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『誰も知らない今と昔 』
笹山平介aa0342)&賢木 守凪aa2548

 これは『約束』って読むんだよ──

●ゆめをみた
 賢木 守凪(aa2548)は、唐突に目が覚めた。
 時計を見ると、まだ夜明けまでには時間がある真夜中。
「……懐かしい夢だ」
 ふっと短く息を吐き出し、ベッドを抜け出す。
 窓の外には、『檻』とは違う景色。
 そう、ここは『檻』ではない。香港だ。
 香港での戦いは終わったが、まだすべきことは多く残っており、守凪もエージェントとしてすべきことがあってこの地にいる。今日は泊り掛けだ。父親は難色を示したが、H.O.P.E.の任務を家が拒否したとなれば組織としてのマイナスが大きいことは知っており、守凪は許可を出された。家に帰れば地獄であろうが、それでも一晩、『檻』の中で過ごさなくていいのは守凪にとってはこの上もなく素晴らしいことである。
 だからか、地獄へ向かう前の束の間を夢に見たのだろう。
(約束、か……)
 守凪は無意識の内にそこへ手を伸ばしていた。
 群青の空のような石が埋め込まれたカフスは、守凪にとって大切な贈り物──

 そこに下ろされた時、守凪は得体の知れない心細さと悲しさで一杯だった。
 解らない言葉を話す黒服の怖い大人は泣き叫ぶ自分を抱え、車に乗せたから。
 泣き叫んで暴れても押さえられ、やがて泣き疲れて眠って、下ろされた先は何もかも知らなくて。
 『おかあさん』はどこにいってしまったのだろう。『おかあさん』はどこにいるの。『おかあさん』は──
 その時、見知らぬ男の子がやってきたのだ。
「怖くないですよ? 大丈夫」
 優しく微笑んで、そう頭を撫でてくれた。
 青い瞳をしたその男の子の微笑みは、『おかあさん』のような銀髪ではなかったけど、でも、『おかあさん』に似ていて……ほっとしたのを覚えている。
「ァ……ゥ……ナマエ、……カミナリエ……カミナリエ・ドゥーチェ……デス」
 『おかあさん』から教わった日本語は、上手く話せない。
 声は後になって振り返れば震えていた。
「よろしくお願いしますね」
 男の子は、屈めて目を合わせて微笑んだ。
 手がゆっくり伸びてきて、優しく頭に触れられる。
 まるで『おかあさん』のように温かい。
「……アリ、ガトウ……オニイチャン」
 思えばあの時、自分は安心したと思う。
 あの時は、それも判らなかったけど。
 手を引いて、施設の中を歩くのはそれでも不安や戸惑いが大きかった。
 けれど、あの男の子が優しくて温かかったから、手を繋いでくれたから、泣かなかったのだと思う。
「これは『約束』って読むんだよ」
 通された部屋で膝の上に乗せられて読んだ絵本。
 最後にクジラの子がイルカの子と笑って別れてるのが解らないでいたら、男の子は「また会おうねって約束したから」と笑い、その文字を指して教えてくれたのだ。

 『おかあさん』は、かえってきたらいっしょにごはんたべようってやくそくしてくれたのに。
 やくそくまもらなかったから、むかえにきてくれないの?

 そう思ったその時だ。
「それじゃあ、僕と約束しようか」
 男の子がそう言った。
 その時は言っていることが日本語でよく判らなかったが、綺麗な響きの声だったから、顔を上げた。
「夜になったら、いいものを見せてあげる。約束。……この石のような空の色になったら、迎えに行くね」
 ちょっと照れくさそうに男の子は笑って、『それ』をくれた。
 それは、ラピスラズリが輝くカフスだった。

 そして、男の子が誰かに呼ばれて部屋を出て行った後の悪夢も。

 男の子が部屋を出て暫くして、部屋のドアが開いた。
 怖そうな男の人……そう、父親が立っていたのだ。
 強引に手を引かれて立ち上がらされ、ここへ来た時と同じようにまるで荷物のように車の中へ放り込まれた。
 窓から空の色は見えない。
 どうしよう、約束を破ってしまう。
 その時、くれたカフスがひとつしかないことに気づくが、車は走り出す。
 泣き叫んで暴れても何も変わらず、後の自分にとって最初の『檻』へ放り込まれた。

 その後、『オニイチャン』と会ったことはない。
 今、あの『オニイチャン』の行方は解らない。

 せめて、これだけでも大切にしたいと願ったたったひとつのカフスは、今も守凪と共に在る。

●ゆめをみていた
 あの日、子供を世話をしろと言われた。
 よく判らないが、大人達は怯えていたように見える。
 後になって、大人達は粗相を怯え、自分を宛がったのだろうと気づいた。
 手が足りないから、同じ目線で語れる世話係とはいい名目……それでも忘れられない出会いだった。

 きちんと食べているのかと子供でも思う程細い少女。
 真っ白い肌と綺麗な青い瞳。さらさらとした銀髪は腰の辺りまであった。
 心細そうな顔で車の前に立っていたのを覚えている。
 その子は、カミナリエと自身の名を震える声でたどたどしく名乗った。
 頭を撫でると、ほっとしたように口元を綻ばせ笑い──手を握ってくれた時、この子が安心してくれたと判り、嬉しかったのを覚えている。

 この子も家族がいないんだ。

 ここへ来た意味を考えると、可哀想だと思う。
 オニイチャンと呼んでくるカミナリエに教えられる名前を自分は持っていない。
 日本語を教えるように少し話してみたが、やはりいきなりは難しく、絵本を読むことに切り替えた。
 クジラとイルカの海の冒険の話。最後はまたねと別れる話。
「これは『約束』って読むんだよ」
 絵本の最後に不思議そうなカミナリエへそう教えると、泣きそうな顔になった。
 あぁ、この子には果たされなかった約束があるんだ。
 そう思ったら、胸が痛んだ。
 だから、約束をしようと笑った。
 とっておきの場所に連れて行く約束。
 その証に、12歳の誕生日にと誰が贈ったかも解らないカフスをその手に乗せた。
 あまりにも嬉しそうに笑うから、女の子相手と思い出して恥ずかしくなってしまって、あの頃はやはり子供だったと思い出す度に口元が綻んだ。

 だから、その後の理解不能も覚えている。

 大人に呼ばれ、部屋に待っているように言われた。
「今日からあなたは、『平介』になるの」
 4番目の子。
 引き取り手なしの自分には名前がなかった。
 今後もこの施設で暮らす為に、と名前が与えられたのだ。

 やっと自己紹介が出来る。

 カミナリエがいた部屋へ走っていく。
 ラピスラズリのような空よりは少し早いけど、自己紹介が出来る──けれど、その部屋にはもうカミナリエはいなかった。
 施設の外に出てしまったのだろうかと外に出ると、身なりのいい男性が施設の大人と話している。
 黒塗りの車が入口に停車しており、帰り際の挨拶をしているのだと判った。
「カミナリエ……知りませんか」
 一瞬、その男性は睨んだような気がした。
 だが、すぐに笑みを浮かべられる。
「いいや、知らないな。それよりも、もう夜だ。出歩くのは危険だ。部屋に戻りなさい」
「そんな子いませんよ。夢でも見ましたか?」
 男性と話していた大人達がそう笑う。
 おかしい。
 そう思ったがここで問いただしている場合ではない。
 礼を言って部屋に戻る振りをし、もう1度カミナリエがいた部屋に行ってみた。
 ドアを開け、真っ暗な部屋の中、月明かりにそれは浮かび上がっていた。
 自分が贈った、ラピスラズリが輝くカフス。
 ……夢ではない、大人達は都合が悪いと隠したのだ。
 何となく、あの男性が連れて行ったのだと思った。
 窓の外を見るが、あの時停車していた車はもうない。
 大人達には内緒で施設を抜け出した。

「一緒に、見たかったな」
 小さな滝が池に向かって落ち、飛沫を上げている。
 飛沫は星空と蛍の光を受けて、浮かび上がるように煌き──見せてあげたかった。
 1日も一緒にいられなかったカミナリエは隣におらず、手には贈った筈のカフス、胸には果たされなかった約束がある。
「はじめまして、カミナリエ。僕は、笹山平介って言うんだよ」
 その呟きは、たった独りの空間に響いて消えた。

 笹山平介(aa0342は、そこで目を覚ました。
 時計を見ると、まだ夜明けには程遠い時間である。
 ベッドを抜け出し、窓辺へ行く。
 目に映るのは香港の夜。
 きっといつもと違うベッドだったから、昔の夢を見たのだろう。
 平介はカフスを手にとって見る。
 ラピスラズリの輝きは、あの日と同じまま。
「はじめまして、カミナリエ。僕は、笹山平介って言うんだよ」
 語りかけるように呟き、目を閉じる。
 カミナリエは、今どこで何をしているか平介には解らない。
 心細い思いをしていなければいいと思う。
 もし、また出会えたら、笑って、あの日見せたかったものを見せたいと言いたい。
 約束を、果たしたい。
「……少し、風に当たろうかな」
 平介はベッドを抜け出した。

 ホテルの中庭を歩いていると、そこには先客がいた。
「おや、守凪さん、こんばんは♪」
「平介?」
 守凪はびっくりしたように振り返った。
「夜のお散歩ですか? 奇遇ですね♪」
「ま、まぁ、たまには悪くないと思ってな」
 眠れなかったのか、なんて聞かない。
 2人は他愛ない話をして、庭園を歩いていく。
 彼らはかつてに気づかず、けれど、今ここに共に在る。

 ねぇ、カミナリエ。
 これは『約束』って読むんだよ──

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【笹山平介(aa0342)  / 男 / 24 / 能力者】
【賢木 守凪(aa2548)/ 男性 / 18 / 能力者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木です。
この度はご発注ありがとうございます。
過去のノベルも確認させていただき、現実→夢→夢→現実の構成とさせていただきました。
お2人がいつの日か再会に気づかれること、約束を果たされること、あの日出来なかった自己紹介がされることを願っております。
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2016年05月31日

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