▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『六花、舞う。〜精霊の宴 』
フェンリエッタ(ib0018)

 それはいったい、何がきっかけだったのだろう? いったい何が違えば、今とは違う結果があったのだろう。
 幾度考えても解らなくて、解らないままただ、無為な問いを重ね続ける。幾度も、幾度も。もう、どれだけそうして自分に問い続けたか、解らなくなるほどに。
 なぜ。いったいどうして。

(‥‥‥ッ)

 不意に脳裏に蘇った声に、その声色が紡いだ言葉に、フェンリエッタ(ib0018)は文字通り、息を詰まらせ耳をふさいだ。そうした所でなかった事には出来ないし、聞かなかった事にも出来やしないのに。
 あの言葉に、彼女の道は断ち切られた。フェンリエッタ自身がかく在るべしと定め、望んだ道行きは、言葉の刃によって無惨にも切り捨てられた。
 そうして――どこに向かえば良いのか、解らなくなって。ただ、悲しくて、苦しくて、どうしたら良いのか解らない。
 いったい、どうして。なぜ。どうすれば。何故、こんな事になってしまったのだろう。

(私は‥‥そんなに強くない)

 生きる意義を失ってまで、いったいこの先、どうやって生きていけばいいのか解らなかった。苦しくて、苦しくて、苦しくて――息が出来ないほどに、悲しくて。
 ぎゅっと、胸元を握りしめる。そうして何かに縋っていなければ、今にも崩れ落ちてしまいそうで。ああ、けれども、そうして崩れ落ちて、この雪のように儚く消えてしまえたら、楽になれるのかしら?
 こんなに悲しい気持ちを抱えているくらいなら、いっそ、そうなってしまえたら良いのに。この身が全部なくなってしまえば、そうしたらこの胸の中の悲しみも忘れられるだろう。
 暗い気持ちで、心から思う。消えてしまいたい。こんな悲しい気持ちはいらない。どうしたら良いか、解らない。
 そう――果てのない思考の渦に溺れていたフェンリエッタは、不意に、わずかに眼差しを揺らし、座ってソファから身を起こした。まるで、誰かに呼ばれたような気がしたのだ。
 けれどもここは、彼女の家。それなのに、いったい誰が――ゆっくりと、眼差しを巡らせたってそこは、彼女の家の庭なのだから、誰も居ない。そのはずだったのに、気付けばひらひらと空から舞い落ちてくる雪の中で、楽しそうにくるくると踊っている人が、居る。
 まるで、雪と戯れるように。雪を纏うように。
 ぱちくりと、目を瞬かせたフェンリエッタに気がついたその人が、くるり、楽しそうに振り返った。手には大きな、先に赤く輝く輝石の付いた、身の丈ほどもある白亜の杖を携えて居て、フードの下から零れ落ちる髪は満月のごとき金の光。
 彼女はフェンリエッタを見て、にっこりと笑ってこう言った。

「こんにちわ。綺麗な雪の踊る日ですね」
「――こんにちわ」

 条件反射のようにそう返しながら、フェンリエッタは彼女を不思議な気持ちでじっと見つめた。間違いなく初めて会う人で――その筈で。なのに何故か懐かしい、そんな気がする、人。
 こんな所で、当たり前の顔で、こんにちわ、って。よく考えてみればそれはひどく奇妙なことだったけれど、なぜか彼女なら仕方がない、と感じられた。
 フェンリエッタの内心など、知らぬ風で彼女は雪の中を、ぱたぱたとフェンリエッタのほうへ駆け寄ってくる。そうしてひょいと、空を指差した。

「昔、仲良しのお友達に聞いた事があるんです。空から降ってくる雪は、誰かの叶わなかった願いの欠片なんですって。願いが空へと積もって雪になって、地上に降りて、また新しい誰かの願いを叶えるために消えていくんだって――だから、あなたの願い事も、あの雪の中にあるかもしれませんね」
「私の、願いも‥‥」
「はい、きっと! ――そう言えば、あなたの願い事は、なんですか?」
「‥‥ぇ?」

 くすくす笑ってそう言った、彼女のふいの言葉にフェンリエッタは目を瞬かせる。けれども彼女は特に何か意図があったという風ではなく、たんに興味が向いたから聞いただけのようだ。
 あなたの願い事は、なんですか、と。そうして返って来ないフェンリエッタの答えを気にした様子もなく、くすくす笑ってまた、空から降ってくる白を見上げている。
 その光景を――いつか、どこかで見た気が、した。

『あなたの願い事は、なぁに?』

 まだフェンリエッタが幼かった頃。やっぱりこんな風に、誰かに聞かれたような気が、した――あなたの願い事は、なぁに?
 願い事、と胸の中で繰り返す。ふと空を見上げれば、終わりを知らないように舞い落ちてくる雪の欠片。その雪と遊ぶように、また楽しそうにくるくると踊りだした彼女。
 あぁ、と何となく呟いて、空から地上へと舞う白をぼんやり、見つめる。

 ――あなたの願い事は、なぁに?

 幼い頃の自分も、かつて『彼女』にそう聞かれたのだと――思い出して、フェンリエッタは懐かしく、ソファにまた身を預けて瞳を閉じた。





 雪だるまとお話したいの。
 幼い頃のフェンリエッタは、誰かに向かってそう言った。名前も、どこの誰かも知らない、その人。満月のような金色の髪を持つ、見た事もない不思議な衣装を身に纏った女性。
 一体なぜ彼女にそう言ったのか、今でも明確に覚えては居ないのだけれど――なぜ、そんな事を言ったのかだったら、今でもちょっと覚えている。

(雪だるまが、可哀想だったんだもの)

 ずらりと並んだ雪だるま。それをアヤカシに見立てて、剣に見立てた木の棒で、浚われたお姫様や、襲われている村人を助ける為に戦う騎士ごっこをするのが、その頃の遊びだった。
 でも――

「フェンは小さくて女の子だから、いつも騎士役をさせてくれないの」
「そうなんですか?」

 ぷく、とほっぺたを膨らませて、唇を尖らせた小さなフェンリエッタに、その人はひょいとしゃがんで視線を合わせながら首をかしげた。そうなの、とますますフェンリエッタは唇を尖らせ、しょんもり肩を落とす。
 フェンリエッタに回ってくるのは、村人の役や、浚われたお姫様の役ばっかり。そうして年上の男の子達が、「やぁやぁ、我こそはー」と木の棒を構えて名乗りを上げ、打ちかかって行くのを見てるばっかりなのだ。
 そんなのは、つまんない。フェンリエッタは騎士になりたいのに。守られるお姫様じゃないのに。
 それに――

「雪だるまだって本当はアヤカシじゃなくて、叩かれたら痛いし可哀想って言っても、全然聞いてくれないんだもん」

 ぷくん、とこれ以上なくほっぺたを膨らませ、唇を尖らせたフェンリエッタを見て、その人は、旅の魔法使いと名乗った彼女は「あらら」とくすくす肩を揺らした。揺らして、フェンリエッタの小さな頭をぽふりと撫でた。
 ぽふ、ぽふ、と。
 撫でられて、フェンリエッタはもう一度、可哀想だもん、と呟く。何にも悪くないのに、ホントはアヤカシじゃないのに、嫌だって言えなくて、痛いって言えなくて、ただ打ち壊されていくだけの雪だるまが、可哀想。

「フェンが騎士なら、守ってあげるのに‥‥」
「ふふっ♪ 守る強い優しさを持つ者が騎士なんだって、私のお友達が言ってました。優しいですね、フェンリエッタさん。雪だるまさんは確かに、痛くて可哀想ですけど‥‥」
「‥‥お姉ちゃんも可哀想だと思う?」
「ええ」

 にっこりと笑顔で頷いた彼女に、良かった、とフェンリエッタも笑顔になった。けれどもすぐ、どうすれば良いんだろ、と顔を曇らせる。
 どうすれば、雪だるまを守れるんだろう。どうすれば、騎士になれるんだろう。どうすれば、もっと大きく、強くなれるんだろう。
 そう、考えるフェンリエッタを、にこにこ見つめている女性を見上げて、そういえばこの人は誰なんだろう、と首をかしげた。名前も知らない、どこの誰かも知らない人なのに、不思議と傍に居るだけでほっとする。
 雪だるまが可哀想って、友達とついに喧嘩をして飛び出してきたフェンリエッタに、突然声をかけてきたのがこの人だった。こんにちわ、とまるで当たり前の顔をして、にこにこと親しげに。

『あなたの願い事は、なんですか?』

 普通なら十分に怪しむシチュエーションだし、それでなくとも人見知りの気のあるフェンリエッタは、普段なら口も聞かずに怯えて逃げてしまった事だろう。それなのになぜだか彼女を見た瞬間、良かった、と安心してしまったのだ。
 それはもしかしたら、彼女の金の髪のせいかも知れない。満月の光を思わせる、柔らかな金色――まるで夜空に浮かび、いつも地上を見守っている月を見つけた時のような、安堵。
 だから、つい、口から滑り出た。『雪だるまとお話したいの』。それを笑い飛ばしたりせずに、雪だるまとですか? と首を傾げた彼女だから、きっとフェンリエッタは喧嘩のことを話してしまったのだろう。
 不思議な、人。不思議な、お姉さん。
 だから、と彼女がにこにこ微笑みながら、言った。

「雪だるまに、守ってあげるよ、って言ってあげるために、お話したいんですか?」
「ううん。違うの。それもあるけど、雪だるまは精霊だって聞いたから」

 彼女の言葉に、プルプルとフェンリエッタは首を振った。首を振って、小さな両手をぎゅっと握り締め、あのね、と言葉を紡ぐ。
 雪だるまは実は、雪だるまの姿をした精霊なのだという。そうして『ある約束を守る子』が形を作ってあげると精霊が宿り動き出し、白い妖精達と歌い踊るという‥‥そんな話を聞いて、どうしても小さなフェンリエッタは、それが見てみたくなったのだ。
 たくさんの雪だるまと、たくさんの小さな白い妖精たち。それが一緒に雪の中で、楽しく歌ったり、踊ったりしている様子を想像したら、居ても立ってもいられなくなった。
 妖精なんて、絵本の中でしか見た事がない。精霊だって、お話の中で聞くばっかりで――だから、フェンリエッタが雪だるまの形を作ってあげたら、雪だるまの精霊がやって来て、妖精と一緒に踊ってくれるかしら、って。
 だからたくさん、たくさん雪だるまを作った。お庭中の雪をかき集めて、大きなものから小さなものまで。ちゃぁんと木の枝の手も付けてあげて、小石や葉っぱでお顔も作ってあげて。
 いつ精霊はやってくるのかな、って並んだ雪だるまを前に座り込み、わくわく待っていたら、すっかり風邪を引いてしまった。なんて馬鹿なことしたの、って怒られて、お布団の中で咳と熱に苦しみながら、それでも今頃きっと、と思っていたけれど。
 それからしばらくして、すっかり風邪が治っても、雪だるまはちっとも動いた様子はなかった。それがちょっと寂しくて、何がいけなかったのだろうと確かめたかったのだけど、一体誰に教えてもらったのだったか、どの本で読んだのだったかちっとも思い出せなくて。
 そうして作った雪だるまは、アヤカシ退治ごっこに利用されてしまって――フェンリエッタは、だから余計に可哀想で、悲しかったのだ。本当は精霊なのに、アヤカシとして壊されてしまうなんて、なんて可哀想。
 そうなんですね、と彼女はこくり、首をかしげた。フェンリエッタの幼い話を聞いても、笑い出したりせずに、にこにこ笑ってちょっとだけ首を傾げて、「そうなんですね」と言った。
 それからちらり、彼女は両腕に抱えていた、大きな大きな白亜の杖を見る。それはまるで月の化身のようにも、雪の化身のようにも見える、真っ白な杖。
 ちょっと触ってみようとしたら、ごめんね、と彼女が笑った。

「この子は私の相棒だから、あんまり、他の人に触られるのは嫌いみたいなんです。――でも代わりに、お友達の精霊を、呼びましょうか♪」
「精霊! お姉ちゃん、精霊のお友達が居るの?」
「ええ、たくさん居ますよ♪ きっと、ここはすごく遠いから、雪だるまの精霊もなかなか来れなかったんだと思うんです。だから、声をかけて、道を繋いじゃいますね♪」

 くすくすと、まるで悪戯を企む少女のように笑った彼女が、ね、と杖に語りかけると、応えるように杖は銀の光を放ち始める。それを見て目を丸くしたフェンリエッタは、杖も精霊だったんだ、とびっくりした。
 もしかしたらこの人も、精霊なのかも知れない。精霊の友達が居るなんてきっと、そうに違いない。
 目を輝かせたフェンリエッタと、微笑んだ彼女の間に突然、大きな銀の光がぽっかりと現れた。そうしてその中から現れたのは――のそのそと動く雪だるまに、羽の生えた小さな妖精たち。

「うわぁ‥‥ッ! 本当に精霊? 本当に妖精?」
「ふふッ♪ 私のお友達は皆、遊ぶのが大好きなんです♪ フェンリエッタさん、一緒に遊びませんか? きっと楽しいですよ♪」

 ね、と。振り返った彼女の言葉に、妖精達があちらこちらに飛び回り、フェンリエッタの髪を小さな手でツンツン引っ張って、小さなほっぺたにキスをした。雪だるまの両手が上下に揺れて、フェンリエッタを手招いている。
 いつの間にか、周りに居たはずの人は消えていて、そこは広い雪原だった。その只中で、行きましょう、と微笑んだ彼女の差し伸べられた手を、小さなフェンリエッタは取る。
 どこからともなく、賑やかな楽の音が聞こえてきた。それに合わせてくるくると、空から降ってくる雪と戯れるように、積もった雪に頬ずりするように、踊る雪だるまに合わせて妖精達が繊細な歌声を幾重にも重ねる。
 その中には、精霊たちを呼び寄せた彼女の歌声も混じっていた。楽しそうにどこか異国の恋歌を歌いながら、くるり、くるりと精霊達の中で踊り始めた彼女に合わせて、フェンリエッタもまたくるくると踊り出す。
 いつまでも、いつまでも。
 やがて日が沈み、雪雲が晴れてぽっかり姿を現した月の光に照らされて、歌い、踊り続けていたのだった――





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
  ib0018 / フェンリエッタ /  女  /  18  / 志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

雪の中での少し不思議な物語、如何でしたでしょうか?
どうしても登場したいという旅の魔法使いが、登場してみたらあんな事(?)になってて本当に申し訳ありません(そっと目逸らし
雪だるま精霊、なんて懐かしい!
あの世界は何というか、遊び心も満載だったような気が致します(笑
楽しかったですねぇ‥‥(しみじみ

あまりにも辛く悲しい気持ちを抱いていると、本当に息が出来なくなって、胸が苦しくて、涙が止まらなくて、いつかその苦しみが消えるかも知れないなんて、いつかは楽になるのかも知れないなんて、とても夢物語にしか思えないのですけれど。
それでも、いつでも目を開けばそこに、優しく見守ってくれる月の光はあるのだと、信じます。
どうかその光がほんの少しでも、お嬢様のお心にも、背後様のお心にも届きますように。

お嬢様のイメージ通りの、優しい月の光に満ちたノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年01月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.