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『想いと想いを重ねた時間。 〜 柚李葉 』
玖堂 柚李葉(ia0859)

 それは何度も夢想して、けれどもただの夢物語に過ぎないと諦める前に思い知る、そんな途方もないおとぎ話だった。
 ――いずれ舞台を見に来たどこかの若君に見初められたら。
 ――あなたをお慕いしていますと、ぎゅっと抱きしめてくれるかも。
 旅芸人一座の姉さん達が楽しそうに話していた、遠い遠い夢物語。それは佐伯 柚李葉(ia0859)にとっても何ら変わることのない、そんな物語だったはずなのに。





 その日はよく晴れていて、吸い込まれるような青はなんだか気持ちが浮き立つと同時に、柚李葉に言い様のない緊張感をももたらした。すぅ、と息を吸って、はぁ、と吐く。深く、深く。その繰り返し。
 今日は柚李葉にとって、もしかしたら下手な舞台よりもよっぽど緊張する、特別な日だから。大好きで、特別な――玖堂 羽郁(ia0862)の自宅に、遊びに来ないかと誘われた、日。
 それを承諾してからずっと、その日が近付くに連れてドキドキして。一体どんな服を着ていったら良いのか、まるで自分がお呼ばれしたみたいにうきうき、そわそわしている佐伯の養母と一緒に、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませて。
 結局、選んだ服はジルベリアで作られたという、白と水色の清楚なワンピース。髪に結んだお揃いの白いレースのリボンだって、養母と一緒に色々髪に当てて悩んだのだ。
 そんな風に、まるで姉妹のように悩んだとっておきの服だから、雨で濡れてしまわなくて良かった、と思う。そんな事になったらきっと、養母は自分の事のように悲しむに違いないのだから。
 待ち合わせていた羽郁と合流して、よく晴れた空の下を並んでてくてく歩く。手にしっかり抱えた荷物は、お土産にと包んだ枇杷やさくらんぼ、早熟れの夏みかん。
 そうして他愛のない話をしながら、辿り着いた先は豪邸と言う呼び名すら相応しくないお屋敷だった。ほぅ、と思わず息を漏らして足を止め、ただ見上げるしか出来なくなった柚李葉を、ほんの一歩行き過ぎた羽郁が振り返る。

「柚李葉ちゃん、どうした?」
「ううん‥‥大きいな、って」

 漏らした感想はとても素直なもので。柚李葉が引き取られた佐伯の家も随分大きいのだけれども、羽郁の家はそんな物を軽く越えている。
 安雲の玖堂家別邸。はるか見渡す寝殿造りのお屋敷は、これで別邸だと言うのだから、本邸は一体いかばかりの大きさなのだろう。そんな思いもさることながら、そこが実家なのだと言う羽郁はまさに、昔描いた『どこかの若君』そのものなのだと、改めて思う。
 そう思えば羽郁の今日の姿も『若君』そのもので。ほのかな梅花の香を上品に焚き染めた狩衣は、見るからに上流階級の若君以外の何者でもなく。
 ほんの少し気後れを感じた柚李葉に気付いたのか、羽郁がぽふ、と頭を撫でてくれる。そうしてぎゅっと手を握って、一緒に屋敷の門をくぐる。

「お戻りなさいませ、郁藤丸様」
「うん、ただいま」
「あ、あの‥‥ッ、佐伯柚李葉です、宜しくお願いしますッ」

 途端、深々と頭を下げて出迎えてくれた女房に、思わずぴんと背筋を伸ばして慌てて頭をぺこんと下げると、クス、と暖かな笑みが返った。気にしなくて良いよと羽郁がまたぎゅっと手を握って、当たり前の顔で女房の前を通り過ぎる。
 その途上で、部屋までお茶とお菓子をと言いつける姿はとても自然で。それにまたドキリと胸を躍らせながら、一生懸命な気持ちでその後を追いかける。
 通された羽郁の私室は、やっぱりとても広かった。広くて、置かれた調度は古風なお屋敷に似合って趣のある、使い込まれた風情の品で、そして何故だかとても羽郁らしい。
 円座にちょこんと座り、運ばれてきた茉莉花茶に口をつける。すぅ、と鼻を通る爽やかな香りにほんの少し心が和んで、人心地ついて添えられていた水菓子に手を伸ばした。
 そうしながらきょろ、と辺りを見回して、こくりと小さく首をかしげた。

「ねぇ? 羽郁さん、小さい頃の絵姿があるなら見たいな」

 昔の話はよく聞くけれども、さすがに羽郁の幼い頃の姿ばかりは彼の双子の姉から話を聞く位で、想像する事しか出来ない。幼い頃なら彼女と2人の絵姿もあるだろうか、きっとどちらもお人形のように可愛かったのだろう。
 そう、ほんの少し控えめに尋ねてみると、うーんと唸った羽郁は一旦部屋を出て行った。そうして戻ってきた手には、何枚かの紙が握られていて。

「こんなのしかないけど、良いかな?」
「‥‥ッ、うん!」

 何故だか申し訳なさそうな顔になった羽郁に、とんでもないと首を振る。そうして大切な宝物のように絵姿をそっと受け取って、1枚1枚丁寧に、少し古びた紙を捲っていく。
 それはとても立派な絵姿だった。きっと、きちんとした絵師が雇われて書いたのだろうな、と思う。まるで対のお人形のような双子の絵姿や、幾度か顔を合わせたことのある羽郁の父親の絵姿。そうして、かさ、と捲ったその先に出てきた、綺麗な綺麗な女性の絵姿。

「この女性はお母さま? 綺麗で凛々しい人‥‥」

 思わずそう、呟いた。凛とした眼差しを真っ直ぐと絵の中からこちら側に投げ掛けた、それは美しい姫武者だった。羽郁にも双子の姉にも面差しの似た姿は、けれどもそのどちらとも違っていて。
 ん? と羽郁が正面から柚李葉の手元を覗き込み、そうだ、と肯定した。

「亡くなった母上が輿入れされた時に描かせた絵姿だって聞いてるな。母上はさ、白無垢が動き難いからって持ってきた武者鎧を着て婚礼に臨んだんだって」
「そうなの? お父さまとどんな出会いをしたの? 運命の様に引き寄せられたのかしら」
「んー‥‥父上が散々口説き落とした末の恋愛結婚。だから母上が婚礼に武者鎧を着るって言っても反対出来なかったらしいよ」
「お父様が?」

 あの飄々とした様子の父親にそんな情熱的なエピソードがあるのかと、なんだか不思議できょとんと目を丸くすると、ひょい、と羽郁が肩をすくめる。呆れたようにも思える仕草は、けれども羽郁がそのエピソードを好んでいるのだと言うことが感じられた。
 そうして「玖堂の花嫁は本来はこれを着るんだ」と別の絵姿を渡してくれた、その衣装を見てまたほぅ、とため息が漏れた。描かれているのは先ほどの話からすれば、羽郁の母親ではなく祖母か、また別の誰かなのだろう。けれども注目すべきは彼女が身に纏っている、清楚で繊細な花嫁衣装。

「素敵‥‥」
「姉ちゃんは『寒そう』って言ってるけどな」

 ほぅ、とため息を吐いて憧れの眼差しになった柚李葉に、羽郁がくすりとそう笑った。この花嫁衣裳は、絵では判らないけれども薄物で仕立てたものだという。
 想像してみて、いかにも彼女が言いそうな事だと、柚李葉もくすりと笑みを零した。薄物の衣装がどんなだか、柚李葉は良く判らなかったので。
 それでも、美しい事だけは良く判る。そしてこれがとてもとても上等で、特別で、大切に受け継がれてきたのだろうと言う事も。
 俺はさ、とそんな柚李葉に告白するように、羽郁がぽつりと呟いた。

「俺は跡取じゃないから‥‥自由に恋愛、結婚が出来る‥‥幸せな身分だ」
「うん‥‥」
「姉ちゃんが想いを遂げられなかったら‥その分、俺が幸せになろうって思う」
「‥‥‥うん」

 大切に、大切に紡がれる言葉を、噛み締めるように柚李葉は頷き、僅かに視線を落とした。羽郁が半身と呼ぶ大切な姉が、悲しい別れをした事は聞いている。まだ悲しい思いを抱えている事も知っていて‥‥幸せになって欲しいと、願っていて。
 だからその分も幸せになるのだと、そうして自分の花嫁になる人にはいつも笑顔で居て貰えるように大切にしたいのだと、笑う羽郁の顔が眩しかった。ここで素直に頷けたら、そうして素直な気持ちで自分がその隣に居る姿を想像出来たら、こんなに眩しく感じなかったのかもしれないけれど。

(奥様‥‥ううん、お養母さんは‥‥)

 旅芸人一座なき後、柚李葉を引き取ってくれた佐伯の養母を思う。かつては奥様と呼んでいた大好きなその人を、養母と呼べる事が幸せで、引き取ってくれた事に心から感謝をして居て。
 養母は縁談とかの話が出たら、にこにこ笑って「好きな人のところにお嫁に言って良いのよ」って言ってくれる。そうして少女のように楽しそうに、柚李葉の花嫁姿は綺麗だろうと想像を巡らせている。
 その気持ちが本当にありがたくて、実の娘のように扱ってくれているのが判るからこそ、申し訳ないと思うのだ。結婚は、家と家を結ぶとても判りやすくて確実な手段だと言う事を、柚李葉は理解してる。だから佐伯の家の為になる所ともしご縁があるのなら、そこに嫁ぐのが自分に出来る恩返しなのだろうと思って居る。
 けれども、と思い起こすのはいつか見た花嫁行列。その中に居た、白無垢姿の初々しい花嫁さん。
 出来ればいつか柚李葉も、あんな風に歩いてみたい。そうして白無垢姿で行列を組んで、歩いていく先が大好きな人であれば良いと――そうして最高に綺麗な絵男鹿で真っ直ぐに微笑んで『あなたのお嫁さんになりに来ました』と言えたなら、それはどんなにか幸せなことだろうと思う。
 そうして、そうして叶うなら。そうやって歩いていく先に居るのは、いつも優しくて明るいこの人の元であれば良いと、思うのだ。

(まるで、夢のような一時‥‥)

 そんな風に思ってしまうのは、まだ自分が上手く、現実を受け止められていないからだろうか? そう考えたら何だか寂しくなって、それを誤魔化すように精一杯微笑んだ。
 そうしてぺこりと、頭を下げる。

「そろそろ、遅くなったから帰らなくちゃ。お養母さんが心配するから‥‥ありがとう、お邪魔しました」
「‥‥うん。またな、柚李葉ちゃん」

 その言葉に、いつもよりも力強く笑ってぎゅっと両手を握ってくれた羽郁は、もしかしたらそんな気持ちに気付いていたのかもしれない。その強い手がまるで『大丈夫だから』と勇気付けてくれているようで、それが眩暈がするほど嬉しくて、柚李葉ははにかむように微笑みながら、こくりと頷いたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0859  /  佐伯 柚李葉   / 女  / 15  /  巫女
 ia0862  /   玖堂 羽郁   / 男  / 17  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、本当に申し訳ございません。

お2人の大切な時間、心を込めて書かせて頂きました。
恋人同士の穏やかで、ほんの少しそわそわと落ち着かないような、そんな雰囲気になりました。
お嬢様は真っ直ぐで、けれども心の中にいつも何かを抱えていらっしゃって、その辺りがきっとお嬢様らしいところなのかな、と思ってみたり。

お2人のイメージ通りの、優しくて甘やかな時間が流れていれば良いのですが。

それでは、これにて失礼致します(深々と
HappyWedding・ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年07月26日

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