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『扉の向こうへ 』
ニグレットjb3052

●通う日々

 街ではジューンブライドにちなんだ催し事が増えていて、ニグレット(jb3052)も関連商品を見かける機会が多くなっていた。
(‥‥悪くないデザイン)
 中でも一番リグレットの目を奪うのは、貸衣装屋のショーウィンドゥに飾られた純白のウェディングドレスだった。
 始めて見かけたときは、そんな時期になったのか、という程度の気持ちだった。
 二度目は、その白さに目が吸い寄せられて通り過ぎる間ずっと、そのドレスを見ていた。
 三度目は緻密に施された意匠に気が付いて、何を表現しているのか確かめた。
 次の時はドレスの形を確認して、自宅に戻ってからマーメイドラインという言葉を調べた。
 そして今日は、デザイン全体をじっと覗き込んで過ごしている。
(トレーンも長い。こういう意匠は好ましいな)
 結婚する予定があるわけではない。ただ、なんとなく気に入ったからこうして眺めている。自分でも不思議なくらいこのドレスに魅入られていた。
 美しいものは、見ているだけで充足感がある。つい散歩と称して家を出て、このドレスの前に来てしまうのだ。

●誘う鈴の音

 カラン‥‥

 ぼんやりとドレスを眺めるニグレットの視界に影がかかった。
(ん?)
 聞き慣れない音がした気がして振り向くと、笑顔を浮かべた見慣れない男が一人。
「何か用だろうか?」
「よかったら、試着してみませんか?」
 男は貸衣装屋の者だった。
「いや、私は結婚の予定もないから」
「着てみたいからと気軽にいらっしゃるお客様もおりますから、遠慮はいりませんよ?」
「だが、この時期は忙しいのではないのか」
 見ているだけでも十分だからと辞退しようとする言葉は遮られ、稼ぎ時ではないのかと問えば、小さく苦笑が返ってきた。
「今日は大きな式場のイベントが重なっているようで。撮影がメインの当店は閑古鳥が鳴いているんですよ」
「それは‥‥何と言っていいのか」
「お気になさらず。それより最近、このドレスを気にかけて頂いていたようですので‥‥貴女さえよろしければとお声をかけた次第です」
 顔を覚えられてしまうほど、見つめてしまっていただろうか。ニグレットの頬が朱に染まる。
「お時間を頂いてよろしいのであれば、サクラになっていただけると嬉しいです。勿論、お代はいただきませんから、いかがでしょうか?」
「‥‥迷惑ではないなら」
 今日は特に用があるわけでもないからと、思わず了承してしまうのだった。

 カラン‥‥

●扉の前に

 ただ着てみるだけと考えていたニグレットの予想は外れる。
「一度こちらに着替えていただけますか」
「化粧もするのか」
「服装と違って、メイクにはドレスコードはありませんけれど。服に合わせた化粧というものはございますよ」
 手渡されたのは丈の短いローブのような簡易な服。メイク中に服やドレスを汚さないようにとの措置らしい。着替えて戻れば、鏡台の前に座らされた。
 普段の化粧事情などを確認しながら、ニグレットの顔を筆やパフが踊っていく。

 ニグレットの瞳は一般的な赤と違って温かみの強い濃い色をしている。その分肌の色素が薄くても冷たい印象を与えない。
 金の輝きを放つ亜麻色の髪も、やわらかい印象だ。ゆるいウェーブのある髪質も合わさって、可愛らしい印象が強い。
 だがニグレット自身は落ち着いた性質の持ち主で、初対面の相手はまず外見と内面のギャップに驚く。言葉づかいも容姿から受ける印象と違うのだった。
 しかし知り合ってしばらくすると、彼女の内面の印象も変わってくる。可愛いものが好きであったり、お酒を趣味で飲んでいたり。突然思い切った行動をすることもある。
 誰しもさまざまな要素を持っているものだと思うが、ニグレットという悪魔は、特に面白い特性を併せ持った存在だといえた。

「髪も、いじらせていただいて構いませんか?」
 衣装のイメージに合わせたいと言われれば、断る理由もなかった。
 そっとリボンが解かれる感触に、ニグレットは息をのむ。
(トレードマークのようなものだからかな)
 目を閉じて自問してみる。この感覚が何を示すのか、まだはっきりとはわからない。
 首や肩を覆う髪の感触が消えると少しばかり心細い気もしたけれど、代わりに高い位置に重みが加わった。どうやらその位置まで結いあげられているようだ。
(目を開けてみようか?)
 あまり凝った髪型を試したことがない。だから工程も興味深くはあるのだけれど‥‥楽しみを後に取っておくのも捨てがたい。
(悩ましいな)
 前髪をあげて留めるピンが少しくすぐったくて、同時に好奇心もくすぐられた。

「一度確認していただけますか?」
 気になるところがあれば直しますので、そう促されてはじめて目を開けた。
「いつもと違う」
 とっさに出たのはその一言だ。身だしなみを整える時の自分とは印象が変わっている。
 まず目を引くのが目元。目じりに足されたアイラインがシャープな印象を足している。
 前髪も全てあげられ額が出ている。高い位置でまとめられた髪はシニヨンになっていた。
 ただ言葉もなく息をつくニグレットの様子に、これでよいと判断したのだろう。促してくる男に先導され、彼女は改めてドレスを振り返った。
 いつも見ていた、心の底では憧れていた純白のドレス。今はショーウィンドウで客の目を楽しませるのではなく、ニグレットに着られることを待っているドレス。
「お手伝いしますね」
 女性スタッフの補助を受け個室で着替える。体にぴたりと合わせられていくたび、胸の鼓動が早くなっていく気がした。

●新しい自分

 純白の白薔薇をモチーフにしたドレスは、それだけでエレガントな雰囲気を持っている。それを着たニグレットは本来の美しさを存分に発揮していた。
 マーメイドラインのドレスはシルエットがまさに人魚のように見えるドレスだ。トレーンも長く、水中を優美に泳ぐ尾ひれのようにも感じさせる。首元やロング丈のグローブとヴェールに用いられているレースも薔薇の模様が編まれているので、このドレスだけでも白薔薇の花畑のようだった。

 カチッ‥‥カチリ

 試着室から出て、カメラルームに移動して。見えないスイッチが、押し込まれたような音が聞こえた気がする。
 それは本当は、薔薇の葉を模したシルバーイヤリングを身に着けた音だったのだけれど、ニグレットの気分を入れ替えるのには十分な切っ掛けだった。
 それよりもなによりも、鏡に映りこむ自らの姿が非日常を示している。いつもの自分ではない、誰かになったようで。

 パシャッ!

 自由にポーズをとってみてく下さいと言われ、白薔薇のブーケを渡される。
 腰の前に両手で持ってみたり、胸の前で祈るように持ってみたり、投げるふりをしてみたり。

 パシャパシャッ

 前から横から後ろから、様々な方角から写真を撮られ、気分も高揚していくニグレットだが。ひとつだけ、心の扉が開いていなかった。
(ドキドキするけど‥‥足りないような)
 首を傾げた様子に、声がかけられた。
「そろそろ、ヴェールを外したヴァージョンに変えましょうか、髪も一度直させていただきますね?」

 今度は工程をすべて鏡越しに眺めていたニグレットはその手際に驚いた。
 一度解いた髪からまず両サイドにおろす分をとりわける。右側の髪を数房更により分けて、細い三つ編みを6本ほど編み上げる。この三つ編みにはニグレットが常用しているリボンと同色の細いリボンが編み込まれた。
 そしてはじめに取り分けたサイド以外の髪をすべて纏め、左側の高い位置――いつもリボンが結われている場所だ――で一度結い、新たにシニヨンにまとめた。今度はゆるくふんわりとさせてあるので、前以上にボリュームが出ている。前髪は左半分だけがあげられた。
「お花はやはり、薔薇がお好きですか?」
 ニグレットの好みを確認しながら、シニヨンの下にいくつもの花の飾りが留められて、たちまちワインレッドを基調にした小さなブーケのようになった。

 首元のレースを外してオフショルダーに。アクセサリーも、ルビーのネックレスとイヤリングに変えて。
 手に持つブーケも赤を基調としたものに。そしてニグレットのリボンが結ばれた、蕾の薔薇も別に用意された。
(すごい‥‥な‥‥)
 鏡の前でほう、と深いため息が零れる。純白に包まれていたさ先ほどよりも、鼓動が早いような気がする。

 非日常の中にも、自分の『らしさ』を。
 欠けていたピースが揃ったことで、ニグレットの前に現れた新しい扉の鍵はすべて解放された。
 少しずつ、普段ではしない表情も出せるようになっていく。
 ドレスを着てメイクをして着飾って。
 非日常の一瞬一瞬を、ニグレットの心からの笑顔を、カメラが一つ一つ切り取っていく。

 パシャ、パシャパシャパシャッ!!

(楽しい‥‥そうだ、私は楽しいと思っている!)
 可愛いものを見て、愛でるときとは違う。お酒を楽しむときとも違う。
 こういった服は見ているだけで、自分には合わないのだと心のどこかで思っていた気がする。けれどそんなことはただの思い込みだった。自分でも見惚れてしまう仕上がりにしてもらった。
 着飾って、笑うこと。いつもと違う自分になること。
 少し違う世界に踏み出した感覚が、ニグレットの心を開放して、確かに新たな何かを彼女の心に刻んだのだった。

「写真は後日、装丁したものをお渡ししますので、お待ちくださいね」
 今日の記念にと、共に写った赤薔薇を一厘お土産に受け取って、ニグレットは帰路についた。
(今後は、自分でもやってみようか‥‥)
 小さな決意、新たな趣味を胸に秘めながら。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3052 / ニグレット / 女 / 外見年齢26歳(大学部2年) / ナイトウォーカー】
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石田まきば クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月11日

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