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『懐かしき面影との邂逅 』
リューリャ・ドラッケン(ia8037)

 10月31日、この日は死者があの世からこの世へ、たった1日だけ戻ってくる日。
 朝から仮装した人々が街に溢れる中、死者もまた仮装をして生きた人々の中に紛れる。
 そう、あなたに会う為に――。


 ジルベリア帝国の都市ジェレゾ。港近くにある工房都市と言われているが、ハロウィンの今日は朝から盛り上がっている。
 軒を並べる機械の工房もハロウィンの装飾がされており、道行く人々は仮装をしていた。
 仮装した子供達は【welcome!】と書かれた看板が下げてある工房に立ち寄っては、「Trick or Treat!」と言って大人達からお菓子を貰っている。
 そんな微笑ましい光景を見て、竜哉は柔らかな笑みを浮かべた。
「やれやれ……。すっかりハロウィンは子供達が楽しむイベントになってしまったな。本来の意味はちょっと違うんだが」
 しかし楽しそうに仮装している人々を見ていると、竜哉も楽しい気分になってしまう。
 様々な仮装が溢れる中、いつもより多く人がいる道を少々苦労しながら歩いていると、向かいからバンシーの仮装をした人がこちらに歩いて来ることに気付く。
 バンシーは女性の妖精で、家の人の死を自ら泣くことで知らせるという。長い黒髪に、緑色の裾の長いワンピース、そして灰色のマントを着ている。
 竜哉に近付いてくる女性は、顔に真っ赤な両目で泣いている女性の仮面をかぶっていた。
「アレはバンシーの仮装か? にしても、随分と本気の仮装だな」
 殆どの仮装は可愛いものか、ちょっとグロいゾンビ系が多い中、バンシーの仮装は地味ながらも静かな恐怖が伝わってくる。
 竜哉はバンシーに視線を向けたまま、二人はすれ違う。

『――――……』

「……えっ?」
 竜哉はすれ違った直後、驚愕の表情でその場に立ち止まる。
 理由はバンシーの声を、聞いたからだ。泣き声ではない。かすかな鼻歌が仮面の奥から聞こえたのだが、聞き覚えがあった。
「そんな……まさか」
 だがバンシーに、気軽に声をかけられない。
 何故なら思い浮かんだあの声の人は、とっくにこの世から去っていたから。
 しかし竜哉はどうしても確かめたくなって、振り返る。
 すると仮面の隙間から見えた横顔が、亡き女性とそっくりだった。
 バクシーの姿があの女性の姿と重なり、竜哉の胸は高鳴る。
「まっ待ってくれ!」
 思わず声を上げ、バクシーを引きとめようとした。
 だがバクシーの姿は人々の中に紛れて、見えなくなってしまう。
「くぅっ!」


 そして竜哉はバクシーの後ろ姿を追い掛け、スィーラ城、機械ギルド、工房、宿舎などを走って巡る。
「はぁはぁっ……! 開拓者の俺が、女の足の早さに追いつけないなんて! ……いや、そもそも今まで巡って来た所は、かつて俺が毎日のように通っていた場所ばかり。もしかして誘われているのか?」
 竜哉は眼つきを険しくし、激しく息を切らしながら、それでもなおバクシーを追う。
 すぐ近くまで追いついたかと思うと、まるで煙のようにバクシーは消え、別の所からいきなり現われる――というのを何度も繰り返した。
 男性開拓者である竜哉が追い付けないのは、明らかにおかしい。
 竜哉は肩で息をし、汗も流しているというのに、バクシーは全く疲れた様子がないのも変だ。
 更にあのバクシーは、竜哉と関わりが深い場所ばかり行く。
 流石に不審に思い始めてきたものの、ここで見逃せば何も分からないままに終わってしまう。
「何が目的か分からないが、俺に用があるんだろう。最後まで付き合ってやる」
 額から流れる汗を手で拭い、竜哉はバクシーを追い続けた。


 太陽が沈み、赤い満月が闇色の空に浮かぶ頃、バクシーは都市から少し離れた場所に移動する。この周辺は、既に使われなくなった格納庫が軒を連ねていた。人気もなく、静かな一帯だ。
 バクシーは廃墟となった格納庫の一つに、入って行く。
「……また俺に因縁深い場所に来たものだな。だがここならどんな騒ぎが起こっても、誰にも迷惑がかからない」
 竜哉は痛む胸を押さえながら、苦々しく呟いた。
 恐らくあのバクシーはここで決着をつけるつもりだ。ならば覚悟は決めておいた方が良い。
 深呼吸をした後、竜哉は格納庫と隣の建物の間にある隙間に入り込む。ここは人間一人が入り込むのがやっとな狭さの通路で、影がかかっている為になかなか見つけられない隠し扉があるのだ。
 バクシーは堂々と、表の扉から入って行った。
 ならば自分はこの隠し扉から中に入り、相手の意表を突いてやろうと思ったのだ。
 ドアノブに手をかけると、竜哉は勢い良く扉を開ける。

『Trick or Treat!』

 パッパーンッ!とクラッカーの音が鳴り響き、紙テープや紙吹雪が竜哉にかかった。
 火薬の煙と匂いが格納庫に満ちる中、しかし竜哉は別のことで驚いている。
 この格納庫は駆鎧の製造場であり、放置されてしばらく経つ。ホコリやカビの匂いが満ちるこの場に訪れる者などいないはず――だった。
 しかし竜哉の眼には、かつてこの格納庫で働いていた人々の姿が映っている。
 しかもずっと追いかけていたバクシーは、竜哉の目の前に来るとゆっくりと仮面を外した。
 そして見えた顔はまぎれもなく、死んだあの女性の顔だった……。


「あいにくと菓子は用意していない。……そんなこと言われてもな。元々ハロウィンのイベントに参加するつもりはなかったんだ。ああ、開拓者ギルドに行くつもりで……」
 竜哉は女性と木箱に座りながら、話をしている。
 格納庫の中はよく見ればハロウィンの飾り付けがしてあり、竜哉以外の人々は仮装した姿をしていた。
 女性は仮装もしなければお菓子も持っていない竜哉に怒りの表情を見せるも、木箱からワインボトルとグラスを二つ取り出す。
 ワインボトルを竜哉に渡して開けさせた後、グラスにそそいで二人で乾杯する。
 アルコールは渇いたのどから体に、すぐに染み渡っていく。
 竜哉は深く息を吐いた後、改めて女性を見て、真剣な表情で話しかけた。
「だがどうしてあなた達は俺の前に、再び現れた? ハロウィンだからか? それとも……俺に何か、言いたいことがあるのか?」
 会えて嬉しいはずだが、竜哉の心境は複雑だ。
 女性はワインをグイっと呷るとため息を吐き、そして語る。
 自分達も何故、今ここにいるのかは分からない。だがここ最近、龍脈に異常が起こっていたことは知っている。
 恐らくそれが原因で、自分達の残留思念がこうして実体化したのだろう――と、淡々と冷静に話しながら、ワインを飲む。
 だがその姿が徐々に薄れていくのを見て、竜哉は辛い過去を思い出した。


 ――そう遠くない昔のことだ。
 竜哉は目の前にいる彼女にとても憧れていて、仲が良かった。そのこともあり、この格納庫によく訪れていたのだ。
 彼女は開拓者であり、クラスは騎士でありながらも技師でもあり、そして竜哉の師匠でもあった。
 竜哉は相棒に駆鎧を持っており、その駆鎧を作ったのが彼女で、操作や戦い方を教えてくれたのも彼女だった。
 かつて彼女はこの格納庫で、仲間達と共に数多くの駆鎧を製造していた。
 だがジルベリア帝国が正式採用した三代目の標準アーマー・遠雷の開発実験中に突然爆発が起きてしまい、彼女と仲間達はここで死んでしまったのだ。


 今思い出しても、胸が引き裂かれるぐらいに痛む。
 竜哉があの時その場にいても、きっとどうしようもなかっただろう。
 だが親しい人達と死に別れてしまった悲しみと孤独は深く重く、しばらくは笑うことができない日々を過ごした。
 つまり今、この格納庫にいる者達の中で、生きている者は竜哉のみ。
 懐かしい顔ぶれを見て、泣きたくなるぐらい切なくなる。
 仲間達の姿が彼女同様、薄れていくのを見ているから余計にだ。
 やがてワイン一本を全て飲んだ彼女は、笑みを浮かべながらゆっくり立ち上がった。
「何だ、もう行くのか? ……ああ、そうだったな。あなた達は魂ではなく、残留思念だった」
 彼女達の姿は既に光の粒子となり、形が保てなくなっている。魂であればあの世へ行くのだろうが、残留思念であれば消えるのみ。
 彼女は仲間達の所へ行き、竜哉に手を振って見せた。
 仲間達は誰もが笑顔で、消えていく不安は全く無さそうだ。
 しかし竜哉を見る眼には心配の色が浮かんでおり、彼女はずっと伝えたかった言葉を最後の声に乗せる。
 彼女の思いを聞くと、竜哉は眼を閉じて頷いた。
「――ああ、分かっている。俺にはまだ、この世でやるべきことがある。だからあなた達の元へは行かない。安心してほしい。俺はもう子供じゃないから。開拓者として、そして一人の男として、やるべきことを全うしてからそちらへ行く」
 力強く言うと、彼女達はほっと安心したような笑みを浮かべながら、消滅していった。


「やれやれ……。残留思念に心配されるとは、俺もまだまだだな」
 竜哉は大きなため息を吐きながら、格納庫から出る。
 彼女達が消えると同時に、格納庫の中は廃墟に戻ってしまった。ハロウィンの飾り付けやクラッカーも、綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
 まるで夢か幻でも見ていた気分にさせられたものの、彼女達の姿や声は確かに竜哉の中に残っている。
 悲しく辛かった思い出は今、ほんの少しだけぬくもりが戻ったようだった。
 格納庫に入る時には空には赤い満月が浮かんでいたが、今は水平線から朝日がのぼりつつある。
「ハロウィンは終わったな……。さて、今から眠れば悪夢は見ずに済みそうだ」
 竜哉は失笑を浮かべながら一人、歩き出した。


【終わり】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia8037/竜哉/男/19/砂迅騎】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 発注していただき、ありがとうございました(ペコリ)。
 ライターのhosimureです。
 懐かしくも会いたい人とたった一夜でも再会できるのは、ハロウィンならではと思いました。
 切なくてもほのぼのしたストーリーを、楽しんで読んでいただければと思います。
魔法のハッピーノベル -
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舵天照 -DTS-
2013年10月22日

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