▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『止まない雨と、鐘の音 』
小野友真ja6901


 薄い雨雲の向こうに、太陽の存在が透けて見える。
 夏の手前のこの時期の、柔らかな雫を『恵みの雨』と称したのは誰だろう。
 沈み込むような暗さはなく、水を得た植物たちが生き生きと輝く季節。
 生命力が、静かに静かに伸びゆく季節。
 咲き誇る夏は、この先に。




 鼻歌交じりに雨の中、ビニール傘をさして小野友真は散歩を楽しむ。
 でんでん虫にアマガエル。紫陽花の葉の上でくつろいでいる姿を覗きこんでは歩き出す。
 ちいさな水たまりを、音を立てては乗り越えて。
(生きとるんやなー)
 ヒーローの守るべき平和とは、人間だけではなくって、たとえばこんな小さな命も然り。物言わぬ自然も然り。
 彼が久遠ヶ原へやってきて、気づけば短くない月日が経っていた。多くの経験を積んできた。
 悲しい別れ、背負った思いも増えて。時折、『思い』に押し潰されそうな、時もある。
 雨の日の一人の散歩は、パンクしそうな心を少しだけ落ち着かせた。
「……? なんやろ、あれ」
 木々が途切れる先に、スッと尖った屋根が見える。
「教会や!!」
 灰色の空、際立つ緑を背景に、古びた教会はなんとも幻想的に佇んでいた。
 友真は軽快に走り出し、不思議な建物へと向かう。


 赤い尖塔に、くすんだ白塗りの壁。左右対称の建物は小ぢんまりとしていて、絵本の中に出てきそう。
「今は……使われてへんのかな」
 低い階段の先にある両開き式の木製の扉は朽ちていて、押せば容易く開いた。
「かみさまー、おじゃましますねー」
(あ、ノックわすれた)
 問わず語りに呟いて、屋内へと入る。

「おお おおおおお」

 花をモチーフにしているらしいステンドグラスが、礼拝堂へ淡い光を落とし込んでいた。
 並ぶ長椅子の向こうには古いオルガン、それから祭壇。
 イメージでは、その下に大きな犬と横たわり『疲れたよ……』と呟けば上から天使が降りてきそうなものだけど、神の子と救いの天使の姿は見当たらなかった。
「かみさまは、お引越ししたんやろか。ここ、空き家なん?」
 週末だけの開放、といった風でもない。
 きょろきょろと、狭い礼拝堂内を探索しつつ、
(今度、一緒に来てみたいな)
 恋人の顔を思い浮かべる。
 晴れた日に、サンドイッチとコーヒーを持って散歩なんて気持ちいいだろう。




 オルガンは、音は鳴るようだけど弾ける曲が無い。
 申し訳程度に猫ふんじゃったを弾いて、何故だか一人で照れ笑いをしてみたり。
 暖炉を覗いてみたり、精巧なステンドグラスに見惚れてみたり。
 たっぷり満喫して、今日のところは戻ろうか―― そう、扉を押した先に。

「……え」

 反射的に声が出た。
 階段に、人影。
 雨は霧雨程度になってはいたが、傘もささずに座り込んでいる背中。
 ダークグレーのスーツに、柔らかな質感の黒髪は…… 見覚えが、あった。
(まさか)
 だって。
(でも)
 見間違えるわけがない。
(ここは――……)
 いつの間にか、夢の中へ落ちていた? 並行世界への扉を押していた?
 どちらにしても、あの人は。

「ぶちょう」

 沈黙。
 
「ちがった。創平さん…… SOHEY…… ……ええと、米倉さん?」

 沈黙。

「……小野か」

 ――悲鳴。友真の。




 ――また会いたいって言うたら、会ってくれますか

 夢の中で交わした言葉を、どういうわけか紫眼の男は覚えていたらしい。
「雨、似合いますね」
「こんなもの、似合うも似合わないもないだろう」
 にべもない男の隣へ、警戒心の欠片も見せず少年は座り込む。年上の男性に囲まれた日常で、素っ気ない対応だって慣れたもの。
(水無月が見せる夢、ゆうんやったら愉しまんと損やんな)
 こうして、静かな時間を過ごせるというのなら。
「俺は散歩してたんです。貴方は?」
 ちらと横目で、友真は米倉創平の反応を伺った。
 黒髪の先から、そっと雫が滴っては白い頬を伝ってゆく。涙みたいだなんて思う。
「雨が、止まなくてな」
「傘なら貸―― あ、置き忘れた。雨宿りやったら、中に入りません?」
「入れない」
「え」
「俺は、聖域へは入れない。既に打ち捨てられたとしてもな」
 ――打ち捨てられた、のは
 教会?
 それとも?
 疑問を、続けるわけにはいかなかった。そんな空気だった。
 撃退士たちが戦う『天使・悪魔』と、自分たちの世界に根付いている宗教的な意味の『天使・悪魔』は別物であると学園で習った。
 それに則するのであれば、『彼』がこの建物へ入れない理由など一つも見当たらないのだけど。
(『入れない場所』……)
 象徴的な、意味としての。
 ここは、そういう場所、なのだろうか。
 祭壇の台座にも、そういえばステンドグラスにも、神や天使や居なかった。
「えーと…… 6月ですね」
「唐突だな」
 意図が読めず、男は自然と眉根を寄せる。
「6月の教会って事で緩く恋話どうですか、この時期に免じて?」
 緊張を飲み込み努めて軽い調子で、友真が首を傾げて促してみる。
 急ぐ用事もない。
 体温を奪うような、冷たい雨じゃない。
 植物のように、栄養を貰うつもりで濡れるのも悪くはなかった。
「……恋…………話?」
 ギギギ、油の切れたブリキのおもちゃのように、ゆっくりと米倉が首を回す。
「すみませんイヤやったらええですでも天界恋愛事情なんてのも興味あるかなーってだって感情は俺達と変わりないでしょう?」
 反射的に後ずさって土下座しそうになるのをグッと耐え、友真はまくしたてた。
「感情か。……君が撃退士であることが惜しいな」
「と、いいますと」
「一般人だったら、さぞ大量に吸い上げて献上できただろう」
「仕事脳……!!」
(ていうか、冗談言うんや……) 
「えーっとですね。俺は今、恋人がおるんです。
年上やけど、壁を感じさせへんゆうか……尊敬しとるし、並んで立てるように追いつきたいって思うてて。そういうん、なかったんです?」
(人の話を聞きたかったら、自分から、かな)
 と、切り出したはいいものの音にすると気恥ずかしい。
 思わず両手で頬を押さえる友真を見て、米倉が視線を遠くへ伸ばす。思案する横顔は、何かを懐かしむような色味を帯びていた。

「イメージと全然違った」

「え?」

「米倉君、ちっとも優しくない」

「へ」

「仕事が恋人も大概にすればいいわ、他部署の仕事まで請け負うなんて恋人である自分の仕事に対して浮気するようなものじゃない」

「誰が上手いことを言えと」

「……結婚式には、絶対来てね」

「行ったんですか?」

「休日出勤が入った」

「行ったんですか(仕事へ)」

「行った(仕事に)」

「…………お勤めご苦労様……です……です」

 断片的な言葉ひとつひとつに絡みつく思い出が、感情が、見え隠れするようだ。
「結論として、俺には向いてなかったな」
「使徒になってからは? 美人さんとか居ますやん」
「……小野は、京都の情勢を?」
「すみませんでした」
 友真、今度こそ土下座する。
(せや。……初回のみで、それ以降は……女っ気、皆無やったな?)
 遠方にあっても連絡のやり取りとか…… そんな悠長な暇を与えず攻撃し続けたのは撃退士である。
 米倉の主たるザインエルが撤退後は、代将として大天使が送り込まれ、――たぶん、こちらの世界を『知るもの』『知らないもの』での衝突もあったろう。
 
「それじゃ、目先を変えて…… こういう式をしたかったとか、夢見たり無かったんすか」
「神に誓うのは、厭だったな」
「それはまた」
「神が、何を保証してくれる? 裏の取れない契約相手は御免だな」
「……仕事脳」
「だから」
 膝を立て、頬杖をついて。少しだけ、口の端を上げて米倉は言葉を続けた。
「式も書類も要らない。二人の認識が一致していれば、それで充分だと思っていた」
「ある意味で最強の殺し文句ですね……」
 同じ価値観の相手に巡り合えて……いたのなら? 叶っていたのだろうか。
「そこで、仕事に対する浮気に繋がる」
「すみません、その彼女さんの写真ないですか見てみたい」
 紡ぐ言葉は、声は、抑揚が薄く淡々としている。
 淡々と。雨粒が傘を鳴らすように。
 友真の問いかけへ、ポツポツと応じてくれる。返してくれる。
(『仕事』やないから)
 あるいは、もう、『仕事』がないから?
「今……、伴侶選ぶとしたら、『こんなタイプー』とかあります?」
 この問いには、随分と間があった。
「……仕事に嫉妬しない」
「とことん、そこですか」




 教会の鐘が鳴る。
 祝福のように、或いは別れを伝えるように。
 初めて聞いた、と米倉が言った。
 雨が、止もうとしている。
(――あ)
 雨が、止んでしまう。

 教会の鐘が鳴る。
 止まない雨を、止めるために。
 戻るべき場所を、示す為に。

「――米倉、さん!」

 霧雨の『向こう側』へ、友真が手を伸ばした。

「また――……」

 また、お話しできますか?
 本当に、物好きな。

 求めた握手は、しっかりと握る前に陽光によって掻き消えた。
 伸ばし返してくれた、その残像だけが目に焼き付いている。
 白く、長い指先。かつては恐ろしい雷撃を放った指先。




 雨上がりの爽やかな空気、打ち捨てられた教会の前に友真は座り込んでいた。
 手にしているのは、壊れたビニール傘。
 いつの日だったか、拾い上げて来て捨てられずにいる傘。

「……また、お話きかせてくださいね」

 約束は、一方向だったろうか。
 握り返そうとしてくれた手、眉間にしわを寄せて口元だけに浮かべる笑み。
 戦いを終えたその傘へ語り掛け、友真はひとり、歩き始めた。
 待つ人が居る場所へと。




【止まない雨と、鐘の音 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja6901/ 小野友真 / 男 /18歳 / 太陽の下】
【jz0092/ 米倉創平 / 男 /35歳 / 止まない雨の下】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
夢と現の狭間のお話、6月の教会編をお送りいたします。
お楽しみいただけましたら、幸いです。
FlowerPCパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.