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『共に迎える朝…… 』
須賀 廣峯(ib9687)&須賀 なだち(ib9686)


 市場へ買出しに行った帰り道、須賀 廣峯(ib9687)は空を見上げた。昨日までの雨が嘘のような真っ青な空が広がっている。梅雨の合間の晴天だ。
「くぁー……っとに身体に黴でも生えそうだ」
 反り返るほどに伸びをした勢いで視界に少し後ろを歩く妻の須賀 なだち(ib9686)を捉えた。彼女が持つ買い物籠、野菜やら卵やら食品が一杯に詰ったそれはその細腕にはいかにも重そうだ。
 対して自分が持つのは右手の酒瓶のみ……。左手は空いている。
「………っほら」
 振り返らずに左手だけを後ろに差し出した。意識して後ろを向かないようにしているために聊か不自然な体勢。背後でなだちが何事かと首をかしげる気配。
「ほらっ!」
 苛立たしげに声を荒げ、繰り返し振る左手。
 荒っぽい声にしまった、と思う。これではまるで怒っているようではないか、と。断じて怒ってはいない。単に慣れない気遣いが気恥ずかしいだけ。しかもそれを意識してしまうと更に居た堪れなくなり、余計ぶっきらぼうになってしまうという悪循環。
 どうして自分はこうなんだ、と頭を抱えたい。だが一度出してしまった態度はいきなり転換が利くものではない。止めと言わんばかりに「……ったく」だなんて呆れ口調のぼやきすら口から零れてしまう。それは慌てて咳払いで誤魔化したが。
 一言「荷物を持ってやる」と言えば良いのはわかっている。しかしこの恥ずかしさはいかんともしがたいのだ。未だに人目があると並んで歩くのを躊躇うほどに廣峯はそのような事に耐性がなかった。妻との距離感を測りかねているといってもよい。
 しかしなだちはそんな廣峯の意図を察してくれる。ありがとうございます、と笑みと共に籠を手渡した。
「……俺は、そういうことに気が回らねぇって知ってんだろ。 自分から言いやがれ」
 半ばヤクザ者の言いがかりのような言葉にも「はい」となだちは笑顔で頷く。なだちが廣峯のそうした態度を責めたことは一度も無い。
「では酒瓶は私が……」
 廣くんだけに持たせるわけにはいきません、と酒瓶に伸ばされる手。
「こいつは俺のだっ」
 ひったくるように酒瓶を抱え込んだ。全部俺に任せとけ、の一言が遠い。
 漸く二人並んで歩き出し、水路を渡る橋へと出たあたり。普段は静かな道に今日に限って何故か人が集っていた。足早に過ぎ去ろうにも橋の前にも人だかり。蹴散らしていくわけにもいくまい。
 苛々しつつ様子をみてると間もなく聞こえてきた鈴の音。
 花嫁行列だ。
 綺麗な花嫁さんですよ、と喜ぶなだちに廣峯は渋い顔。別に花嫁行列を見て喜ぶ妻に文句を言いたいわけではない。
(ジルベリアだかどこぞの風習だか知らねぇけど……)
 六月に入ってからやたらとあちこちで結婚式を見かけたり、結婚の話題を聞いたりするようになった。その度に思い出すのだ。
『ガキ、作るか』
 南の島、星空の下でなだちに告げた言葉を。あの時の彼女の笑みを。
(あれから何ヶ月経った?)
 数えようとして途中で止める。かの言葉はまだ果たされていなかった。それどころかいまだ枕を共にすらしていない。子供以前の問題だ。
 ちらりと横目で伺う。見物人と一緒になだちは花嫁を祝福している。
 彼女は果たしてどう思っているのだろうか。ほっとしているのか、それともがっかりしているのか。
 人の心の機微に、ましてや乙女心なんぞ全く持って門外漢の廣峯にはわからなかった。いっそのこと聞いてみるか、と思ってもどうやって切り出していいのかもわからない。わからない尽くしで気持ちは迷子だ。生まれてこの方ここまで途方にくれた事は無い。
「……っ」
 ああ、ちくしょう、心の中で叫んで髪をガッシガシと掻き回す。
 ムカツク相手には考えるよりも先に手を出してきた自分がなんたる様だろう……。
 たかが女一人じゃねぇか、と。
 だが、だ。だが、である……。
 もしも、自分が触れたとして一瞬でも彼女の瞳に怯えが走ったら……と思うと。躊躇ってしまう。
「らしくねぇ」
 吐き捨てる。が、心の中はそれで踏ん切りがつくわけではなかった。


 結局昼間のことは日が暮れて夕方になっても、その後夕食になってもずっと頭の中をぐるぐるしていた。当然夕食もいつも通り美味いということ以外良くわからない。
 話しかけてもどこか上の空の廣峯の様子におかしいとなだちも思っただろう。だが何も言わない。
 夕食を終え晩酌の時間。
 盃の中揺れる酒をじっと見つめる。肴の準備をしているなだちの姿が酒の表面に映った。
(触れたい……)
 と思う。触れたいか触れたくないかで問われれば間違いなく前者だ。
 だが……彼女を傷つけたくはない……彼女に嫌われるのも怖い。
 ぐいっと酒を飲み干す。辛口の酒が喉をするりと滑り落ち、胃の中がカっと熱くなった。
 黙っていても空になった盃にはなだちが酒を注いでくれる。ひょいと手を伸ばせば抱きよせることができる距離。
(どうすりゃいいんだ……)
 他の奴らはどうやって間合いを測ってるんだ、などと廣峯は柄にもなく弱音の一つでも零したくなる。色恋沙汰にはずっと無縁で生きてきた。喧嘩なら考えるまでも無く体が判断してくれるというのに。
 さっさと押し倒してしまえ、という声が脳内で響いたかと思えば、なだちの気持ちを考えているのか、という声が響く。
 脳の右と左が喧嘩しているような状況だ。色々と考えすぎて頭が痛くなってくる。
(こういうのはな……最初の勢いだ、勢い……)
 ぐっと隣の妻へ顔を向ける。本人は気付いていないだろうが睨んでいるような怖い目つきだ。だがなだちは恐れる様子もなくゆっくりと微笑を返す。その笑みは心底幸せそうな笑みだ。まるで廣峯が自分を見てくれることが嬉しいとでもいうように。
 途端、やってやるという決意はしゅるんとしぼんだ。触れたい気持ちは高まる一方なのだが無理を強いてしまうのではないかと思ってしまうのだ。なんだか負けた気持ちになった。
(……いやそもそもコイツは喧嘩じゃねぇんだ)
 勝ち負けじゃねぇ、と酒を煽る。黙って盃を差し出すとやはりなだちが新たに酒を注いでくれる。トトト…と響く耳に優しい音。
 なだちの笑みはとても優しく繊細に見えた。
 廣峯は掌に視線を落とす。幾つもの修羅場を潜り抜けてきた節くれだった無骨な自分の手。誤って加減を間違ってしまえばその笑みを壊してしまいそうだ。
 馬鹿な自分のせいで彼女の笑みが失われてしまったら……。彼女に嫌いだと告げられてしまったら……。二度と彼女が自分に微笑んでくれなくなったら……。
 考えたくも無い予想ばかりが頭のなかを巡る。
 天井を仰いだ。
 よもや自分がこのような事で悩むとは思わなかった……。
「くっそ……」
 銚子を取ろうと伸ばした手がなだちの手と重なる。ザワリ、音を立てて体のなかを血が逆流する……。
「……っ!」
 思わず慌てて手を離し、誤魔化すように頭へ。指に残るほっそりとした柔らかい指先の感触。
 自分を包む感じたことの無い昂ぶり。喧嘩とはまた違う高揚感。
 腰が浮かびかける。
「廣くん?」
 名を呼ぶなだちの声に我に返り、慌てて腰を落ち着かせる。
(今……俺は、何をしようとしたんだ?!)
「ちまちま飲むのは面倒だ」
 言うや否やなたちの手から銚子ごと奪って喉を鳴らして酒を一気に飲み干した。
「もういっぱ……」
 銚子を掴む手になだちの両手が添えられた。
「廣くん……」
 此方の身を案ずる視線に柔らかい声。
「今日はもう飲みすぎですよ。 お布団を敷いたので先に寝てて下さいな……」
 ね、とやんわりと言われれば、流石にわざと逆らうのは餓鬼っぽいな、という気持ちになる。
 じゃあ、先に寝てるぞと一言だけ告げて立ち上がった。強か酒を飲んだというのに全く酔った気分にならない。
 二人が寝るのは同じ部屋だ。だが敷かれている布団は二組。仲良く並んだ布団の間は拳一つ分空いている。
 いっそのこと一組片付けてしまおうか……などという考えがちらりと脳裏を過ぎった。
(それで悲しい顔でもされたら……どうすんだ)
 多分廣峯がどうしてもといえばなだちは従ってくれるだろう。だがそれじゃ駄目だ。そんな一方的なのは違う、と廣峯なりに考えてはいた。
 最初なのだから傷つけずになるべく優しく……自分に言い聞かせる。
「……」
 チッと舌を打ちゴロンと寝転ぶ布団の上。
 こういう日はさっさと寝てしまうに限る……というのに今日に限って目が冴えてしまい中々寝付けない。
 慣れない考え事に脳が興奮状態らしい。
 心を落ち着かせようと部屋の片隅でゆらゆら踊る行燈の灯を見つめる。揺れている炎をみれば少しは気も鎮まるかと思ったのだが……。そうは問屋が卸してくれなかった。
「どうすりゃいいんだ……」
 今日何度目になるかわからないぼやきを零した。


 片づけを終えたなだちはそろりと襖を開け寝室を覗く。こちらに背を向けてる廣峯はピクリとも動かない。どうやら良く寝ているようだった。
「今日はお酒を沢山召し上がりましたし……」
 彼を起さないように足音を忍ばせて寝室に入る。部屋の隅の行燈の灯を吹き消してしまうと、室内を照らすのは障子越しの青白い月明りだけだ。
 宵闇の中、次第に慣れて来た目に映る夫の背。
 布団の上に正座し、その逞しい背を見つめた。
 かつてアヤカシから自分を助けてくれた時と変わらない大きな背中。その逞しさに触れたくなり伸ばしかけた手を「起してはいけない」と自分の胸に戻した。
「廣くん……」
 吐息だけで名前を呼ぶ。なだちにとってただ一人の愛しい人の名前。名を呼ぶだけで心の中がほわりと温かくなる。その温もりを抱きしめるように胸の上で両手を握った。
(知っていますか?)
 その背に心の中で問い掛ける。
(あの島で子供を望まれた時、私がどれほど嬉しかったのか……)
 あの時の声音、波の音、星の様子、潮の匂い、今でも鮮明に思い描く事ができる。
 身も心愛しい人のものになるのだという期待。
 だけど今だ果たされない言葉。
 ひょっとしたら自分に至らないことでもあるのだろうかと不安にもなってしまう。
 夫の言葉を疑ってはいない、あの人は嘘を吐く事ができない人だ。でもほんの少しだけ怖かった……。
 頬に触れる。不安が表に出ていないかと。
 あれ以来ずっと、廣峯に余計な負担をかけさせまいと務めてそれ以前と変わらぬように接してきた。
 だがこうして一人きり夫の背をみつめていると時折不安がこみ上げてくる。
 自分達には自分達の歩み方というのがあるのだ、焦っても良い事はないだろう、その時はいずれ来るのだから、と自分に言い聞かせる。
 不意に夫の寝顔を見たくなり、そっと四つん這いで近寄った。
 息を潜めてその顔を覗きこむ……。
(どんな夢をみていますか?)
 その時廣峯の目が開いた。視線が重なる。
 刹那その胸に抱きしめられた。

 襖が開いた。なだちが寝室に入って来る。寝たふりを決め込んだ廣峯は背を向けたままぴくりとも動かない覚悟だ。今なだちと顔を合わせたら、どんな表情をすればいいのかわからない。
 背中に痛いほど感じる視線。ひそやかに漏れる息遣いが夜気を震わせる。
 背筋がぞくりと震えた。
 ドクン、ドクンと脈打つ音は次第に大きくなっていき、ひょっとして聞こえやしないかと珍しく緊張を覚えた。
 喉を鳴らしかけ慌てて呼吸を止める。
(早く寝ろ……)
 心の中で何度も念じた。
 空気が動く。よし寝るのか、と思ったのも束の間、畳が小さく鳴る。影が己の上にさした。
 目を力一杯閉じる。布団の下で手を強く握った。
 だが気配は遠ざかることなく、耐え切れず薄らと目を開く。自分を覗き込むなだちの顔。
 月明りに照らされた頬はまるで真珠のように仄かに輝いている。
 耳を擽る吐息。甘やかななだちの香り……。
 視線が合った。
 一際大きく心臓が跳ねる。血が沸騰する――。
(ああ、こいつが欲しい)
 心底そう思った。純粋な混じりけのない欲求。自分の心が体が血が全てが彼女を欲しいと吼える。
 今まで考えていたことが全て吹っ飛んだ。
 理性なんぞなんの意味があろうか。この感情の前に。
 気付けばその手首を掴み、己の胸へと強引に引き寄せていた。そして逃がすまいと両腕で閉じ込めてしまう。
 腕の中でなだちがまだちが身じろぎする。想像していた拒絶ではない。戸惑ったような声が聞こえたがすぐにそれは甘さを含んだ吐息へと変わった。
 だが此処まできて尚、廣峯はなだちの顔をみるのが怖い。笑ってしまうことに。もしもその双眸に浮かぶのが拒絶だったら、と。
「怖かったんだ……」
 ぼそりと独り言のように吐き出す。人に弱音なぞ決して吐かなかったというのに。
「お前を傷つけて泣かせるんじゃないか…本当は好きじゃなかったと言われるのが……」
 そこまで一気に言い募ってなだちの黒髪に顔を埋める。
「こんな事でずっと悩んでたんだ」
 馬鹿みたいだろと自嘲すると頬になだちの手が触れる。頬を包み込む彼女の手。
 ようやくまともになだちと顔を合わせた。
「廣くんの為なら、私は何時までも待ち続けますよ」
 何時もと変わらない、いやいつも以上に優しい笑みだった。
 その手に己の手を重ねる。頬を掌に押し当てた。
「でもそれも止めだ」
 指と指を絡めて、布団に縫い付ける。
「どれだけ考えたってお前が欲しいんだ」
 根っこのところにあるのはただ一つ。それはとても単純な望み。彼女を全て欲しいという。
 小さくなだちが頷き、絡めた指を一度強く握って応える。いいのか、なんて事は尋ねない。今更だ。
 彼女の脇に腕を置き上から見つめる。頬に掛かる黒髪を手で払い、手の甲で頬の丸みをなぞった。
「加減できねぇから覚悟しとけよ」
 声と共に漏れた時は驚くほどに熱い。
「……愛してます、廣くん」
 掠れた声とともに細い腕が首へと回される。上気した頬、潤んだ瞳……見たことのない妻の表情に体の中心で渦巻く熱が背筋を駆け上がる。
 噛み付くような深い口付け。混ざり合う互いの呼気、生まれる熱……。


 目覚めたのはすでに太陽が天高く昇っている時間。ぼんやりと明るい光が部屋を照らしている。
「んぁ……」
 廣峯は盛大な欠伸と共に目を擦った。
 腕に感じる心地の良い重み。己の腕の上、安らかな寝息を立てて眠るなだち。
 布団から覗くまあるくすべらかな肩は小さく上下している。
 肌蹴た肩に布団を掛けてやる。なだちが肩を揺らし目を開いた。
「おはとうございます、廣くん」
「おう……」
 返事をしつつ、その体を再び抱きしめる。まだ起きるつもりはなかった。
「もう少し寝てろ……」
 そして腕に抱いた温もりに再び目を閉じる。
 今しばらくこの温もりを手離したくはなかった……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib9687  / 須賀 廣峯  / 男  / 25  / サムライ】
【ib9686  / 須賀 なだち / 女  / 22  / シノビ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまことにありがとうございます。桐崎ふみおです。

夫婦の初めての夜のお話いかがだったでしょうか?
其処に到るまでのグルグル、お二人が互いの事を思い合っている故の微妙な食い違いが表現できていたら嬉しいと思います。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
FlowerPCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年07月10日

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