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『百鬼夜行、祭りを闊歩す 』
末摘 篝jb9951)&百目鬼 揺籠jb8361)&鳥居ヶ島 壇十郎jb8830)&徳重 八雲jb9580)&倭文 右近jb9836)&狗神 中jc0197

 薄暗くなり始めた頃、末摘 篝が夜風を通そうと、廊下の窓を開けていた。
 ほんの少しの蒸し暑さを残しつつも、夏の終わりを感じさせる気持ちの良い風が篝の頬を撫でていく。
 窓の桟に手をかけ、大きくて丸い目を細める篝――その目が、遠くに見える灯りを発見した。木々の隙間から漏れるその光はあまり強くもないが、ぼんやりとした温かみに溢れ、結構な範囲に広がっている。
 いつもは見られない灯になんだろうかと小首をかしげる篝は、朝から出ていったこの旅館【静御前】の稼ぎ手、百目鬼 揺籠の言葉を思い出した。
 ちょいと、お祭りで出す焼きそばの仕込みに行ってきます――
「おまつり……おまつり、なの!」
 金に近い茶の瞳を輝かせると、着物の裾を持ち上げ、大広間へ真っ直ぐに駆けていった。
 静かな大広間では座布団の上で背筋をぴんと伸ばし、閉じた扇子で将棋の駒を動かしている徳重 八雲がいるばかりであった。篝が勢いよくやって来ても、ゆったりと顔を向け、扇子を自分の手にパシリと打ちつける。
「おや、どうしました篝さん」
「おまつりなの!」
 どうしたという問いにその回答では不十分ではあるが、だがそれだけで八雲は十分に理解した。
「そういえば、目の奴が言ってましたっけねェ。窓を開けてる際に、灯りでも見えてしまいましたか……それで篝さん、行ってみてぇって話しかい。
 けれども篝さんじゃぁね、溢れかえる人、音、匂いに翻弄され、流されるだけってもんですよ」
「いっしょにいって! なの!」
 軽く握った両拳を上下に振る篝へ、八雲は目尻の皺を深めると両手を床に着け「仕方ないねェ」と腰を上げた。言葉のわりにその目尻の皺は深くなったままである。
「それなら、余所行き用に着替えるとしますかねェ。篝さんもせっかくのお祭り、浴衣にしたらどうだい」
 八雲の提案を聞いたからなのか、それともそのつもりだったのか、やってきた時と同様に篝はバタバタと廊下を駆けていく。途端に先ほどよりも静まり返った大広間で、八雲は将棋盤を手で持ち上げ、空いた手に座布団をぶら下げると、自分の部屋へと戻っていった。
 少しの寂しさが広がる大披露目にふらりと、鳥居ヶ島 壇十郎が姿を現す。
 誰もいない大広間に、煙管の刻み煙草がジジッと焼ける音と、遠くから聞こえる愉快そうな喧騒だけが広がる。やがて吸い口から口を離すと、煙とともに言葉を吐いた。
「何じゃい何じゃい、誰もおらんとは珍しいこともあるもんじゃのぅ」
 その直後、ドタドタと響く廊下の足音に壇十郎は廊下を覗き込み、まだ距離もあり薄暗い中を走る相手の顔が見えはしないが、それでも誰なのか身長やらその落ち着きなさから容易くわかる。
「篝、廊下は走るもんじゃのぅて、言うとろう」
「檀ちゃん、なの! 檀ちゃんもおまつり、いくの!」
「祭り? そういえばさっきのボウズ達が、お祭りに行くべきかなんて訊いとったな」
 ある遊びに興じていた少年達の所に姿も見せず出向き、10円玉をYesに導いて何度もそこを丸く囲ませ「そとにでろ」とまで伝えた時に見せた怯えた表情に、壇十郎はにんまりと笑った。
 壇十郎の前まで来た篝が、届きはしない頭を手で叩くような仕草を見せる。
「いたずらは、め!」
「数少ない爺の生きがい、見逃してもらえんか」
「め!」
 譲らない篝におどけるように肩をすくめ、「浴衣、似合っとるのぅ」と一言褒めるだけで篝はこれまでの憤りもどこへやら、両手を挙げて喜んだ。
 ややピンクのかかった甘めの紫色をした地色に、鹿の子絞りで表現した大柄な淡い緑色をした枇杷の葉柄が散りばめられていて、ほんのりと優しい印象を受ける浴衣。
 白色の帯が浴衣を目立たせ、花柄ではないため可愛すぎない浴衣は主張しすぎる事無く、着ている者の可愛さを引き立てていた。
「ありがとうなの!」
(綺麗よりも可愛いというあたり、篝らしいの)
「おまえさん、帰ってたのかい。そのままぶらりと、どこかにいなくなってりゃいいもんを」
 篝とは反対の方向から聞こえてきた声の主が誰なのか、壇十郎は顔を向けるまでもなかった。
「そう言われると、意地でも帰ってくるしかないのぅ。どこぞの腐れ縁の爺がいなくなる分には、儂は一向に構わないんじゃが」
「可愛い孫を置いていなくなるわけがあるまい……老い耄れのくせに、帰り道を忘れないたぁね、ふてぇもんよ」
「老い耄れはお互いさまじゃろ?」
 2人の掛け合いに、篝は「なかよしさんなの」と呟くが、八雲と壇十郎はやんわりと仲良くない事を篝に言葉で伝えようとするのだが、篝は首を傾げるばかりで2人が何を言いたいのか全く理解していなかった。
「それよりも! 檀ちゃんもいっしょに、おまつりなの」
「ええのぅ。揺籠も行っとるようだし、儂も行くとするか」
 だが鼻の下が少し伸びるあたり、目的が少し違うようにも見える――が、篝にはそんな事はわからないし、わかる八雲はわざわざ口に出さない。かわりに出るのは「あんだい、おまいさんも随分と暇だねぇ」という、憎まれ口くらいだ。
 だが篝はただ純粋に両手を挙げて喜び、2人の手を握る。
「いっしょ、なの!」




 大きな神社へ続く道の両脇に、向かい合って屋台が所狭しと並んでいる、屋台通り。人の流れは速いが立ち止まる者も多く、全体的な流れとしては緩やかだった。
 そこを篝を挟んで肩を並べて歩く、八雲と壇十郎。とはいえ、すぐにはしゃぎ過ぎな篝が駆け出して、それを八雲が追いかけ、篝が立ち止って目に入れたものを頼まれるまでもなく、買い与える。すでに篝の両手は、色々な物でいっぱいである。
 買ってる間にゆっくり歩いている壇十郎が追い付き、結局肩を並べて歩くの繰り返しであった。
「買い与えすぎじゃないかい、爺さん。バチが当たっても知らんよ」
「折角のお祭りで何ケチ臭いこと言ってんだい、この腐れ畜生は。こんな時くらい可愛い可愛い篝さんの欲しいモン全部買っても、バチなんて当たりゃしませんて」
「当たる時は1人で当たってな。儂は巻き込まれとぉない」
「それならね、ついて来なくて結構。今この場では、おまえさんが余計に違いねェ……ああ、篝さんそいつが欲しいかぃ?」
 言葉によるせめぎ合いは続くのだがが、篝のおかげでそれは途切れ途切れとなる。
 肩をすくめる壇十郎が「言っても聞かん奴じゃの」と呆れていた――が、それも一瞬だけ。浴衣美人が横を通り過ぎただけで、そんな事はそっちのけである。
(ええのぅ、浴衣美人。こう、帯を緩めてうなじから手をするりと……)
「ろくな事考えてないって、面に書いてありますさ、爺ちゃん」
「これも爺の生きがい――何じゃ、揺籠。そこにおったのかい」
 壇十郎が顔を向けた先は、屋台の向こう側。鉄板の上で野菜と肉、それと麺をコテで混ぜ合わせている揺籠がいた。ゆっくりと壇十郎が向かえば、気が付いた篝が飛んできて屋台の前に張りついて揺籠を見上げた。
「鬼ちゃんなの!」
「おや、篝サンもご一緒ですかい。するてぇと、鴆サンも……」
「よくやってるようだねェ、目」
 鉄板に近かった篝の肩を引き寄せ、篝に見せる優しい目とも、壇十郎に見せる嫌悪の眼差しとも違う目で、八雲は揺籠を見据える。まるで吟味するかのような視線だが、揺籠は動じる事無く焼きそばの仕上げにかかる。
「それでみなさん、今夜はどうしたんです」
「かがり、おまつりにきたの!」
「ああ、妖だって祭にゃ混じりたいですよねぇ。そろそろ交代の頃ですし、荷物持ちくれぇは手伝いますぜ」
 2つのコテで器用に焼きそばを挟んで、パックに詰める。肉や野菜のバランスを整え、紅ショウガを角に乗せてふたをしてゴムで留める。かなり板についた動きである。
 八雲が満足げに頷く。
「どんなことにもしっかりと、努力はしてるねェ」
「儂にもできそうじゃのぅ」
 壇十郎の何の気もない呟きに「爺さんには無理でさぁ」「おまえさんじゃ、食えるもんも食えなくなるよ」と、2人からのダメ出しを受け、よよよと壇十郎はしゃがみこんでしまう。
「どうせ爺は何やっても下手じゃもんな……」
 そんな壇十郎の頭を、篝は林檎飴やヨーヨーをぶら下げた手でよしよしと撫でる――とそこに、「あらあら」と新たな声が聞こえたのであった――




 祭りの主役と言える神社とはほぼ真逆の位置にある、だいぶ寂れた小さな神社から、ちょっと向こうの灯りを見下ろしている倭文 右近。その目は涼しげながらも、祭りの灯りが目に灯っている。
 言葉にしなくともその目だけで、狗神 中は十分に右近の高ぶる心を感じ取っていた。
「あらあら、お祭りに行きたいのですか?」
「い、いえ主様、けっしてそのようなつもりは……」
「素敵だわ、右近ちゃんが人のお祭りに興味を抱くだなんて。ぜひに行ってみましょう?」
 柔和な笑みで小首を傾げ、全てを見透かす目を向けられた右近だが、それでも「ですが……」と今一つ、煮え切らない。
 ほんの少し思案してみせる中だが、ポンと手を打った。
「それなら――此方が行ってみたいから、右近ちゃん。ついて来てくれる?」
 そんな見え透いた舟を出すのだが、右近は「主様がそうおっしゃるのなら」と、乗ってきた。涼しい顔だが隠した尻尾を振っているようにしか見えない右近に、中はたまらない愛おしさを感じずにはいられなかった。
 2人して石段を降りて祭りのメインとも呼べる屋台通りが始まる所に着くなり、右近は黒いバナナに目を丸くさせる。
「主様っ、主様! 見てくだされ……! バナナが面妖なほど真っ黒です!」
「本当ね。皆が口に運ぶからには食べられるようだけれども……旦那様、ひとつ下さいな」
 小銭と引き換えに受け取る中は、「お食べなさい」と黒いバナナを右近に持たせた。
 すると右近はまず鼻を近づけヒクヒクさせると、見つけた時以上に目を丸くさせて、中へと向ける。
「主様、とても甘い匂いがいたします! これは――これは、とても甘い甘味に違いありません! 毒らしきものは感じられませんので、まずは召し上がって下さいませ!」
 感激している右近を微笑ましく見ていた中が突きだされ、それの先をほんのひとかじり――バナナのほのかな甘みと、わずかな苦みの混ざった強烈な甘みに、思わず「美味しいわ」と漏らしていた。
 中の感想に、右近は待ちきれないというように勢いよくかじりつく。
 パリッとした一瞬の抵抗、そして思いもよらぬ柔らかさに歯がぶつかり合ったが、そんな事よりも口に広がる未知なる甘みに、右近は完全に静止した。
 そして、落涙。
「……美味い。甘い。美味い。甘い――」
 もう一口進めば、零れ落ちる涙がさらに溢れ出てくる。
「このような物が、この世にあろうとは……あちらはなんでしょう」
 右近が涙をぬぐい、クレープを指させば、中は悩む事無く「ひとつ下さいな」と、右近が興味示した物をとにかく買い与えていると、どこかで「買い与えすぎじゃないかい」と覚えのある声が聞こえた気もした。
(残り少ない人生、これくらいのことはしてやりたいものよねぇ)
 先が見え始め、ずっとは続かないこの瞬間に中はわずかながらも悲しげに目を細める。
 だが細めた目は、通りに知った顔を見つけた途端、いつもの柔和な笑みへと変わっていた。
「あらあら、八雲さんに篝ちゃん。それと座っているのは壇十郎さんね――まだくたばってなかったの」
 コロコロと笑う中を見るなり、露骨に眉根を寄せる八雲だが、篝が嬉しそうに駆け寄ってしまっては悪態もつけない。
「右ちゃん、中ちゃんなの! もふもふ、なの!」
「貝児殿、すみませぬ。さすがにこの場では辛抱してくだされ」
 恭しく頭を下げる右近だが、篝は納得しないという顔をしてみせるが、しかしそれも中に頭をなでられるなり、解きほぐれていく。
 交代して屋台から出てきた揺籠が、再び買ってもらった右近の手にあるチョコバナナに目を向け、眉間に皺を寄せてしまった。
(チョコって……妖ですから、平気なんでしょうけれどねぇ)
 言うつもりはないがうっかり口を滑らせてしまいそうだと、口を塞ぐために煙管を取り出そうと袖をごそごそとしているが、立ち上がった壇十郎ですらも煙管を咥えておらず、手に持っているだけだ。
(そういえば、人ごみで咥えるわけにもいきやせんね)
 諦めると手を止め、やれやれと歩き始めると篝と右近に近づき、2人の手をほとんど支配している物を掴む。
「楽しむのに手が塞がってちゃ、煩わしいでしょうさ。右に篝サン、左に右近サンと分けて持っててあげますから、欲しい時に言ってくださいね」
「申し訳ございません、百目鬼殿。感謝いたします」
「ありがとーなの、鬼ちゃん!」
「鴆さんのも、俺が持ちますよ」
「ああ、ありがたいねぇ」
 八雲の手に持あった篝の荷物を受け取り、そして中へと向かい合った。
「若いから不要でしょうが、疲れたら言ってください。おんぶしてさしあげますぜ」
 その途端、壇十郎はむせたように咳き込むし、八雲は閉じた扇子を自分の口に当て、浮かびあがろうとしている笑みを消そうとしている。振り向いた揺籠は2人がなぜそんな事になっているか、わからない。
 怪訝な眼をしたまま中に振り向き直ると、中も片眉を吊り上げ、口元を隠してはいるが「ほほほ」と笑っていた。
「なら、その時にお願いするとしましょうか、揺籠ちゃん」
 上機嫌の中が揺籠の横を通り抜け、八雲と壇十郎の間に入ると2人の背中を叩く。揺籠にはなぜかそれが、旧知の友人に対する態度のように見えたのだが、まさかと頭を振るのだった。
 それから6人で歩き出すのだが、物珍しがりな篝と右近がそろったことで「あれをみにいく、なの!」「あちらにも気にかかる物がございますよ、貝児殿」と、さらにうろちょろと見て回り、進行速度が遅くなる。
 そして2人が気になった物をどちらが買うかで、八雲と中は少しだけ揉めたようだが、交互に出すということで折合をつけ、荷物が増えていく揺籠は嫌な顔もしないが、壇十郎が浴衣美人の尻を追いかけそうになるたびに、その尻に蹴りを入れていたりと色々忙しくなってきた。
 迷子になりそうな篝の手をつなぐ役も、揺籠は申し出たが――八雲が譲らなかったので、それは八雲の仕事である。もっとも、すぐに手から逃れてしまうのだが。
「鬼ちゃん、これも――?」
 篝がクジで引いたよくわからないオモチャを揺籠に渡すために振り返ると、不思議そうに小首を傾げた。それを見た八雲が「どうか、しましたかい」と篝と同じように振り返ると、距離を置いてはいるが正面から見ると並んでいるように見える揺籠と壇十郎が、どちらも煙管を手にしてはいるが咥えておらず腕を組んだまま歩き、時折、同じものが気にかかって同じタイミングで首を向ける。
 揺籠の両手に荷物があれど、それはまるっきり――
「そっくり、なの」
「ほほ、その通りよな」
 中のこぼした笑い声と篝の視線に気づいた揺籠と壇十郎が「ん?」と、2人そろって顔を向けるその仕草に、八雲は眉をぴくりと動かすも笑みを何とか作らず、「何もございませんよ」とシラを切る。
 雰囲気的に笑われていると分かっているが、何故なのか理由も分からず釈然としない2人だが、それ以上聞こうとはしない。聞けばそれはそれでロクなものではないだろうと、何となく感じ取ったからだ。
 そんな笑い話に参加せず、一心不乱にある店を見続ける右近。
 パンッという軽薄な発砲音と共に、コルクの弾が飛ぶ。
「的屋、とも違うのでございましょうか……」
「概ねその通りでさ。欲しい景品を狙って、後ろに落せたら貰えますぜ――こんな風にですよ」
 揺籠は右近へと説明しながらコルク弾を6発手に入れると、慣れた手つきで装填して、レバーを引く。そして裾を押さえながら身を乗り出し、大きな駄菓子の詰め合わせを狙い、ギリギリまで銃の先端を近づける。
 引き金を引けば乾いた発砲音と共に、駄菓子の詰め合わせが棚の後ろに転がり落ちた。
 駄菓子を受け取るとそれを右近に押し付け、新しいコルク弾を先端にキュッと押し込める。
「かたじけない、百目鬼殿」
「なぁに、射的が得意なだけでさ。篝サン、欲しいの言ってくだせぇ。何でも落としてあげますよ」
「かいがら、なの!」
 台に張りつく篝が指を向けるその先には、二枚貝を模したプラスチック製品。小さなスリットからして貯金箱と思わしきそれに、銃口をピタリと合わせる。
 発砲音――僅かに傾かせると、さらにもう1発。たったの2発で、それを落して手に入れた揺籠は篝へと手渡す。
「すごいの、ありがとーなの!」
「得意だって言ったでしょう? さて、あとは……」
 残りの3発を使い、線香花火と狙える程度の大きさの犬のヌイグルミを狙い、きっかりと手に入れた。そしてそのヌイグルミを中の前へと突き出す。
「小せぇ女の子が喜ぶもんなんて俺にゃあよくわかりませんが、こいつで勘弁してもらえますかねぇ」
 まだ気づかずに子ども扱いをしてくる揺籠に、中は嬉しそうな笑みを向けた。
「ほほほ。ありがとう、揺籠ちゃん――お礼に、此方が大きくなったら、揺籠ちゃんのお嫁さんになってあげるわ」
「うちの孫をたぶらかすのはやめてもらえんかのぅ、婆さんよ」
 さすがに黙っていられなかった壇十郎に、中の笑みは凍りつき、ひっそりと青筋を立てて笑顔のまま壇十郎を睨み付ける。
「婆と呼ぶのはやめてもらいましょうか、壇十郎さん。こんな可愛い婆さんがおりますか?」
「見た目はそうでも儂らと大差ない歳のくせして、なに言っとるか」
 まさしく歳相応の威圧感を壇十郎に向けるが、壇十郎は涼しい顔でそれを受け止める。受け止めきれないのは、話に理解が追い付かない揺籠の方であった。
「爺ちゃ……壇サン、何を――狗神サンが年上だなんて、冗談にも……」
「本当ですよ、目。中さんとは、おめえさんらが生まれるよりも前からの付き合いよ――目はたくさんあるのに、おめえさん、見る目がまだ甘いねェ」
「見てるのは2つだけですぜ……鴆サンが言うなら、嘘じゃねぇようでさ……」
 気づけなかった事へなのか、意外とショックを受けている揺籠。壇十郎も「儂の言葉は信じんでも、八雲の言葉は信じるんじゃな」と、こっそりショックを受けていた。
 中も少しは残念そうだが、こういう時の切り替えは早く、したたかさを感じさせる。ラムネを買い、それを揺籠に差し出した。
「いつもご苦労さまですよ」
「……ありがとうごぜぇやす」
「おお、そうじゃそうじゃ。祭りと言えばこれじゃろうよ、これ!」
 復活の壇十郎が屋台に消え、そして色とりどりのラムネを数本両手に抱えて戻ってくると、全員に回す。無論、すでに1本持っている揺籠にも。
「ほれ孫よ、昔から甘い物が好きだったじゃろ?」
「壇サン……」
 2本飲めと、と言いたかったが黙って受け取り、1本を片手でビー玉用栓抜きに人差し指と中指を添え、押し込む――という動作を壇十郎も今まさにしていた。
 ラムネを人差し指と中指で挟むようにして持つと、ぐっと一気に傾け、炭酸の弾ける透明な液体を飲み込んでいく。そして途中、角度が付きすぎてビー玉がラムネの口を塞いでしまう。このタイミングまでが、やはり2人とも全く同じであり、八雲や中に笑われていた。
 そしてようやく何がおかしいのか気付いた揺籠がラムネから口を離して苦笑するも、壇十郎は「何じゃい」とまるで気づいた様子がない。
「右ちゃん、だいじょうぶ、なの?」
 篝の心配する声に一同が向くと、鼻を押さえて少し蒼い顔の右近に気が付いた。
「大、丈夫です。少々、様々な臭いと人に酔っただけにすぎませぬ……ですが、しばしの休憩をさせて頂きたい……」
「そろそろ一気に人が増える時間ですもんねぇ。あそこが休めそうですぜ」
 揺籠が顎で指示した屋台の切れ間にある暗がりへ、右近がふらふらと向かう――その時。
 天上から、空気をつんざく盛大な轟音が降り注いだ。
「はっ!! こ、これは、もしや……!!」
 耳を押さえた右近が一層青ざめ、人の流れに逆らい逃げ出していった。
 空に咲く華を見上げた一同だったが、右近の遠ざかっていく背中に気付いた揺籠が追いかけ、そしてそれを皆がゆっくりと追いかけていくのであった――




「右のは花火ダメですかぃ」
 揺籠が右近を確保したのは屋台の始まる所よりもだいぶ離れた所で、歩く人もあまりいない、やや闇の深い暗がりだった。
 しゃがんで耳を塞ぐ右近の頭をなでながら、「大丈夫、怖くないのよ」と中が優しく宥めているのだが、その顔は少し寂しげに笑っていた。
「景品の線香花火ありますし、場所移動しますかねぇ」
「申し訳ございませぬ……」
 本当にすまなそうな顔をする右近――今でもまだ、空に上がる花火の音に身をすくませている最中、八雲に手を引かれていた篝が何かを発見して、手を振りほどくと駆け出した。
「おや、こんなところにこんな店があったかねェ」
 篝の向かった八雲が言うこんな店とは、風車の店であった。ずいぶんとそこだけ時代錯誤で、和紙でできた風車がカラカラと乾いた音を立てて回っている。
 これまで出番のなかった小さな巾着を取り出した篝は、狐の面を被った店主へ「むっつ、くださいなの!」と、大きな声で頼むと店主は無言で頷き、風車を6つ手に取って篝が差し出した500円玉と交換する。
(なんじゃ、値段も書いとらんが正解じゃったか? それともオマケしてもらったのかのぅ)
 首を傾げる壇十郎に、篝が「はいなの」と1つ、風車を渡す。そして八雲、中、揺籠、右近へも風車を渡して回る篝。
「えへへー、おそろいなのー」
「ほほ、ありがとうね。篝ちゃん――揺籠ちゃん、線香花火をするならこの先に静かな神社がありますから、そこでしましょう。さあさあ、早く早く」
 中が皆の背中を押して急かしてくる。まるでこの場に長居してはいけない、そんな風に揺籠には見えた。
 風車の店から遠ざかっていく揺籠の耳に、「妖も、楽しまないと」なんていう声が僅かに聞こえ後ろをちらりと見れば、もうそこに風車の店はない。
「どうかしたかい、おまえさん」
「……いや、何でもねぇでさ」
 妖だって祭にゃ混じりたいですよねぇ――それは自分が言った言葉だったと、揺籠は笑うのであった。




 中と右近がいたあの寂しげな神社が、今はほんのりと明るく、温かい。
「落ちてしまいました」
「右ちゃんのまけなの!」
 右近の線香花火がぽとりと火玉を落とし、それにはしゃぐ篝は自分のまでポトリと落としてしまって、涙ぐむ。すかさず揺籠が新しい物を渡して火を点ければ、たちまち笑顔が戻った。
「右ちゃん、たのしー?」
「はい……皆様の心遣いが嬉しゅうございまする」
 少し距離を置いた事で、空に散る花火の音はさほど気しなくなった右近が目尻を押さえた。
「大げさですねぇ」
 肩をすくめる揺籠が立ち上がり、そして煙管を口に咥えて刻み煙草に火を点ける。のんびりとした空気にゆったりとした煙を吐きだしていると、その背中に冷たい物が押し付けられた。
 驚いて顔を向ける揺籠の背後には、篝に向ける様な穏やかな笑みを湛えた八雲が立っていた。
「今日一日、ご苦労だったねェおまえさん。こいつはご褒美よ」
 そう言って渡されたのは――ラムネだった。
 少し離れたところで、煙管から煙をくゆらせる壇十郎。
 その横で中は篝や右近、それに揺籠へと優しい目を向けていたが、どことなくその目には寂しいものが含まれている。
「……中よう。おんし、あとどれくらいじゃ」
「さぁて、そこは聞かれてもさっぱりだわ――でも、もうそれほど長くはないんじゃないかしらね」
 煙管からジジッと焼ける音。
 吸い口から口を離した壇十郎は長く、ゆっくりと煙を吐き出した。
「……可愛い孫残して逝くのは忍びないもんじゃが、せいぜいめいっぱい、可愛がらんとのぅ。でもできれば、もっと長生きしてもらいたいもんじゃ」
「そうね……お互いに」
 目を閉じる中。
 後ろに響くは盛大な華の散る音。そして前にあるのは小さくなりゆく火玉が落ちていく様――だがそれでも、中は愛しい者達の声だけを、聞いていた。
 いつまでも、いつまでも聞けるようにと、願いながら――




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb9951 / 末摘 篝          / 女 / 12(313歳)      / その心はいつまでも優しく】
【jb8361 / 百目鬼 揺籠     / 男 / 25(700くらい)  / ラムネ愛はないでさ】
【jb8830 / 鳥居ヶ島 壇十郎 / 男 / 32(1000歳前後) / 別れをどれほど見たのか】
【jb9580 / 徳重 八雲       / 男 / 56(900後半?)  / 涼しい目は厳しく優しい】
【jb9836 / 倭文 右近       / 男 / 22(実年齢200程) / いつまでも愛される】
【jc0197 / 狗神 中          / 女 / 聞くものではないよ    / 忍び寄る別れよりも今を】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
まずはご発注、ありがとうございました。今回は人数も多く、口調の把握になかなか手まどう事もありましたが、いかがだったでしょうか? 楽しいだけでなく、少しだけしんみりとしてしまう。これはお祭りならでは、かもしれません。
またのご縁がありましたら、よろしくお願いします。
野生のパーティノベル -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年09月10日

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