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『〜年の初めに、いざ勝負!〜 』
来生・一義3179)&来生・十四郎(0883)&来生・億人(5850)&(登場しない)


 来生一義(きすぎ・かずよし)は、食べ終わった後の食器を片手に狭い部屋の中を見下ろして、胸の中でため息をついた。
 元旦だというのに、この「第一日景荘」には、まだ新しい年はやって来ていないようだ。
 カレンダーによると、今日は正月の2日目だ。
 おかしい、まだ初詣にも行っていない。
 それどころか、この様子では、三が日はどこにも出かけるつもりはないようだ。
 この様子――つまり、毛羽立った畳の上で、大の男がふたり、ぐうたらと寝転がり、盛大に昼寝をかましているのである。
 ふたりの寝姿を見つめながら、一義は年末の忙しさを思い出す。
 まず、年末の大掃除は一義ひとりでこなした。
 雑巾とバケツをぶら下げて姿を現した一義を見ても、このふたりは手伝うそぶりすら見せなかった。
 一応は手伝ってほしいと頼んだのだが、年が明けるから何だ、そんなものは昔の人間が勝手に決めた暦で、自分には今日も昨日も同じ「毎日」だと屁理屈で返され、一義も半ば予想していた答えだったから、その時点であきらめたのだ。
 おかげで、この206号室も、普段より数倍はきれいに片付いている。
 弟の机の上も、嫌味とともに片付けてやった。
 ついでに、去年来た弟あての年賀状――これらはすべて、一義の手によってきちんと整理され、ファイリングされている――を元に、25日までに新年度の年賀状を作成し、投函もした。
 今のところ、収入源は弟の原稿料なのだから、自分にとっても、やっておいて損はない。
 その上、一義はこの年末、家計をやりくりして、彼らふたりのためにおせち料理まで作ってやったのだった。
 今のこの家の財力では、市販のおせち料理など絶対に手に入るはずがない。
 せいぜい黒豆と伊達巻がいつもの食事に追加される程度だ。
 それなのに、そこまでして頑張った一義のお手製おせち料理は、まったくありがたみも感謝もない彼らの腹の中へとあっという間に消えた。
 一義が甲斐甲斐しいのはいつものこととはいえ、少しは報われてもいいのではないかと、むしろ、怒鳴り声のひとつやふたつ、見舞ってやってもいい、この時点で一義がこう考えたとしてもおかしくはない。
 食器をすべて、ちゃぶ台から台所へと運んだ後、一義はしばし黙りこくっていびきの洪水のただ中に沈んでいたが、やがてその光景に耐えられなくなると、ふたりを無理やり揺すり起こして、不機嫌極まりないと言いたげなふたりに向かってこう提案した。
「せっかくの正月なんだから、初詣に行くぞ」
「ああ? そんなのめんどくせえよ」
「正月はどこも混んどるんやし、寝てる方がええって〜」
 来生十四郎(きすぎ・としろう)はたった一言、来生億人(きすぎ・おくと)は一応理由付きで、一義の提案を無碍に却下した。
 ぐうたらしたがるこのふたりを動かすのは至難の業なのだが、さすがに新年早々、去年と同じふるまいを許してはいけないと、一義の中の「何か」が断じた。
 ここは一計を案じてふたりを家から引っ張り出し、なおかつこの堕落した生活からもおっぽり出さなくてはならない。
「ならば、せめて何か正月らしいことをしないか?」
 ふたりは畳の上に寝転がったまま、面倒くさそうな視線を一義に投げてよこした。
 やる気のかけらも見当たらない。
「だらだら過ごすのも正月らしいことじゃねえか」
「せや、寝正月って言葉もあるくらいやしな」
 こんな時ばかり意見が合うふたりだ。
 しかし、ここで引いてはいけないのだ。
 コホン、とひとつ咳払いをして、一義はふたりを見つめ返した。
「こういうのはどうだ? 勝負をして、負けたふたりは優勝した者の言うことを何でも聞くっていうのは」
 一度視線を合わせてから、むくりとふたりが上半身を起こした。
 どうやら興味を引けたらしい。
「勝負だと?」
「あぁ、そうだ。そういうのは好きだろう?」
「…まあ、な」
 まんざらでもない様子で、十四郎が鼻の頭をかく。
 こうなればしめたものである。
「何でもって、ホンマに何でもええんか?」
「あぁ、もちろんだ」
 一義がうなずくと、億人は目の中に星を100個ほども宿らせ、裏返った声で高らかに宣言した。
「そんなら…そんならなあ、俺が勝ったら『メシとおやつ』の増量! 3倍でもええで!」
 ちらっとそんな彼を横目で見やり、一義は静かにうなずいた。
「あぁ、勝ったらな。十四郎、お前は?」
 十四郎がにやっと笑う。
「俺は、酒とタバコについて、今後一切文句言わせねえ、ってのでどうだ?」
 一義の眉間のしわが一気に深くなった。
「そんなことだろうとは思ったが…」
「兄貴がいつもいつもうるせえからだろうが!」
「で? で? 勝負って何するんや?」
 もう大乗り気の億人に、一義は財布を取り出し、その手に札を置きながら言った。
「駅前のデパートが元旦から営業しているんだ。そこで、羽子板を買って来てくれ」
「羽子板? 勝負って羽根突きかよ?」
「正月らしいだろう?」
 少々驚いた様子の十四郎に、一義のもっともらしい返事が返された。
「羽子板な? 了解や!」
 億人は喜び勇んで飛び出して行き、ものの10分もたたずに帰って来た。
 食べ物につられる億人らしいスピードである。
「買うて来たで!」
 あきれつつ、一義は億人から羽子板を受け取る。
「やる気満々だな」
「当然や! おやつおやつ〜」
 ルールもわからないのに、億人は既に勝った気でいる。
 そんな彼に急かされる形で、三人は足早に寒風吹きすさぶアパート前の路地へとくり出した。
 
 
 

「こんなん、詐欺や詐欺やー!」
 羽子板を振り回しながら、億人が蒼天へと怒鳴り散らす。
 その横で、十四郎もぶすっとしながら腕を組み、こちらをにらんでいた。
 完敗を示すかのように、ふたりの顔には墨による落書きが所狭しとされており、既にどんな顔だったかもわからないくらいになっている。
「最初からそのつもりだったのか?」
「何を言う。勝負は勝負だ」
 ひとり、墨の洗礼を受けないまま、一義は地面に落ちていた羽根を拾った。
 要するに、一義の圧勝である。
 億人も十四郎も、見事なくらいの惨敗だ。
 怒り任せに折られる前にと、一義が羽子板を回収しつつ、涼しい顔を十四郎に向けた。
「私が高校時代、何をしていたか覚えてないか?」
 一瞬考え込んだ十四郎だったが、見る見るうちにその顔にどっと疲労の色が浮かび上がった。
「そういうことかよ…」
 十四郎は思い出したのだ。
 一義が2年の時からバトミントン部の主将を務め、部を引退する直前には、全国大会のシングル戦で優勝したこと、運動神経の良い来生一族の中でも、一義は抜きん出て運動神経がよく、格闘技以外はどんなスポーツも得意だったことを。
 最近は家事手伝いに忙殺され、その片鱗がうかがえない兄ではあったが、過去には華々しい戦果を山と挙げている。
 勝負に羽根突きを選んだのは、「正月らしいから」という理由だけではなかったのだ。
「うかつだったぜ…」
 悔しそうにうめく十四郎に、億人が怒り心頭で噛みついた。
「それ先に言わんかい、俺最下位やないか!」
「うるせえ! 俺だって、今の今まで忘れてたんだよ!」
「たかが数年前のことやろ! もうボケが始まってんのとちゃうか?!」
「何だと、テメエ!」
「おやつの恨みは百倍返しや!」
 本気で真正面からケンカを始めるふたりを、一義は目を細めて楽しそうに見つめた。
「さてと、優勝者として、ふたりに何をさせるとしようか?」

〜END〜

〜ライターより〜

 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 
 久々にほんわかするお三方、
 年の瀬に良い物を拝見させていただきました!
 ありがとうございます。

 こちらこそ、いろいろとありがとうございました。
 また来年も、この方々の物語を見せていただけると、
 恐悦至極に存じます。
 どのような未来が広がっているのか、
 手に汗を握りつつ、お待ち申し上げております。
 

 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
 どうかよいお年をお迎えください。
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東京怪談
2013年01月04日

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