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『〜思い出を味わう日〜 』
来生・一義3179)&来生・十四郎(0883)&(登場しない)

 9月13日、晴れ。
 時期的に、いわゆる「秋晴れ」というやつだが、この第一日景荘には何を隠そう、晴れの日など存在しない。
 既に外壁も大きくはがれ、瓦もひび割れ放題、雑草が生えないのがせめてもの情けという、廃墟寸前のアパートなのだ。
 日照権をどうこう言えるほどの立地の良さも当然なく、日の光は明け方にちらっと差し込んで来ればいい方という、じめっとした雰囲気満載の住居だが、今日の夕日はやけに赤く、窓がほんのりと橙色に染まっている。
 そんな夕日の色をのんびりした気分でながめながら、どこかに出かけたままの弟が帰宅してすぐ夕飯が食べられるようにと、来生一義(きすぎ・かずよし)は立ち上がって台所へ行こうとした。
 するとタイミングを見計らったかのように電話が鳴った。
 受話器を取り上げ、名前を名乗ろうとした時、相手は一方的に言葉をまくし立ててさっさと電話を切ってしまった。
「…どういうつもりだ?」
 電話の相手は弟の来生十四郎(きすぎ・としろう)だった。
 よくわからないが、夕飯は作らなくていいから、飯だけ炊いておけと、いつもどおりの大上段から振りかぶった口調で短く言われ、勝手に電話を切られた。
 理由を聞く暇など、あったものではない。
 一義は大きなため息をつくと、米びつの中から1合の米を出し、少し考えた後、もう1合足して研ぎ始める。
「何をする気か知らないが、相変わらず勝手な奴だ」
 こういうことは一度や二度ではないので、一義も気にはしない。
 しかし、米が炊き上がる頃に戻って来た十四郎の両手には、食材の詰まったスーパーの袋があった。
 ドアを開けてやった一義が、目を丸くして十四郎の背中を見送る。
 兄の動揺などどこ吹く風とばかりに、せわしなく台所へ向かって、ひょいと炊飯器をのぞき、米が炊けているのを確認してから、十四郎は流し台の上に次から次へと食材を取り出した。
 たっぷり5分はそこに立ちつくし、ようやく正気を取り戻した一義が、弟の後ろ姿に向かって呆然とした声で問いを発した。
「いったい何事だ?」
 十四郎は振り返りもせずに、まな板と包丁を取り出し、あわただしく食材の下準備を始め、ぶっきらぼうにこれだけ言った。
「見りゃ判んだろ、夕飯の支度だ。兄貴は黙って座ってろ」
 確かにやっていることは見ればわかるが、その意図がさっぱりわからないから訊いたというのに、それでは全然答えになっていない。
 これ以上重ねて問うても嫌がられるのはわかっているので、一義はおとなしく6畳間に行き、赤茶けた畳の上に何となく正座して座った。
 普段は食器を出すだけでも面倒くさがって不機嫌な顔になるのに、今日は何が起きているのだろう。
 天変地異の前触れか、はたまたこの秋晴れ続きの空模様が突然変わって、槍でも降るのか。
 しばらくして気持ちが落ち着いてきたので、一義は十四郎に「今日はどういう風の吹き回しだ? お前が自発的に夕飯を作るなんて」と茶化すような口ぶりで声をかけた。
 だが、十四郎は肩越しに振り返って兄をひと睨みしただけで、あとはまた黙々と仕度に戻った。
 その視線が普段の3倍くらい凶悪だったので、また少しの間、一義は何も言わずに十四郎の行動をながめていた。
 そのうち、せまい家の中に、スパイスとココナッツミルクの香りが流れ出した。
 一義は、その香りに覚えがあった。
「…今晩はグリーンカレーか?」
 また無視されるかと思ったが、十四郎は不機嫌さは残したまま、意外にもその問いには答えてくれた。
「…俺が中1の時だったか。好物だって言うから一度だけの積りで作ったら、それから毎年、兄貴はこの日になると俺にグリーンカレー作れってうるさかっただろ」
 なだれ打つ記憶の波の間で、一義はすすけたカレンダーを見上げ、つぶやいた。
「覚えて、いたのか…」
 そのつぶやきすら拾い上げて、十四郎はぶっきらぼうに言う。
「歳取らねえ奴を祝っても仕方ねえが、そんなことを思い出してな…ふとカレーが食べたくなっただけだ」
 一義は、弟からは見えないとわかっていても、つい笑顔になってしまう自分をおさえられなかった。
 記念日と自分で呼ぶのは面映ゆいが、十四郎が覚えていてくれたことは純粋にうれしかった。
「ったくよ…食材買ったおかげで、当分酒とタバコを控える羽目になっちまったぜ…」
 ぶつぶつと十四郎が文句を垂れる。
 けれども、その台詞と相反して急にせわしなくなった包丁の音を聞き、一義はあることに気付いた。
(そういうことか…お前は、本当に素直じゃないな…)
 もう一度カレンダーを見上げ、今度こそ我慢をせずに満面の笑みになる。
「ご飯を多めに炊いて良かった。今日は遠慮なくご馳走になるよ」
 カレンダーの今日の日付には、どんな印もついていない。
 だが一義の目には、不格好な赤い丸がついているように見えた。
「じゃあ、今日は俺が、食器の準備をするとしようか」
 立ち上がって、一義は声をかける――普段の何倍も無愛想な、十四郎の背中に向かって。
 
〜END〜

〜ライターより〜  
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。

 今回はほのぼのなおふたりのお話で、
 何だかとても癒されました。
 「こんな日もあったんだよな…」と、
 ちょっとほろりと来てしまいました。
 早く穏やかな日々がやって来ますように…! 

 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です。
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2011年09月20日

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