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『Coconut Dream【蜉蝣の夢】 』
エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)

 真夏の午睡が運ぶ夢。
 それはとても懐かしくもあり――そして、エヴァーグリーン・シーウィンドを真実へと誘っていく。


「……女装……」
 アスラ・ヴァルキリスは「アスカ」となった自分の姿を見下ろして呟いた。
「だって、エリザベスさんを護衛するんだから、当然ですの」
 メイクセット片手に、エリは笑う。隣にはエリザベスが、そしてララ・トランヴァースとエステル・アイヴォリーの姿もある。
 これから、クヴァール対岸要塞付近に出現したモンスターの対処依頼と、エリザベスをとある町に送り届ける護衛依頼をこなすことになっている。
 本当はアスラを指名してきた依頼だったのだが、エリは絶対に自分も行くのだと言って強引に同行を申し出ていた。そしてララやエステルにも同行してくれるように拝み倒した。
 そこには、深く大きな真意がある。
 思い出すのは、幼い頃に聞かされたアスラの両親の言葉――。

 ――じょそう?
 エリは耳慣れない言葉に、首を傾げた。アスラの両親は頷き、エリと同じ目線になるようにしゃがんでじっくりと言い聞かせる。
 ――そ。アスに女の子の格好を出来るだけさせて欲しいんだ。
 ――おんなのこの……? どうして?
 ――訳は訊かないで。男のアスより女のアスが有名になるように。そしてもしこの町からアスを指名して依頼があったらエリも同行して。絶対にばれないようにして欲しいのです。
 そう言って、彼等は町の名前や場所を書き記した紙をエリに渡す。エリは紙に書かれた文字をじっと目で追った。なぜアスラを女装させるのか、理由は何もわからない。だが、そうしなければならない大事な何かがあるのだ。
 そうすることで、きっとアスラを守ることができるのだ。
 ――ん、わかった!
 エリは強く首肯する。
 ――たくさん、じょそうさせるですの!
 ――おんなのこのアシュが、ゆうめいになるように!

 その「依頼」がついに来たのだ。
 ヴァルキリス姓のブリーダーを指名した、かの町からの依頼――。
 該当するのはアスラと、アスラの母親だけ。しかし母親は対岸要塞の警備に就いている身であり、動けるのはアスラだけだ。
 アスラの両親との約束を果たさなければならない。
 たとえアスラが嫌と言おうとも、絶対についていく。アスラを「アスカ」にして、守るために――。
 エリの心に、強い決意が渦巻いた。
 今日の「アスカ」は改心の出来だ。余程下手なことをしない限りは、男だとばれることはないだろう。
「うん、今日もとっても可愛いわよ」
 エリザベスはアスラを見てにこにこしている。ララとエステルはと言えば、ほんの少しだけ不思議そうな顔。
「似合ってる……けど……。エリちゃん、どうしていつもアスラ君のこと女装させちゃうの……?」
「エリさんより着飾ってますよね。エリさんにもこういう服……似合うのに」
 もったいない、と言わんばかりに、ララとエステルは溜息を漏らす。確かに女装したアスラは綺麗だが、エリだって負けていないのだ。
「いいんですの。エリはアシュが綺麗になってくれれば嬉しいですから」
 エリはくすりと笑い、満足げにアスラを見つめる。アスラは何も言い返さず、自身の所持品を確認し始めた。
 ララとエステルが言っていたことは当然であり、誰もが抱く素朴な疑問だろう。でも、構わないのだ。エリは笑う。
 小さい時に両親達が持って帰った白レースのリボンが、エリよりアスラに似合っていたことがあった。それによって、女性としての自信を喪失したのだが――それは決して口にはしない。
 それに、アスラの両親との約束通り「アスカ」は有名になった。
 それこそ、こなす依頼の約半数が「アスカ」として参加したほどにまで。エリの両親はアスラの両親の懸念を知っており、彼を女装させることを決して諫めたりはしなかった。
「絶対に、男だってわからないようにするですの」
 エリは呟き、エリザベスに頭を撫でられているアスラを見つめた。


 モンスターへの対処も無事に終わり、エリザベスの護衛もつつがなくこなして結婚式の行われる町に到着すると、そこでハーモナーとウォーリアー二人が同様の目的を持って合流した。彼等はハーフエルフだ。
「ハーフエルフが多い町ですね……」
 アスラは町の人々を見渡していく。道行く人々も、広場で遊ぶ子供達も、大半がハーフエルフだ。
 エリは初めて見る町並に目を輝かせている。綺麗な町だ。結婚式を控えた町は、どこか幸せな空気に満ちていた。
「あたし達目立っちゃうねー」
「そうですね。エリザベスさんも目立つ……かな」
 ララとエステルがくすりと笑う。人間である彼女達と、エルフであるエリザベス。ハーフエルフの多い町では、やはり少しばかり目立ってしまうようだ。
「結婚式は明日になるそうですので、今日は宿で一泊して疲れを癒しましょう」
 宿は手配しておきましたから、とハーモナーが笑う。
「え……っ」
 エリは一瞬だけ表情を強張らせる。しかしアスラはそれに気付かず、ハーモナーの言葉に頷き、皆に同意を求めた。
「じゃあ、休みましょうか」
「さんせーい!」
 ララが元気よく挙手すれば、エリザベスとエステルも同意の首肯。ただ、エリだけが不安そうに先程のハーモナーとアスラを見つめていた。
「エリ? どうしたの?」
「え? な、なんでもない……ですの!」
 心配そうに顔を覗き込むアスラに、エリはぶんぶんと首を振る。
「宿、行くですの……アスカ!」
 エリは「アスカ」を強調するように言うと、アスラの手をぐいぐいと引っ張って歩き始める。
 ちらりとハーモナーを見れば、彼女達も同じ宿に泊まるようだ。
 どうしよう、一泊するなんて。アシュが男だってばれてしまうかも――。
 エリの心は不安でいっぱいになった。だが、ここから逃げ出すわけにもいかない。宿が近付くにつれて足取りが重くなっていく。
「……大丈夫、安心して」
 宿が見えてきた時、ハーモナーがこっそりとエリの耳元で囁いた。
「え……?」
 驚いて振り返るエリに、彼女はにこりと笑んでみせる。
 その笑顔にどこか安心できるものを感じ、エリは心が軽くなった。


 翌日は朝から晴天で、真夏の結婚式は参加者の額に汗を滲ませる。
 だが、新郎新婦は暑ささえ気にしないふうで、今日のこの喜びに浸っているようだった。
 木漏れ日の下でのパーティーは思いのほか涼しく、誰もが料理と歓談に楽しい一時を過ごす。料理の中にはエリが手伝ったものもあった。
「……よかった、ばれなかったですの」
 エリは離れた場所でゆっくりしているアスラを盗み見た。
 昨夜は、入浴や着替えなど、あらゆる場面においてアスラが「アスカ」ではないことを周囲に悟られないように気を張っていた。しかしハーモナーの女性が常にサポートに入ってくれ、浴場に誰もいないタイミングを教えてくれたり、入浴後の簡単なメイクなどもエリザベスと共に手伝ってくれた。
「あの……昨日はありがとうございました。助かりましたですの」
 エリはハーモナーにぴょこんと頭を下げる。彼女は「いいのよ」と首を振った。そんな二人の間に割って入ったのはエリザベス。
 エリザベスは少し難しい表情を浮かべて、ハーモナーを真っ直ぐに見据えた。
「ディバンク使ったでしょ? 何故追及しなかったの?」
 何を――とは、言わない。言わずとも、ハーモナーにはわかっているはずだから。
 ララとエステルも緊張した面持ちでハーモナーを見つめていた。彼女達も気付いているのだ。アスラが男だとばれないように、エリが必死になっていたことに。そして、それを自然にサポートしているハーモナーの不自然さに。
 サポートする――それはつまり、「アスカ」が「アスラ」だと知っていたから。
 そう、男だと……ディバンクで確認したから。
 ハーモナーは暫くエリザベスの目を見つめ返し、やがてくすりと笑ってアスラを眺めた。そして女系一族であることや、養子の男子との婚姻のことなどを語る。
「あたしとお姉様は……ちぃ姉様から頼まれてたんです。息子に好きな子がいるから家の慣習に縛らせたくないと。ちぃ姉様も兄様も子供が産めない筈と知ってるのは私達だけで……隠したいのは先短い母だけですし」
「ちぃ姉様って……あなた、もしかして……」
 エリはハッとして彼女を見上げる。彼女は頷き、「あの子の母親は、私の姉なの」と告げる。
 アスラに、町長の孫娘――つまり、ハーモナーの姪――が声をかけている。笑顔で色々と話しかけている彼女は、どうやらアスラが男だと気付いていないようだ。
 それほどまでにアスラの女装は完璧で、「アスカ」が定着しているのだろう。不自然ささえないほどに。
 そこまで定着させるのには、それなりの経験が必要だ。そして、女装する機会も。
「アスカ」を見ていればエリがどれほど頑張ったのか、手に取るようにわかる。ハーモナーはゆるりとエリザベスに視線を戻した。
「……呼びたい人が、貴女で良かった」
 その言葉に込められた想いと意味は、語られない。
 だが、エリザベスには伝わっているし、エリにもわかっていた。
「……素敵な結婚式。いつか……エリちゃんも綺麗は花嫁さんになるのかしら。……そうそう、アスラちゃんも……きっと素敵な花婿さんになるわね。二人の隣には……誰が、いるのかな」
 エリザベスは新郎新婦に目を細め、そして交互にエリとアスラを見やる。その言葉は意味深だが、エリはきょとんとしているだけだ。
「頑張んなさいな、アスラちゃん」
 エリザベスはエリの様子に肩を竦めると、聞こえないように呟いた。
 孫娘と歓談するアスラを見て、エリはホッと胸を撫で下ろす。
 よかった、本当によかった――。
 これで、アスラが無理矢理結婚させられることもない。それを懸念していた、アスラの両親との約束も果たすことができた。
 これから先、アスラが女装を必要とすることはあるのだろうか。
 それはわからないけれど、これまで自分が頑張ってきたことは報われたのだと思うし、きっとアスラも……わかってくれただろう。そして、孫娘との会話で何か真実を知ったに違いない。
 でも、そのことについて自分から彼に何か言うつもりはない。
 彼もきっと、何も言わないだろう。
 そしていつも通り、自分と一緒に時を過ごしていくのだ。
 大事なあの宿屋『止まり木』で、大切な家族達に囲まれて。
 アスラと視線が絡み合う。やがて彼は、孫娘を伴ってこちらへと歩き始めた。
「ちょうどデザートが出てきましたよ」
 エステルがワゴンで運ばれていくデザートに気付き、エリに囁く。
「みんなで一緒に食べようよ」
 言いながら、ララはもうデザートに手を伸ばしている。
「ほら、あなたからも呼んであげなさいな。あの子達、こっちに歩いてきているんだから」
 エリザベスが笑顔でエリをつつく。エリは満面の笑みで頷き、大きく息を吸い込んだ。
「アシュ、こっちこっち! デザート一緒に食べるですの!」
 精一杯、大きな声で。
 アスラによく見えるように、大きく手を振って。
 その声に気付いたアスラもまた、手を振り返してくれた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0170 / エヴァーグリーン・シーウィンド / 女性 / 10歳(実年齢20歳) / プリースト】
【ha2173 / アスラ・ヴァルキリス / 男性 / 10歳(実年齢20歳) / 狙撃手】
【hz0021 / エステル・アイヴォリー / 女性 / 20歳 / ウォーリアー】
【hz0031 / ララ・トランヴァース / 女性 / 12歳 / ウォーリアー】
【hz0050 / エリザベス / 女性(♂) / 20歳(実年齢60歳) / 一般人】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■エヴァーグリーン・シーウィンド様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「ココ夏! サマードリームノベル」、お届けいたします。
アスラ様側のノベルのエヴァーグリーン様視点ということで、このような形にしてみましたが、いかがでしたでしょうか。お気に召す内容となっているといいのですが。
もし、「イメージと違う」等ありましたら、遠慮無くリテイクをかけてくださると幸いです。
こそりと、いつかエヴァーグリーン様がアスラ様以上に着飾るところが見てみたいと思っております。それから、アスラ様の気持ちに応える日は来るのかな、等々……色々と想像しております。
お二人はこれから、どんな人生を歩んで行くのでしょうね。
勝手な想像ですが……お二人が相思相愛になるならないに関わらず、ずっと何らかの形で寄り添っていくのだろうなと思っております。
素敵なお二人を、こっそりと見守らせていただきますね。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
朝晩冷え込むようになって参りましたので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 9月某日 佐伯ますみ
ココ夏!サマードリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年09月27日

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