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『六花、舞う。〜始まりの日 』
玖堂 羽郁(ia0862)

 ふい、と思わず縁側から見える空を見上げた。どこからか、誰かの声が聞こえてきた気がして、きょろ、と辺りを見回してみる。
 けれどもそこには誰も居らず、ただ、すっかり冬の訪れを感じさせるようになった、けれどもまだ秋の面影を残した青空が広がっているだけで。気のせいか、と思い、再び首を引っ込める。
 そわそわ、そわそわ。
 落ち着かない気持ちで居たからあらぬ幻聴を聞いたのかもしれないと、玖堂 羽郁(ia0862)はそう考え、また落ち着かぬ風情で辺りを意味もなく歩き回った。用意しておいたお菓子を確かめて、玄関までの廊下を行ったり来たりして、また縁側に差し掛かり。

『あなたの願い事は、なぁに?』

 ふいにまた、耳元で声がした気がした。ぴたり、今度こそ足を止めてきょろきょろ辺りを見回してみたけれど、やっぱりそこには誰も居ない。
 願い事、と聞こえた言葉を胸の中で繰り返す。あなたの願い事は、なぁに?
 そんな事は決まりきっていると、自らの胸のうちに浮かんだ言葉に知らず、唇の端に笑みを浮かべた。羽郁の願いは昔から決まっていた。双子の姉を助け、句倶理の民を支える事。そうして――

「――あの、ごめんください」
「‥‥ッ、今行くから」

 ちょうどその時、玄関から聞こえてきた待ち望んでいた声に気がついて、羽郁は思索を一旦切り上げそう返した。そうして今度こそ、慌てて玄関までバタバタと走っていく。
 そわそわ、どきどき。
 朝からずっと落ち着かなかった理由は、この尋ね人を待っていたからだ。家族や近い身内だけで暮らしているこの句倶理の家――そこに訪ねてくる、最愛の大切な恋人を待っていたから。
 玄関前までやって来て、そこで一旦ぴたりと止まり、身嗜みのチェックをする。走ってきたおかげで少し乱れた髪を整えて、それから藍色の狩衣も紐が緩んでないかからきちんとチェックして。
 そうして羽郁は、胸の中でどきどきと踊る心臓を宥めながら、努めて平静な顔でがらり、戸を開けた。

「お待たせ、柚李葉。いらっしゃい」
「お邪魔します」

 羽郁の顔を見てほっとした顔になった佐伯 柚李葉(ia0859)は、かすかにはにかみながら大事に胸に抱えた風呂敷包みを抱えなおし、ぺこり、礼儀正しく頭を下げる。僅かに上気したようにも見える頬は、よく見れば淡い桃色の頬紅を差しているようだ。唇にも、紅を差しているだろうか?
 頭を上げ、まっすぐ羽郁を見上げた恋人の顔を見ながら、そう思う。そう思い、それからきょろ、と眼差しを廊下の奥へと泳がせた彼女に、あ、と気付く。

「ごめん、柚李葉。今日は誰も居ないんだ」
「ぇ‥‥? でも、あの、羽郁達のお誕生日のお祝いだったんじゃ‥‥」
「そうだったんだけど――」

 羽郁は曖昧に言葉を濁し、ごめん、ともう一度謝った。そもそも今日、柚李葉がやって来た理由は彼女の言葉どおり、羽郁と双子の姉の誕生日祝いをするから、という理由だったのだ。
 彼女にしてみれば恐らく、寝耳に水の出来事だろう。誕生祝というからには、もしかしたら父や側近も居ると思っていたかも知れない。
 けれども今頃、句倶理の里で起こっているであろう出来事を説明するのも憚られるし、と言って双子の姉が不在である良い言い訳も思いつかなかった。だから曖昧に、せめて嘘を吐かぬ誠実さでそう言った羽郁に、ぱちくり、柚李葉は目を瞬かせてから、頬紅よりもほんの少しだけ、頬を赤く染める。
 そうして少し緊張した様子で、そうなんだ、と言葉を紡いだ彼女に、ああ、と羽郁は謝意を込めて頷いた。そっか、と呟いた彼女を少しでも寛がせてあげられればと、先ほどまでは自分の方が緊張していた事も忘れて、顔を覗きこんで微笑みかける。

「とにかく、いつまでも立ち話ってのもなんだから。縁側に色々準備してあるから、そっちに行こう。上がって」
「う、うん。お邪魔します」

 羽郁がそう促すと、柚李葉は改めてぺこりと頭を下げ、玄関をくぐった。そうしてどことなくそわそわした様子で、風呂敷包みを何度も抱きなおしながら確かめるように廊下に上がる。
 この家に、使用人の類は置いていない。元々は分家所有の屋敷だったものを、便利だからと開拓者活動の拠点にしているのだ。
 幸いにしてというべきか、この家の住人はたいていが一通りの事は出来るので、基本は当番制の自炊生活で何の問題も生じていない。使用人は居たら居たでその生活に慣れてはいるが、居なくても十分に事足りる。
 羽郁は先ほど駆け抜けて来た廊下をゆっくり歩き、縁側へと向かった。きし、と小さく鳴る廊下の音を聞き、後ろから付いてくる柚李葉のかすかな足音と衣擦れを聞く。
 秋の、終わり。紅葉もそろそろ盛りを過ぎて、風情と侘びしさともの悲しさの入り交じった庭もやはり、住人たちがそれぞれに手入れをして居るものだ。
 その庭が一番美しく見える、日当たりのいい縁側に柚李葉を案内すると、2つ並べて置いた座布団のうちの1つを指さした。

「柚李葉、ちょっと待っててくれるか? お湯を取ってくるから」
「うん」

 こくり、長い髪を揺らして頷いた柚李葉に微笑んで、羽郁は足早に廚へと向かい、朝から何度か火を入れて暖めておいた鉄瓶をもう1度、火にかけた。すぐにしゅんしゅんと湯気を立て始めたそれを、十分に沸かしてから慎重に火から下ろし、縁側へと戻る。
 ちょこん、と座布団の上に座った柚李葉の、小さな背中がぴん、と伸びているのが見えた。眼差しは座布団の横に置いておいた、木彫りの皿に盛りつけたお菓子に注がれている。
 甘酸っぱく煮た柚のタルトに、干し葡萄のクッキー。よく熟れた柿は、この季節だと暖かな縁側とはいえ、外の空気で十分に冷えている。同じく皮を剥いて切っておいた梨も、こちらは干していない瑞々しい葡萄も同様。
 戻ってきた羽郁の気配に、気付いた柚李葉が顔を上げて、こちらを見た。それに微笑み返して羽郁は、熱くなった鉄瓶の中のお湯を、木彫りの皿の横に置いておいた茶器の中へ注ぎ込んだ。
 繊細な細工の茶器の中には、自分自身でブレンドした香草茶を入れてある。よく沸騰させたお湯に茶葉が踊るのを確かめて、美味しくなれよと願いを込めながら蓋を閉めた。
 色々と出かけるのも良いけれど、たまにはこうしてのんびり、お家デートと洒落込むのも良い。まして今日は『特別』な日だから、自分自身の手で特別を整えて、とっておきの演出をしたい。
 そろそろかなと茶器から茶碗に香草茶を注ぐと、辺りに良い匂いが立ちこめた。うわぁ、と嬉しそうに顔を綻ばせる柚李葉に、それだけで嬉しくなりながら「どうぞ」と茶碗を渡す。

「‥‥うん、すごく美味しい」
「良かった」

 口を付けた柚李葉が、ほわ、と柔らかく微笑んでそう言ったのに、心から安堵した。いつでも彼女に一番喜んでもらえるものをと考えているけれど、いつでも彼女が喜ぶ姿を見るまではすごく、緊張するものだ。
 こく、こく、と熱い香草茶をゆっくりと飲んでから、柚李葉は傍らに置いてある、可愛らしい風呂敷包みを膝の上に置いた。彼女が大切に胸に抱いてきた、あの包みだ。
 丁寧に包みを解くと、中から出てきたのは色違いのびろうどの袋。柔らかなそれを両手でとって、はい、と羽郁の前に差し出した。

「お誕生日おめでとう、羽郁。こっちも一緒に渡しておくね」
「ありがとう、柚李葉。どっちが俺で、どっちが姉ちゃん?」
「あのね、こっちの青いのが羽郁なの」

 開けてみて、と言われてまずは自分のものだと渡された青いびろうどの袋の口を開けると、中から出てきたのは日の光を受けて深い青に輝く勾玉だった。託された姉の分はおそらく、赤い勾玉なのだろう。
 一対である自分達のことを、柚李葉は理解してくれている。双子として生まれた故か、それとも羽郁達が生まれた特殊な一族の故か、羽郁と姉は普通の姉弟以上に仲が良く、仲が良いという言葉では表しきれないほどに心が通じ合っていた。
 そんな彼ら双子のことを、柚李葉は理解して、尊重してくれる。それでなくとも年頃の姉弟となると、いつも一緒にいると言うだけで奇異に見られることもあるけれど、柚李葉はそうじゃない。
 その1つには、双子の姉もまた柚李葉のことを羽郁とは違う意味で、羽郁と同じくらいに大好きだからかもしれない、と思う。何しろ姉の方が『羽郁はいつも柚李葉ちゃんを独り占めしてずるい!』と、羽郁にやきもちを焼くくらいだ。
 大切で、愛おしくて、得難く、かけがえのない、君。
 そうして始まった、2人だけのささやかな誕生パーティーは、すごく特別で、和やかだった。晩秋の色付いた庭は、言葉などなくともただ眺めているだけで時間が過ぎていく。
 暖かな香草茶でお腹を暖め、お菓子を摘んでお腹がいっぱいになると、縁側から降りてそんな庭を案内した。色付いた木々を見せ、姉や父の作った花壇や香草畑を案内し、他愛のない言葉を重ねながら、散策する。
 季節によって顔触れと彩りを変える花壇は、今は秋の花を咲かせていて。もう少しすれば冬咲きの花が、ちらほら綻ぶことだろう。
 里の本邸とも、別邸ともまた異なる庭は、そこまでしっかりと手をかけてはいないから素朴だ。けれども誰もがそこそここだわり気質であるから、そこらの民家の庭よりは見応えがあるはずだ。
 ゆっくりと、歩きながら。指をさして説明する度に、頷いたり、目を見張ったりする柚李葉を、想う。

 ――あなたの願い事は、なぁに?

 ふいに脳裏に、先ほどの空耳が蘇った。願い事、と心の中だけで、繰り返す。
 羽郁の願いは2つある。1つは双子の片割れたる姉を助け、生まれ育った句倶理の民を支える事。そうしてもう1つの願いは――『柚李葉と共に幸せになり、未来を歩む事』。
 対たる姉以外に、初めて共に在りたいと願った、たった1人の羽郁の姫君。
 いつしか日は傾いて、ゆっくりと辺りは茜色に染まり、やがて黄昏へと変化していく。羽郁はそれを見つめながら、柚李葉、と呼んだ。
 繋いだ手が、ぴくり、震える。はい、と返った声は緊張していた。
 きっと自分の声も緊張に震えているだろうと、思いながら精一杯の言葉を、紡ぐ。

「柚李葉、俺は君がとても大好きです。言葉を並べ立てても足りないほど、君の事を愛しています」
「‥‥‥」
「これからの人生、苦楽を共にするかけがえの無い人として。死が2人を分かつまで、君を幸せにすると誓います。どうか、俺の妻になって下さい。佐伯柚李葉姫」

 今日、彼女に求婚すると決めてから、頭の中でああでもない、こうでもないとこね回して何度も練習した台詞を、何とか無事に紡ぎ終わって。羽郁は真剣な、祈るような眼差しでじっと、柚李葉を見つめた。
 初めて会った時から、彼女は羽郁の心の中に居た。一目惚れで、けれどもいつも心が通じ合っている姉とは違い、彼女がいったい何を思い、何を望み、何を好み、何に笑うのか、羽郁にはちっとも解らなくて。
 たくさんの戸惑いと、たくさんの不安。何度もそれを繰り返しながら、まさしく手探り状態で、けれどもただただ彼女に振り向いて欲しい、ずっと羽郁を彼女の翡翠の双眸に映していて欲しい一心で歩んできた。
 大切に、大事に。時には不器用に自分の想いを紡ぎ、示される彼女の想いに幼子のように狂喜しながら、想いの綾を紡いできた、その想いの果てがここにある。
 今日はその集大成、新たな始まりの日。彼女と共にこれからの人生を歩みたいと――これからの人生の終わりの瞬間まで、彼女に側にいて欲しいと。
 願いを込めた羽郁の言葉に、柚李葉は瞳を揺らした。けれどもそれは、迷ってのことではないのだと、解る。
 しばしの沈黙が、流れて。

「――不束な、私ですが‥‥」
「‥‥‥ッ!」

 ぺこり、と。
 丁寧に丁寧に、お辞儀をして頭を下げた柚李葉の言葉に、喜びで心臓が止まるかと思った。告白が受け入れられたときと同じか、それ以上の衝撃に目眩がする。
 思わずその衝撃のままに柚李葉を強く抱き締めたら、びくり、腕の中の彼女の身体が動きを止めた。けれどもゆるゆる、ほんの少し躊躇うように、彼女の両腕が羽郁の背に回される。

「――これからもずっと、宜しくね、影真」
「ああ、もちろん。世界で一番幸せにする」

 小さく呟いた、彼女の言葉に何度も頷いた。死が2人を分かつまで。自ら彼女に誓った言葉のままに、必ずや、彼女を最期まで大切に愛し、守り、幸せにしてみせる。
 きゅっと、背中に回された腕に力が入ったのを、感じた。羽郁の腕の中で、柚李葉がどこかくすぐったそうに笑う。
 辺りを染め上げる夕日の中で、そうしていつまでも2人、抱き合っていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 /  女  /  17  /  巫女
 ia0862  /  玖堂 羽郁  /  男  /  19  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ついにこの時がやって来たなぁ、と蓮華も感慨深く感じながら書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
これからの時をどのように歩んで行かれるのか、まだまだ目がはなせませんね(笑
そして何やら、裏でも色々とあられるようで‥‥;

藤の君様のイメージ通りの、お二人の未来へと進む始まりのノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年01月10日

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