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『【HS】戦姫の休息 』
三島・玲奈7134)&クレアクレイン・クレメンタイン(8447)&SHIZUKU(NPCA004)

 その日、クレアクレイン・クレメンタインは目覚めると、まず寝室のカーテンをシャッと引いて全身に、夏の朝日をたっぷり浴びた。頭が寝起きでほんの少しぼんやりしていたのが、すっきりとしてくるのを感じる。
 今日は、三島・玲奈(みしま・れいな)と出かける約束をしていた。ちらり、時計を見れば後1時間ほどで出なければ間に合わない。
 クレアは窓際から離れると、手早く身支度を整え、手ぐしで髪をみっともなくない程度にざっと整えた。きちんと髪を結い上げて、胸元の大きく開いた服でも着れば誰もが振り返る美女に変身するクレアだが、『彼女』のことを良く知っている玲奈相手なのだから、と見苦しくない事だけを姿見で確認する。
 朝食代わりのフレッシュジュースを飲むと、もう午前も半ばを回ったところだった。そろそろ出なければ、とクレアは車のキーをちゃらちゃらさせながら家を出る。
 玲奈と2人、せっかくだから昼食を採りに行こう、と話していたのは、代官山にある、天空のレストランと評判のメキシコ料理店だった。雑誌の記事か、テレビで見たか、或いは誰かから聞いたのだろう。
 一度言ってみたいねと、その時も話していたことだけを覚えていたクレアは、せっかくのオフだからと玲奈を誘ったのである。色々とあったから、気持ちを切り替えるきっかけにでもなれば、と思ったのも事実だ。
 店の近くの駐車場に車を滑り込ませると、さすがにと言うべきか、混み合っているのが止まっている車の台数からも感じられた。これはもしかしなくても、店内も混み合っているに違いない。
 そんな予感を覚えながら店内に入った、クレアと玲奈の考えが正しかったと知れたのは、それからすぐの事だった。2人に気付いた店員が、にっこりと笑って近付いてくる。

「何名様ですか?」
「2名だ。出来ればテラス席を頼みたいんだが‥‥」
「申し訳ございません、テラス席はただ今、満席となっておりまして‥‥店内のお席でよろしければ、すぐにご案内出来ますが」
「じゃあ、それで良いじゃん」

 少し申し訳なさそうな顔になった店員と、クレアを見比べた玲奈があっさりそう言った。確認するように店員がクレアの方へと視線を向けたので、コクりと頷く。
 さすがは人気店というべきか、予約なしでテラス席を、というのは少々どころか、かなり無謀な試みだったようだ。この店の1番の売りは、天空のレストランという呼称の通り、テラス席から見渡す見事な光景なのだから、よく考えてみれば解りそうなものである。
 残念だという気持ちは残ったが、先ずは料理も絶品、と言う噂のメキシコ料理を堪能して行くべきだと、案内の店員について歩きだした玲奈の背中を見ながら、思った。そうして当たりだったら、その時こそちゃんとテラス席を予約して、景色も一緒に楽しみに来れば良いのだ。
 クレアはそう意識を切り替え、改めて店内の様子を見回した。予想通り混み合った店内は、けれども総じて天井が高いせいだろう、空間的に十分に広く感じられる。
 幸いにも、クレアと玲奈が席に案内されているちょうどその時、窓際で食事をしていた家族連れが席を立った。「ご利用ありがとうございました」と笑顔で彼等に声をかけた店員が、2人を振り返る。

「少しお待ち頂いてもよろしければ、あちらのお席をすぐに片付けますので、ご案内いたしましょうか?」
「じゃあそれで頼む」

 店員の親切な提案に、クレアは頷いた。テラス席ほどの眺望は望めないだろうが、窓際ならば十分に、外の景色も楽しめるに違いない。
 かしこまりました、と店員は笑顔で頷いて、言葉通り手早く残された食器を片付け、テーブルを拭き清めた。その見事な手際にちょっとした感動を覚えている間に、片付け終えた店員が振り返って「どうぞ」と声をかけてくれる。
 礼を言って、クレアと玲奈は向かい合わせに席についた。ひとまずざっとメニューに目を通してみたが、そこまで心の惹かれるメニューもない。

「タコスを」

 だからクレアと玲奈は同時に、店員にそうオーダーした。実のところ、その記事だか番組だか噂話だかで、オススメされていたのがタコスだったのである。
 かしこまりました、と注文を繰り返した店員は、ドリンクとトルティーヤはお代わり自由だと言って、一礼して去って行った。対応の良い店員だ、と満足する。
 少しすると、まずは食前酒が運ばれてきた。軽く乾杯して味わい、窓の外に広がる光景を楽しみながら他愛のない話をしていると、さほど間を置かずにメインのタコスとサラダ、ドリンクが運ばれてくる。

「うわッ」

 それだけでも普通ならお腹が一杯になってしまいそうなくらい、ボリュームたっぷりのタコスに玲奈が目を見張った。お代わり自由と言われても、果たしてそのお代わりのトルティーヤを要求する所まで、胃袋に空きがあるかどうか。
 とはいえ、それはあくまで普通ならの話であって、クレアと玲奈はその限りではない。あっという間にまず運ばれてきた分を平らげると、遠慮なくトルティーヤをお代わりをして、さらにパクパク食べ続ける。
 何度目かのお代わりを要求した時に、目を丸くした店員が、気持ち良く笑って言った。先ほど、席まで案内してくれたのとは別の店員だ。

「お客様がたくらい気持ち良く食べて頂けると、お出しし甲斐があります」
「ありがと! 何ならもう2枚、一緒に持ってきてもらっても良い位なんだけど」
「申し訳ございません、お代わりは1枚ずつと決まっておりますので――ドリンクのお代わりはよろしいですか?」
「こちらにもう一杯頼む」
「かしこまりました」

 目の回る忙しさだろうのに、店員はそんな様子は少しも見せず、にっこり笑顔で嬉しそうに頷いた。彼女だけではない、他の店員も対応してくれる人、対応してくれる人、誰もが親切でひどく居心地の良い店だ。
 こうなると、ますますテラス席を逃したことが悔やまれた。もちろん、窓からの眺望もそれに劣らず最高だとクレアも玲奈も思っていたけれども、頭上を遮るものが何一つない、晴れやかな青空の下で食べたなら、尚更最高だった事だろう。
 店内を振り返れば、クレア達と同じく昼食を摂ろうと集まってきた人々の、賑やかな話し声。あちらこちらから笑い声が零れ、雑多なお喋りは1つ1つを聞き取る事は出来ないが、まるでラテンの祝祭のような賑わいがある。
 どこか晴れやかにすら感じられ、自然、クレアと玲奈も料理の話や、店内のあちこちに趣味良く飾られたメキシコの衣装や置物、店内を流れるラテンミュージックの話で盛り上がった。ここで時間を過ごしていると、まるで、自分達も祭のハレの気に触れたようで、気持ちが晴々としてくるのだ。
 おまけに、そうやって楽しく過ごしながら美味しく頂くタコスはと言えば、サラダと食前酒も付いてたったの千円なのである。普通のランチと考えてもお代わりし放題付きならなかなか安い値段だが、ここが代官山だと言うことを併せて考えると、この量と味と雰囲気で千円は、安過ぎるにも程がある気がする。
 さすが人気があるだけの事はある、とクレアと玲奈は納得した。ただ単に眺望の良さだけをうたわれていたが、そんなものがなくたって飛びっきりのお店である事は間違いない。

「面白いお店だったね。また来ようよ」
「そうだな。次こそ、ちゃんとテラス席を予約しておこう」

 お腹もいっぱいになったクレアと玲奈は、心から満足して席を立つと、レジへと向かった。そうしてお会計を済ませると、ありがとうございました、と気持ちの良い挨拶に見送られて、満足して店を出たのだった。





 店を出たクレアと玲奈は、腹ごなしに街をぶらぶら歩く事にした。本当に遠慮なくトルティーヤのお代わりをした2人だったから、それなりにお腹も一杯になっていたし、何より気分が良かったのだ。
 ただでさえ美味しい物を食べると、気分が良くなるものである。ましてあんな気持ちの良い店なら尚更の事、雰囲気にさえ酔いそうなぐらい、気分が良い。
 だからクレアと玲奈は2人、次は他のメニューにも挑戦してみよう、と話しながら代官山の小奇麗な道を気の向くままに、歩き回った。時折は立ち止まって店を覗いてみたり、あるいは店先を冷やかすだけ冷やかして見たり。
 そんな中、ふい、と曲がりこんだ路地の先を見て、あれ? と玲奈が声を上げた。彼女が見ている方を見やれば、そこには道路に敷布を広げ、様々な品物を並べているフリマがある。
 だが、玲奈が見ているのはそのフリマの品物ではなかった。むしろその敷布の上に座っている、フリマの主の方である。

「ねぇ、あれSHIZUKUじゃない? よくテレビで見るのとおんなじ顔だよ」
「ああ、そうだな。確かにそのようだが、こんな所で一体何を‥‥いや」

 ちょっと興奮した様子の玲奈の言葉に、頷いたクレアも疑問を口にしかけたものの、思い直して首を振った。そうして改めて、フリマの光景を見つめてみる。
 SHIZUKUといえば天下無敵の女子高生にして、怪奇番組にはなくてはならないオカルト系アイドルとして知られている。そんな芸能人のSHIZUKUが、代官山に居る事は不思議ではないにしても、こんな路地で普通にフリマをしているわけがない。
 そう思って落ち着いて辺りを見回すと、カメラや、撮影スタッフらしき人々の姿が見えた。やはり彼女はプライベートでここに居るのではなく、何かのロケをしにやって来たのだろう。
 立ち止まって見ていると、台本らしきものを片手にスタッフがSHIZUKUに近づいて、何やら話している。他にも同じように、台本らしきものを片手に指示を受けているのは、共演の役者やエキストラなのだろう。
 しばらくそうして打ち合わせをしていたスタッフが、やがてまた元の場所へと戻って行った。そこにはフリマスタイルで座るSHIZUKUと、役者やエキストラたちだけが残される。

「用意――」
――カンッ!

 カチンコと言うのだろうか、監督らしき男の隣に居たスタッフが黒いそれを鳴らすと、途端、SHIZUKUや他の役者たちが動き始めた。瞬間、吹き溜まりの様なその場所が、まるでまったく別の世界に紛れ込んでしまったかのように、異様に華やかに光り輝き始める。
 実際に目に見えて、光景が変わったわけではない。だが彼らが演技をして居るその場所は、確かに見て居るこちら側とは別の場所のようで、明らかなオーラが空間を支配しているのが感じられるではないか。
 うわぁ、とクレアと玲奈、どちらからともなく声が漏れた。やはり芸能人は凄い、と感心の声しか出てこない。
 そうして、何度か繰り返されるロケをしばらく見ていたら、不意に横合いから声がかけられた。ん? と振り返ると撮影スタッフの1人のようだ。

「ねぇ、君。カメラ映えしそうだから、ちょっとエキストラで出てみない?」
「‥‥って、クレアだけ? あたしは!?」
「君はちょっとねぇ‥‥クレアちゃんって言うんだ? どうかな」
「ちょっとってどういう事!?」
「申し訳ありませんが――」

 あからさまに対象外扱いされて、怒り狂う玲奈をちらりと見ながら、クレアは外面の良さを発揮してそう首を振った。ちゃん付けで呼ばれた事に、ぞわりと背筋の辺りに走るものがあったが、顔には出さないように注意する。
 だが、相手はその位では諦めるつもりはないようだった。「ね、試しに一回だけでもどう? テレビに出るチャンスだよ? 上手くすればそのままデビュー出来ちゃうかもだし」としつこく食い下がってくるスタッフに、クレアは心底辟易して、玲奈を促しその場を離れる。
 テレビに映れる、と聞いて喜ぶ人間もこの世には多いのかも知れないが、生憎クレアはその逆で、テレビに映りたくはない。とはいえ撮影自体はもっと見ていたかったので、退散しながらも渋々、という思いと先ほどのスタッフを忌々しく感じる思いが半々だった。

「まったく、失礼じゃない!? あたしのどこが『ちょっと』なのさ!」
「彼が求めてる役柄に、という意味だったかもしれないけどね」

 そろそろ次の店へ行こうと、駐車場に向かって歩きながら、まだ怒っている玲奈をそう宥める。あのスタッフが失礼だった事は、間違いのない事実だ。
 だがいつまでも怒っていたって、もったいない。次に行くのはどこにしようかと、話していたら「ねぇ!」と少女が後ろから呼び止める声が聞こえて来る。
 またスタッフかと、些かうんざりしながら振り返って、目を見張った。なんとSHIZUKUではないか。

「2人もこっち行くの? じゃ、途中まで一緒に行かない?」
「撮影は‥‥?」
「もうお仕舞い! ぁ、クレアちゃんのせいじゃないよ。もともと終わりだったの」

 にこにこと笑ってそう言う、SHIZUKUにはなぜだかちゃん付けで呼ばれても、嫌な気分はしない。これも芸能人のオーラのなせる業なのだろうか。
 玲奈が「良いよ」と笑って頷いた。

「でも、SHIZUKUはどこまで行くの? あたし達はこの先の、○○っていうコインパーキングなんだけど」
「ほんと!? ラッキー! あたしの移動車もそこなんだー。じゃ、ついでに駐車場までボディガードしてくれると助かるなぁ、なんて」
「はは‥‥ッ。良いですよ」

 ざっくばらんなSHIZUKUの言葉に、クレアは笑って了解した。芸能人の中にはテレビで見せている姿と実際は違う人が多い、と聞くが、どうやら彼女のこの態度は素らしい。
 そうして一緒に歩く事になった道すがらで、ふと、以前に見たSHIZUKUの映画を思い出した。

「そういえば、あの映画の演技は素晴らしかったですね」
「あ、あれ見てくれたんだ? ありがとーッ、あれは自分でも会心の演技が出来たと思ってるんだよね!」
「あのドラマもあたし好きだよ。いっつも見てる」
「ほんと!? わーい、玲奈ちゃん、ありがとう!」

 クレアと玲奈で代わる代わるそう褒めると、SHIZUKUは嬉しそうな、年頃の少女らしい笑顔になった。それでもやはりどこか違って見えるのが、彼女が芸能人として輝き続けられる由縁なのだろう。
 それからも、3人はSHIZUKUの仕事の話や、先ほど行ったメキシコ料理レストランの話など、他愛のない話で盛り上がった。そうして、何だかあっという間に辿り着いた気がする駐車場でSHIZUKUと2人は手を振り合って、それぞれの車に乗り込んだのだった。





 次に行こう、と決めたのは新宿にある、とあるスイーツカフェだった。ここは確か、何かの雑誌の特集で見たのだったと思うが、店内の装飾が独特だと評判になっていて、行ってみたいねと話していた事があったのだ。
 とはいえ夏休みを楽しむ若者も多い新宿では、代官山以上に駐車場を見つけるのが難しい。しばらくあちらこちらを走らせて、ようやく空きランプの点いた百貨店の駐車場を見つけたクレアは、迷わずそこに車を滑り込ませた。
 幸い、百貨店から目的のスイーツカフェまでは、それほど遠くない距離だ。地図でそれを確かめたクレアと玲奈は、カフェまでのんびり歩いて行く事にした。
 新宿の雑踏を、人混みをすり抜けながら歩いていると、まるで海を泳ぎ回っているかのような錯覚を覚えた。

「それか、富士の樹海を全力疾走した時みたいな感じ?」
「多分それは、一般的には理解出来ない感覚だろうね」

 笑った玲奈の言葉に苦笑しながら、人混みを泳ぎ抜けたスクランブル交差点の角に、目指すスイーツカフェはあった。あまり間口は広くないが、その分縦に長く伸びているのは、珍しくはないがカフェとしてはユニークかもしれない。
 カラン、とベルの鳴るレトロチックなドアを押して店内に入ると、気付いた店員が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。イートインですか? お持ち帰りですか?」
「イートインで」
「かしこまりました。それでは奥の階段を上がって、2階以上はすべてイートインコーナーとなっておりますので、お好きな席へおかけになってお待ち下さい」

 そう、店員が促した先を見るとそこには、人がやっとすり抜けられるくらいの狭さの、そしてひどく急な階段がある。元は何かの店舗だったところを、改装してスイーツカフェにしたのかもしれない。
 そんな事を考えながら、クレアと玲奈は階段を上ると、最上階まで上がった。どこかにテラス席があればと思ったのだけれども、残念ながらないらしい。
 2人は先ほどのレストランと同じく、外の景色が良く見える窓際の席に座った。ちょうど半端な時間だったのが良かったのだろう、店内に人影はまばらで、どこか閑散としたイメージがある。
 少し待っていると、やがて可愛らしいフリルのメイド服を着た店員が、ドリンクメニューとたくさんのケーキを始めとするスイーツの載ったトレイを載せたカートを押して現れた。スタッフルームの中に、エレベーターがあるらしい。

「お待たせいたしました。ドリンクメニューはこちらになります。スイーツはこちらのトレイから、お好きな物をお選び下さい」
「ねぇ。選んで良いのは1個だけなの?」
「お幾つでも結構です。ただし、一度お選びになったものは召し上がらなくても料金が発生しますので、ご注意くださいね」
「残したものを、持ち帰る事は出来るのかな」
「すみません。衛生上の問題がありますので、テイクアウトは別でご注文頂くことになります」

 尋ねた玲奈とクレアにそう言いながら、店員はてきぱきと2人の前にクロスを広げ、大きめのお皿とフォーク、スプーンを並べていく。なるほど、と頷いた2人は色とりどりの美味しそうなスイーツが載ったトレイを見て、とりあえず適当に2〜3個チョイスすると、暖かい紅茶を頼む事にした。
 紅茶が運ばれてくるのを待っている間に、スイーツを食べながら店内を見回してみると、確かに様々の、変わった装飾が施されている。何より特徴的なのは、見上げた天井に楽しげに飛び交う、トンボや蝶、カブト虫の天井画だ。
 普通、スイーツを好むのは女性の方が圧倒的に多いのだから、トンボや蝶まではともかく、カブト虫まで来るといささか行き過ぎではないか? と思うものだ。けれどもその天井画は上手い具合に可愛らしく、そして綺麗にデフォルメされていて、女性でも楽しめそうな絵柄に仕上がっており、まるで森の中でピクニックをしているかのような非日常感を覚える。
 あの狭くて急な階段は、日常と非日常を分けるための演出なのかもしれない。先ほどの玲奈の言葉ではないが、森の中を抜けて辿りついた、ちょっとしたお茶会の広場、というわけだ。
 ふと思いついたその考えを、玲奈に話すと「それ面白い!」と大喜びで、ちょうど紅茶を運んできた店員に早速真偽を確かめていた。誤魔化されたのか、店員はちょっと笑って「さぁ、どうでしょうか?」と言っていたけれども。
 運ばれてきた紅茶を飲んで、一息つく。夏の陽射しは暑いが、冷房の効いた店内では暖かな紅茶がちょうど、身体の中からほどよく温もりを与えてくれる。

「まるで、東京の縮図を見てるみたいだな」

 カップをソーサーに戻しながら、クレアは視線を窓の外へと向けて、そう言った。眼下に広がるスクランブル交差点は、信号が青に変わるたびに日本人のみならず、様々な人種が往来している。
 人種だけではない。性別も、ファッションも、何もかも。雑多に取り集めたようで、不思議と調和しているように見える光景は、どこか楽しげで見ていて飽きない。
 そんな風に、たっぷり街の様子や店の雰囲気、何よりスイーツを堪能した2人は、またあの急な階段を下って店を出た。そうして、やってきた道をまた泳ぐように歩いて、車を置いた百貨店へと戻る。
 百貨店では、サマーバーゲンだかなんだかの真っ最中だった。これまた賑やかで人の多い店内を眺めつつ、駐車場に向かって歩いていたら、ふいに玲奈が立ち止まる。
 おや、と同じく立ち止まって、玲奈の眼差しの先を見てみたら、ふわりと軽そうな素材で仕立てられた、空色のワンピース。

「買うのか?」
「うーん‥‥どうしようかな。欲しいのは欲しいんだよねー。それに、買い物したら駐車料金も安くなるしさ」

 そう言いながらしばらく迷っていたけれども、玲奈は結局そのワンピースをレジまで持って行った。そうして会計を済ませ、ワンピースの入った店のロゴ入りの紙袋を下げて、クレアの元まで戻ってくる。
 そのレシートと駐車券を持って、今度は百貨店のサービスカウンターまで行くと、ちょうど駐車料金が無料になった。

「へへ、ラッキー!」
「玲奈のお陰だな」

 笑う玲奈にそう返して、クレアは車のエンジンをかけた。ワンピースの入った紙袋を座席の後ろに放り込んで、玲奈が助手席に乗り込む。
 次に向かうのは、白金だ。





 そのカフェは、白金の雄大な森の中にある。テラス席に落ちてくる木漏れ日は、程よく暑さを遮られていて、吹き抜けてくる風はそこそこ涼しい。
 ここが本当に東京かと、錯覚してしまいそうな緑に包まれたカフェのテラス席で、クレアと玲奈は夏の遅い午後をゆっくり楽しんでいた。テーブルにはすでに、注文したモカのロールケーキと飲み物が運ばれてきている。
 ロールケーキの渦は、チョコソースの渦巻と相まって、見ているとどこかに引き込まれてしまいそうだった。そのせいだろうか、白金の雄大な森すらまるで、古代の樹海に迷い込んでしまった心地がする。
 ならばこの手のひらにすっぽり収まってしまうほどの小さなロールケーキは、タイムマシーンというわけか。そう思いながら飲み物を一口飲んだ、クレアの頭上をさっと横切る影があった。
 はッ、と玲奈が空を見上げた。

「何?」
「鴉みたいだな」

 じっくりと頭上を観察していたクレアは、やがて、安心させるようにそう告げる。そう――まるで大鷲にでもなったつもりであるかのように、颯爽と森を飛び交い、横切っていたのは、漆黒の鴉だったのだ。
 時折は、つばめも疾風のように飛び交っている。けれども何と言っても多いのは鴉で――しかも、まるで鴉がこの森の王のように、泰然として鷹揚に羽を広げ飛んでいるではないか。
 いつも都会のあちらこちらで見かける時の、人の目を掻い潜る隙を探しているかのような、それでいて常に何かを狙っているかの様な、こそこそ感が何処にもない。むしろ空を行く姿には、厳かささえ感じられて。
 しばらく雄大な森の営みを眺めながら、ロールケーキを食べ、飲み物を飲んで楽しんでいたものの、やがて2人は藪蚊に悩まされ始めた。森の中のテラス席の宿命、という奴なのだろう。
 仕方なく場所を移す事にして、クレアと玲奈は森の中のカフェを出た。と言っても、向かう先は遠く離れた場所ではなく、同じ白金にある別のカフェだ。
 そちらのカフェは森から出て、しばらく町並みを走らせたところにある。実のところ、ここがいまクレアが一番気に入っているカフェで、言うなれば今日の取っておきの場所だ。
 何も言わなくても、顔見知りの店員はクレアを見ただけでテラス席へと案内してくれた。もうすぐ夕暮れも近いせいだろう、テラスを吹き抜ける風は心地よい。
 テーブルには、趣味の良いアンティークのキャンドルライトが置かれて、ほんのりと辺りを照らし出している。そのオレンジ色の暖かな灯りから目を移せば、街の向こうに広がる空はゆっくりと、青からラベンダー色へ、そうして茜色へと移り行く所だった。
 この時間帯は昔から、逢魔が時と言われている。人の領域と、魔の領域の交じり合う時間。そしてそれにかこつけて、子供の頃は――と言ってもクレア自身ではないが――東京のみならず、街のそこかしこに人攫いが隠れていて、魔のフリをして子供をさらって行ったものだ。
 けれども、彼らの姿すら今はもう、ない。この世界における人の領域はかつてよりも遥かに大きく、そうして力あるものになり、魔の領域もそれに潜んでいた人攫いの姿も、かつての様な絶対的な力を失った。
 それは喜ばしくもあり、寂しい事でもある。しばらく無言で色の変わっていく空と、夕闇の色に染まっていく街の景色を眺めながら、クレアと玲奈はそう話し合う。
 頃合を見計らって、顔馴染みの店員が注文した料理を運んできた。とはいえ頼んだのはサラダとスープ、そしてドリンクだけだ。
 夕食としては、あまりにも少ない。けれどもこれだけ立て続けに色々な店を回り、料理やスイーツを楽しんだ後では、さすがにそれほどお腹が空いているはずもない。
 運んできたウェイターが、無言で頭を下げて戻っていく。ドリンクで形だけ乾杯して、クレアと玲奈はまず、スープスプーンへと手を伸ばした。
 クレアが頼んだのは、枝豆の冷製ポタージュ。玲奈が頼んだのは、同じく枝豆のスープだけれども、クレアとは違って温かいポタージュ。
 1匙すくって、口に運んだのは、同時。

「――美味いな」
「うん。美味しい」

 そうしてしみじみと呟いたクレアの言葉に、噛み締めるように玲奈が頷いた。今日1日の疲れがゆっくりと癒されていくような――否、それどころか日頃の戦いに疲れた心までもが癒されるような、隅々にまで染み渡っていくような、優しい癒しの味に感じられる。
 大げさかも知れない。けれどもクレアはそう感じ、玲奈もまたそう感じている事は間違いなかった。悲しみに凍りついた心を温めるような、傷つき熱を発する心を冷ましてくれるような、そんな優しい、味。
 玲奈とクレアは次に、1匙ずつお互いのスープを味見して、そっちも美味しい、と笑い合った。そうしてまた、自分のスープをじっくりと、心行くまで味わう。
 夕暮に染まる空は美しく、吹き抜ける風は涼しい。永遠にこの場所で、丁度良い夏を感じていたいと思わせる、居心地の良い空間。

(悪くない1日だったな)

 玲奈と2人で他愛なく過ごした、今日という他愛のない1日を振り返って、クレアはふと口元に笑みを浮かべ、そう思った。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /       PC名       / 性別 / 年齢 /      職業       】
 7134   /      三島・玲奈      / 女  / 16  / 猟奇!悶絶!暴力二女
 8447   / クレアクレイン・クレメンタイン / 女  / 19  / 王配

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
また、大変お待たせしてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。

お嬢様達の、どうとない平和な一日を過ごした物語、如何でしたでしょうか。
旦那様の視点がメインなのかな? とこんなノベルでお届けしてみました。
何やら蓮華も一緒に、のんびりとした日々を過ごせたような気が致します(笑

お嬢様達のイメージ通りの、とりとめのない女子の会話が聞こえてくるようなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年12月29日

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