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『風が生まれる 』
サフィリーン(ib6756)


 ふわり、と川床から浮かぶ風を感じて立ち上がる。目を閉じ手を広げると、風の流れを捉える事ができた。
 日差しは穏やかで優しく、でも通り抜けていく風は少しだけ冷たい。そんな五月のとある日。
 水の匂い、花の香り、小鳥の囀り、人々のさざめき、そして素敵な友人たちの笑い声……さまざまなものが自分の体の中を通り抜けていく。

(あ……)

 風に髪が舞う。

 自分の中に音楽が生まれた――そう感じた瞬間、サフィリーン(ib6756)は踊り出していた。
 型にもなににもとらわれず心の赴くままに、跳ねて、回り、空に手を伸ばす。
 五月の暖かな陽光に彩られた世界は眩いばかりに輝いている。

 ああ、踊るのはこんなにも楽しいことだったんだ、サフィリーンはそう思った。


 神楽の都の開拓者ギルドから少しばかり行ったところに『浮雲』という酒場がある。元開拓者の主人とその家族で経営している多国籍料理が自慢の小さな店だ。
「何が……違うんだろう」
 呟いてサフィリーンはカウンターに突っ伏す。昼の営業が終わった店内、客は踊りの稽古の後、挨拶がてら寄ったサフィリーンのみ。
 梅の花が香る季節、いつもならば春の気配にわくわくするというのに、何故か今年はいつもと違った。それまでは踊りとはサフィリーンにとって純粋に楽しいもので、踊っていると幸せになれるものであった。だが気付いたら以前のように楽しく踊れなくなっていたのだ。
 踊りに違和を感じてしまう。具体的には分からないのだが「これではない」そんな焦燥ばかりが体の中でぐるぐる回り続ける。
 それでも踊る事が嫌いになったかといえば違う。
 だからじっとしていても胸の中のもやもやは晴れることは無い、とサフィリーンは神楽の都に公演に来たアル=カマルの舞踏家に師事を請うた。
 母に憧れ見よう見まねで始めた踊り。故郷を出てから本格的に誰かに師事するのは初めてだ。
 稽古は厳しい。基本を徹底的に反復練習させられ、動きには一つ一つ意味があるのだ、と目線、指先の使い方なども細かく注意される。いや動きだけではない。この踊りにはどんな想いが込められているのか、と何度も問われた。
「んー……」
 眉を寄せて手を動かす。迷いを振り払うためひたすら練習に打ち込んでいる。以前よりも高く跳べるようになったし、回転しても頭が揺れなくなった。確実に技術は上がっているとは思う……でも目標には程遠く、違和感はなくならない。
「ねぇ、マスター……」
 むくりと起き上がる。
「どうした? ぶすったれた顔をして」
 笑う店主にサフィリーンは「どうせ酷い顔だもの」と左右からむにっと頬を押す。そしてそのまま俯いた。
「……私の踊り、何か変わったかな?」
 下げた視線の先、揺れる爪先が見えた。
「ごめんなさい」
 店主の返事を待たず口をついて出る謝罪の言葉。酒場には小さな舞台があり、時折サフィリーンは踊りを披露していた。だが最近は練習の時間を作るために舞台に立つ回数を減らしているのだ。
 折角声を掛けて貰っているというのに自分の我侭で断っていると思うと心苦しくなる。いやそれ以前に……。
「お客さんに楽しんで貰えてる……か、な?」
 震える語尾。不安だった。自分の踊りがどう見られているのか。
 サフィリーンが目標とする舞手は彼女の母である。手を上げるだけで世界が色付き、くるりと回れば風が起こる。母の踊りが生み出す波に誰もが飲まれた。胸が高鳴り、その動きから目が離せなくなる。自分の見えている世界を変える、そんな力を持っている舞手。
 では自分の踊りはどうだろう?
 元気になったよ、と常連のお爺さん。可愛かったわ、と店主の奥さん。それはとても嬉しい。人を笑顔にできるのだから。
(でも―……)
 踵が椅子の足を蹴る。
(可愛いだけじゃ嫌……)
 母や師事している舞踏家の踊りはそれだけではない。もっと胸のうちにある、心の奥底にある何かが揺す振られるのだ。その感情は人それぞれかもしれない。でも心が震える、そんな踊りであった。
 そうだなあ、店主の思案の声が聞こえる。
「ちょっとだけ大人っぽくなったかな」
 言葉と共に下げた頭の上にこん、とグラスを置かれた。
 慌てて手にしたグラスの中身はミルク。大人っぽくなったと言いながらも子供扱いである。
「もう、この前14になったの!」
 天儀では14歳から大人の仲間入りである。その歳から酒も解禁だ。
「あぁ、だから髪型変えたりしたのか」
 からかうような店主の口調。店主の心遣いはわかる。そう思い悩むな、というのであろう。
「少しお休みしてみよう……かな」
 呟いた言葉。店主は何も言わない。それが心にも無い言葉だということを見抜かれているのだろう。どんなに苦しくても悩んでもそれでも踊りから一時でも離れることはしたくなかった。それほどまでに好きなのだ。踊ることが。
「母さまのような舞手になることが夢なの……」
 以前も似たような事を話した事がある。それほど昔の話では無い。その時はあと料理上手な優しい人のお嫁さんになるのが夢だ、と言ったら「なんだそれは」と笑われ、奥さんからは「私と好みが一緒じゃない」と額を突かれた。それを思い出し零れかけた笑みが固まる。
(あの頃はまだ……)
 こんな風に思い悩むなんて思ってもいなかった。純粋に踊るのが楽しくて、お客さんの拍手が嬉しくて……。
「でも母さまと全く同じじゃないの。……私の踊りも欲しい。……母さまには母さまの過ごしてきた時間があるように私にも短いけど過ごしてきた時間があって……」
 それを表現したい……と言いかけて途中で顔を覆う。あー…とかうー…とか言葉にならない声をいくつか発した後、カウンターに握った手を置く。
「目指すのは母さまの踊り半分と、私の踊り半分…なの……」
 もどかしい。心の中に何かある。だけどそれを表に出すのが難しい。踊りも言葉も同じこと。
「頭で解っても辿り着くのって難しいね……」
 鼻の奥がツーンとしてきた。弱音を吐いたら駄目だと思う。自分の問題なのだから自分で立ち向かわないと、とも。だけど考えれば考えるほど、何をしていいのかわからなくなってしまうのだ。
 踊りの技術は上がったと思うのに、目標は遥か彼方にあって。ひょっとしたら師事したのも単なる自己満足かもしれない。色々と考え始めるといつも下向きに思考は向かってしまう。
「全部……」
 中途半端……涙声になりそうで慌てて言葉を飲み込んだ。思いのほかその言葉は心を抉る。
(そう、全部、全部中途半端だ)
 心に浮かんだのはとある人。気になる人、憧れ……とも言えない、いや自分はまだ子供だから、とそれを言い訳にしてその感情に言葉をつけないままにしていた人が。踊りの練習が忙しくて今まで考えていなかったけど……。
(うそ……)
 練習にかこつけて考えないようにしていただけだ。自分の中でくすぶるこの感情はどこに辿り着くのだろう……。
 膝の上、手を置いてぎゅっと握り締める。店主に気付かれないように鼻を啜った。
 カウンターの上に何かが置かれる音。顔を上げると、赤い液体で満たされたグラスがあった。オレンジや苺の輪切りが浮かぶグラスの中、気泡が螺旋を描いて上がっている。
「成人祝いだよ」
 店主が言う。ジルベリアから取り寄せた葡萄酒に果実を漬け込み炭酸水で割ったものだ、と。
「それは……サフィリーンちゃんが自分自身を見ようとしているってことだ」
 店主の手にも同じグラスが握られていた。「おめでとう」言われるがままにグラスを合わせる。
「闇雲に自分を信じることができるなんて子供の特権さ」
 子供の頃は皆、英雄になるとか信じ込んでいるだろう、と片目を瞑る。そういう店主も世界一の冒険家になると開拓者を目指したらしい。
「でも自分の立つ場所がわかるようになってくるんだよ」
「それは限界が……」
 ぺしっと頭を叩かれる。
「目標に向けて一歩踏み出すにも自分が見えなきゃ進み方もわからないってことだ」
 目標に追いつけない、そりゃ当たり前だと店主は肩を竦める。
「お袋さんが生きてきただけの時間が込められた踊りを数ヶ月で追いつくものか…」
 そんなことされたら俺らの立つ瀬がねぇよ、とおどけた仕草で天井を仰いだ。
「何かするために自分と話す時間も必要ってことさね。 俺の年齢になるまであと何十年あんだ?」
 10年くらい悩んだってどってことない、と店主が豪快に笑う。
「絵描きの爺様……」
 店の常連でサフィリーンの踊りを楽しみにしている還暦過ぎの爺様だ。
「未だにどっかの娘さんを見てはこれこそ真実の美だなんだってわけのわからない絵描いてるからな……」
 店の壁に飾られている三角や四角や丸を組み合わせたモザイクのような絵を顎で指す。
「迷走中だろ?」
 よくわからない抽象的な絵だった。繊細な美人画の名手だったというのが信じられないくらいには。だが爺様曰く「まだまだこれじゃない」らしい。彼女たちの美しさを表現するには。
「これじゃないか……」
 散々自分が思ってきた言葉と同じだと思いつつ、果実を漬け込んだ葡萄酒に口をつけた。
 葡萄酒の渋みと果物の甘み、それがしゅわしゅわと口の中で弾けてまるでジュースのようだ。だが飲んだ後喉からお腹の辺りがカっと熱くなるのは、あの時――川床で行われた五月誕生会で飲んだ酒と同じであった。
 目を閉じると、あの時の光景が浮かんでくる。
「五月生まれのお誕生会に行った時……」
 ぐっと少しだけ後ろに仰け反るように背を伸ばす。
「久々に何にも考えずに踊りたい様に踊ったよ……」
 楽しかったな、と川床から上がってくる風を思い出した。
「風に乗ったら」
 伸ばした手が何も無い宙を掴んだ。
「手が届くかな。星の砂の光に……」
 思い描く母さまの踊りと私の踊り、そして……。キラキラと遠くで煌く輝きに。
 不意に服の裾を掴まれた。店主の子供だ。
「さふぃが くるくるってすると ひらひらして きれい、だよ」
「いきなり雨が降ってきたから洗濯物が……」
 店主の奥方が現れて子供を抱き上げた。
「よくサフィリーンちゃんの真似をしているのよ」
「じゃあ今度いっしょにくるくるってする?」
 やくそく、と小指を差し出す子供と指きり。
「針千本のーます……って雨?!」
 慌てるサフィリーンに奥方が頷く。
「いけない、私も洗濯物出しっぱなし……」
「傘を持ってお行き」
 投げられた傘を掴むと「お爺さんによろしく伝えてね」と挨拶そこそこそ店を飛び出した。

 下宿先に帰る途中、立ち止まって目を閉じる。
 傘を打つ雨の音、濡れた土の匂い、慌てる人々の声、時折通りを駆け抜ける大八車……。わざと水溜りを踏んでいく子供達。

 ふわり……

 風が浮かんでくるような感覚。

 傘をたたむ。柔らかい雨が肌を打つ。その感覚を逃がさないようにサフィリーンは走り出した。
 風の音が耳元で聞こえる。
 自分が動いても風は生まれるのだ、それは小さな発見だった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib6756  / サフィリーン / 女  / 14 / ジプシー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きましてありがとうございます。桐崎ふみおです。

元気印だったサフィリーンさんが元気が無いご様子で大変心配をしておりました。
少しばかりサフィリーンさんの胸のうちの描写など踏み込んでしまっております。
お気になる点がございましたら遠慮なく仰ってくださいませ。
一つ大人になったサフィリーンさんの姿が拝見できる事を楽しみにお待ちしております。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年06月16日

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