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『戦いの犬たち、日本に集う 』
八瀬・葵8757)&フェイト・−(8636)&龍臣・ロートシルト(8774)


 犬の散歩をしている。と言うよりも、犬たちに引きずり回されている。
 何本ものリードを手放さずにいるのが、八瀬葵は精一杯だった。
 テリア、トイプードル、チワワ、柴犬、スピッツにパグ。ミニチュアダックス。
 様々な飼い犬たちが、葵を引きずりながら元気に公園を駆けている。
「こ、こら……そっちへ行っちゃ駄目だったら」
 スピッツの仔犬が、茂みの方へと走り出し、止まり、吠えた。
 何に、と言うより誰に向かって吠えているのかは、茂みの中を調べてみるまでもない。
 葵は小さく溜め息をつき、声をかけた。
「……いるんだろ? IO2の暇人さん」
「これでも仕事中、なんだけどな」
 言いつつ茂みの中から姿を現したのは、まるで喪服のような黒いスーツを着た不審人物である。
 犬たちが、彼に向かって一斉に吠えた。
 懸命にリードの束を引っ張りつつ、葵は少しだけ声を大きくした。
「俺に……もう護衛なんて要らないよ、フェイトさん」
「虚無の境界って連中は、忘れた頃に手を出して来るんだぞ」
 フェイトのそんな言葉も、犬たちの吠える声に掻き消されてしまう。
「……どうでもいいけどフェイトさん、犬にめちゃくちゃ嫌われてるね」
「狛犬になら、知り合いがいるんだけどな」
 フェイトが、わけのわからない事を言っている。
「まあ何だ、血と硝煙の臭いでもするんだろう。ところで、葵さんも仕事中って事でいいのかな?」
「……まあね。犬の散歩の、アルバイトだよ」
 喫茶店は、今日は休みである。
「まさか、こんなに依頼が来るとは思わなかったけど」
「俺と違って、犬に好かれてるみたいじゃないか」
「どうかな……俺もまあ、人間と一緒にいるよりは気が楽だよ」
 犬は、人間と違って『音』を発しない。猫も、鳥も、植物も。
 葵の知る限り、『音』を発する生き物は人間だけだ。
 フェイト曰く、人間ではない生き物たちが、人間に化けている事もあるらしい。
 そういったものたちが、人間と同じく『音』を発するのかどうかは、まだわからない。
 吠えていた犬たちが突然、静かになった。
 クーン、くぅん……と怯えながら、葵の足元に擦り寄って来る。
 皆、何かを恐がっている。
「……来たな、言ってる傍から」
 フェイトが、声を潜めた。
「囲まれてる。たぶん、虚無の境界の連中だ」
「え……そうなの?」
 気配、のようなものを、フェイトは恐らく感じているのだろう。暇人に見えて、戦闘のプロフェッショナルである。
 素人である葵に、そんなものを感じる能力はない。
 ただ、音が聞こえるだけだ。
 重苦しく、不穏な響き。聞く者を、喩えようもない不安に陥れる音。
 だが、と葵は思う。最も不安を感じているのは、聞いている自分ではなく、音を発している本人なのではないか。
(俺……この音、知ってる……聴いた事、ある……?)
 そんな事を考えている葵の腕を、フェイトがいささか荒っぽく引っ張った。
「とにかく、安全な場所へ! この人数相手に、そんなものあるかどうかは怪しいけど」
 フェイトは葵の腕を引き、葵は犬たちのリードを引く。
 この人数、などと言われても、葵には何もわからない。囲まれているらしいが、囲んでいる者たちの姿など見えない。
 周囲には、何の変哲もない真昼の公園の風景が広がっているだけである。
 木々に噴水、外灯に公衆便所。まばらな通行人たち。ベンチに座って新聞を広げている男。
 その男が、新聞を畳んだ。
 フェイトが息を呑み、立ち止まった。
 その手が、黒いスーツの内側から何かを引き抜く。
 拳銃だった。
「葵さん、伏せろ!」
 フェイトが叫び、拳銃を構える。
 つい今まで新聞を読んでいた男が、ベンチから立ち上がり、同じく拳銃を構えていた。
 そしてフェイトに、銃口を向けている。フェイトの銃も、その男に向けられている。
「お……おい、やめろよ……」
 言われた通り地面に伏せ、犬たちを抱き寄せながら、葵は呆然と声を発していた。
 睨み合いの後、フェイトが言った。
「……龍臣さん?」
「お前か……」
 こんな所に鏡が置いてある。葵は一瞬、そんな事を思った。
 フェイトによく似た、若い男である。22歳のフェイトよりも、いくらかは年上であろうか。
 黒髪に黒いスーツ。外見的な類似点は、それだけだ。童顔のフェイトと比べて顔立ちは鋭く、瞳は青い。
 それでも似ている、と感じながら、葵は問いかけた。
「フェイトさん……知り合いなの?」
「ああ。虚無の境界かと思ったけど……大丈夫、この人は違うよ」
 フェイトが拳銃を下ろす。が、龍臣と呼ばれた男は下ろさない。銃口を、フェイトに向けたままだ。
「……何故、そう言い切れる」
 そんな事を言いながら龍臣は、躊躇なく引き金を引いた。
 銃声が轟いた。
 フェイトの背後で、黒い影が弾けた。
 葵とフェイト、どちらに襲いかかろうとしていたのかは不明である。
 とにかく、襲撃者だった。
 黒い、マントかローブか判然としないものに身を包んでいる。
 その身体が倒れ、痙攣しながら、苦しげに宙を掻きむしる。
 先端が鋭利に尖ってカギ爪を成す、金属製の五指。その爪で、フェイトを背後から斬殺しようとしていたのか。
「この平和な国に帰って来て……少し、なまったんじゃないのか? フェイト」
 片手で軽やかに拳銃を回転させながら、龍臣が言う。
「顔見知りだからって、不用意に拳銃を下ろすな。俺が、例えば虚無の境界に雇われた殺し屋だったらどうする」
「あり得ないさ。あんたが、あいつらに雇われるなんて」
 フェイトは即答した。
「あんたを雇える人間、あんたに何か命令出来る人間は、この世にただ1人……そうだろ?」
「……まあ、な」
 そんな答え方をしながら龍臣は、その冷たく鋭い青色の双眸を、ちらりと周囲に向けた。
 フェイトも、緑色の瞳で公園を見回している。
 敵が、葵にも見える形で、ようやく姿を現していた。
 黒い、人影の群れ。
 全員、マントかローブか判然としない黒衣から、カギ爪状の五指をギラリと覗かせている。
 フードの下では、眼光がチカチカと生気なく輝いている。人間の眼光ではない。
 機械の点灯だ。
 この者たちは人間ではない。それが葵には、はっきりとわかった。
 何故なら、音が聞こえないからだ。
 聞く者を、喩えようもない不安に陥れる音。それを重苦しく響かせているのは、この龍臣という男だ。
(俺……やっぱり、聴いた事ある……? この音……)
 心の中で呟きながら葵は、怯え擦り寄って来る犬たちを抱き締めた。
 わけのわからぬ黒衣の襲撃者たち、ではなく龍臣を、犬たちは恐がっている。
「機械人形……か」
 フェイトがいつの間にか、もう1丁の拳銃を握っていた。漫画か映画のような、2丁拳銃である。
「こんなもの使ってまで、葵さんをさらおうなんて……なりふり構わなくなってきたな、虚無の境界も!」
 2つの銃口が、火を噴いた。
 機械仕掛けの襲撃者たちが、一斉に襲いかかって来たところである。
 金属製のカギ爪が無数、フェイトあるいは龍臣に向かって凶暴に閃いた。
 それら斬撃が、嵐のような銃撃に弾き飛ばされる。
 左右2丁の拳銃を、フェイトはまるで二刀流の剣士のように振り回していた。引き金を、引きながらだ。
 2つの銃口から迸るフルオート射撃が、機械人形たちを片っ端から薙ぎ払う。
 襲撃者たちは黒衣もろとも潰れ砕け、金属の残骸に変わりながら吹っ飛んで行く。
 荒っぽく撃ちまくっているように見えて、葵や犬たちを襲う流れ弾を1発も出さない、驚くべき技量である。
 その正確無比な銃撃の嵐を、しかし潜り抜け、あるいは飛び越えて、何体かの襲撃者が獣の動きで間合いを詰めて来る。金属のカギ爪による斬撃が、多方向からフェイトを襲う。
 それら機械人形たちが、しかし見えない壁にでも激突したかのように揺らぎ、倒れ、痙攣しながら動きを止めてゆく。
「無駄弾を撃ち過ぎだ、フェイト」
 龍臣が、いつの間にか葵の傍らにいた。左腕で葵を庇い、右手で拳銃を構えている。
 その銃口が、火を噴いた。フェイトのようなフルオート射撃ではなく、単発である。
 襲撃者がまた1体、弾けたように倒れた。頭部のどこか……人間で言うと額か眉間の辺りに、弾を撃ち込まれたようだ。
「こいつらは遠隔操作で動かされている。受信装置を破壊すれば、1匹につき弾1発で済む……第3の目の位置だ。よく狙え」
「無理! この乱戦で、正確に第3の目を狙うなんて! 龍臣さんだけだよ、そんな事出来るの!」
 悲鳴じみた声を発しながら、フェイトは左右の拳銃をぶっ放した。
 銃撃の嵐が、機械人形たちを片っ端から粉砕する。
「俺、射撃下手くそだからね。質より量で、いかせてもらうよ!」
「質より量、か……まるで、アメリカ人だな」
 龍臣は、苦笑したようである。そうしながらも、引き金を引いている。
 襲撃者たちが1体また1体と残骸に変わり、倒れ伏す。
 フェイトに撃ち砕かれたものたちと比べ、実に綺麗な残骸である。受信装置を撃ち抜かれたらしいが、その部分を取り替えれば、また動けそうだ。
「龍臣さん、アメリカ人は嫌い?」
「ヨーロッパ暮らしが長いもんでな」
「そう言うなよ。アメリカ人にだって、いい奴は沢山いるから!」
 一方フェイトの銃撃は、襲撃者たちを、もはや使い物になりそうにない金属屑に変えてゆく。
 呆然とその様を見つめる葵の肩に、龍臣が片手を置いた。
「久しぶり……と言っても、覚えちゃいないだろうがな」
「俺は……」
 確かに、覚えてなどいない。だが葵は言った。
「あんたの……音……聞いた事、ある」
「音、か。相変わらずだな」
 龍臣は微笑んだ。
「人間を、音でしか判断出来ないようではいけない……俺の主からの、伝言だ」


 葵もフェイトも龍臣も、警察が来る前に逃げた。
 住宅街である。
 散歩を終えた犬たちを1匹1匹、飼い主の家に送り届けながら、歩いているところだ。
 あとはチワワと柴犬とパグが各1匹、残っているだけである。
 フェイトの左足にパグが、右足に柴犬が、左手にチワワが、がふがふと噛み付いている。
「あー……痛いんだけどな」
「こらこら……駄目だよ、人を噛んだら」
 犬たちをフェイトの身体から引き離しつつ、葵は思う。この青年は犬に嫌われている、わけではないのかも知れない。
 本当に嫌いな人間には、犬は噛み付くどころか近付きもしないだろう。
 犬たちが明らかに避けているのは、龍臣ロートシルトである。チワワもパグも柴犬も、彼を嫌っている、と言うより恐れている。
「無理もない。こちとら犬を狩るのが仕事だからな」
 気にした様子もなく、龍臣が笑う。重苦しい、聞く者を不安にさせる音を発しながらだ。
「組織の犬、国家権力の犬……野良犬のくせに、端金で飼い犬になる奴らもいたな。そういう可愛くもない犬どもを、片っ端から殺処分する仕事さ」
「日本でも、同じ仕事を?」
「この国が、思っていたほど平和じゃないってのはわかった。同じような仕事に、なっちまうんだろうな」
 フェイトの問いにそう答えながら、龍臣は葵の方を見た。
「お前に、ろくでもない犬どもを近付けないのが、俺の新しい仕事だ。お前に拒否権はない……あの方の、命令だからな」
「あの方……ってのが、どの方なのかは知らないけど……」
 龍臣を恐がって擦り寄って来るチワワを抱き上げながら、葵は言った。
「……あんた、その人と離ればなれになっちゃったから……そんなに不安そう、なのかな」
「……お前、何を言ってる」
 龍臣の青い双眸が、険しさを帯びた。
 その眼光を、葵は正面から受け止めた。
「あんた……不安なんだろ? さっきから、そういう音しか聞こえない……大切な人から離れてまで、日本へ来たのは……俺なんかを、その」
「守るため、だ。あの方の、命令だからな」
 言いつつ龍臣が、軽く溜め息をつき、頭を掻いた。
「でなきゃ、誰がお前なんかに会いに来るかよ」
 遠慮容赦のない言い方が、葵の閉ざされた記憶の扉を、荒々しくノックする。
 間違いない、と葵は感じた。自分は、この龍臣ロートシルトという男を知っている。
 そして彼の言う「あの方」も。
「あんたは……一体、誰なんだ?」
 葵は訊いた。訊くべきではない、とも思った
 思い出してはならない何かが、自分の中にはある。そんな気がする。
「あの方からの伝言だ……思い出せば、お前も背負う事になる。ロートシルト家の、呪われた宿命を」
 龍臣は言った。
「……その覚悟は、あるのか?」
「宿命……俺、そんなもの背負いたくないよ……」
 チワワを撫でながら、葵は答えた。
「けど、逃げても追いかけて来るんだろ……あんたがオーストラリアから、はるばる日本へ来たみたいに」
「オーストリアだ。オージーを馬鹿にするわけじゃあないが、2度と間違うな」
 龍臣が苛立っている。
「……追いかけて来るものを自力でどうにかしようって気は、あるんだな?」
「自力でどうにかするのは、大変だぞ」
 噛み付こうとする柴犬をかわしながら、フェイトが言う。
「宿命とか運命ってやつは、そんな生易しいもんじゃない……何にも知らずお気楽に生きる道だって、あるんだぞ。それを咎める権利なんて誰にもない」
「フェイトさんだって……お気楽に生きようと思えば出来たはずなのに、それをしなかったんだろ?」
 そのくらいは、フェイトを見ていればわかる。
「……教えてよ、龍臣さん。俺は、何を思い出さなきゃいけないのかな」
 龍臣は答えず、ただ呟いた。
 日本語ではない。英語、いやフランス語か。
「ドイツ語だ。意味は、そのうち気が向いたら教えてやる」
「あ…………」
 荒っぽくノックされ続けていた記憶の扉が、静かに開いてゆく。
 そして、光り輝くものが現れた。
「……たつ兄……?」
「いきなりそれか……他に思い出さなきゃならん事、いろいろあるだろうが」
 龍臣の言う通り、様々な記憶が甦って来る。が、それらはとりあえず、どうでも良かった。
「たつ兄に……会えた……」
 今の葵にとっては、それが全てだ。


 今まで葵を守ってくれてありがとう、と龍臣は言っていた。
「護衛の任務は龍臣さんが引き継いでくれる……って事で、いいんですよね?」
『あの男が、日本へ……帰って来た、と言うべきなのかな』
 スマートフォンの向こう側で、上司が言う。因縁を感じさせる口調が、フェイトは気になった。
「もしかして……お知り合い? なんですか、龍臣さんと」
『さあな……御苦労だったフェイト、しばらく休め。そろそろ本格的に、働いてもらう事になる』
「本当ですか。やるやる詐欺は、もう勘弁ですよ」
 通話は、すでに切れていた。
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東京怪談
2015年03月12日

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