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『TRICK and TRICK! 』
大狗 のとうja3056)&花見月 レギja9841


 チャイムと共に、学校中がざわめく。
「さって、帰り路のお楽しみは〜っと!」
 大狗 のとうは鞄を開き中を探った。
「はにゃ? なんだこれ」
 季節限定・カボチャタルト風味キャンデーの隣に、入れた覚えのない白い封筒があったのだ。
 紙質はかなり上等で、古風な深紅の封蝋までついていた。
 中身は厚手の二つ折りの紙。
 文面に目を通すと、のとうは鞄をひっつかんで教室を駆け出した。


 秋の日は急ぎ足で西へと向かう。
 花見月 レギは自宅で(買い物に)いくべきかいかざるべきか、それが問題だ、とでもいうように、冷蔵庫の中身に想いを馳せていた。
 その時、聞き慣れた足音の接近に気付く。
「レオン、大変なのだ!!」
 息を切らせたのとうが飛び込んで来た。施錠していたドアは支える壁と共に、無残な姿を晒している。
「のと君。扉は壁を壊さずに屋内に入る為の物なんだ、よ」
 怒るでもなく、呆れるでもなく。レギは事実を淡々と指摘する。

 のとうはそれには答えず、頬を紅潮させてレギの前に封筒を差し出した。
「これ!」
 中から出てきたのは、二つ折りの招待状だった。
「ハロウィン舞踏会へのお誘い……?」
「俺、なんかそういう依頼受けたかなって考えたんだけど、全然心当たりがないのな! でも面白そうだし、一緒に行ってみないか?」
 宛名はのとう、同伴者可の文字もある。
 どうにも怪しい。
 レギは僅かに首を傾げ、のとうを見た。
 ――だめだ、これは。
 散歩を催促する子犬のような、期待に満ちた真ん丸な目。
 のとうは間違いなく行くだろう。ならばついて行った方がマシだ。
「分かった、ご一緒するよ。でも迎えはこっちに寄こすように、ね」
 のとうがひとりで相手と接触するのを避ようと、レギは念を押した。



 そして当日。
 のとうが大きな箱をレギの家の玄関先に置いた。
「これ、こんなのが届いたんだ!」
 中身は蒼色のドレスだった。裾から上に、深い蒼から明るい青へと見事なグラデーションになっている。
「素敵だ、ね」
「うん。でもレオ、大変だ。俺ってば着方が分からない」
 びろーんとドレスを広げながら、のとうは本気で困惑していた。どうやら家でも色々頑張ってみたらしい。
「ここにファスナーがあるから、ね。これを下げて、ほら、こう」
「なるほどにゃ〜、良く出来てるな!」
「少し狭いけど、ここで着替えると良いよ」
 レギは本置き場になっている部屋にのとうを案内した。

 それから暫くの間、部屋の中は静かだった。
 が、すぐにのとうが声をあげる。
「レオ、ちょっと来てくれ!!」
「どうした、のとk……」
 レギの目に飛び込んできたのは、無防備な下着姿の背中だった。
「どうしてもファスナーが上がらない! あと、なんかすっげーきつい!!」
「のと君、多分そういうドレスを着る時には、下着はつけな……いや、下じゃない、上だ」
「はにゃ?」
 ドレスの裾を手繰り上げたのとうが、手を止める。
「たぶん、パッドがついている筈、だ」
 レギは自分の胸元を親指で示しつつ、積み上げた本の背中を目で追っている。
「ああ、これか! どーりで窮屈なわけだな!」
 背中を向けるレギを、のとうがまた呼ぶ。
「レオ! レオン! ファスナーを上げて欲しいんだ! すっげ固い!!」

 レギは膝の力が抜けそうになる感覚を覚えた。
「のとう……淑女はあんまりそういう事を男性に頼むものじゃな……」
「他に誰もいないから仕方がないのな! それともこのままで行ってもいいか?」
 唸りながら不自然な姿勢を続ける背中に、レギは小さく溜息をつく。
「分かった分かった。でも俺は時々、君が少し心配になるよ」
 ファスナーをつまみ力を入れる。結構出るとこ出ているのとうの場合、最後数センチが辛いようだった。
「できた、よ」
「ふー、ありがとなレオ! しかしドレスってのは結構大変だな!」
 バサバサと裾を払い、のとうが出て来る。この状態のままではドレスが可哀相だ。
「少し髪と、メイクを整えよう、か」
 荷物にはご丁寧にドレスに合う色の化粧品まで入っていた。
 のとうはキラキラした目でレギを見た。……見た。

「あのね、のと君。俺がいる時は、まあいいけれど……狼には気をつけないといけないよ。世の中には危ないのが一杯いる、から」
 君はとても魅力的なのだから。その言葉は少し迷った結果、飲みこんだ。
「わかった。こういうことは、レオンにだけ頼むようにする」
 真面目な顔で鏡の中ののとうが言った。
 そういう問題か? だがレギは黙って口紅を取り上げる。
「ふふ。でも苦労した甲斐があった、かな」
「うおお……俺が別人なのにゃ……っ!」
 仕上がった姿は、見事なまでに魅力的な貴婦人だ。
「橙と蒼で、夜明けの色だな」
 誰が選んだドレスかは知らないが、のとうにとても良く似合っていた。



 迎えの黒塗りの車に揺られること暫し。着いたのは古い洋館だった。
 重そうな扉が開くと、カーニバル用の仮面をつけた主らしい男が迎える。
「今宵はゆっくりお楽しみください」

 案内された部屋では着飾った数多の紳士淑女が笑いさざめき、優雅に踊っていた。
 おとぎ話のような舞踏会の光景だ。
「すげえのな……!」
 のとうは半ば口を開けたままだ。
「俺達も少し踊ろうか」
「えっ!?」
 のとうがびっくりしてレギを見上げる。
「大丈夫だ、よ。のと君ならきっと、すぐに覚えられる」
 レギの蒼の瞳が悪戯小僧のように光る。
 差し出されたレギの手に、おずおずと右手を重ねるのとう。
「左手は、ここに」
 レギは右手をのとうの背中に軽く添えた。
「背筋はまっすぐ。俺を見ろ! だね。それだけ覚えていれば、大丈夫」
 レギの爪先が軽くのとうの足に当たる。自然とのとうはその足を下げる。
「そうそう、その調子」
 ワルツの音楽に合わせて、レギは巧みにのとうを導く。

「すごい、俺ってばダンス踊ってる……?」
「流石のと君、勘が鋭い、ね」
 あながちお世辞ではなかった。
 社交ダンスは男性が上手ならそれなりに踊れるものだ。
 だが運動神経に優れ性格も素直なのとうは、よきパートナーだった。
 ふと、のとうの小指にリングが光るのに気づいて、レギは目を細める。
「どした?」
「いや。君が今年も健やかに過ごせるように、とね」
 レギは必要な知識として仕込まれたダンスを、初めて心から楽しいと思えた。
「すごいのな、レオってばなんでもできるのな!」
 改めて見れば、蒼のピアスを二つ右耳に煌めかせ燕尾服を纏ったレギは、異国の王子様のよう。
「あと、思ったんだけどな。なぁレオン、何で君、ドレス着るのにブラいらないとか知ってるの」
 僅かにレオンの足さばきが乱れる。
「それはその……一般知識だ、よ」
「はにゃー、そんなもんか」
 のとうが小首を傾げた。



「あた、た……! ちょっと休憩!」
 慣れない姿勢のまま踊り続けて、のとうも疲れたらしい。
 長椅子に並んで座り、ぼんやりと会場を見渡す。
「何か食べようか?」
 レギがいつもは食いしん坊なのとうを誘うが、のとうは黙って首を振る。
「なんだろ、なんか欲しくないのにゃ」
 血の滴るようなステーキに、真っ赤なソースの蒸し料理、不思議な色をしたどろどろのスープ、などなど。ドレスのせいかもしれないが、並んだ料理には食欲がそそられない。

 軽く息をついたその時、広間の大時計が12時を指した。
 大きな鐘の音が何度も鳴り響く。
「うわ、すごい音なのな! って、レオ……?」
 のとうが何度か瞬きした。
「レオン、どうしたんだそれ……!」
 異国の王子様は、何故か豪華で重そうな中世風ゴシックドレス姿へと変じているではないか。
「個性的な美人に見える、か? ……しかしそう言うのと君も、だな」
「なん……あれっ?」
 のとうもいつの間にか、袖飾りもゴージャスなゴシック風のスーツ姿だったのだ。
 だが自分の姿より、レギの方が何倍もインパクト大だ!
「ええと……ほらあれ、マリーアントワネットみたいだな! うん! その肩とかすげえせくしーだと……ブフッ!」
 のとうはクッションを顔に当てて肩を震わせる。
「……きみ、中々酷いな」
 レギは鏡に映る自分の姿を、腕組みで眺めていた。
「露出が少なかったのがせめてもの、かな」
 溜息をつきつつ、レギは冷静だった。
 ようやく顔を上げたのとうは、うっすら涙まで浮かべている。
「うん、折角だし、一曲いかが?」
「しっかりリードを頼む、よ」
 のとうが立ち上がり、丁寧なお辞儀。
「姫君、踊って頂けますか?」
 その肩はやっぱり震えていたけれど、レギは上品に手を差し出した。

 さっきまでと逆の踊りに少してこずったが、なんとかのとうはリードをこなす。
「っていうか、君、ドレス着ると男の人だってことがよく分かるね」
「ドレスは女性を美しく見せるように出来ているのだから、ね」
 男性らしい体つきの人には合わないのが当然だ。
 しかし薄化粧は綺麗に決まっているのが流石だ……と、のとうは思った。
「しかしその肩とか。腕とか。すっげぇ面白いんだけど! いろんな意味で、スーツもドレスも、君ってば素敵に着こなせちゃうんだな」
 のとうはまた溢れ出る笑いを必死に堪えた。
「のと君、顔が変になっているよ」
 レギはもう諦めの境地だった。
「いやぁ羨ましいなぁ! うん! 携帯持ってくれば良かったな!」
「きみがそんなに楽しんでくれたのなら、良かった、よ」
 レギはゴシックドレスで能面顔。それがまたのとうには耐えがたい。
「あ、笑ってないって! 笑ってないってば!」
 これはもう、後に思い出すだけでも笑える。
 のとうはそう確信した。



 時計の針を見たレギがのとうを促す。
「のと君、流石にもう遅い、ね」
「ほんとだにゃ! そろそろ眠くなるのな、帰ろうか」
 仮面の主が何処からともなく現れ、二人に丁寧に挨拶する。
「またいつか、お目にかかれますよう」
 背後で扉が閉まり、音楽も明かりも同時に消え失せた。

 鉄の門扉を潜り、のとうがふと振り向く。
「レオン、ちょっと……!!」
 ついさっきまでそこにあった屋敷はかき消え、暗闇が広がるばかり。
 まるでふたりを見送る様に、無数の墓碑がこちらを向いて整然と並んでいた……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 20 / 無防備な淑女】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 28 / 困惑の紳士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、奇妙な舞踏会のエピソードをお届けします。
びっくり展開の連続に、お二人の微妙な距離感は変わったのか、変わらないのか?
今回もご依頼有難うございました!
HC仮装パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月09日

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