスに、帝さんにお願いしようと思ったこと。でも、今は……内緒。帝さんは?」
 やっぱり教えてくれない、か。でも、いつか……教えてくれるよね?
 君は僕に何を願うのだろう。何を、望むのだろう。
 でもきっと、全て叶えてみせるから。
「そうだなー、ララちゃんと一緒に世界征服できますように、かな?」
 軽くララちゃんの頭を撫でると、彼女は「それいいね!」と弾けるように笑った。
 それから僕等はお神籤を引く。
 僕は大吉。縁起がいい。動物に注意……これはギルド長のことだろうか。
 それから……恋愛成……でえええええっ。でえええええっ。
「つ、次、ララちゃんの番っ!」
 僕は大慌てでお神籤を木の枝に結ぶと、ララちゃんを促した。
 はぅー、はぅー、はぅー。
 さて。
 初めてだという彼女は、お神籤を引くという行動から既に目を輝かせ、そしてお神籤を見て……表情を曇らせた。
「……ごめんなさい、帝さん。あたし……」
 お神籤を持つ手が震えている。俯く彼女。一体どうしたというのだろう。
「ララちゃん……? どうしたの? 何かよくないことでも……書いてあった?」
 不安になり、顔を覗き込む。涙目になって、眉をハの字にして。唇を噛みしめるララちゃん。よくわからないけれど、尋常ではない。僕は彼女の肩に触れようと手を伸ばした。
 その、時。
「あたし志芯国の言葉は話せるけど、文字は読めないから読んで――! ああもう恥ずかしいっ! 帰ったら絶対に志芯国の文字勉強するんだっ!」
 ――顔を真っ赤に染めて、僕にお神籤を差し出した。
 そ、そっか、そうだよね、言葉が違うんだっけ。
 僕は思わず吹き出しつつ、ララちゃんのお神籤を受け取って読み上げる。
 大吉。恋愛――。
 その続きを聞いたララちゃんは、僕からお神籤をひったくって低い枝に大急ぎで結んだ。
 冬なのに、僕もララちゃんも――頬が熱いのは、どうしてだろう。
 一瞬の沈黙の後、顔を見合わせて一緒に笑った。


「あそこ? 帝さんのおうち……」
 それは立派な構えの屋敷。武家出身の――僕の実家。
「うん、そうだよ。母と姉がいるんだ」
「おっきぃ……。それになんだろう、さっきの社みたいな……落ち着く雰囲気」
 ララちゃんは頬を緩め、屋敷を眺め見る。
「でも、ここでストップ。次はどこ行こうか?」
「え、ここまで来たのに、お家に入らないの?」
「母上も姉上も多分きゃっきゃして面倒くさそうだから、ララちゃんに迷惑かけちゃうといけないし、ね」
 僕は苦笑する。僕がこんなに可愛い女の子を連れて帰ったと知ったら、どんな反応をされることか。
 決して彼女を家族に見せたくないわけじゃないし、本当なら見せびらかしたいけど。
 ララちゃんに迷惑だけは――かけたくない。
 だから、ここまで。
 また次の機会に……今度こそは……。
 ……。
 …………。
 ……って思ってたら。
 ちょ、ちょっとララちゃんどこ行くの!
 なんと、ララちゃんはしゅたたたたっと、屋敷の門へと走っていくではないか!
「ラ、ララちゃんっ!?」
「せっかく来たんだもの、ご挨拶しなきゃ! あたし、帝さんのご家族に会いたい! お母様もお姉様も、素敵な方なんでしょう? それに、あたし……お母様にお礼言わなきゃ」
 くるりと振り返り、彼女は笑う。
「お礼……?」
「……帝さんを生んでくださって……ありがとうございます、って!」
 ララちゃん――。
 うん、わかった。君がそう言うのなら。
「じゃあ、行こうか。でも……迷惑かけたら、ごめんね?」
「大丈夫! そんなこと絶対ないからっ。あ、でもあたしこそ……突然押しかけたら迷惑……かなぁ?」
 少し不安そうに立ち止まるララちゃん。僕は彼女に駆け寄ると、その右手を握って引っ張り、歩く。
「大丈夫、僕が一緒だよ」
「うんっ!」
 笑みを浮かべ、ララちゃんは僕の手を握り返す。
 きっとこれから、僕の家族も交えて楽しい一時が訪れるのだろう。
 彼女がいっぱい笑ってくれたなら、僕はその笑顔を忘れない。
 そして――また一年、頑張ろう。
「……あけましておめでとう、ララちゃん」
「あけましておめでとうございます、帝さん」
 そして僕達は一緒に、屋敷の門をくぐった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha2398 / 密原帝 / 男性 / 19歳 / ウォーリアー】
【hz0031 / ララ・トランヴァース / 女性 / 12歳 / ウォーリアー】
【hz0008 / オールヴィル・トランヴァース / 男性 / 32歳 / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■密原帝様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「WS・新春ドリームノベル」、お届けいたします。
今回、やりすぎちゃった気がしますが大丈夫でしょうか……?
一人称三人称はお任せとのことでしたので、今回も一人称で書かせていただきました。しかもご実家に突撃しています、小熊。
ちなみに、小熊の振袖は、ツインピンのイラストをイメージさせていただきました。
今年も小熊をどうぞよろしくお願いいたします。
親馬鹿熊については放置推奨です(笑

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
まだ寒い日が続きますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 2月某日 佐伯ますみ
WS・新春ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年02月25日

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