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『その未知数は幸福で構成されている 』
メリッサ・アンゲルスja1412

 その日の朝はメリッサ・アンゲルス(ja1412)にとって待ち遠しくて堪らなくて、いつもよりうんと早く起きてしまった。
 途端に思い出すのは、目まぐるしい先日の出来事――あれは夢だったんじゃないか。ふとそんな思いが脳を過っては、メリッサはおそるおそる顔と視線を隣に向けた。
 そこにいたのは、メリッサの隣のベッドで眠る初老の紳士。
 少女はパッと表情を華やがせると、掛け布団をはね除けるや隣の彼のお腹の上へ体ごと飛び込んだ。

「おとーさん、おはよーなのだ!」

 ばふん。
 その柔らかい衝撃に『メリッサの父』は「うっ」と一瞬くぐもった声を漏らし、それからゆるりと瞼を開いた。真っ黒い彼の視線と葡萄酒色の少女の視線がかち合う。
「あぁメリッサ……おはよう」
 朝日に少し目を眩しげにしながら、父は娘の挨拶に答える。そしてふと、独り言つ様に。
「そうか……夢では、なかったのだな」
「我もそう思ったのだ。奇遇なのだ!」
 これは『本当』の瞬間――信じられないけれど、実際の出来事。
 父の手がメリッサの頭を撫でる。このくらいの力で大丈夫だろうかと測るような不馴れな手付きであり、彼女の存在を確かめるような動きだった。


 とある依頼を経て、悪魔の男と半天使の少女は『本当の家族』になった。
 これは、そんな二人の、短くも確かに幸福だった……物語。


 一緒に作ったサンドイッチの香りがまだ残る午前。
 娘と皿洗いを終えた父は、手を拭いている娘に問うた。
「メリッサ、学校は?」
「しばらくは行かなくても良いってお許しが出たのだ」
 学校に事情を説明したメリッサは特別対応となった。授業に出なくとも良いが、その代わりとして宿題が出されている。
「ならば宿題をやらねばならんな」
「ええー!? 我はおとーさんと遊びたいのだ! 宿題は後で一気にパパーっとやるからいいのだ」
「勉学は学徒の勤めである。『後回し』とは『やらない』と同義だ」
 さあやりたまえ。父がテーブルと椅子と示す。
「おとーさん意外と教育パパなのだ……」
 唇を尖らせたメリッサはしぶしぶ宿題を取りに行く。と、
「全て持って来い」
「ぜ、全部!?」
「後で一気に出来るなら今やりたまえ」
「そっ……そんなぁ……」
「この私が補助する。問題はない」
 言いながら彼はメリッサの隣に座る。
 宣言通り、父は娘の勉強を隅から隅まで見てくれた。答えを言うのではなく、彼女が分からない所や躓いた所を非常に分かりやすく解説し、メリッサ自身に解かせてゆく。
 流石は長くの時を知的好奇心に捧げた悪魔である。歴史関係の悪魔には分からない所などはメリッサの教科書をパラパラと読んでは完璧に覚えてしまうほど。 更には芸術まで彼の知は及んでいるらしく、メリッサがリコーダーで吹く課題用の曲も付きっ切りで教え、図画工作の絵に関してもまるで手を抜かず面倒を見てくれた。

 そして日が沈んで夜が来て。

「お、終わったのだぁぁぁ〜〜〜 もう頭がはち切れそうなのだ……」
 やりきった宿題を前に、メリッサはパタリと机に突っ伏した。一週間分の授業を半日でやるという強行軍っぷりに、流石の彼女もヘロヘロである。 
 そんな娘に父は優しい笑みを浮かべ。
「よくやったな。流石は私の娘だ」
 少し慣れてきた手付きでメリッサの頭を優しく撫でた。
「これで残りは遊びつくせるぞ。明日は何をしようか?」
「! じゃあ――」
 パッと顔を上げたメリッサであったが、ここで空腹の虫が鳴いては顔を赤くしながら、
「とりあえずご飯なのだ!」


 ――色んな事をした。


 公園で遊んだり、魔法を教えて貰ったり、互いに話をしたり、テレビを観たり、お風呂に入ったり、一緒に料理をしたり、掃除したり、散歩をしたり……

 何気ない、けれど、充足した幸福な日々。

 そんな日々が四日続いた。四日目のその日、二人は『思い出の』ショッピングモールに赴いていた。
 父は些か金銭感覚がズレているらしく、メリッサがちょっと気になったものはなんでも「買おうか」と申し出てくる。しかも何故か大金を所持しているのだから、その甘やかしは尚更無尽蔵だ。
 そして最後に写真屋へ赴いた時には荷物だらけになっていた。だが二人は片や撃退士方や悪魔なのでこれぐらいの重量など全く問題がないという。
「前は撮りそびれてしまったからな」
 写真屋に入りつつそう言ったメリッサの格好は、あの時『姉』が選んで父が買ったもの。少女趣味を詰め込んだふわふわワンピースに可愛らしいニットポンチョである。
「写真、か」
 カメラマンが促すまま、カメラの前。メリッサの肩に手を乗せた父が呟く。

 はい笑って!

 そんな声と、フラッシュとシャッター音と。
 それは『父と娘』の姿を永遠に焼き付ける。
 記録された写真の中、二人の親子は――微笑んでいた。幸せそうに。

「今日もとっても楽しかったのだ!」
「メリッサが楽しかったのならば何よりだ」
「おとーさんは?」
「私も、楽しかったよ」
「うむ、何よりだ!」
「夕飯は何を食べる? ここのレストランで食べて行くか」
「うーん……我はおとーさんと作るご飯が食べたいのだ」
「分かった。なら、材料を買って早く帰ろう、お腹が空いただろう」
「うん! 一緒におうちに帰るのだ!」


 夕食はハンバーグとコーンスープとサラダを一緒に作った。
 今日のご飯もとても美味しかった。父と食べる食事は格別だと、メリッサは洗いものを終えた後、父に抱きつく。すると抱き返される腕、頭を撫でる手。
「今日は、一緒のお布団で寝たいのだ」
「分かった」

 全てが温かくて――幸せだった。

「メリッサ」
 電気を消した寝室、同じベッドに寝そべる娘の頬を父が撫でる。
「色んな事があったな」
「うん」
「楽しかった。これが幸福なのだろう。感謝する」
「こちらこそなのだ!」
「お前に会えて……本当に良かった」
「我も、おとーさんがおとーさんになってくれて嬉しいのだ」
「……メリッサ、約束して欲しい。私が逝っても泣くな」
「――、……分かった。約束なのだ!」
「ありがとう、メリッサ」
 父は娘をぎゅっと抱き締めた。
「私はただただ、お前が幸福であればいいと思っている。……そうか。これが、子を持つ父の感情、家族の絆なのだな」
「うむ。我等は家族なのだ。絆で結ばれた本当の家族なのだ」
「……愛している、私の可愛い娘」
「我もおとーさんが大好きなのだ!」
 メリッサも、ぎゅっとぎゅっと抱き締め返した。
 少女の夜目に慣れた目に映ったのは、幸せそうな父の顔。
「さぁ、もうお眠り。……明日は、何をしようか……」
 眠気にまどろむ父の声。
 明日は何をしようか――メリッサもそれを考えつつ、意識を睡魔に手放した。


 五日目の朝。


 初日の様にメリッサは早く起きた。
 そして、感じた違和感。

 ――冷たい。

 自分を抱き締めたまま。
 最後に見た微笑のまま。

 父は。
 もう。

 その息を、永遠に止めていた。

「おとーさ、……」
 嘘だ。
 目を見開いたメリッサは起き上がり、父をその手で揺さぶろうとした。
 だが、その瞬間。
 さらり、と。
 父の身体は灰になり、瞬く間に溶ける様に消えてしまって。
「あ、あ……」
 零れ落ちる、指の隙間。
 そこにはもう何も無い。
「おとーさん……」
 呟いた少女の声だけが響く。
 メリッサはシーツを強く握りしめた。

「……泣かないのだ。おとーさん、我は泣かないのだ!」

 娘は父との約束を守った。
 拳を固めて胸を張り、真っ直ぐ父を見送った。

「ありがとう、おとーさん――大好きなのだ」












「我はメリッサ。家族は人間の母親、天使の父親、孤児院の姉<シスター>、きょうだい達<仲間達>、それから……悪魔のおとーさん」



『了』



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>登場人物一覧
メリッサ・アンゲルス(ja1412)
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エリュシオン
2015年05月21日

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