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『潮騒の夢 』
アンジェラ・アップルトンja9940)&ヘルマン・S・ウォルターjb5517

 6月はジューンブライドの季節。
 女神ユーノーの加護を受け、幸せな家庭が築けるという。
 これはどこかの――もう一つの未来。

 海沿いに建てられた、小さな教会。
 白塗りの壁を見上げながら、アンジェラ・アップルトンは蒼玉のような瞳を細めた。
「――晴れたな」
 ほのかに香る潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。ハーフアップにした金髪が、降り注ぐ陽差しできらきらと輝いた。
「ええ、楓殿の門出を祝うのに、申し分のない天気ですな」
 そう言って微笑を浮かべるのは、ヘルマン・S・ウォルター。今日はいつもの執事服とは違い、上品なスーツを召している。
「そのドレスよくお似合いですぞ、お嬢様」
「え? そ、そうかありがとう」
 ヘルマンは孫を見るようなまなざしを、アンジェラに向けている。彼女が身につけているのは、深緋色のパーティドレス。生真面目な性格らしく、露出の抑えた落ち着いたデザインのものだ。
「普段着慣れないから、気恥ずかしいな」
 幼い頃はドレスを着る機会も多かったのだが、撃退士になってからはもっぱらパンツルックばかり。どことなく所在なさげなアンジェラにヘルマンが思わず微笑んだ時、祝福の鐘が鳴り響いた。

 教会の扉が開き、今日の主役が現れる。
 白のタキシードに身を包んだ八塚 楓が、若干緊張した面持ちで皆の祝福を受けている。その傍らには、先ほど誓いの言葉を交わしたばかりの、花嫁の姿。
 沸き上がる拍手の中、白い鳩が蒼穹へと羽ばたいた。歩き出した二人に、参列者からフラワーシャワーが贈られる。
「楓、おめでとう!」
 花びらをめいっぱい浴びせながら、アンジェラは祝福の言葉を述べる。ヘルマンはいつもの穏やかな笑みで、噛みしめるように。
「楓殿、おめでとうございます」
「ああ、二人ともありがとう」
 赤やピンクの花びらを黒髪に乗せたまま、楓はやわらかく微笑した。その表情はこれ以上無いほどに幸せそうで。
 アンジェラ達の隣では、檀や梓が同じようにフラワーシャワーを浴びせている。
「おめでとう、楓」
「ありがとう、兄さん」
 弟の門出を祝う檀は、心底嬉しそうな色をその瞳に映している。傍らの梓も笑いながら。
「私より先に結婚しちゃうなんてね」
「お前らの式だってもうすぐだろ」
「えへへ、まあね」
 檀に寄り添う梓の左手薬指には、婚約指輪が光っている。
 初夏の空に、溢れる笑顔。
 祝福に満ちた世界で、人々は女神の加護に感謝の祈りをささげる。
 この幸せがどうか、続きますように――と。



 宵の刻。
 式を終えた一行は、ちょっとお洒落なカフェバーで二次会を行っていた。
 美酒や食事を楽しみつつ、たわいのない話に花を咲かせる。
 カスタードたっぷりのフルーツタルトを至福の表情で味わいながら、アンジェラは隣同士で座る双子を見てしみじみと。
「こうしてみると、本当に二人は見分けがつかないな」
 顔も声も。髪の色も瞳の色も。
 何もかもが同じで、何度も会っているアンジェラでさえ時折間違えそうになる。聞いた楓は笑いつつ。
「そう言えば兄さんと見分けをつけるために、髪を染めたこともあったな」
 あの頃は兄と間違えられるのが嫌で嫌でたまらなくて。能役者が髪を染めるとは何事かと、父親が激怒したものだ。
「ええ、そのようなこともございましたな」
 紅茶にブランデーを注いでいたヘルマンが、懐かしむようにうなずく。梓もそうそう、と言ってから。
「そんなこともあったね。全然似合ってなかったけど」
「それは言うな」
「おや、私はあのちょっと擦れた楓殿も悪くなかったと思いますぞ」
「それも言うな」
 好々爺顔のヘルマンに、楓は目元に苦笑を漂わせる。兄へのコンプレックスから、当時の楓はしょっちゅう問題行動を取っていた。そのたびにヘルマンやアンジェラ達が励まし、支えてきたのだ。
 その時、隣で檀が「実は……」と切り出した。
「私も昔、染めたことがあるんだ」
「えっ、檀が? いつ?」
 驚く一同に、檀は困ったように微笑しつつ。
「楓が染める一年くらい前だったかな。すぐ元に戻したんだけどね」
「なんでまたそんなことを……」
「それがその……ちょっとやってみたかったんだ。でも髪なんて染めたことがなかったから、加減が分からなくて。気が付いたら白銀色になっていたんだよ」
 あまりの変わりように慌てた檀は、その場で黒く染め直したのだという。
「檀らしいというか……」
 苦笑するアンジェラに、梓もうんうんと頷きながら。
「銀髪の檀とか想像できないよね。でもちょっと見てみたかったかも」
「案外似合ってたかもな」
 そう言って笑ってから、楓はふと思い出したようにヘルマン達を見やる。
「俺が髪を染める一年前と言えば……お前達に会ったのも、その頃だったな」
「ええ、そうでしたな」
 彼らが出会ったのは、もう七年も前のこと。天魔の襲撃に遭った楓達を助けたのがきっかけだった。
「あの時は正直もう駄目かと思った」
 目前に迫る死の予感に、動く事すら出来ずに。なんとか梓と檀だけでも逃がそうとしたところへ、撃退士が現れたのだ。
「通報が間に合ってよかったよね」
 おっとりと微笑む檀にうなずきつつ。
「あの頃のアンジェラは、まだこんなんだったよな」
 記憶を辿るように、楓は自分の胸あたりを掌で示す。今ではすっかり大人の女性となっているアンジェラだが、当時はまだ成長期に入っておらず、今よりずっと身長が低かったのだ。
「今だから言えるが……あんな小さな子が天魔と戦うのを見て、俺はちょっと感動してた」
「えっ……そうなのか?」
「同時に自分が情けなく思ったけどな」
 最愛の存在さえ自分の手で護れない。そう、思い知った日でもあったから。
「楓殿には楓殿にしかできないことがございましょう」
 ヘルマンの言葉に、楓はしみじみとグラスを傾ける。
「ああ。お前達のおかげで、そのことにも気づけたと思ってるよ」
 兄との確執。
 家との確執。
 すべてを乗り越えられたのは、側で支えてくれる存在があったから。
「……俺は別に家元にならなくていい。このまま能の世界で、生きていければそれでいいんだ」
 常に兄と比べられる苦痛から、一時は止めてしまおうかとさえ思った。でもいつしか家や兄は関係無く、練習に打ち込んでいる自分がいたのも事実で。
 その時、ようやく気づいたのだ。自分は本当に能が好きなのだと。
「だから兄さんとも切磋琢磨しながら、俺は自分だけの舞いを追求していきたい。……ま、まだまだそんな偉そうなこと言える腕前じゃないけどな」
「わ、私は楓の舞いが好きだぞ」
 照れつつも本心を伝えるアンジェラに、楓は嬉しそうに。
「ああ。二人ともいつも観に来てもらって悪いな」
「お嬢様と楓殿の舞台を観に行くのが、私の楽しみでありますゆえ」
 楓の話に耳を傾けながら、ヘルマンは内心で歓びを噛みしめていた。
 目前で微笑む楓は、出会った頃と比べとても強くなった。その成長を傍らで見守ってきた彼にとって、こうやって夢を語る彼を見るのはこの上なく嬉しいことで。
 実際、ここ最近は楓の才能を周囲も認め、新進気鋭の能役者として檀と共に注目を浴びて始めている。
 舞い込む公演依頼も増えており、双子のファンクラブまでできたという噂だ。(ちなみにヘルマンが会員第一号なのは公然の秘密である)

「そう言えば楓、子供は男の子と女の子どちらがいいんだ?」
 アンジェラの問いに、楓は考える表情になる。
「そうだな……俺は別にどちらでもいいが」
 言いながら兄の方をちらりと見やると、どこか気恥ずかしげに目を細めた。
「また、双子でもいいかもな」
「楓……」
 嬉しいことも悲しいことも、本当に色々なことがあった。
 けれど兄はいつだって特別で、切っても切り離せない魂の片割れで。それほどの存在は、望んで手に入れられるものでもないと思うから。
「アンジェラも双子だからわかるだろう?」
 その問いに、アンジェラは心から同意を示してみせる。
「ただ、子供には自由に生きて欲しい」
 たくさんの世界を見て、たくさんの人と出会って、自分だけの道を選んでほしいと願う。
「きっと楓殿のお子様であれば、己の道を選び取ってゆけましょう」
 確信めいたヘルマンの言い方に、楓は照れたように頷いた後。手にしたグラスに視線を落としてから切り出す。
「――なあ、ヘルマン」
「なんでございましょう?」
「あの時もし、お前達が間に合わなかったら……俺はどうなっていたんだろうな」
 硝子を伝う水滴を目で追いつつ、呟くように続ける。
「三人とも大怪我を負って、もしかしたら誰か死んで……そんなことを考えていたら、時々恐ろしくなる」
 醜悪な闇が、いつもすぐそこにあるような。
 人生なんて、ほんの一歩踏み外すだけで簡単に奈落へと落ちる。なぜかそのことを、自分は知っているような気がするのだ。
「心配はいりませんぞ、楓殿」
 ヘルマンが告げる声音は、いつものように深い響きを持っている。
「あの時もし間に合わず、貴方の魂が絶望に捕らわれたとしても――私は貴方を見つけ、必ず手を差しのべますので」
「ヘルマン……」
 こちらを向いた瞳へ向け、迷いのない表情で告げる。
「私の願いは、貴方の幸せ。いつどこで出会っても、それは変わりませんぞ」
 貴方の幸せだけが、私のすべてなのですから。

 その時、午前0時を告げる鐘が鳴り響いた。
 ゆっくりとそれでいて荘厳な鐘の音は、彼らに”時の終わり”を告げてゆく。辺りが白い霞につつまれる中、アンジェラは唐突に理解した。

 ――もうすぐ、自分たちは帰らなければならない。

「……お嬢様、時間のようですな」
 そう促すヘルマンの瞳には、切なげな色が映っている。
「そんな……」
 思わずかぶりを振る。
「待って。もう少し……もう少しだけ」
 この世界をつなぎ止めてほしい。目前の楓は、今もこうしてやわらかな笑顔を浮かべているのに。
 けれどもう時間がないことは、自分が一番よくわかっている。次第に景色が消えてゆく中、アンジェラは抑えきれず問いかけた。
「楓、聞かせてください……!」
「何だ?」
「貴方は……貴方は今、幸せですか?」
 それを聞いた楓はやや驚いたように瞬きした後。
 はにかむように口元をほころばせながら、うなずいてみせた。

「ああ、幸せだ」




 目覚めると、ゆらゆらと揺れ動く木漏れ日が視界に入ってきた。
「……夢」
 アンジェラは身体を起こすと、辺りを見渡す。どうやら木陰でついうたた寝をしていたようだ。
 ふと頬に風を感じ、触れてみる。
 濡れた感触に自分が泣いているのだと気づき、わずかに動揺する。その時、隣でヘルマンが目を覚ました。
「爺様……」
 見れば彼の目元にも涙がにじんでいるのがわかる。
「……夢を見ていたようですな」
「ええ……私もです」
 内容ははっきりとは覚えていない。けれど、とても温かくて幸せで――切ない夢。
「楓……」
 先日見送ったばかりの、大切な存在を想う。
 ただ、ただ、その幸福を願った。
 最期に見せた笑顔は、夢で見たものと同じだっただろうか。

 二人の頭上を、白い鳩が飛びさってゆく。遠くで潮騒が、何かを運ぶように耳元を撫でる。
 寄せては返す波の音に、めぐる命を感じつつ。

 ――いつか。

 輪廻の先で貴方と出会えたら、またその笑顔を見たいと願う。
 そしてもう一度、聞かせてほしい。

 幸せですか――と。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/ノベル内年齢/もしもの世界で】

【ja9940/アンジェラ・アップルトン/女/20才/撃退士】
【jb5517/ヘルマン・S・ウォルター/男/78才/撃退士】

 参加NPC

【jz0229/八塚 楓/男/27才/能役者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、この度は発注ありがとうございました。
もしもの未来、私なりに解釈して書かせていただきました。
ご希望に沿っていればよいのですが……!
楽しんでいただければ幸いです。
水の月ノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年07月27日

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