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『二人で行く未来 』
木葉 咲姫(ib9675)&月夜見 空尊(ib9671)


 夕暮れ時、故郷からの帰り道。木葉 咲姫(ib9675)は後ろを振り返った。
 夕日が赤く空に滲んでいる。東の空は徐々に宵が濃くなり、三日月がうっすらと姿を見せ始めていた。
 遠くに茜に染まる故郷が見える。流石に此処からでは実家を判別する事は難しいが、夕餉の支度の時間帯なのであろう、家々から棚引く煙が見えた。
 訪れる時は緊張のあまり気付かなかったが、こうしてみると数年前旅立った時とほとんど変わらない光景だ。
 でもあの時はよもや、自分がこのような形で里に帰ることがあろうかなんて思いもしなかった。
 そう自分が人間の男性を慕うなんて……。
 夢にも思わなかったのである。


 咲姫たちが通されたのは客間であった。咲姫が暮らしていた時と同じく床の間には季節の花が描かれた掛け軸が飾られている。季節の変わり目ごとに、その季節に合う花を選び取り替えるのは母の役目だった。
 久方ぶりの実家はとても懐かしい香りがする。背丈を記した柱の傷、磨かれ良く滑る床で転んだ事、開けると何時もお菓子が入っていた棚、此処彼処に幼い頃の思い出が蘇る。
 だがなんとなく落ち着かない。どことなくよそよそしく感じてしまうのだ。
 隣に座る月夜見 空尊(ib9671)の常と変わらない様子に、「あぁ、そうか」と納得した。
 空尊は神楽の都にて咲姫が世話になっている庵の主であり、そして彼女がただ一人と慕う相手。そのあまり感情をうかがわせない端正な顔には緊張など見受けられない。
 咲姫の実家の客間だというのに彼は庵の奥の間で寛いでいる時となんら変わらない淡々としたもの静かな佇まいのまま。
 隣で深く息を吸うと慣れ親しんだ庵の香りがした。
 庵を出発しさして経っていないというのに庵の空気が、あそこに集う人々の賑やかさが恋しい。
(私にとっての家とは、あの庵……)
 神楽の都の外れにある自然に囲まれた庵、そこがもう自分にとっての『我が家』になっているのだ、と。
 それにしてもあまりにもいつも通りの様子に「空尊さんらしい」と笑みを零そうとしたが失敗してしまう。
 笑みの代わりに痙攣のようにぴくりと震える強張った頬。そこでとても緊張している自分に気付く事ができた。
 膝の上に乗せた手は汗をかき強く握られたまま。それを無理矢理ぎこちない仕草で開き、頬に軽く触れる。
 咲姫の様子に空尊が「どうした」とでも問うように僅かに視線を細めた。
「空尊さんはいつも通りだな、と思いまして」
 小さく笑みを零す。今度はちゃんと頬も動いてくれた。
 咲姫は今から父と向かい合う。自身を落ち着かせるため深呼吸を一度し襟元を正した。首飾りに触れ目を閉じる。
 考えてきた言葉を何度も頭の中で繰り返す。
 今日、二人は咲姫の両親に結婚の許しを得るためにやって来たのだ。

 間もなく廊下から足音が聞こえてくる。わざとらしいまでに響かせた足音は部屋の前で止まった。
 咲姫は背を正す。
 何の前触れもなく開け放たれる襖。不機嫌さを隠そうともしない父が顔を覗かせた。挨拶も何もない、ただ厳しい視線を空尊に投げかけただけだ。父の後からやってきた母が柔らかい笑みを浮かべ二人に会釈をする。父が上座にどしりと座す。その勢いに卓の上の茶が揺れた。
 威嚇するようなわざとらしい咳払い。年頃の娘が男を連れ実家に帰ってきた……理由は言わずもがなだ。父が多少不機嫌なのもいたしかたないことだろう。
「お久しぶりです、お父様、お母様。お元気でしたでしょうか?」
 咲姫の挨拶にも父の口は重い。代わりに母が「お久しぶりです」と返し、そして「このお方は?」と空尊へ視線を向ける。
「此方は神楽の都でお世話になっている……」
 父のこめかみがぴくりと脈打ったのを咲姫は見逃さなかった。覚悟はしていた。今から自分が話すことは父を怒らせてしまうかもしれない、と。だが実際目の当たりにすると覚悟していたとはいえ、心臓が早鐘のように鳴り緊張してしまう。しかも既に怒っているようにも見える。
 互いの紹介を終えた後、「お父様、お母様」と咲姫は切り出した。むすっとへの字口のまま湯呑を取り上げた父は、ちらと咲姫を見る。膝の上の手をぎゅっと握りなおした。
 声が震えないように腹に力を込める。
「私は空尊さんと夫婦になろうと思います。 今日はその許しを得るために帰って参りました」
 ダン、と高らかに音を鳴らし父が湯呑が置く。中が零れて父の指を濡らす。湯呑を握る手には震えるほどに力が篭り、端にピシリと罅が入った。真っ赤になっていく顔は怒鳴りたいのをなんとか我慢している風にも見える。
「……それは許さん」
 何かを言いかけてやめるを繰り返した父が漸く口にしたのは、娘を持つ父達によって使い古された言葉。言葉の内容よりも重々しい声がずしりと響く。
「こやつは人間ではないか」
 父が空尊を指差した。だが視線は空尊には向けない。
「咲姫が……修羅ではなく咲姫であるように、我も……人間ではなく月夜見 空尊……なのだが。 たとえ同じ人間とはいえ……一括りで判断できるものでも、ないと思うのだが……」
 正論を口にする空尊に父が「黙ってろ」と初めて声を荒げた。声がびりびりと大気を震わせる。思わず咲姫は肩を竦ませた。
 蝶よ花よと育てられた咲姫は父の怒声に慣れていない。
 だが此処で引くわけにはいかない。ぐっと目に己の決意を込めて父を正面から見つめた。その視線の強さに父が一瞬たじろぐ。
 咲姫にとって生まれて初めての父への反抗。
 それに人間が嫌いだから、咲姫を嫁にやりたくないからといった単純な理由で父が反対しているわけではないことを咲姫は知っている。
 幼い頃、咲姫には人間の男の子の友人が居た。当時修羅は『鬼』として人間から忌み嫌われることも少なからずあった。だから種族を気にせず接してくれる男の子は咲姫にとってかけがえのない存在だったのだ。だがある日その男の子は彼女の目の前で殺されてしまう。同胞であるはずの人間の手によって。
 『鬼』と仲良くしたことが原因だ。『鬼』に魅入られただのなんだの二人に浴びせられる激しい言葉。男の子が死んだのは自分のせいだと咲姫は己を責め、碌に食事も摂らず何日も部屋に閉じ篭り嘆いた。すっかりやつれてしまった咲姫は少しの間まともに口をきくこともできなかったほどだ。
 その後、家族の協力もあり咲姫も日常生活が遅れるほどには回復した。だがそれ以降人間と関わることが怖くなってしまい、できるだけ接触を控えることを心掛けるようになった。
 人間によって深く傷つけられた娘の心、だからこそ父は再び娘が傷付かないよう、咲姫のためを思い反対してくれていることはわかっている。
 わかっているのだが……。
「修羅も人も関係ございません。空尊さんは空尊さんです」
 咲姫は卓の上に半ば身を乗り出すように父に訴えた。普段ならばそんなはしたない事はしない。だが今日はどうしても自分の想いを、意志を父にわかってもらいたいのだ。
「私は心より慕う空尊さんと一緒に居たいのです」
 決して張り上げた大声ではない。寧ろ控え目な声だ。だがらこそその声に秘めた決意が浮き彫りになる。
 大人しく聞き分けの良い娘の強情な声に父が言葉を詰らせた。
「……母さんはどう思う?」
 娘の思わぬ一面に戸惑った父に話を振られた母は父よりも度胸が据わっているのかもしれない。
「咲姫が決めたこと。好きになさい」
 と、あっさり二人の事を認めた。
「お母様……」
「母さん!」
 言葉が重なる父娘の声。そこに宿る感情は全く違うものであったが。
「お前は娘が苦労すると分かっていて……」
「それもあの子が選んだことでしょう?」
「咲姫はまだ子供だ。親がちゃんと見定めてやらないと」
 涼しい顔の母に父が言い募る。それは自分の元から独り立ちしようという娘に対する寂しさからの言い訳めいた響きを持っていた。
「はて……咲姫は既に成人を迎えたと思ったが……」
 空尊のゆったりとした声が父と母の間に割って入る。
 修羅の一族は成人の定義が天儀とは違うのだろうか……と嫌味でもなんでもなく真顔で尋ねる空尊に父が頬を引きつらせた。
 再び怒鳴りそうだ……そう感じた瞬間、咲姫は「空尊さんは……」と声をあげる。
「空尊さんは私の事をちゃんと見てくださる方です。私の気持ちを大切にして下さり……。例え歩む速度が違っても私に合わせて下さるような方なのです」
 父が言葉を挟むのを阻止するように一気に言い切り、咲姫は肩で息をする。父と視線が交差した。
「どこの馬の骨ともわからん男ではないか」
 本当に父という生き物は種族や国が違ったとしても言う事はほぼ同じようである。
「我は馬の骨ではなく……月夜見空尊という……」
「……そういうことを言っているんじゃない」
 まさしく苦虫を噛み潰したような顔で父が一気に茶を飲み干した。
「ともかく娘はやらん」
 声高に宣言すると父は、話し合いは終わりと言わんばかりに拳で卓を叩く。強烈な平手打ちのような音が部屋に響く。
 その余韻が消えた頃、空尊が口を開いた。
「……咲姫は…物では、ないのだが…?」
「当たり前だ。うちの娘は物じゃない」
 間髪入れず怒鳴る父。父の厳しい視線を貰っても空尊は動じた様子も無い。これが彼の常なのだが、それを知らない父からみれば気取っている風にも見えたかもしれない。そもそも嫁に貰おうかという娘の両親に会うのに緊張した様子も無いとは何事か、とも思っていた。
 二人のやり取りに母が顔を背け密かに肩を震わせる。
 ふむ、と分かったような分かっていないような頷きをしてから空尊が父へと顔を向ける。
「我は…咲姫と夫婦になりたいと……」
 だからそれは認めない、と言い掛けた父は続く空尊の言葉に黙り込む。
「永久に傍で見守り、愛しみたいと…その許しを貰いに参ったのだが……」
 初めて二人がまともに視線を交わす。
「お父様……」
 咲姫が静かに父を呼ぶ。そして座布団から退くと、畳に手を付き深々と頭を下げた。
「私の我儘をお許し下さい…!」
 沈黙が部屋に下りる。咲姫の頭上で父の溜息が聞こえた。風を起こし父が立ち上がる。そのまま大股で咲姫の前を通り過ぎると襖を開け放った。
 外から柔らかい風が入り込んでくる。
 流石に一日で父を説得する事は無理だったのだろうか、と思った。それでも許してもらえるまで何度でも通うつもりだが。
「咲姫を……」
 搾り出すような父の声。このように苦しそうな父の声を聞いたのは初めてであった。
「泣かしたら許さない」
 咲姫が驚きで顔を上げるよりも先に空尊が深々とその背に向かって頭を下げる。
「咲姫の…苦しみも、悲しみも…全てを…分かち合い、護る事を約束しよう…」
 返事の代わりに音を立て襖が閉められた。足早に去って行く父の足音が聞こえる。

 泊まって行けば良いという母の誘いを断り、里から発つ前に咲姫は挨拶のため父の部屋を訪れた。
「おとうさ……」
 声を掛けようとし、僅かに開いた襖から覗く父の背中に思いとどまる。
 あれほど大きかった父の背が何故かとても小さい。
 父の背中が微かに震えている。時折僅かに嗚咽が漏れ聞こえた。父の手が着物をぐしゃぐしゃに掴んでいる。
 息を止め気付かれぬよう襖を閉めた。そしてその前に座る。
「お父様、本日はこれにてお暇いたします。今日はお会いくださり本当にありがとうございました」
 襖に、その向こうの父の背に咲姫は頭を下げた。


「咲姫……」
 空尊が里を見つめる咲姫に気付き振り返る。生まれ育った故郷だ。久しぶりに家族とも会ったのだろう。それに父とはあまり話ができていないはずだ。
「里に……滞在しても、構わぬというのに……。 積もる話もあるだろう……」
 我の事は気にするな、という空尊に咲姫は「いいえ」と軽く頭を振ってみせた。そして小走りやってくると隣に並ぶ。
「私の帰るべき場所は空尊さんの隣にございます」
 指先が触れた。どちらともなくゆっくりと手を繋ぐ。
 二人夕焼けの中を歩き始める。街道に長い影法師が二つ並んだ。
 暫し無言で二人は歩く。その無言の時間も苦痛ではない。

「今日はありがとうございました」
 途中、咲姫が礼を述べる。
「親御殿に……許しを、得るのは当然のこと……」
 遠く離れた神楽の都と陽州の故郷。だというのに咲姫の家族に挨拶を、と言ってくれる優しさが嬉しかった。会っている時、父は終始不機嫌であったが彼の人となりは伝わっただろう。多少、変わった男だと思われたかもしれないが。
 だからこそ最後には父も許してくれたのだ。母曰く「素直な人じゃない」ということだが。だが咲姫にとって十分すぎる父の言葉であった。
「後は庵の皆さんにご報告を……」
 今更言わなくともと皆に笑われてしまうかもしれませんね、と笑むと空尊が「報告は大切だ」と真面目に返す。
「はい。今度は空尊さんのご実家にも挨拶に伺いましょう」
 どのようなところでしょうか、と咲姫が楽しそうに遠くを見た。
 お土産は何がよろしいでしょうか、どこそこの菓子はいかがでしょう、などと咲姫の話しに空尊が頷き、時折少し考えてから何が良いと言ってからそこまで気を使わずとも良い、などと言い直してみたり。

『咲姫……』

「あ……」
 不意に父の声で名を呼ばれたような気がして再び振り返った。それに合わせ空尊が立ち止まってくれる。
 此処からではもう里は見えない。聞きなれた優しい父の声。
 思い出すのは自分が開拓者として神楽の都に旅立つ時。世間知らずの娘を心配し自ら「修行して来い」と提案したというのに、忘れものはないか、今日は雨が降りそうだからまたの機会にしたらどうだ、と心配そうだった父の顔。
 大きな背を屈めて咲姫に何度も気をつけるように、と繰り返した。あの時はまだ父は見上げるほどに大きかった。
 だが今日去り際に見た父の背中……。小刻みに震える小さな背中。あの頃から自分が劇的に成長したということはないというのに。とても小さく見えた。
 きっとこれが巣立ちというものなのであろう。
(私は……)
 隣を見上げる。空尊と視線が合った。咲姫が微笑めば目元を和らげてくれる。
「空尊さん……」
 何故か堪らなくなって名を呼んだ。「咲姫」と絡めた指を強く握られる。
 そうだ自分はこの人と新しく家庭を作るのだ。
 そっと彼に身を寄せる。触れ合う肩から控え目な温もりが伝わってきた。温かくて心地よくて、とても安心する温もりだ。
「……空尊さん」
 もう一度名前を呼ぶ。彼の親指がゆるりと咲姫の甲を撫でた。少しだけくすぐったいと、肩を震わせる。
 胸元に伸ばす手。指で触れるのは首飾りの中央に揺れる美しい石。空尊が咲姫のために選び、贈ってくれたものだ。咲姫にとっては何にも変えがたい宝物。
「……許される限り、空尊さんのお傍に」
 首飾りに触れたまま、彼に向けての誓いの言葉を紡ぐ。彼が父へと告げた約束の代わり。自分の命が続く限り違える事の無い約束。
 首飾りの石に、咲姫の手の上から空尊が触れた。まるでそれは互いの誓いの証のようでもある。
 空尊が笑む。咲姫の頬が赤いのは夕日のせいだけでは無いだろう。
 ほっそりとした肩に宛がわれた手、そのままゆっくりと抱き寄せられた。
 二つの長い影法師が重なる。
「咲姫……」
 互いの鼓動も息遣いもわかってしまう距離。耳の近くで聞こえる彼の声。
「我等の……家に帰る、としよう」
「はい、空尊さん」
 咲姫は笑顔で頷いた。


「あなた……」
 夫は娘が家を出てからずっと縁側に立っている。縁側からは街道が見えた。
 もう娘達の姿は見えないだろうに、だがずっとずっと道の彼方を見つめている。
 そんなに気になるなら、見送ってやればよかったのに、と思うのだがあれだけ頑なに反対した手前、気まずかったらしい。
(本当に強情なのだから)
 苦笑を零す。
「心配せずとも大丈夫ですよ。私たちの娘が選んだ人なのですから……」
「違うぞ」
 と無愛想な声。
「今日は夕日が綺麗だから見ていただけだ……」
 誰がそのような言葉信じると言うのだろうか。だが「はい、綺麗な夕日ですね」と答えた。
「……」
 咲姫、娘の名を呼ぶ声が風に乗る。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib9675  / 木葉 咲姫  / 女  / 17  / 巫女】
【ib9671  / 月夜見 空尊 / 男  / 不明 / サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまことにありがとうございます。桐崎ふみおです。

今回は主に咲姫さんの視点で執筆させて頂きました。
咲姫さんの意志の強さ、空尊さんの少し浮世離れしたおっとりさが出ていれば幸いです。
全く緊張された様子の無い空尊さんに咲姫さんのご両親の方が戸惑ったのではないかとこそりと思いました。
ご両親に関してかなり膨らませております。
寧ろ父と娘の話になってしまったかもしれません。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
FlowerPCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年07月08日

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