『鏡の向こうにいるもう一人の自分 』

染井　桜花（ja4386）＆染井　桜花（ja4386）

「…今日も、疲れた。…もう、眠ろう」
　誰もが眠りに就く深夜、ウトウトしながら染井　桜花（ja4386）も布団の中に潜り込む。
　疲れた体を癒す為に寝る桜花はしかし、不思議な夢を見る。


●この夢は悪夢？　それとも……

（…コレは…夢、だろうか？）
　夢の中で目覚めた桜花は、目の前で繰り広げられている光景を見ながらボンヤリ思う。
　桜花が見ている夢の中は、まず周囲が真っ暗である。それなのに、この世界にいる人々はちゃんと見えるのだ。
　老若男女様々な人々は、しかしとある人物によって文字通り踏みにじられている。　
　その人物とは、桜花を鏡に映したようなそっくりな女性だった。
「ああ、何て楽しいのかしら……！　人を痛めつけること、傷付けること、そして苦痛を与えることで、見られるこの顔はたまらないわ！」
　桜花と同じ声だが、その口調は滑らかで感情豊かだ。
「ねぇ、あなたもそう思うわよね？」
　突然彼女は踏みにじる行為を止めて、桜花の方へ体を向ける。
　彼女の格好を、改めて見た桜花は顔をしかめた。
　彼女が着ている服は、かつて桜花がヒールレスラーになった時に着た衣装だからだ。
　真正面から向き合うと、桜花は彼女が外見上は本当に自分と良く似ていることに気付く。
（…私の黒くて長い髪も、赤い両目や白い肌、それに小柄な体付きも…そっくり。…コレじゃあまるで、同じ…。…普通の夢、じゃない？）
　夢の中の自分の行動を、客観的に見ている――のとは、また違う。
　彼女は真っ直ぐに、桜花を意識しながら話しかけているのだ。
「…あなた、誰？」
「アラ、分からないの？　私はあなたで、あなたは私よ。あなたの心の中に、ずっといたの」
（…もしかして、…潜在意識…と言われている…モノ？）
　彼女の正体が分かると、ますます桜花の顔が険しくなる。
　その表情を見て、彼女は楽しそうにクスクス笑う。
「でもまあ同じ名前ではなんだし、私のことは『女王』とでも呼ぶが良いわ。今の私にはピッタリな名前でしょう？」
　桜花は女王から視線をそらして、彼女の後ろに山積みになっている人々を見る。
　先程まで女王に踏まれていた人々は、痛みと苦しさに喘いでいた。

　――しかし改めて人々の顔を見た桜花は、驚いて目を見開く。

　何故ならその人々とは、桜花の知り合いばかりだからだ。
（…なっんで、こんなことをっ…）
「うふふ、あなたにとってこの光景は覚えがあるわよね？　何せ頭の中では、ずっとこうしたいって望んでいたんだもの」
「…ちっちが…！」
「違わないわ。だって私は知っているもの。あなたの本当の気持ちを」
　焦る桜花とは反対に、女王はあくまでも余裕たっぷりの態度を崩さない。
（…確かに以前、とある依頼でプロレスの試合に参加した時…、私はヒールレスラーとして敵を踏みにじって…、その時感じた。…どうしようもないほど昂ってしまう、快楽を）
　気分があれだけ高揚したのは、あの時が生まれてはじめてだった。
　自然と顔に笑みが浮かんでいくのを感じていたが、しかし顔と気持ちも歪んでいくことにも気付いたのだ。
　そんな自分を表に出してはいけない――と無意識の内に思った桜花は、その時の自分を奥深くに封印することにした。
　それなのに歪んだ感情は桜花の姿を借りて、今、目の前に現れている。
「『何故、今頃になってあなたの目の前に現れたのか？』――と、不思議に思っているのね？　でもね、一度生まれた感情は、そうやすやすとは殺せないのよ」
　口調は優しいものの、それでもゾッ……とするような迫力がこもっていた。態度もまるで、本物の女王のように気高い。
　桜花と同じ姿形をしていても、中身はまるで別人だ。
　その違和感を不気味に思った桜花は、女王から距離をとるように後ろに一歩下がる。
　女王はニッコリ微笑むと、素早く桜花に近付いておびえる顔を両手で包みながら、顔を近付けて甘く囁く。
「怖がらないでいいのよ？　私はもう一人のあなたなんだもの。――さあ、私を解き放って。一緒に楽しいことをしましょうよ？」
　問う言葉だが、拒否することは許さないと暗に言っている。
　桜花にとって魅力的な誘いに、つい受け入れてしまいそうになった。
　口を開きかけた桜花は、それでもギュッと唇を噛んで言葉を封じる。
　至近距離から女王に眼を覗き込まれることを拒否するように、顔をそむけた桜花の眼に踏みつけられた人々の姿が映った。
　――その瞬間、桜花の頭の中に思い出が次々とよみがえる。

　人々と一緒に過ごした愛しい日々を――。
　たくさんの思い出と経験を積み重ねて、今の自分はここにいる。
　辛かったことも苦しかったことも、いっぱいあった。けれど楽しかったことや嬉しかったことは、それ以上にあったのだ。
　今の自分がここまで成長できたのは、自分一人の力だけではない。
　支え合った人々がいてくれたからこそ、今の自分がいるのだ。

（…それなのに、私の自分勝手な欲望に…、みんなを巻き込むわけには…いかないっ！）
　カッと眼を開いた桜花は、強い意志を取り戻した。
　自分の顔に触れている両手を振り払い、両手で女王の肩を押して拒絶を表す。
「…イヤッ！　…私は、望まない…！　…あなたが、もう一人の私ならばっ…、この気持ち…分かるはずだっ！」
　桜花は声を荒げて、真っ直ぐに女王を睨み付ける。
　ハッキリと示された拒絶の態度と言葉だが、女王はそれでも笑みを浮かべたままため息を吐いた。
「……そう。そこまで嫌がられるのならば、しょうがないわね。私はまた、あなたの中で眠りに就くことにするわ」
　その言葉に、桜花は心の底からホッとする。
　やがて暗かった周囲が、徐々に明るくなっていく。
「――ああ、時間切れね。また会いましょう、桜花。今はまだ大人しくしているけれど、時がくればあなたには私を受け入れてもらうから」
　自信ありげに微笑みながら、女王は白い光に包まれていった……。


○夢が終わり、現実がはじまるが……

「…ん、んんっ…。…朝が、きた」
　眩しい朝日を感じて、桜花は目覚める。
　上半身を起こした桜花は、今まで見ていた夢のことを思い返す。
「…あの夢は…ただの夢？　…それともやっぱり、私が無意識の内に…」
　そこまで言った桜花は、自分の考えを否定するように頭を振る。
　だがどうしても自分と瓜二つの姿をしていた女王の冷たい微笑みが、頭に浮かんで消えない。
　彼女は桜花よりも、自分自身のことを知っているようだった。
　桜花自身が今まで隠していた、あるいは気付かずにいた自分のことを、真正面から明かされるのは苦痛に勝る戸惑いと恐怖がある。
　他の人には相談することも、頼ることもできない。
　コレは桜花一人の問題だからだ。
　例え相談して正しい意見を聞けたとしても、その意見に桜花自身が納得できなければ何の解決にもならない。
　そこでふと、桜花は鏡に映る自分の姿を眼に映す。

『あなたは私よ』
　
「…っ！？」
　鏡の中の自分が不意に微笑み、女王と同じ口調で自分に語りかけているように聞こえてきた。
　しかし何度か瞬きをしてから改めてよく見てみると、鏡に映るのはいつもと変わらない自分の姿だ。
　――それでも桜花は、予感がしている。
　自分は今後、女王と向き合わなければならないことを。
　それはつまり自分の中にある醜い欲望を自ら認めて、受け入れなければならない。
　そして今の自分を変えたくないのであれば、戦わなければならない。
　もう一人の自分である、女王と。
　桜花は真剣な顔付きで、鏡の向こうにいるもう一人の自分にこう言った。
「…私は、負けない…。…絶対にっ！」


＜終わり＞


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4386／染井　桜花／女／大学部２年／ルインズブレイド】
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ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご指名をしてくださり、ありがとうございました（ぺこり）。
　自分自身の葛藤を、色濃く書かせていただきました。
　満足していただければ、幸いです。

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エリュシオン

2016年06月16日