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『真恋 〜人ヲ恋ウ気持チ〜 』
フェンリエッタ(ib0018)


●ジューン・ブライド

 乙女の憧れ。
 乙女の夢の象徴。

 白い白い……純白に身を包む。
 白さはこれから何色にも染まれるように、無垢な色。

 恋をして、愛を知り、たった一人だけの大切な人と、これからずっと在るために着る契約の衣装。

 6月、この月に白を纏い、愛を誓う乙女は、幸せな花嫁になれるといわれていた。

 ずっとずっと昔から、乙女たちに語り継がれている幸せのおまじないの季節。


●想い出の花嫁衣装
 戦いが齎すものは、戦禍や傷痕、憂いや悲しみ。良いことなど見つける事が難しい……憂えるモノばかり。戦の影を振り切って、ただただ優しい祖父母に会いたくて訪れた可愛いフェンリエッタを、館ではいつもと変わらず、優しく迎えてくれた。
 昔からなじみの可愛がってくれるメイドが案内してくれた部屋には、祖母がいて。けれど、祖母は室内で働くメイド達に采配をふるっているところだった。
 広い部屋のあちこちに並べられていたのは数々の衣装。
 フェンリエッタの目から見ても年代物の、今の流行からは少し外れたドレスがあるところをみると、数々のドレスは祖母の物だろうか。中には時代に左右されないシンプルでスタンダードなドレスも少なくなく、フェンリエッタが今着ても違和感のないデザインのドレスもある。
 メイド達に声を掛けていた祖母はけれど、可愛くて仕方のない孫娘の姿をみつけると、ぱっと顔を輝かせた。
「おかえりなさい、大変だったわね」
 労い出迎えてくれる祖母を椅子から立たせるのは忍びなく、孫として、また騎士としてフェンリエッタが祖母へ歩み寄る。
「私の若いころの衣装よ、たまに風に当ててあげないとね……絹は生きている生地だから、ずっと箪笥の中にいると息が詰まってしまうのよ。ごめんなさいね、今日は久しぶりに天気がよさそうだったから、片付けてしまおうと思って……」
 衣替えは済んでいたが、普段は着る事のない衣装の手入れをしていたらしい。フェンリエッタの心に、祖母の邪魔をしてしまったかという迷いが浮かぶ。
「いいえ、大丈夫です。私こそ急な訪問で……ごめんなさい」
 瞳にしょんぼりした色を浮かべる孫娘に、鈴を転がすような涼やかな声でころころと笑う。老婦人となった今も、フェンリエッタの祖母の闊達さは健在だ。
「可愛い孫の帰宅を喜ばない年寄りがいるものですか! フェン、貴女がきてくれるのはいつだって大歓迎よ。久しぶりね、元気だったかしら……ちゃんとご飯は食べている? 痩せたのではなくて?」
 フェンリエッタは、矢継ぎ早に投げかけられる質問に折り目正しく1つずつ答えながら近況を報告する。  
 祖母と孫娘の久しぶりの時間を喜ぶ穏やかな会話の中で、フェンリエッタは新たに部屋に運びこまれ、並べられた衣装に目を奪われた。
 可愛い孫娘の様子に、祖母はくす、と小さく微笑み、フェンリエッタを手招く。
「いらっしゃい、フェンリエッタ」
 優しい笑みを浮かべて手招く祖母に、フェンリエッタが「否」をいうはずがない。
 祖母が座る椅子の足に背を預ける様に、すとんと座り込んだ。
 子供のころからの定位置。甘えるように祖母の膝に頬をよせれば、優しく頭をなでられた。大切なものに触れる様に撫でてくれるその手が、フェンリエッタは大好きだった。騎士として強く真摯にあるべきと、常に己を律しているフェンリエッタが、幼い頃に戻って素直に甘える事が出来る場所。
 メイド達が慣れた手つきで衣装を風に当てる様に干し、衣装にしみや虫食いなどが出来ていないか丁寧に確かめている。
 フェンリエッタの目に留まったのは、その中の1着。じっと見つめる孫娘に、祖母はふわりと微笑んだ。
「……私のかわいいフェンリエッタにも、好きな人が出来たのね」
 驚いたようにフェンリエッタが祖母を振り返ると、やさしい眼差しにぶつかった。
 思わず抑えた頬が熱い。


●いつかの花嫁衣装
「……いつか、フェンリエッタ、貴女の花嫁姿がみれるといいわね。その頃にはどんな花嫁衣装が流行っているのかしら。私の娘時分のものではきっと古くてだめねぇ」
 おばあさまは、純粋に私の花嫁姿が見たいと言って下さっている。
 他意はなくて、孫娘の幸せを願ってくれているだけ。
 だっておばあさまの幸せはおじいさまと共にあった。
 私にとって、二人は理想の夫婦像だから。

 祖母の気持ちは理解できても、胸にうまれた痛みに気付かないふりはできなくて、フェンリエッタは祖母の花嫁衣装から視線をそらすように俯いた。
 数度の依頼を経て面識を得、ほんの少し言葉をかわすことが出来れば、否……遠い存在と知っているからこそ、傍で見つめ言葉を交わせるだけで幸せだと思う。
 祖母の様になど……己には遠いことだと思っていた。

『好きな人』

 好きなのだと思う。
 振り返れば、真っ直ぐ一生懸命に騎士になるため、騎士としての道を夢中で駆けてきたフェンリエッタにとっては初恋なのかもしれない。
 総じて、男の子よりも女の子の方が早熟な傾向にある世の中、初恋としては遅い年頃だけれど。
 騎士として生きてきたゆえに、覚えた想い。
 好きだと思ったのは、騎士として人として尊敬しお慕いするお方。
 想いを自覚してから、フェンリエッタの中で何かが変り始めた。そして、想いは募るばかり。
 フェンリエッタを見つめる祖母の瞳は優しくて、からかう訳でも、聞き募るわけでもない優しい雰囲気に、ぽつりと想いが零れでた。
「私、失敗ばかりでちっとも役に立たなくて……」
 唇を噛み、ぎゅっと瞳を閉じて。瞳を閉じても鮮明に思い描く事ができるのは、まな裏に描かれる像は、たった一人。
 祖母は、静かに孫娘の言葉を待った。けして問う事もなく、フェンリエッタが抱える想いが、形になるのをまっていてくれる。
「……それでも守りたいって思った。とても大切なの。あの方も心も、大切にしてるものや取り巻くもの、全て」
「そう」
「分かった気がするの。これ以上の『好き』はないって」
 優しい祖母の膝に顔を埋めると、何も言わずに優しく髪を梳いてくれる。
 その指の感触が優しくて、嬉しいはずの、幸せなはずの『好き』という気持ちが、それだけではない事を識った切ない想いが零れた。
「……夢はいつか覚めちゃう」
 その時は、彼を目標に精進し、騎士として剣と生きる心積りだ。そのつもりだけれど……。
「もう少し……あと少し、幸せな夢が続けばいいな……」
 何もせず諦める訳ではないけれど、今生まれたばかりの淡いこの想いを恋というならば、この気持ちを失ったことを想像するだけで、心が痛い。それが、怖い。……戦でも、騎士として守るために戦うことが、こんなに怖かった事はないのに。
 でも、恋に破れ、想いを失ったとしても……想いは消えない。

 ――それ位は許されるかな?

 囁くように吐露された心情は、フェンリエッタの精一杯。
 苦労多い立場に在る、優しい彼の心は民……他者に傾けられている。
 故に願う。誰より幸せで……笑顔でいて欲しいと。
「フェンリエッタ……」
 やさしい声で名前を呼ばれ、祖母を見上げれば、優しい笑みを浮かべていた。
 生きてきた年数が刻まれた手は、細くしわだらけだけれど、大好きな優しい手。
 そっと撫でる感触に、涙が浮かぶ。
「あのね、私がおじい様に出会ったのは、今の貴女よりも、もっと年を重ねてからだったわ」
 大好きな祖父母が聞かせてくれた話の数々。異国の童話。旅先での昔語り。その中でも幼いフェンリエッタが好んだのは、北国の遅い春……桜の頃に結婚した祖父母の優しい物語。今も仲良く理想の夫婦像。私もいつか……と思っていた。憧れた恋の成就。
 けれど、今聞くそれは、フェンリエッタが初めて耳にする話だった。
 恋心を抱き、叶えた、かつての乙女から、今、切ない恋を抱く乙女への助言。
「おじい様には、私と出会う前に大切な方がいらしたの」
 哀しい思いを抱え、1度は『私人』としての幸せは切り捨て、『公人』として、騎士であろうとしていた祖父と想いを通わせられたのは、大好きで大切な義妹と周りの人々、そして幸運があったのだろうと結ぶ。
「今はとても幸せよ。でも、想いが叶わなかったとしても、おじい様と出会った事を後悔したりすることはなかったと思う。出会えたから、恋の幸せも切なさも苦しさも全て知ったの。全ておじい様がいてこそ。恋心全てを否定することなんてできないほど、素敵な気持ちをたくさん知る事ができたから。出会えなかったら哀しい事もなかったことになるけれど……哀しい事を知らなかったら、幸せな事がどれだけ幸せなのかもわからないもの」
 瞳を瞬かせる孫娘を覗き込むように、顔を寄せ、ふわりと微笑む祖母の顔には幾つもの皺がきざまれていて。刻まれた分、生きてきた年数はフェンリエッタよりも長い事を改めて思い知る。言葉の重さから。
「その気持ちを大切にしてあげて。フェンリエッタにとって、その想いはとても大切なものだから」
 フェンリエッタが最初で最後の恋と思っているそれは、本当に恋なのか。愛と呼ぶにも幼くて。
 胸に生まれる幸福と痛みは、けれど彼によって齎される――ならば、恋なのかもしれない。
 独り悩み、初めて覚えた感情に戸惑いを隠せなかった乙女は、かつて恋をした乙女の助言を胸の内で繰り返す。
 恋の形も愛の形も、人の気持ちは目に見えないものだから、形は抱いた者によって違って当たり前なのだと、人生の大先輩に言われれば……すとんと何かが心に落ちた気がした。 
 落ちた心の欠片が落ち着くべき場所は、これから探さなければいけないのかもしれないけれど……。
 持っていてもいいのだと、大切にしてあげてと、恋心を自分以外の人に認めて貰えたことが。

 祖母が着たという花嫁衣装が、ふわりと風に揺れる。
 その白さが、眩しかった。







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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ib0018/フェンリエッタ/女/18/騎士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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OPなしの窓開けにも関わらず、がっつり挑んで頂きましてのご発注、ありがとうございました。
かの騎士さまの孫娘殿がご立派に成長されたお姿に、きっと祖父母君達や大叔母君も壮健でいてくださったのかと、遠い便りを頂く気持ちでございました。
フェンリエッタ嬢らしさを忘れる事がなければ、きっと大丈夫。
少しでもお心が軽くなればいいなと、切に願いながら、彼女の想いが届きますようお祈りしております。
HappyWedding・ドリームノベル -
姜 飛葉 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年07月20日

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