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『過ぎゆく夏、迎える未来 』
志堂 龍実ja9408)&フィル・アシュティンja9799


 葉月の終わりの夜。
 学生にとっては、殊に寂しさを感じるひとときかもしれない。
 容赦なく照りつける眩い太陽、流れ落ちる汗にぼやいた夏ももう終わり。
 微かに頬を撫でていく微風すら、お別れを言って行くようだ。

 そんな過ぎゆく夏を見送るかのような夏祭りがあった。
 真っ黒に日焼けした子供達が、大騒ぎしながら駆け抜けていく。
 無数の裸電球が揺れる露天のテントが並び、賑やかで勇壮な和太鼓の音が空気を震わせていた。
 夏休み最後のイベントを惜しむように、多くの人々が祭に繰り出している。

 ずっと奥へと続いて行く屋台の入口で、フィル・アシュティンはもう足を止めた。
「龍実、あれ何!?」
 咄嗟に袖を引くと、並んで歩いていた志堂 龍実も立ち止まる。
「ああ、たこせんべいか。食べてみるか?」
 フィルはぱっと顔を輝かせる。
「いいの!? 気になってたんだよね、美味しいのかな?」
「どうだろう、でもこういう屋台で食べると何でも美味しく感じるものだよ」
 龍実はフィルに向かって穏やかに微笑んだ。
 やがて薄い紅色の大きな丸いせんべいを買って来ると、フィルに見せる。
「でもこの後もいろいろ食べたくなるかもしれないだろう? 半分ずつにしようか」
 フィルはこくこくと頷いた。そしてほんの少し赤面する。

 龍実をひと目見て、素敵な人だと思った。
 心が通じたときには、天にも昇る心地だった。
 まだ1年足らずの「お付き合い」だけど、この人に相応しい自分になりたいとずっと思い続けている。
 だから夏祭りに行こうという誘いに、張り切って浴衣など着て来たのだ。
 深い紺地に、白い染め抜きの桔梗の花がちりばめられ、少しレトロで大人っぽい雰囲気。帯は少しだけ華やかに、渋めの臙脂の縞模様を締めて。肩にかかるおろした緑の髪が、良く映えていた。
 浴衣で、普段とは違うちょっとおしとやかな自分をアピールしてみたいな、なんていうドキドキ。
 なのに……。

(ちょっと失敗したかな?)
 いきなりたこせんべいに齧りついているのは、回りを改めてよく見ると子供ばかりだ。
「食べないのか?」
 龍実の声に我に返ると、フィルは慌てて齧りつく。
 ぱりん。
 独特の旨味が口の中に広がる。ちょっとだけ食べ難くて、なんだかお上品ではなかったけれど……。
「でもおいしい!」
「なら良かった」
 龍実はそう言いながら、半分に割ったたこせんべいを尚も小さく割っては口に運ぶ。その上品な食べ方は何処か女性的だった。
 もっとも、浴衣は男女の区別がはっきり分かる。
 麻の淡いグレー地のシンプルな浴衣に、渋めの藤色の角帯を貝の口にきりりと締めた龍実の姿は、どう見ても男性だ。
「もっと欲しかったか?」
 あんまりじっと見ていたので、そう思われたのかもしれない。
「えっ、違うよ! それよりもっといろいろ見たいな」
「じゃあ行こうか」
 さらりと袖が流れ、浴衣から立ち昇る糊の匂いが花の香りのように微かに漂う。



 テントの端に並んだ電球が、夜空の黒を縁取るように輝いていた。
 そぞろ歩く人の顔も光に照らされている。
 夜が昼のように明るくなり、本当ならとっくに家でご飯を食べているはずの子供が走りまわり、誰もが「非日常」の空間に酔っている。いかにも祭りの光景だ。
 フィルもそんな中の1人だった。
「あっ、金魚すくい!」
 目ざとく見つけ、下駄を鳴らして駆けていく。
「そんなに走って転んだらどうするんだ?」
 だが龍実の言葉に、咎める調子は全くない。
 寧ろ、フィルの天真爛漫さは龍実にはとても好ましかった。
 フィルの素直な笑顔は、見る者を暖かい気持ちにしてくれる。
 それが時にからかわれたりする原因にもなるのだが、やっぱりフィルにはそのままでいて欲しいと思う。
 楽しいことを楽しいと言って笑う。普通のことのようで、とても大事なことなのだ。
 龍実はフィルの健康的な明るさが翳らないよう、自身が盾となり護ってやりたいとも思う。

 金魚の屋台では、既にフィルが金魚すくいの専用道具「ポイ」とお椀を手に、しゃがみ込んでいた。
「あの大きくて赤いのが可愛いんだけどな」
 じっと見つめているうちに、金魚はゆらゆらと尻尾を揺らし、堂々とフィルの前を横切っていく。
「少し大きいかな。ポイが破れるかもしれないね」
「難しいかなあ……」
 身体が大きくて元気とくると、すぐに薄い和紙を破って逃げてしまいそうだ。
 それでも諦めきれずに、フィルは勢いをつけてポイを捻る。
「あっ」
 一瞬、目的の金魚が乗っかった。上手く枠の上に、だ。
 だがフィルがお椀を差し出すより先に、微かな重みを枠に残し、金魚はまたとぷんと水槽に飛び込んで行ったのだった。
「あ〜……」
 当然、ポイはもう使い物にならないぐらいに破れ、みじめな姿になっている。
「よし、じゃあチャレンジしてみるか」
 今度は龍実が真剣な目で金魚を追う。
 だが仲間の陰に隠れたり、深いところを泳ぎまわったり、なかなか隙を作らない。
「今だ」
 すっと斜めに入れたポイの端に、金魚を引っ掛けた。
「よし! ああ……駄目か」
 どうやら育ちすぎた金魚は、元々金魚すくいに向いていないようである。
 結局おまけの小さな金魚をそれぞれ貰い、2人は肩をすくめた。
「でも小さい子も可愛いんだよね」
 金魚の入ったビニール袋を手に、くすくす笑うフィルの笑顔。やっぱり明るくて、とても素敵だった。



 たこ焼き、焼きそば、りんご飴。
 いろいろな物を食べては、また遊んで。
「そういえば、そろそろ移動しておいた方がいいかもしれないな」
 龍実の言う通り、人の流れが変わっている。
 皆、屋台の裏側の河の土手へと向かっているのだ。
「行こう。花火の時間だ」
「あ、まって……!」
 すれ違う人々に流され、慣れない下駄で躓いたフィルがバランスを失った。
「危ない……!」
 龍実の腕が伸び、咄嗟にフィルの二の腕を掴む。そのまま引き寄せると、もう片方の肘も支え、しっかり立たせようとする。
「大丈夫か」
「…………」
 転びかけて驚いた所に、力強く引き寄せられて、フィルの頭はパニック寸前だ。
 カッと顔が熱くなるのが分かる。屋台の裏側の暗さで、龍実に自分の顔が見えなくて良かったと思う程だ。
「どこか痛むのか?」
 心配そうにのぞき込む、優しい顔立ち。
 暗い夜の中でも、微かな明かりを照り返して、白く秀麗な頬が浮かび上がる。
「フィル……?」
 そこでようやくフィルも我に帰った。
「あ、だ、大丈夫! ちょっとびっくりしただけだよ!」
「そうか。なら良いんだ」
 龍実が手を差し出した。
 少し迷った後に、フィルはそっとその手に触れる。

 河原の草の匂い、せせらぎの音。
 ほとんど何も見えない中で、繋いだ手がとても頼もしい。
 花火見物の客はどんどん増えていた。
(えっ……ええっ!?)
 ふと気がつけば、フィルの肩はぴったりと龍実に押しつけられている。
(どどど、どうしよう!?)
 飛び退くこともできず、フィルはひとり目を回さんばかりだった。
 その時突然、ぱっと目の前が明るくなる。
 高い破裂音と共に、艶やかな光の花が天に開く。
「きれい……!」
 赤、緑、白、紫。幾重にも重なる光の芸術がはじける度に、どよめきが沸き起こった。

 龍実は目を見張ったまま、上空を見つめていた。
 漆黒の夜空に現れては消える夢の華。
 艶やかに咲いては、一瞬の後に虚空に吸い込まれるように消え失せていく。
 何故か龍実は身体が宙に浮かび、ぱっと輝いて消え失せて行くような、妙な感覚にとらわれた。
 肉体は重さを感じず、意識は現実を離れて遊ぶ。
 龍実はこの感覚を知っているような気がした。深い深い記憶の底に閉じ込められた何かが……。

 そして中空に遊ぶ龍実の意識は、掌から伝わる暖かさによって肉体へと引き戻された。
 そっと横目で伺うと、フィルは目を輝かせて花火を見ている。
 溢れ迸る光の競演、いよいよ花火大会はクライマックスを迎えつつあった。
 今は龍実は、光に魅入られたりはしない。この手の中に大切なぬくもりがあるから。
 自分はフィルを護りたいと思う。けれどフィルもまた龍実を護ってくれている。
 互いが互いを護り抜こうと誓った。そして今も、その誓いは続いているのだ。

 やがて夢の時間は終わり、空からは音も光も失せた。
 河原を立ち去ってゆく人達の中、龍実とフィルは手を繋いだままで空を見上げる。
 再びせせらぎの音が聞こえるようになった頃。
 手を繋いだ腕が寄り添い触れ合い、優しく暖かな重みが龍実の肩にかかった。
「花火って少し寂しいね」
 改めて、激しい夏の終わりに相応しいと思う。
「また一緒に見よう。来年も、その先も、ずっとだ」
 身体から直に伝わる龍実の声が心地よい。
「うん、見ようね。ずっとずっと」
 少し寂しいのはきっと、楽しすぎたから。
 けれどこの寂しさを分けあう人がいる幸せを、今はかみしめよう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9408 / 志堂 龍実 / 男 / 16 / 君と共に】
【ja9799 / フィル・アシュティン / 女 / 20 / 救いの笑顔】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、夏の思い出のひとこまです。
暑い夏の終わりはほっとすると同時に、どこか寂しく感じるものですね。
大事な思い出をくれた夏を、大事な人と見送るひととき。ご依頼のイメージに合っていましたら幸いです。
この度はご依頼いただきまして、誠に有難うございました!
アクアPCパーティノベル -
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エリュシオン
2014年10月03日

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