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『調教デスマッチ 』
イアル・ミラール7523)&エヴァ・ペルマネント(NPCA017)


 美少女、の範疇には入るであろう白色人種の小娘が、コンパクトミラーに映っている。
 名はエヴァ・ペルマネント。
 いや、これは本当に自分の名前なのか。
 鏡を見ると時折、エヴァはそんな事を考えてしまう。
「……本当に、良いのだな? エヴァ・ペルマネント」
 鏡の中で、エヴァが言う。
 いや違う。鏡を通してしか物を言えぬ何者かが、エヴァの姿で喋っているのだ。
「今の私の力では、イアルの……石化を解く事は出来ても、獣化を解く事は出来ない。お前を食い殺そうとするイアルを、止める事が出来ないのだ」
「誰かに止めてもらう、つもりはないのよ。自分の身は、自分で守って見せるから」
 言いつつエヴァは、石像を見据えた。
 隠れ家としている廃ホテルの、屋上である。ここまで石像を運び上げるのは、一苦労だった。
 牝獣の、石像である。
 獲物に襲いかかる姿勢のまま時を止められた、イアル・ミラール。
 真紅の瞳をじっと向けながら、エヴァは語りかけた。
「ユーをね、人間に戻してあげる。石像のままだと、よく洗えない所があるから……でね、どうやって人間に戻すかと言うと荒療治しかないわけで」
 言いつつ右手を伸ばし、虚空から何かを掴み出す。
 びちゃっ、と汚らしく落下して来たのは、ボロボロに腐った人型の肉塊である。引き裂かれ、叩き潰され、放置されて出来上がった、腐乱死体だ。
 その屍が、エヴァの綺麗な五指に首根っこを掴まれたまま、ぶつぶつと何事かを呟いている。
 頬と顎の筋肉が腐りちぎれて、噛み合わなくなった口が、聞き取りにくい呪詛の呻きを垂れ流している。
 嘲笑いながらエヴァは、
「これはね、ユーに殺された魔女の怨霊よ。さあ一体どんな武器になってくれるのかしらねえっ」
 その腐乱死体を、右の細腕のみで振り上げ、思いきり石像に叩き付けた。
 グシャリと潰れ砕けて原型を失った腐乱死体が、エヴァに握り締められたまま長く伸びた。砕けた骨が紐状に繋がり、そこに腐肉や臓物が絡み付いてゆく。
 それは、屍で出来た鞭であった。エヴァの手元から3方向に分かれた、おぞましい鞭。
 エヴァは、振るってみた。
 3本の鞭が、音速を超えながら伸び、屋上のフェンスに絡み付く。
 鋼鉄のフェンスが、めきめきと引きちぎられてゆく。
「ふん……まあ、こんなものかしらね」
 鞭を振るい、絡み付いたフェンスの残骸を放り捨てながら、エヴァは言った。
「さあ、やってちょうだい鏡幻龍。イアル・ミラールを生身に戻すのはユーの役目、人間に戻すのは私の役目よ」
「……いいだろう。出来るものなら、やってくれ」
 コンパクトミラーから、5色の光が溢れ出す。そして、腐汁にまみれた石像を照らす。
 まるで映像の一時停止を解除したかのように、石像が動き出す。跳躍し、襲いかかって来る。
「がぁああああああうっ!」
 いや、石像ではない。生身の牝獣だった。生身の、イアル・ミラールだった。
「ユーをね、人間に戻してあげる手段……他にもあるかも知れないけれど、これでいかせてもらうわッ!」
 エヴァは、鞭を振るった。
 怨霊の鞭が3本立て続けに一閃し、牝獣を打ち据える。
 微かな血飛沫を散らせながらイアルが吹っ飛び、悲鳴と怒号の混ざり合ったものを発し、両手両足で着地する。
 獣のような、四つん這いの姿勢。豊かな胸の膨らみが屋上に密着し、育ち過ぎた白桃のような尻が高々と突き上げられる。その間でしなやかに引き締まりくびれた脇腹と背中の曲線は、見ていて妬ましくなるほど美しい。
 凶暴な活力を漲らせた、牝獣の肉体。
 その力に、身体を引き裂かれたり叩き潰されたりしながらエヴァは、今まで辛うじて飼い主としての立場を守ってきた。
「だけど、まだユーに勝った事って1度もないのよねえ。実は」
 真紅の瞳を爛々と輝かせながら、エヴァは言った。
「さあ、いらっしゃい牝犬ちゃん。人間に戻してあげる……まあ人間に戻ってもユーと私の関係は同じ、犬と飼い主よ。それを、思い知らせてあげるわ」


 戦い続けている。
 それをイアル・ミラールは、ぼんやりと認識した。
 自分は今、戦っているのだ。
 狩りでも、殺戮でもない。戦いをしているのだ。
 獣として、凶暴性のおもむくままに狩り殺しているのではない。
 人間として、戦士として、戦っている。
 イアルは、そう思った。思考と呼べるものが、頭に、心に、生じた瞬間だった。
(私……今まで、何を……?)
 そんな事を思いながらイアルは今、腕を振り回し、脚を跳ね上げ、全身を躍動させている。
 細腕が一閃し、襲い来る屍の鞭をことごとく引きちぎった。
 むっちりと力の詰まった太股が跳ね上がり、相手の身体をズドッ! とへし曲げる。膝蹴りだ。
「うぐぅ……ッ!」
 へし曲がった相手が、しかし血を吐きながらイアルの下半身にしがみつく。離さない。
 どうやら女だ。それもイアルとそう年齢の違わぬ、若い娘である。人形めいて綺麗な顔が苦痛に歪み、可愛らしい口元が痛々しく吐血で汚れる。
 真紅の両眼が、闘志を漲らせて烈しく輝く。
「捕まえたわよ……!」
 血まみれの唇が、ニヤリと歪みながら言葉を紡ぐ。
 その瞬間。へし曲がっていた娘が、イアルの下半身に超高速で絡み付いて来た。まるで蛇のように。
 女戦士2名の、計4本の美脚が絡み合った。
 イアルの長い両脚が「4」の形に曲げ固められ、そのまま抱えられ捻られてゆく。
 腰から下の、様々な関節が悲鳴を上げた。
 激痛が、イアルから一瞬にして忍耐力を奪い去った。
「あっ……ぐッ、ぎゃあああああああ痛い痛い痛いいたいぃいいいいいいっっ!」
 絶叫が響き渡る。
 それが自分の口から迸ったものである事を、イアルはすぐには認識出来なかった。
「それが……人間の、悲鳴よ……イアル・ミラール……」
 ごぼごぼと血を吐きながら相手が、辛うじて聞き取れる声を発する。
「獣の叫び……じゃあない声を、出せるようになったのね……」
 イアル・ミラール。それは一体、誰の事か。
 考えるまでもない、自分の名前だ。
 考えるまでもない事を、しかし自分は今まで忘れていた。
「ちょっと貴女一体誰なのよ、何でこんな事に痛いッ! 痛い痛い! とにかく放してよォ!」
「私はエヴァ・ペルマネント……なんだけど何、ユーってば私の事……覚えてないわけ? ちょっと……ショック……」
 血を吐きながらエヴァ・ペルマネントは、イアルの両脚をようやく開放してくれた。
「あんなに……調教、してあげたのに……命がけで……」
「……何となく、貴女とずぅっと戦ってたような気はするわ」
 言いつつイアルは、臭いに気付いた。自分の全身から立ちのぼる、獣臭さ。
 入浴もしない野生の獣のような生活を、自分はどれほど続けていたのか。
「わ、私……何で、こんな臭い……何で、こんなに汚れてるの!? 何なのよおおおおッ!」
「一緒に、お風呂に入りましょう。私も見ての通り、汗まみれ血まみれだから……」
 血を吐きながら、エヴァが弱々しく笑う。
「潰れた内臓が、再生回復するまで……もうちょっと、待ってなさいな……」


 身体の隅々まで洗われた。自分で洗うべき部分まで、徹底的にだ。
 イアルの肉体の様々な部分を、エヴァは入念に丹念に、洗いながら弄んだ。
 精魂尽き果てた状態で、イアルはバスルームからよろめき出た。そのまま倒れてしまいそうになる。
 首根っこを、エヴァに掴まれた。
「まだ、おねむの時間じゃあないでしょう? ユーにはね、お部屋の掃除をしてもらわなきゃいけないんだから」
「お部屋……って……」
 声が、少しかすれている。バスルームで、恥ずかしい声を出し過ぎた。
「何、この部屋……野犬の群れでも押し入って来たの? それとも熊か何か?」
「もっとタチの悪い獣が暴れてたんだけど、覚えてない?」
 イアルの濡れた髪を、エヴァはぐしゃぐしゃと撫でた。
「暴れ回って、粗相しまくって……ねえ、本当に覚えてないの? 都合の悪い記憶、封印しちゃってるんでしょう?」
「思い出したくない事……確かに、あるような気はするけど」
 頭を押さえながら、イアルは呻いた。
「思い出したくない記憶の、あっちこっちで……何か、貴女の顔がちらついてるのよね……」
「私にさんざん迷惑をかけたって事。さ、お掃除なさい」
「あの……普通、お風呂入った後にお掃除とかする?」
「終わったら、また入ればいいじゃないの。いくらでも洗ってあげるから」
「……自分で洗うから」
 イアルは、ちらりと鏡を見た。
 鏡に映ったイアルが、微笑みかけてくる。
 鏡に向かって、イアルは微笑み返した。
「ミラール・ドラゴン……私、貴方に見放されたと思ってたわ」
「私はお前を、見放しなどしない。ずっと一緒さ……だけど、お掃除の手伝いはしてあげられないよ?」


 怪奇スポットとして知られる、廃ホテルだった。幽霊の目撃証言などもある。
 懇意にしている探偵が、この場所を探り当ててくれたのだ。
「……あそこに、イアルが?」
「拉致られてる……のかな。とにかく、誰か住み着いてるのは間違いないみたい」
 若い女性が2人、高台の上に身を潜め、その廃ホテルを盗み見ている。
 片方は、高校生くらいの少女。もう片方はいくらか年上で、姉妹、と言うより教師と生徒といった感じだ。
「幽霊なんかじゃない、もっとタチ悪いのがね……そんなのと関わり持っちゃうなんて、イアルちゃんらしいわ」
 少女が、じっとホテルを睨んだ。
「よく覚えてないけど……だけどイアルちゃん、あたしのせいで何かに巻き込まれて、いなくなっちゃって、ひどい目に遭ってる。そんな気がするわ……待っててね。今、助けてあげる」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年06月24日

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