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『狂乱のクリスマス売上ファイト 』
星杜 焔ja5378

 イベントが近づくと、人々は心なしか浮かれた気分になる。それは、洋の東西を問わず、ごくごく当たり前に繰り広げられる光景だ。
 だが、それは自身にとって大切な人や、共に過ごしたい人がいる場合の話。
 そんなものがいない御仁にとっては、世がお祭り気分で浮かれ騒いでいることなど、気分の滅入る話でしかない。
 そんな…陰鬱な気分の人々が集まった結果、とある町では、とんでもない事件が起きようとしていた。

 とある狭い空間。
「準備はいいか」
「うむ。問題ない」
 油と焼けた匂いと、甘ったるいクリームの匂いがカオスとなって入り混じる空間で、白い帽子をかぶった数人の男女が、鈍く光る刃物を研いでいた。
「今年こそ、あのいけ好かない世間のりあじゅうどもに思い知らせてやるのだ」
 リーダー格なのだろう。着ている衣装の違う背の高い年配の御仁が、息を荒げている。
「うむ。御馳走を買ったのに食いきれず余らせてしまう恨みと!」
「気張って手に入れたら、結局余らせてしまったホールケーキの恨みを!」
「「今年こそ晴らしてくれるわ!!」」
 おーーーっと声を上げる白い服の集団。闇の中に浮かびあがるその人々の後ろで、かちりと音がした。
「お前ら盛り上がるのはいいけど、さっさと仕事してくんないかなぁ。お客さん待ってんだけどー」
 ぱっと明るくなるそこは、お店の厨房。研いでいた刃物は、長年ご愛用の包丁だ。特注品の証である名前入りのそれで、鶏肉を捌いた厨房担当を、赤と白のサンタ服を着た女性が、こめかみに青筋を浮かべて睨み付けていた。その胸には、デコレーションできらめく『駅前商店街クリスマスセール』の文字。
「ねーねー。ままー、あれ何のお祭りー?」
「お店の人頑張ってるみたいだから、もうちょっと待ってましょうねー」
 その彼女が指示した先では、キャンペーンの風船持った親子連れが、開店を今や遅しと待っている。その外では、同じように大売出しの文字を掲げたいくつかの店。そして、通り過ぎる電車やバス。駅前商店街の光景が広がっていた。
「ええい、水を差すな。我々はこのクリスマス杯駅前商店街争奪売上ファイトを勝たねばならんのだ。気合をいれんでどうする」
「気合ならもう十分でしょ! とっととケーキと七面鳥を量産しなさいっ」
 そう。この駅前商店街では、毎年惣菜屋とケーキ屋とコンビニの殺人的な視線の込められた熾烈な販売競争が繰り広げられるという。

「ふふふ。りあじゅうどもめ。うちの自慢の料理で満腹になって動けなくなってしまうがいい! 俺だって孫と遊びたいんじゃあ!」

 そんなわけで、この時期雇われたバイトの連中には、『死ぬ気で売り上げろ』の厳命が下るのだった。
 食い物と孫の恨みは恐ろしい。


 陽気な音楽と、煌びやかな装飾。
 街はすっかりクリスマスカラーに染まっていた。道往く人々は、カップルも家族連れも皆、どこか浮かれたように、笑顔を浮かべている。
「清世さん、遅いな」
 星杜焔は腕時計を確認した。
「あ、来たみたいや」
 小野友真が顔を上げ、指を差した。
「ほんとだ」
 青空・アルベールも顔を上げ頷いた。
「わりい、わりい。待たせたな」
 百々清世は悪びれた様子もなく、悠々と片手を上げた。
「清世さん、遅刻だぜ」
 若杉英斗はわざとらしく、時計を確認しながら言った。
「若ちゃんは、時間にうるさいよねえ。まあ、細かい事は気にせず、中に入ろうぜ」
遅れてきたにもかかわらず、清世は先頭を切って、歩き出した。四人もその後に続く。
今日はクリスマスイブ。街は浮かれ、商店街にとっては書き入れ時。そんな中、五人の心境はその中間だ。楽しく、お金を稼ぐ。今日の五人は、一日限定のアルバイトだ。


 早速、それぞれの持ち場に分かれて、バイト開始。
「やべえ、寒い、死ぬ」
 なのだが、清世はバイト開始早々、愚痴を漏らした。
「俺、もう飽きた、帰る」
 清世の服装は、赤と白のサンタコスチュームである。その手にはチラシが持たれている。
「清世おにーさん、まだバイト始まったばっかりやで」
 友真は苦笑を漏らした。
「わりい。俺、もう無理だわ。後は任せた」
「清兄ちゃん、帰っちゃ駄目ー!」
 慌てて、青空は清世を引き留めようとする。
「お前たち、サボってないで、しっかり売り上げろよ」
 そこに、先程厨房のオジサンたちを叱っていた女性が声を掛けてきた。まだ若いが、彼女はこの店の店長だ。彼女の今日に懸ける思いは人一倍のものなのだろう。メラメラとオーラが滾っている。店長の言葉に、清世は振り返ると、
「じゃあさ、いっぱい売ったら、なんかご褒美頂戴よ」
「うーん、まあ、しっかり働いたらね」
 店長のその言葉で、清世は不敵に笑った。
 清世はきょろきょろとしたかと思うと、タタタッと軽く駆け出した。その先には女の子二人組。清世は気さくに声を掛け、少し会話したかと思うと、二人組を連れて戻って来た。
「はい、お二人様、七面鳥とケーキのお買い上げでーす」
 清世は笑顔でそう言った。どんな会話を交わしたのか、女の子二人はとろんとした目で清世を見ている。
 いきなり、売り上げちゃったよ。さすがにびっくりな青空と友真。
「ほう、もう客を捕まえたのか」
 店長は感心したように清世を見た。
「はい、これ。ケーキと七面鳥ね。素敵なクリスマスイブを過ごしてね。また、連絡するから」
 清世は料理を手渡すと、笑顔で女の子たちを見送った。
「凄いな、清兄ちゃんは」
 青空が感心したように言った。
「こういうのは、女の子二人組とかが狙い目なんだよ」
 清世は人差し指を立て、
「あとは適当にクリスマスの準備した? とか普通に話して、流れで買ってもらっちゃうわけ。後、ついでにメアドとかも聞いておくと」
 清世は二人に携帯を開いて見せ、にやりと笑った。青空は、ハードル高いよ、と思った。それ、清兄ちゃんだからできるんであって、他の人は真似できないよね。
「お、あの娘かわいい」
 清世は目敏く、新しく可愛い女の子を見つけると、にへっと笑いかけて、駆けて行ってしまった。
「清世おにーさんの女の子狙いは流石やな。こうなったら、俺たちも頑張らんとあかんで」
「そうだね」
 青空と友真は、また新しい女の子を連れて、戻って来る清世を感心するように見ていた。


 その頃、焔と英斗は白の厨房服に着替えて、厨房にいた。
 厨房はまるで戦場だ。皆、忙しなく動き回り、料理長らしき年輩の男は怒鳴りつけるような声で指示を出していた。普通の新人なら足が竦む光景だ。しかし、焔はうずうずしていた。
「あの〜、調理代わりましょうか? 俺、お惣菜からケーキまで何でも作れますよ〜。早く帰ってお孫さんとクリスマス楽しんでください〜。レシピ通り作った方が良いなら一つ食べさせて貰えれば何となく作り方分かりますから」
「うん?」
 料理長は怪訝そうな顔で、焔に近付いて来ると、
「ほれ、これは?」
 小皿を差し出してきた。
「七面鳥のグレービーソースですか」
 焔はそれを右手の小指で一口舐めた。
「あ、おいしい。七面鳥の焼き汁を使ってるんですね。七面鳥に塩、コショウして、タイム、セージ、バジル、パセリ、玉ねぎ、後はレモン汁かな、を詰めて焼いた焼き汁に、とろみをつけて味を調えたんですよね。それと、この優しい甘みは、隠し味に蜂蜜も入ってますね」
「ほう」
 料理長は感心したように焔を見ると、
「こっちだ」
 焔を連れて厨房の奥へ歩いて行った。そのまま、おっさん連中と料理を始める焔。
「俺には真似できんな……」
 その様子を見ていた英斗はそう呟くと、周りを見渡した。
「ケーキと七面鳥か……。俺はケーキを担当するかな」
 自分にできそうな作業で、且つ、手が回っていない作業を探す。
 ボウルを氷で冷やしながらおもむろに生クリームをしゃかしゃかかき混ぜ始める英斗。
「生クリーム製造マシーンとして、今夜はがんばるかな」
 ひとり呟くと、物言わぬ機械のようにひたすら生クリームを泡立て、できたらスポンジケーキにデコレートしていく。何度も何度もそれを繰り返す。
「……うん。これはこれで楽しいかもしれないな」
 ホールのショートケーキを大量に量産していく。


 青空は一見、女性にしか見えない。中性な顔立ちをしているだとか、そう言う話ではない。いや、それも大いに関係しているのだが、ここで注目すべきなのは、青空の服装だ。
 なぜか、青空はサンタガールに変身していた。
「ありがとうございましたー」
 少しやけ気味な笑顔でお客さんを見送った青空は、吐いた息が白く、空に昇って行くのを眺めながら、こんな恰好をする羽目になった経緯を思い出した。
 初めは普通にお店の宣伝をしていた。青空も友真も、ちょくちょくは売り上げに貢献できたが、清世の売り上げには、青空と友真の二人合わせても追い付かないくらいだった。
 そんな時、突然、
「青兄、俺らも負けてられへんで!」
 友真は青空の腕を掴んだ。俺らも売りまくんで! 関西魂が疼いてきた。最高記録作ったるわ。その為には何でもしたる!
 友真は完全に本気モードだ。真顔でにじり寄ってくる友真に、青空は嫌な予感がした。
「あ、青兄女装する?」
 青空の嫌な予感は的中。必死の抵抗も虚しく、引きずられるように、友真に店の中へと連行されたのだった。
 目敏く女性用のサンタ衣装を見つけた友真に、強引に着替えさせられ、初めは涙目で萎れていた。だが、鏡に映る自分の姿を見て、
「可愛い可愛い。これならきっと売上貢献、ですわ」
 女装してしまえば割とやけになってやり遂げるベル子なのだった。
 でも皆、今日のことは忘れるが良いのよ。マジで。
 ベル子は誰彼構わず、元気な笑顔を振り撒いていく。やけになっているのもあるが、根が真面目なのだ。そんな時、小さな男の子と目が合った。
 ベル子は男の子に近づくと、そっとケーキを差し出し、
「一個いるー? 内緒だよ〜」
 にっこり笑顔。その笑顔はやけではない、自然な天使のような笑顔だった。
 その様子を見ていたベル子と同じサンタガール衣装の友真は、店長に見つかったら怒られるでー、と思いながらも、やはり笑顔だ。
「ベル子はぁ、ゆーま君もするべきと、思いますわ」
 と着替えの時、ベル子に笑顔で迫られた時のことを思い出して、友真は苦笑した。あの時の青兄の笑顔は怖かったなー。
 友真は、再び売り子として走り回っているベル子を見て、
 まだまだ、これからやでー、と気合を入れ直し、
「そこのダンディなお父さーん☆」
 超笑顔で仕事帰りのお父さんを狙い、声を掛ける。人懐っこい笑顔で、
「美味しいもん食べたら笑顔になるやろー? お土産に笑顔溢れるケーキをどうぞ」
 着実に売り上げを重ねていく。それにしても、清世おにーさんの女の子狙いは流石やな、と感心して清世を見ると、何かさっきまでと様子が違う。清世の周りには異常な人だかりができていた。


 なぜ、こうなった!?
 清世は当惑気味に周りを見渡した。清世の周りには女の子が殺到している。それらの女の子は皆、清世の見知った顔ばかりだ。
 こんな状況になった契機はある女の子と出会った事。
 その女の子は二週間ほど前に知り合い、甘い夜を共に過ごした黒髪の女の子だった。彼女は少し思い込みの強く、それ以来会っていなかった。あまり頻繁に会うのは危険だ、と清世は判断したのだ。
 その黒髪っ娘とばったりバイト中に会った。そこまではまだいい。折角だし、彼女にもケーキと料理を買ってもらおう、と清世は彼女と話をしていた。
 そんな所に、別の女の子の声が割り込んできた。
「清世っちじゃない? 久しぶりー」
 そう言って、声を掛けてきた金髪の女の子は、突然、清世の腕に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと、あなた誰!?」
 清世と話をしていた黒髪っ娘は当惑したように言った。
「何、この娘〜?」
 金髪っ娘は黒髪っ娘を一瞥しただけで、清世から離れる気はないらしい。
「清世さんから離れて下さい」
 すると、黒髪っ娘は強引に、清世から金髪っ娘を引き離した。
「ちょっと、何するのよ!」
 二人の間に険悪な空気が漂い始めた。あちゃー、まずいな。清世はそう思いながらも、慌てたりはしない。こういった修羅場には慣れている。どうすっかな、と考えていた時、
「あら、清世君じゃない?」
 新たな女性の声が聞こえてきた。振り向くと、パンツスーツに眼鏡の、お姉様といった雰囲気の女性が立っていた。
「あ、どうも、久しぶりだね」
 今の状況も忘れて、清世は笑顔で返事をした。いつ何時も、女性には笑顔で対応だ。
「全然、連絡くれないから、寂しかったのよ」
 彼女は清世に近付くと、鼻のつきそうなほど近くから、色っぽく囁いた。
「き、清世さん、だ、だ、誰なんですか!? この人たちは」
 黒髪の娘が、そんな二人の間に割って入って、混乱したように言った。
「ちょっと、私のこと無視しないでよ。なんか、ちょームカつくんだけど。清世っち、なんなのこの娘?」
 金髪の娘は不機嫌そうに清世に詰め寄った。
「ふふふ、清世君の周りはいつも賑やかね」
 大人の色気を漂わす彼女は、達観した様子で微笑を漏らしている。
 完全にカオス状態だ。
「とにかく、みんな落ち着こうよ。そうだ、俺がみんなに美味しいケーキと料理をプレゼントするから。ね?」
 ここはとにかく、事態がこれ以上悪化する前に、三人に帰ってもらうのが得策だ、と判断し、清世はそう提案した。
 三人はなんとか帰ってくれたのだが、その後、予想外の展開が待っていた。
 そう、清世の知り合い(全員女子)が、立て続けに店にやって来たのだ。しかも、皆、口を揃えて、
「この店に来たら、美味しいケーキと料理をプレゼントしてくれるんでしょ?」
 そう言うのだ。
「えっと、どういうこと?」
 と、さすがに困惑しながら、状況を把握しようとしているうちにも、女の子は増えていき、今の状況に至るのだった。


「なんか、清兄ちゃんが大変な事に!」
「ほ、ほんまや!」
 そんな清世に気付いた青空と友真は、清世の元に駆け寄った。
「どうしたの?」
 清世に尋ねると、
「実はな――」
 どうやら、清世の周りで先程言い争っていた女の子の誰かが、この店に来れば、清世がケーキと料理を買ってくれる、と言いふらしたらしい。いや、もしかしたら、三人全員かもしれない。黒髪の娘は清世に弄ばれたと怒って、金髪の娘はなんかムカついたからその腹いせに、大人な雰囲気の彼女はたまにはお仕置きも必要よね、それにこうした方が面白そうだし、とか考えて、噂を広めていそうだ。
 というような説明および推測を、清世は二人に話した。
「それは大変だ! なんとか、それは出まかせだって説得するよ!」
 青空が意気込んでそう提案したが、
「いや、俺はここにいる女の子たちみんなにケーキと料理をプレゼントするぜ!」
「ほ、本気なの?」
「ああ、もちろんだ。だって、今日はクリスマスで、俺はここにいる女の子たちみんなのサンタなんだからな」
 カ、カッコイイ、と清世に見惚れる二人だった。


 焔は顔を上げ、ちらっと外の様子を窺った。
 なんか外が騒がしい。それと同時に、異常なスピードでケーキも料理も売れ始め出した。
「なんかよく分かんないけど、スピードアップするよ」
 焔は気合を入れ直し、料理に取り掛かった。手際良く料理を作っていく焔に続くように、周りのみんなのボルテージと動きも上がっていく。そんな時、
 シャカシャカシャカ、ペタペタ、ヌリヌリ――。
 無言でホイップを泡立て、ケーキに塗っていた英斗が、
「ラッキーチャンス、スタートしました!」
 突然、叫んだ。
 びっくりして、厨房のみんなの視線が英斗に集まる。
 わ、若杉さん!? 焔も驚いて英斗に視線を向ける。
 だが、それにも気付かず、英斗は虚ろな目で、再びホイップを泡立て始めた。
 やばい、忙し過ぎて壊れた。
 周りのみんなは内心そう思うのだった。


 清世は半ばやけくそになりながら、やって来る女の子みんなに、ケーキと料理を買い続けていた。あれからも女の子は増え続け、途中でコンビニのATMにお金を下ろしに行ったくらいだ。
 初めは恰好よく、爽やかと言っていい様子で女の子に料理を買っていたが、さすがに人数が多過ぎた。途中からは完全に意地になっている様子だった。それでも、今さら後には引けない。
 青空と友真はその女の子たちにせっせとケーキと料理を手渡す作業に追われていた。人数が多過ぎるよ……。
「俺も手伝うよ」
 そこに焔が助っ人にやって来た。
「焔兄ちゃん!」
「これで、なんとかなりそうやな」
 焔はスキル『紳士的対応』を使い、さくさくとお客様を捌いていく。
「ありがとうございました。お嬢様」
 少し余裕の出てきた所で、
「そいえばゆーま君、今日イヴなのに大丈夫だったの?」
 青空の言葉に、友真は頭から思いっきりこけた。
「……大丈夫、です、多分! てか俺より青兄やろ、大丈夫なーん?」
 照れをごまかし、青空をうりうりする。
「本当に仲がいいね、二人は。羨ましいな……」
 そんな二人の様子を見て、焔がぼそりと呟いた。
「うん? なにか言った? 焔兄ちゃん」
 青空が顔を上げ、焔に尋ねると、
「ううん、なんでもないよ」
 誤魔化すようにそう言って、
「それよりさ、ずっと気になってたんだけど。二人とも、その格好はなに?」
 そう言われて、自分たちが女装をしている事を思い出した二人。
「こ、これは、あれだよ。ね? ゆーま君」
「え、お、おう! あれや。ケーキを売るための秘策や」
 そんな二人の言葉に、
「へえ、そうなんだ。二人はすごいね〜」
 素直に感心する焔。
「そ、そう言えば、若様は?」
 今がチャンスだ、と友真は話を逸らす。
「それがね〜」
 焔はなぜか遠い目をした。


 たくさん作って、売れ残ったらもらえたりしないかな……。リア充に対する恨みつらみとか、そんなものを込めて作ったんじゃいけないな。これはクリスマスケーキ。家族がみんなで楽しく食べるものなんだから……。来年は、自分もお客側になっているといいんだけど……。バイトが終わったら、みんなで帰りになにか食べに行こうか。ラーメンがいいかな……。クリスマスにラーメンか……。
 英斗はぶつぶつ言いながら、生クリームを泡立て続けていた。
「おーい、そろそろホイップいいぞ」
 肩を叩かれ、はっと我に返った英斗の前には、ボールに入った大量のホイップクリームと、フルーツなど飾りつけのされていない真っ白なホールケーキが。
「なんだ、これは!」
「いやいや、お前さんが作ったんだろ」
 呆れたように料理長が言った。
「こっちはもう大丈夫だから、外を手伝ってきてくれ」


「あ、英斗兄さんだ」
「若様、お疲れー」
 店から出てきた英斗に気付いて、青空と友真が声をかけた。
「あぁ、お疲れ……」
 英斗はなぜか背を丸め、本当にお疲れの様子だ。
「よかった〜。正気に戻ったんだ〜」
 安心したように焔が笑った。その言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げる青空と友真。そこに、
「だいぶ、お客さんも落ち着いたし、君たちは上がっていいよ」
 英斗に続き、店長も外に出てきた。青空と友真は未成年という事で、早めに帰らせてもらえるように伝えてあったのだ。
「ホントだ、もうこんな時間」
「せやな、それじゃあ、お言葉に甘えて、俺らは先に上がらせてもらおか」
「なんだ? 二人は先に帰っちまうのか?」
 さっきまで女の子たちと話していた清世が、いつの間にかみんなの輪に加わっていた。
「前に言っておいたんだけどな」
「本当に、清世おにーさんは人の話きいてへんな」
「おいおい、ひどい言いようだな。それより、二人が帰っちまったらつまんねえじゃん。この後、打ち上げとか行こうぜ」
 そう提案する清世に、
「まあまあ、今日は特別な日だからね〜。二人も色々あるんだよ〜」
 焔がそう言って、助け船を出してくれた。
「仕方ねえな。今日は俺のせいで、迷惑もかけちまったし。二人とも、しっかり楽しんでこいよ」
「ううん、迷惑なんてかけられてないよ。今日はとっても楽しかった!」
「ホンマ、楽しかったわ。さすが、清世おにーさんやな!」
 二人は笑顔を浮かべた。
「君たち、忘れ物だよ。今日の給料」
 そこに、店長が二人にバイト代の入った封筒を差し出した。それを二人が受け取ると、
「後、これは今日一日、頑張ってくれたご褒美」
そう言って店長は、今日一日で見慣れた紙袋を友真に差し出した。
「ありがとう!」
 友真はその、ケーキと七面鳥の入った紙袋を受け取って、
「あれ? 青兄には?」
「彼はこっそり子供にケーキをあげていたからね。ご褒美はなし」
「そ、そんなー」
 青空がしょんぼりするのを見て、
「ふふふ、冗談だよ。はい、君の分」
 店長は笑いながら、青空にも紙袋を手渡した。
「本当に、私ももらっていいの?」
 青空が袋包みを見ながら、躊躇いがちに店長に尋ねると、
「もちろんだよ。君もよく頑張っていてくれたからね。それに、今日は誰かさんのおかげで、この店創業以来の、記録的な売り上げだったから。素直に受け取ってくれ」
「あはは、清世兄さんには感謝せんとな」
 友真は可笑しそうに笑って、清世を見た。
「うん? どういう事だ?」
 そこで、やっと現実に戻って来たらしい、英斗が首を傾げた。
「色々あったんだよ……」
「そう、いろいろあったんだよねー」
「ホンマ、いろいろあったわ」
「いろいろあったよね〜」
 清世は疲れたように、青空と友真は可笑しそうに、焔は楽しそうにそう言った。
「なんだよ、色々って? 俺だけ仲間外れか!? 今日の俺にラッキーチャンスは来ないのか?」
 英斗がそう叫ぶのを聞いて、
「あれ? 厨房でラッキーチャンス、スタートしてたけどな〜?」
 焔が不思議そうに言った。どうやら、英斗は覚えていないらしい。
「それじゃ、そろそろ行くねー」
「今日は楽しかったわ。みんな、おつかれー」
 青空と、友真は三人に手を振って、着替えのために一旦、店に戻り、帰って行った。


 今日はみんなと過ごせて、楽しかったな〜。この後、打ち上げとかに行けたら最高なんだけど、と思っていると、
「君たちはこれからどうするの?」
 店長がそう尋ねてきて、そのまま流れでお店の打ち上げに参加させてもらえる事になった。
 店の厨房にはすでに、打ち上げの準備がされていた。自分が今日一日作り続けていた料理が、所狭しと並んでいる光景は爽快だ。少し、若杉さんの作っていたケーキの数が、人数より多い気がするけど、そこはご愛敬ということで。
「今日は、みんな、お疲れ〜」
 ジュースで乾杯。早速、料理に手を伸ばした二人が、
「お、これ、うめえな!」
「こっちもおいしい!」
 そんな感想を漏らす。それはどちらも焔が作ったものだ。思わず、笑顔をこぼれる。
「お前さん、学校を卒業したら、正式にうちで働かないか?」
 そこに、料理長が近づいてきて、そう言った。
「お前さんの舌と腕は本物じゃ。是非どうじゃ?」
「いや〜、お言葉はとてもありがたいんですけど、俺には叶えたい夢がありますから」
「そりゃ、残念。じゃが、お前さんと働けて楽しかったわい」
「それは俺もです」
 本当に今日は幸せな一日だったな〜。友達と一緒に過ごせて、大好きな料理をいっぱい作れて、それを美味しいと言ってもらえた。幸せすぎて、逆に不安かも。
 これからも、ずっとみんなと、こんな風に過ごせたらいいな〜。
 焔はそんな幸せな未来を想像して、笑顔を浮かべたのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17 / ディバインナイト】
【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / インフィルトレイター】
【ja0732 / 青空・アルベール / 男 / 16 / インフィルトレイター】
【ja4230 / 若杉 英斗 / 男 / 18 / ディバインナイト】
【ja6901 / 小野 友真 / 男 / 17 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
大変お待たせ致しました。今回はご依頼ありがとうございました。少しでも、楽しい時間と、皆様の世界を広げるお手伝いが出来たなら、幸いです。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
影西軌南 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年12月25日

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