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『悲しき友禅菊(ユウゼンギク)の花言葉 』
綾鷹・郁8646)&(登場しない)

 月面にある久遠の都は、一本の巨大な木の上に作られた都市。巨木の枝の部分に建物が作られ、蔓の中を車が走る。
 都の中にある街の角で、綾鷹・郁(8646)は深いため息を吐いた。
「はあ〜。……まだこの姿に慣れないなぁ」
 郁はカツラをかぶり、黒いフードとマントを身に付けており、パッと見は不審者に見えてしまう。
 しかし本当の姿は、この世界の住人達とほぼ同じである。背中には翼、体にはエラ、頭はハゲと、周囲には同じような容姿の者ばかりいた。
「ぐすっ……。つい最近までは人間の女の子だったのになぁ。今じゃあ半魚人天使のダウナー族……」
 郁は人間だった時の髪型と同じカツラをつけているものの、不安そうに涙目になっている。
「はあ……。落ち込んでてもしょうがないし、カフェで甘い物でも食べて落ち着こう」
 そして景色が良いと評判の、港を見下ろせるカフェに向かう。
 だが行ってみると店内にはたくさんの客がいて、ウエイトレスは申し訳なさそうに相席を勧めてきた。
 ウエイトレスが手で示したテラス席には、ドレスを着た長い黒髪の美少女が一人で座っている。
 しかし郁は美少女を見て、ふと違和感を覚えた。確かめる為に、相席を受け入れることにする。
 郁は笑みを浮かべ、美少女の向かいの席に座った。そして笑顔を崩さないまま言い出す。
「あなた、密入国者ね。何が目的でここに来たの?」
 眼を見開き、驚く美少女に、更に郁は続ける。
「その女装、上手だけど、あたしにはバレバレよ。これでもティークリッパーだからね」
 美少女こと少年は、観念して話し出した。
 少年は地球育ちで、終戦後の自分の国を復興する手助けがしたいと思っている。しかし自分一人では何もできない為に、ここへ助けを求めに来たのだ。
 密入国は犯罪であることは分かっていたものの、それでも動かずにはいられなかった――と、熱く語る少年を見ているうちに、郁の胸の中も熱くなっていく。
「そっそうだったの。……あまり目立たずに、大したことはできないけれど、ちょっとで良いなら、あたしが手助けしてもいいけど」
 その言葉に少年は大喜びをして、郁の両手を握りながら何度も感謝の言葉を言う。
 少年らしい手に触れられて、郁の顔は真っ赤に染まった。


 そして郁は少年を航空事象艇に乗せて、少年が指定した時代へと移動する。
「コレは……ヒドイわね」
 郁は戦後の跡を見て、言葉と共に顔色を失くす。
 艇は山の中に到着したのだが、所々に爆弾が落とされた跡が残っているのだ。
 二人はしばらく森の中を歩いていたが、ふと、爆弾跡に苗木を植えている人々と出会う。
 人々はこの森の復興を願い、苗木を植えているのだと誇らしげに語った。
 少年と郁は感動して、自分達も手伝うと申し出る。
 二人は日が暮れるまで植樹をして、夜になると人々と別れて艇に戻った。
 二人は植えた苗木が成長して、傷付いた人々を幸せにすることを語り合いながら眠る。


 翌朝。二人は森のいろいろな所を歩き回り、楽しい時間を過ごす。
 この時には郁は自分の気持ちに、ハッキリと気付いていた。
 ――少年のことが自分は好きなのだ、と。
 だが昨日植えた苗木の所に来た時、二人の間に微妙な空気が流れ始める。
「そういえば昨日、聞くのを忘れていたけれど、コレは何の苗木なのかな? ねぇ、未来へ行って見てみましょうよ。どんなふうに成長したのか、見てみたいわ」
 はしゃぎながら言った郁の言葉に、少年は顔色を変えた。明らかに動揺した様子で、止めようと言う。
「どうして? 街の方もちゃんと復興しているか、見てみたいじゃない」
 あたふたする少年の態度を不審に思いながら、それでも郁は自分の意見を譲らない。
 しばらくの間、二人は言い合いをしたものの、最後は少年が折れるような形となった。
 そして二人は気まずい空気のまま艇に乗り、百年後の未来へ行く。


 百年後。苗木は立派に成長し、森の一部となっていた。
「わあっ! こんなに大きく立派に成長したんだ! 良かったわね」
 喜んで振り返った郁の目に映ったのは、弱々しい笑みを浮かべながら頷く少年の顔。
「人々がいる街にも行ってみましょう!」
 郁は諦めのため息を吐く少年の手を掴みながら、街へ向かう。
 だが街は予想もしていなかった光景があった。
 街には白いモヤのようなものが空中に広がっており、視界が悪い。そしてそんな空気を吸い込んでいる人々は眼を真っ赤にしながら涙を流して、鼻をすすり、苦しそうに咳を繰り返している。ゴーグルやマスクを顔につけているものの、あまり効果はなさそうだ。
「この症状って花粉症? ……まさかあの山に植えた木は、杉だったの?」
 慌てて郁が山を振り返って見ようとすると、見覚えのある人々がこちらに向かって来た。
「くっ……! あたしの同僚の環境保護局員達ね。密航がバレたか」
 しかし局員達の銃の先は、郁ではなく少年に向けられる。そして少年を逮捕すると言ってきた。
 少年は服の中から煙玉を取り出すと、地面に叩きつけて大量の煙を出す。
 そして郁の手を掴み、「逃げよう!」と言って走り出した。
 戸惑う郁を艇に乗せ、時空を飛ぶ。
 場所を指定していない為に空間を漂う艇に、無線が入った。環境局は無理やり回線をつなぎ、郁に少年を射殺するよう命じる。
「どっどうしてこんな良い人を撃たなきゃいけないの? 彼は何も知らなかったのよ?」
 泣き出す郁に、環境局は冷静に伝える。
 環境局の敵であるアシッド族が、杉を売りさばく為に時空を超えて、各地で苗木を植え始めた。
 だが少年が指定して行った国は外交に弱く、自国にも数多くの杉があるというのに他国から大量の杉を輸入せざるおえなかった。
 その結果、国には大量の花粉を出す杉が、たくさん残っている状態なのだ。
 数多くある杉を売ることも使うこともできずにいる為に、人々は花粉症に悩まされている。
 そこでアシッド族は花粉症対策の商品を、人々に売りつけはじめた。
 杉を売る為と花粉症対策の商品を売るという二重の利益を得る為に、各時代の各国でアシッド族は暗躍しているのだ。
 その魔の手は航空事象艇乗員の郁にも伸びており、少年は戦後のあの国へ行き、アシッド族の仲間達と共に苗木を植える為に近付いてきたのだと言う。
 本来ならば郁も少年と同じ罪になるのだが、今回は騙されたということで、彼を処刑すれば無罪になると伝えられる。
「ウソっ……! そんなのウソよね? ねぇ!」
 郁は泣きながら少年の体に触れると、彼の心を読んでしまった。

 ――環境局の言っていることは全て真実だ、と。

「……イヤよ。それでもイヤっ! だってあたしは彼のことをっ……」
 そこまで言った後、突然、郁の青い瞳の光がなくなった。
 少年が不思議に思って近付こうとすると、郁は腰に下げていた銃を手に取り、躊躇いもなく彼の心臓を目掛けて撃つ。
 驚愕の表情を浮かべたまま少年が倒れた音で、郁は正気に戻る。
「えっ……? なっ何であたし、銃を持っているのっ?!」
 熱を放つ銃を手放し、郁は少年の元へ行く。しかし少年の体は、流れる血と共に体温も失われていた。
 郁は頭の中で、『任務完了』と言う局員の声を聞く。
「あっあたしの共感能力に、無理やり介入してきたのね!」
 事態を把握できても、すでに時は遅く。
 少年の死に顔はとても安らかなもので、彼の『短い間だけど、一緒にいれて楽しかった』との最期の心の声を聞いて、郁は大声で泣き叫ぶのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2013年11月08日

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