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『一条常盤の誕生日 』
一条常盤ja8160

 ――この日。
 一条常盤は一大決心を胸に秘めていた。


「楓先生。ひと思いに、ぶすっと貫いてください!」
 南の方から順番に梅雨入りの報が聞こえてくる頃。久遠ヶ原学園にて教鞭を執る常盤 楓は生徒に詰め寄られていた。
 さぁ! と、真摯な瞳で見つめられて、一歩踏み出されては一歩下がる。


「――話はわかりました」
 学園内のカフェ。オープンテラスの一角を陣取って、真剣な顔を付き合わせていた二人は、店員がアフタヌーンティーセットを運んできたところでひと息吐いた。
 微かな音を立ててテーブルに載せられた三段トレイには、サンドイッチにマフィン。マカロン、ショートケーキが私を食べてとのっかっている。
「高等部の頃は、学園では禁止されていないとはいえ、世間的には高校生は校則で禁止されていると思いますし」
 皿の上にひと揃い取り分けて常盤の前に置き、ティーカップに紅茶を注いでいる楓の所作を眺めつつ話を続けた。
「風紀委員として、身なりはきちんとしたいので……自分の中ではNGでした」
「ふふ、一条さんらしいですね」
 互いのカップが紅い茶で満たされ柔らかな香りが立ち昇ると、そういって楓は頬を緩める。
「大学部にも慣れましたし、今ならきっとピアスも違和感ないのではと――風紀的に大丈夫……ですよね?」
「ええ、それは問題ないでしょう」
 楓が頷いたことに胸をなで下ろし、常盤は好きなマカロンへと手を伸ばし一口。
「やっぱり、左右に一つずつが良いでしょうか? いざ、開けようとすると」
 まずは痛みを想像したのか、顔をしかめた常盤に微笑む。
「自分では断念してしまいました」
「それで、私のところへ?」
「はい、友達に頼むとノリで耳に数十個穴が開きそうですし、ポッチーは犬ですし、保険の先生は半裸ですし……」
「……半裸ですねぇ……」
 とりあえず、二人で同じ人物を思い浮かべ静かに紅茶を啜った。
「ですから! 楓先生しか頼める人がいないんです。一番信頼できる楓先生に道を切り開いてほしいと!」
 ばんっ☆と机を弾き身を乗り出す勢いでそう告げた常盤に楓はゆるりと微笑む。
 もう一つどうぞと、常盤の皿に桜色の愛らしいマカロンを載せる。
 生徒から受ける信頼は純粋に嬉しいものだ。それにしても――
「どうして今日だったのですか?」
「それはあれです」
 さっくりとした表面に噛みついて、口の中に広がる花のような香りを暫し堪能。ごくんと飲み下してから
「19歳になるんです。だから、10代最後の冒け」
「誕生日ですか?」
 常盤が最後まで言い終わるまでに、楓が被せてきた。ほんの少しあわてたような声色に、珍しいなと瞳を瞬かせる。それに気がついた楓は「すみません」と前おいて
「今日……6月9日、そうだったのですか」
 得心がいったとばかりに深く首肯した楓は「でましょう」と席を立った。


 梅雨の晴れ間。分厚い雲から覗く青空。今日はこれから晴れるのだろうか。それとも、泣き出してしまうのだろうか――。
 常盤はベンチの背にもたれ掛かり振り仰いだ巨木の枝葉の間から伺える空を見つめた。
 折角、覚悟を決めたというのに……楓は急な呼び出しに席を外してしまった。仕方なく日を改めても構わないといったのだが、すぐに戻るからと只今待ちぼうけ中だ。
「――雨が降りそうで……っふひゃ!!」
 独り言さえ最後まで言えなかった。
 常盤は突然首筋に走った痛みにも似た感覚に、ベンチから落ちる勢いで肩を跳ね上げる。首筋を押さえて、思い切りよく振り返れば、戻ってきた楓がさも愉快そうにくすくすと肩を揺らしていた。
「せんせー」
「すみません。あまりに無防備だったので」
 恨みがましいじと目で楓を見た常盤に、謝罪するが悪びれる風は感じられない。手には冷え固まった保冷剤が握られていた。冷たさと痛さの感覚は似ている。楓はそのまま座位を正した常盤の隣に腰掛けた。
「用事は大丈夫でしたか?」
「ええ、もう問題ありません」
 膝の上で保冷剤をハンカチに包みながら頷いた楓の手元を、じっと見つめる。
「感覚が麻痺するくらい冷やすと痛みが少ないそうですよ?」
 本当かどうかはわかりませんが……。そう続けて楓は常盤の方へ膝を寄せ、包み終わったハンカチを常盤の耳元へと添える。その手元とハンカチからいつも楓の香水が香る。
(これは、近いっ)
 今更ながらその距離に焦り
「いよいよですね!」
 思わず声を張り上げた。耳はひんやり冷たく冷えてくるがじわじわと顔が、身体が熱い。
「そうですね。そろそろでしょうか?」
 保冷剤を握っていた所為で楓の指先もかなり冷えきっていたが、その指がそっと耳たぶに触れる。
 思わず身体がこわばってしまった常盤に、楓は瞳を細める。
「やめましょうか? 私も開けていないので何ともいえませんが、痛みよりも……耳元です。とても大きな音がするそうですよ?」
 言って楓は僅かに眉を寄せた。
「う、うぅー……」
 その表情に常盤の覚悟が揺らぐ。覚悟は決めていても、やはり怖い。というか、そうだ。痛い。痛くないはずがない。
「では、とりあえずやりましょう」
 はぃ? 突っ込み損ねた。保冷剤を脇に置き、常盤が握りしめてしまっていたピアッサーを抜き取る。
 今先生、止めさそうとしませんでしたか? 常盤の焦りをよそに、どこか楽しげだ。一瞬見せた、先ほどの表情はなんだったのか……。
 手早く消毒を済ませ……ファーストピアスの針先が耳たぶに掠る。
「行きますね?」
「は、はぃ」
 ごくり☆唾を飲み込む音さえも自分の中で大きく響いた。
(怖い怖い怖い! 痛い痛い痛いっ!!)
 恐怖のカウントダウン。
「3、2、1……」
 すぅっと楓が息を吸ったのが分かる。
「ばちんっ!!」
「い、ぎゃふんっ☆」
 どんっ☆反射的に抱きついた。ぎゅうっと腕に力を込め痛みから少しでも解放されようと、解放され……?
 ぽんぽんと大きな手が背中を軽く叩き優しくさする。
「あ、あれ? いた、く、なぃ?」
 見上げれば楓が微笑む。でも、確かに痛かったような? それに、耳に何か……。
 その疑問に到達させるために、楓は常盤の肩を掴み少し離れると常盤の手を取って、彼女自身の耳へと運んだ。
 冷たい耳たぶ。それと
「イヤークリップです」
 これは、もう片方の分。そう付け加えて微笑み、反応に困っていた常盤の手に握らせる。
「誕生日おめでとうございます。プレゼントです」
「いや、え、でも、貰うわけにはっ!」
「今、何かを変える必要はないのではないでしょうか?」
 わたわたと動揺した常盤を気にすることなく、楓は話を続けた。
「何も折角の誕生日に、そんなに泣きそうな顔をしなくても良いと思います。貴女の生まれた大切な記念日でしょう? この日は笑って過ごすべきですよ」
 確かに……蛙を潰したような悲鳴を上げる日ではない。
 常盤は手の中にあるバロック・パールがあしらわれたイヤークリップを見つめる。僅かにピンク身を帯びた真珠が綺麗だ。
 ころりと手のひらの上で転がすと、僅かな陽光できらりと光る。とても女性らしい繊細な輝き。それが果たして自分に似合うだろうか。
 おずおずと反対の耳へと運び……運んだところで止まってしまっていた常盤の手を取って
「こうやってつけるそうです」
 耳に挟み、左右同じ位置に滑り込ませる。
「似合いますかね?」
 曖昧な顔で笑った常盤の不安は
「ええ、とても」
 言って頷いた楓の笑顔が払拭してくれた。


【完】



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8160/一条常盤/大学部生徒】
【jz0106/常盤楓/外国語教師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっています。汐井サラサです。
 この度はご発注ありがとうございます。どこにいてもジスウ=セイゲーンさんは強敵ですね。今回も戦いました。
 最終的には丸め込まれた感が否めずすみません。先生にはっ、先生には、娘さんに傷をつけることなんて出来ません。
 少しでも楽しんでもらえれば幸いです^^
 文字数の関係上入らなかったので……改めまして。お誕生日おめでとうございます☆
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月10日

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