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『三千世界の旅路を共に 』
八鳥 羽釦jb8767


 この世に生を受けての、ひとつ、ふたつは知らぬ間に。
 五十を超えてはどうでもよく、九十九こそ胸が騒いだものだけど。

 御年――、さて。

 けれど、幾たび迎えようとも、この日本という風土のこの季節というのはちょいと浮かれるものがあり。
 その日に己が生を受けたとなれば、喜ぶくらいは許されましょう?

 なにも、三千世界を渡り歩いてきたとは言わねぇ。
 この先ずっと、果てるまでの腐れ縁を、そんなことも言いやしません。
 腐れた縁を肴に、酒を一杯、今日という日に。
 如何なもんでしょう?




・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・

 今日ゎ、はぼタンが占いしちゃうょ*
 だいじょおぶ、テキチュウリツは任せて! (ゝω・)-☆

・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・・゜・

「今日の運勢はー、っと」
 副業として、ネットで占い稼業をしている八鳥 羽釦は、眉間にしわを寄せながら文章を打ち込んでいる。
 『はぼたん』という名で始めたが、継続に疲れた頃に冗談半分で『はぼタン』なる女子キャラを演じてみたところ、何故か客の入りが上向き始めた。
 使い慣れぬ現代言語を弄ってみたり、時には妙齢の女性を演じてみたり、仮想現実というのも案外に愉快だ。
「釜がネカマ ってやかましいわ」
 問わず語りにメールマガジンなんぞを送信完了し、羽釦は眉間をグイと摘まんだ。
 現代日本社会で生活するための名は、『八鳥 羽釦』。
 物の怪という存在が信じられていた時代からの同胞からの呼び名は『鳴釜』――今では略して『釜』だけで呼ばれることもある。
 ふわふわ、ふわふわ、地に足を着けず時代から時代へ、姿を変え文化を楽しむ生活は楽しい。

 楽しく生きる為に、生きている。

 占いというものは不思議なもので、どれだけ時代が流れても、文明が発達しても、一定の需要は存在した。
 鳴釜を含め同胞たちもまた、同じようなものなのだろう。
 数えるのも面倒な月日を過ごし、それでも忘れられることはなく。
 昨日を生き、今日を生き、明日を占う。
 いい加減に生き飽きねぇかと思わないでもないが、最近の楽しみと言えば、この『久遠ヶ原』という場所であろうか。

 言い出したのは、誰であったか。

 物の怪と呼ばれた時代から流れに流れ、どうやら自分たちは『天使』だの『悪魔』だのと固い名前に分けられるらしい。
 既に血が混じっているものも居るのだから、無理に分けなくてもという声もあった。
 分けたからどうした、生活が変わるわけで無し。そういう声もあった。

 ――面白そうだし、行ってみないか?

 最後は、この一言が勝った。
 詰まらなければ去ればいいだろうし、楽しかったら居座ろう。
 百鬼夜行宜しく、ぞろりぞろりと物の怪たちが、久遠ヶ原という名の島へと集い始めたのは最近の事。

 『静御前』なる旅館にて、様子を見ながら気心知れた仲間同士で愉快な生活を送っている。


 大所帯の朝飯担当、それからノンビリ占いを。
 昼が近いといったところで、一日の行動を考える。
 今日は天気も良い、どこぞへ散歩に行くのも良いかも知れないが、日当たりのいい場所で昼寝も捨てがたい。
(釜の磨き残し、あったっけなぁ……)
 そんなことを考え、一先ず立ち上がったところで…… 卓の上の、スマホが鳴動した。




 ひとつ、ふたつ、百目鬼 揺籠は呼び出し音を数える。
 ああ見えて規則正しい生活を送る羽釦だ、きっと今頃はパソコンでの副業に区切りを一つ付けて時間を持て余している頃合い。
 『働かざる者喰うべからず』が信条の揺籠だが、今日という日は少しばかり働き過ぎた。
 昨日から夜通しで、漸く片付け、帰途にある。
「あ、釜サンです? 此れから帰るんですが、善い原酒手に入ったので一緒に呑みません?」
『あー? コレからってオマエ、もう昼よ? そいや、朝居なかったな』
「仕事で遅くなるって、昨夜のうちに話しておいたでしょうよ。着くのは日暮れ時になると思いますが」
 ほぼ同年代の、羽釦の揺籠に対する扱いは雑だ。
 気心の知れる相手同士、揺籠もまた遠慮なく上がり込む。
『あー……、しょうがねぇな。構わねぇが……爺共には、見つかんなよ』
「へへっ、そんなヘマ、しやしませんて」
 ややあって、非常に非常に面倒そうな羽釦の声が返る。
 なんだかんだと面倒見の良い彼は、期待を裏切らない。
 嬉しくて、つい揺籠の声が浮かれる。
 浮かれたままに電話を切って、とっておきの酒瓶を揺らした。

 三月十五日。
 今更幾つだなんて数えきれないというものだが、今日は揺籠の誕生日。
 無理やり仕事を昨日のうちに押し込んで、今日はもう働かなくても良いように。
 それから、独り酒は寂しいので一緒に馬鹿騒ぎ出来る友人を確保。
 羽釦が覚えているかどうかはともかく、共に過ごして騒げることが大事であると、揺籠は思った。

「腐れた縁も、どれだけになりますかねぇ」
 
 からんからん、下駄を鳴らして揺籠は歩く。
 着物の隙間から、左半身に浮かび上がる百眼の文様が覗くけれど、不思議なものでこの時代では、それを恐れる声は少なかった。
 撃退士が何たるかはピンと来ないが、面白い時代だと思う。
 この文様が不気味がられた頃も、揺籠は羽釦と共に過ごしていた時期がある。
 偏食で、極端な時には何も食べないこともある揺籠へ、罵声を飛ばしつつ何がしかを作っては食べさせる羽釦。
 口は悪いのに釜を扱わせればピカイチで、一緒にいて飽きることはなかった。


 空が青い。
 風が柔らかい。
 遠く、春の花が香る。
 どれだけ時が流れても、自然は変わらない。――否、少しずつは変化しているのだろう。けれどそれもゆっくりで。
 酒は未だ入っていないのに、揺籠は愉快な心持ちとなっていた。




「出掛けんのかい?」
「あー、ちょい散歩。天気良いし、釜は全部磨いたし」
 出がけに同胞から声を掛けられ、羽釦は適当に返す。
(まあ、今更、祝う程のって言っちまったらソレマデだけどよ)
 揺籠の誕生日であることは、電話を受けてカレンダーを見て、羽釦も思い出していた。
 こちとら占い稼業をやっているんだ、その程度は記憶している。
 飲めや歌えと騒ぐのが好きな同類が集まる場所で、わざわざ自分とだけ呑みたいってことは、そういうことなのだろう。
 深く触れず、周囲に語らず、羽釦はつまみの類を調達に街へ出る。


(飲み過ぎない程度に、腹にしっかり入るものが良いよな)
 如何せん、羽釦は大所帯の朝飯担当。
 飲み過ぎ寝過ごし厳禁である。この辺り、軽く見えてしっかりしていた。
「……ケーキ。買ってくか」
 それこそ、『この歳で?』だが。
 笑いのネタに?
「……まあ、一応。な」
 どうして、こちらが気恥ずかしいのか。
 黒髪をかき上げ溜息一つ、それから羽釦は洋菓子店のドアを開けた。




 夕刻。
 ノックと同時に、雪崩れ込むように揺籠が羽釦の部屋へやってきた。
「良い奴安く買えたんですよ、褒めてくれてもいいですよォ」
「……少しの辛抱もできねぇのか、手前は」
 ばさぁと倒れ込んだ揺籠を足蹴に部屋の中へと押し込み、羽釦は襖を閉める。
 帰りがけに手を付けたらしい酒瓶が、ちゃぷりと音をたてた。


 部屋の中央へ移動させた卓へつまみを広げ、猪口を二つ。
「いやーーー しかし。愉快な時代になったモンですねぇ」
「あー。たしかにな」
 仕事といい。
 道行く人々といい。
 昨日から今日にかけての事を、要領悪く揺籠が語る。
 商人気質で頭の回る彼が、酔っている証拠だ。
 それを肴に、羽釦自身はゆるりと酒を楽しむ。

 窓の外が橙色から紫紺へと、ゆっくり変化していって、月明かりが差し込む頃に、ようやく立ち上がって電気をつける。
 愉快な、便利な世の中だけど、酒を飲むに風情は欲しい。

「羽釦さん」
「おうよ」
(あ、相当キてんな)
 揺籠がその名で呼びかけるのは、酔いつぶれが近いサインであった。
「……今日なんの日か、憶えてます?」
「…………」
 酒を飲んで。酔って。どうでもいいことをベラベラ喋って。
 喋って喋って、その底に潜んでいた『言葉』がそれか。
 羽釦は沈黙を持って呆れに変える。
 盛大に溜息を吐き出し、
「覚えてるも何も、ねぇだろうが……」
 節くれだった手を伸ばし、揺籠の柔らかな髪をかき回した。猫の毛のように絡みつく感触は嫌いじゃない。
「それとも、そこまで耄碌したと思ってんのか?」
「そォいうわけじゃねぇですけど」
 羽釦は、苦く笑い。
 揺籠は、目を逸らしては嬉しそうに笑う。
「それより日本酒嫌いじゃ無いでしょう、呑んでくださいほらほら」
「お前が呑めよ、俺ぁ自分で注げる。――あぁっ、たく! 零れンだろ、もったいねぇ!」
 本当は、話題にするつもりじゃなかったのに。
 酔ったはずみで寂しさが表に出てしまった恥ずかしさを隠そうと、揺籠がエイエイと酒を勧め、羽釦もペースを崩されては嫌な顔をしなかった。


 腐れた縁を肴に、酒を一杯、今日という日に。




 三千世界の烏が鳴く。
「……!!!」
 雑魚寝から起き上がったのは、揺籠だった。
 しこたま呑んだが、グッスリ眠って思考はクリア。
 ぎぎぎぎぎ、と首を横に巡らせると、羽釦は穏やかな寝息を立てている。
 羽釦は、寝ている。
 時計を確認する勇気は、揺籠には無かった。
「だいぶ迷惑かけましたかねェ。有難うございました……」
 そっと、その肩へ自身が先ほどまで纏っていた毛布を重ね。
 そそくさと、周辺を片付け。
 静かに襖を開け、
 そして、閉めた。




「…………」
 雑魚寝から、羽釦が起き上がる。
 周囲を見る。
 揺籠はいない。宴の後は片付けられていて、まるで一夜の夢を見ていたかのよう。
「そう、百あるあいつの眼による幻惑を って、やかましいわ……」
 時計を見て、血の気が引きながら、精いっぱいの強がりを羽釦は声にした。
 さて、大所帯の朝飯、どうしような……?


 部屋の片隅には、食べそこなったケーキの箱が、ひっそりと。




【三千世界の旅路を共に 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb8361 / 百目鬼 揺籠 / 男 / 25歳  / 阿修羅 】
【 jb8767 / 八鳥 羽釦 / 男 / 25歳  / ルインズブレイド 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
妖怪さんたちの腐れ縁、ひっそりお誕生日お祝いお届けいたします。
内容から判断しまして、一本道としています。
お楽しみいただけましたら幸いです。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年04月21日

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