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『Nata le〜聖なる夜の、ひとつの光景〜 』
ロドルフォ・リウッツィjb5648


●その意味

 どうすれば、女性をしあわせに出来るか。
 しあわせに、だなんておこがましいかも知れないけれど、せめて出来ることがあるのならば精一杯をしたかった。
 其程に、彼女に貰ったものは大きく自分にとっては掛け替えのないものだったから。

 それほどに幸せにしたくて。
 堕ちたばかりの自分に、手を差し伸べた人間が言ったことをただ、信じていた。



●夜半の星

 ちらちらと粉雪が舞っていた。

 日付も変わりかけた深夜。吐く息は白く、突き刺すような冷たさはしんと深く街を覆い尽くしている。
 サンタを信じる子どもは眠りに就き、クリスマスイルミネーションが騒がしく燦めく街道には笑いあう男女達。
 未だ衰えぬ賑やかな声はクリスマスソングに混じり、ひとつの旋律を奏でていた。
「……こんな夜更けに何の用ですの?」
「お、お嬢! ああ、その話したいことがあってですね……」
 ロドルフォ・リウッツィはその声に顔をあげる。ロドルフォの蒼色の瞳に映ったのは、ベンチに座る自分を見おろすように眺めたフィーネ・アイオーンの姿。
 慌てて、立ち上がろうとしたロドルフォをフィーネは制して、その隣へと腰掛けた。
「…………」
 そして、座ったフィーネはロドルフォの言葉を待つ。しかし、ロドルフォも言葉を探しているのか互いに見つめ合い、間には無言が続く。
 昼間の陽気なクリスマスソングは、夜の静かな雰囲気に合わせてオルゴールアレンジされた曲へと変わっている。
 其処に混じるのは知らないカップル達の笑い声。それがこだまし響いて、なんだか余計に虚しい。
「……いつまで、昔と変わらない気でいます?」
「変わりましたよ、俺は……あの頃とは随分ね。ちょっとはイイ男になってると思いません?」
「いいえ、全く」
 思わず溜息をつきそうに訊ねたフィーネに対し、ロドルフォは気付く様子もなくへらりと笑う。
 その様子に呆れて即答した。困ったような笑顔で手厳しいなぁなんて笑うロドルフォを制すように、更に言葉を続ける。
「貴方は、一体何を見てきましたの? この世界で」
「何を、と言いますと?」
 じぃっと、フィーネの紫水晶のような瞳に見つめられて、思わずロドルフォはたじろいでしまう。
 少しだけ、不機嫌そうな表情を浮かべて、フィーネは告げる。
「此処は人間界、本来わたくし達が交わるはずのなかった世界……そうですか、此処にいる女の子はそんなに可愛いですか」
「勿論、お嬢が一番ですよ? いえ、お嬢は可愛いではなく美しいですか」 
「……だから、そういうのはいいのです。結構です」
 少し皮肉を込めた言葉にロドルフォはしれっと返す。
 何だかナンパのような台詞に、きっぱりと言い切るフィーネ。そして、今度は少し切なそうに呟く。
「全く……変わらないわ。本当に――いつまで、そのままなの?」
 一瞬だけ、イルミネーションが点滅した。少し、切なげなその表情は宵の闇で隠されて。
 またも続く沈黙。しかし、今度はに口を開いたのはロドルフォ。
「……お嬢は人界に降りて、綺麗になりましたね。もちろん、もともと美人でしたけど、さらに」
「わたくし? わたくしはどこに行っても変わらないわ」
 一度言葉を切り、息を吸う。そして、籠もるのは強い意志。
「人界でも天界でも、救える者は全て救う、わたくしの望みはただそれだけ――変わらないわ」
「そういうところは変わらないんですね」
 ロドルフォの言葉に返さず、夜空を見上げたフィーネ。
(もっとも、貴方次第で望みはもう1つ増えるかもしれないのだけど……)
 冬の大気は澄みきって、宵の帳できらきらと輝く星々は、思わず少しだけ愚痴をこぼしてしまいそうな程に綺麗だった。


●その背中

 最初はただの患者としか思っていなかった。
 いつもボロボロになって自分のところへと運ばれてくる年若い天使、それが彼だった。

 でも、歳を重ねるごとに。出逢いを繰り返すごとに惹かれていったことを自覚していった。
 人間界に堕ちた自分を追い掛け堕天した彼を取り巻く環境は一気に変わった。

 これで、よくなるかと思えば相も変わらずその身に傷を負ってくる。
 それどころか、他の女の子に声を掛け遊ぶようになって――。
(わたくしも、所詮はそのうちの一人なのかしら……)
 やきもきする内心を本人にぶつけられるはずもなく。

 もう少し、わたくしを見てくれたら。
 もう少し、ロド……貴方は、自身を大切にしてくれたら。

 もう少し。もう少し。そう思う心も不安に感じる心も、全く伝わっていないようで、思わず溜息が零れる。



●交錯する輝き
 暫く言葉も無いまま、夜空を眺めていた。
「……少し、歩きませんか」
 やがて口を開いたロドルフォが誘い、フィーネは頷いた。
 クリスマス・イブの今宵、この場所ではイルミネーションが終夜点灯されている。
 眠る街も今宵だけは特別で、
「何だか、星のようですねー。勿論お嬢の方が綺麗ですが」
「……茶化してますの?」
 解りやすいベタベタの口説き文句にフィーネはじっとりとした視線を向ける。
「本当のことを言ったまでですよ!」
 そんな言葉を交わしながら、並び歩くふたりの間にはやや距離があった。
 通りがかるカップル達は皆寄り添い、笑顔を浮かべている。
 そうして、やがて辿り着いたのは、イルミネーションに彩られたクリスマスツリー。眩く煌めきつつも星のようなか細い輝きでは、影さえ作れない。
 見上げ、見とれるフィーネの後ろ姿。
「え、っと、お嬢!」
 ぎゅっと拳を握りしめて、ロドルフォは意を決しフィーネを呼び止める。
 振り向いたフィーネの翡翠色の髪が揺れる。その仕草に思わず、ロドルフォの胸は高鳴って。だけれど、その同様を隠し、告げる。
「え、えっと……今日、呼び出したのはですね、これを渡したくて」
 そう言うとロドルフォは鞄から赤いギンガムチェックの紙袋を取り出して、フィーネへと差し出す。
「お嬢、俺はね……堕ちてから『補給』の正体を知った時、吐きました。暫くまともに物も食えなかった、で……とりあえず……開けて貰えません?」
 言葉を探しながらなのか、つっかえつっかえに話す
 反射的に受け取ったフィーネ。紙袋の金色のシールを剥がして封を開けてみた。
「俺、人間界に堕ちてから、料理ってもんの大切さを知って……美味しいって感覚を知って、自分も作りたくなって。初めて教わったのがこいつです」
 紙袋の中にあったのは少し大きめの菓子パンだろうか。何、とフィーネが聞くとロドルフォはパルトーネですよと答えた。
「男はまずこれを作れるようになっておけって。自分の大切な人が落ち込んでた時に、笑顔を届けるために。よかったら食べてやってください」
 色とりどりのドライフルーツがたっぷりと詰め込まれた菓子パン。その表面は少しだけ焦げている。だからこそ、伝わる手作りの温もりというのか。
「……ええ、では、頂きます」
 フィーネは、パルトーネを一欠片千切り、口へと運ぶ。そして、紙袋の口を閉めた。
「あれ……お嬢、食べないんです?」
「美味しかったわ。だけれど、急いで食べるものでもないでしょう?」
 涼しい顔をして、そう告げたフィーネ。だけれど、違う。
 本心は、少し勿体無かったからなんて、口には出来なかった。そして、その内心を誤魔化すように首を振って。
「そうそう……プレゼントのお礼にこちらからも一つ差し上げるわね」
 ちょっと、これをとパネトーネが入った袋をロドルフォに渡し、持って貰う。
 そしてフィーネは自分の鞄から緑色の袋を取り出す。その中には雪のように白いマフラー。フィーネはそれをロドルフォの首へとまき付け、告げる。
「この世界には冬って概念があって、寒いみたいだから」
 そうして、俯くフィーネの視線の先には、ちらちらと降りしきる粉雪。そっと地面に落ちた粉雪は積もることなくアスファルトに消えてゆく。
「……言っておきますけど、自分の血の色に染めたら、怒りますからね」
 よく解らない釘の刺し方をしたフィーネ。強気な言葉とは裏腹に手は震えていた。しかし、その震えに気付かないのかロドルフォは笑って。
「はは……大丈夫ですって。お嬢の贈り物汚すような無茶はしませんから」
 だけれど。
(お嬢を護る時以外……はね)
 そんな内心を隠して、軽く笑うロドルフォ。
「……ちゃんと無事に帰ってきなさい」
 だから、フィーネは更に言葉を重ねる。この年若い天使はどうせ口では言いつつも結局は傷付いて帰ってくるだろうから。
 決して短くはない付き合いが、そう自分に教えている。
(わたくしの願いはただ、ひとつだけ。全ての者を癒したい)
 ただそれだけ。医術を志す者として、それはずっと想い、誓い続けていることだ。
 だけれど、ロドルフォだけには自分の能力が必要になることが無いように願いはじめていた。
 この調子だと、その願いは到底叶えられそうもないけれど。
(もう――……)
 待っている。
 フィーネのその想いは、誰にも気付かれることなく夜の静寂の中へととけていった。


 午前2時を過ぎたクリスマスの夜。
 すっかりと人も疎らになった街並みには変わらず、イルミネーションがきらきらと輝いていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5648 / ロドルフォ・リウッツィ / 男 / 20 / ディバインナイト】
【jb5665 / フィーネ・アイオーン / 女 / 20 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 メリークリスマス、水綺ゆらです。
 じんっと、突き刺すような静けさ。澄んだ空気は何だか重たくて、だけれど軽やかなクリスマスの色とリズムが余計に華やかに魅力的に映る。

 両片想いさんの描写。とってもほくほくしながら書かせて戴きました!
 すれ違いの描写って難しいなぁと思いつつ、何気に大好きな形です……!

 この度はご発注有難う御座いました!
winF☆思い出と共にノベル -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年12月24日

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