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『彼女の背後の黒い鳥(5) 』
白鳥・瑞科8402
 追手を振り切るためにわざわざ回り道をし薄暗い公園の奥へと辿り着いたドッペルゲンガーは、背後を振り返るとそこに瑞科の姿がない事に安堵の息を吐いた。
 僅かに魔力が集まったその場所には、空中に小さな切れ目のようなものがついている箇所があり、覗いてみると明らかにここではない異世界の景色が広がっている。それは空間のズレであった。恐らく、この魔力で出来たひび割れをきっかけとして異なる世界へと道が繋がってしまい、ドッペルゲンガーという怪異がこの世界で発生するようになってしまったのだろう。
 ドッペルゲンガーの体が静かに霧散していく。影を溶かして作ったような黒いモヤのような姿になった相手は、空間に出来たその穴を通り元の世界へと一旦帰ろうとする。
 けれど、それは叶わなかった。眩い電撃が、切れ目を貫いたからだ。魔力で出来た切れ目は、それを超えた魔力により瞬時に消滅してしまう。切れ目は閉じ、帰る手段を失ったドッペルゲンガーはその場へととどまるしかない。
「さぁ、鬼ごっこはおしまいですわ」
 いつの間に近くへときていたのか、気配なく忍び寄ってきた瑞科の振るった剣が黒いモヤを切り裂いた。

 悪さをするよりも前に、傷ついた体を治すためにドッペルゲンガーが何らかの行動に出るはずだと瑞科は予測していた。どこかで体を休めるよりも、もう一度瑞科をコピーし直すほうが手っ取り早いという事も予想の範囲内だ。だから、必ず相手は瑞科の体をもう一度真似ようとする。その場で真似ずにどこかへと逃げたという事は、どこでも姿を真似れるわけではないという事だ。
 恐らく、逃げた先にはあるはずだ。ドッペルゲンガーの発生源が。そう睨んだ瑞科の掌の上を転がるかのように、敵は予想通りの動きをしてみせ瑞科をこうして原因のある場所まで案内してくれた。
「おかげで原因をなくす事が出来ましたわ。貴方様には感謝してましてよ」
 ただドッペルゲンガーを倒すだけなら、先程の戦いで終わらせる事は可能だった。けれど、瑞科はあえて相手を逃がしたのである。こうして、ドッペルゲンガーが現れる原因自体をなくすために。
 脅威の元は去った。後は、目の前にいるこの生き残りを倒すだけだ。
 怪異は慌ててもう一度自らの体を形成する。万全とはいえない体では瑞科の体をすぐにそっくりと真似る事は叶わず、出来上がったのは出来損ないの人型の怪物のような姿だった。
「センスのない姿ですわね。人まねよりはマシですけれども」
 ドッペルゲンガーの反撃を、さっとその体をひねるだけで避け、瑞科は再び剣を振るった。相手は巨大な左腕で、なんとかその攻撃を受け止めてみせる。しかし、聖女の口元に浮かぶのは笑みだ。
「残念、こっちですわよ!」
 先程の剣は注意を引き付けるためのブラフ。瑞科は剣から手を離すと、がら空きの右側に向かいしなやかな動きながらも強烈な回し蹴りを叩き込む。スリットから顔を覗かせるラバースーツに包まれた美脚を使い、更に今度は敵の腹へと追撃。苦悶の声の代わりに黒い煙を口元からこぼす怪物に、反撃する間も与えずに聖女は跳躍した。そして、落下すると共に風を味方につけた拳を叩き込む。
 最後の足掻きだとばかりに、怪物は自らの腕をのばし瑞科の肢体へまとわりつこうとした。しかし、その腕が彼女の魅惑的な身体に届く事はない。
 銀色の刃が、相手を切り裂いた。瑞科の鮮やかな剣技を受け切断された怪物の腕が、煙と化し空へと溶けていく。もはや姿を保っている事すら出来なくなったのか、その身体はだんだんと崩れ落ちていき、塵一つ残す事なく消えていった。
「任務完了ですわね」
 静かになった公園に、瑞科の凛とした声だけが響く。幾多もの犠牲を生んだ悪趣味な怪異は完全に消滅し、公園は再び平和な姿を取り戻した。
「……かたきはとりましたわよ。だから、皆様は安心してお眠りくださいな」
 瞼を閉じると、聖女は祈りを捧げる。ここで散っていった、かけがけのない仲間達のために。

 ◆

 任務成功の報告と共に今回の敵についての簡単な説明を済ませると、通信機の向こうから神父の心配する声が返ってきた。普段の彼なら瑞科の実力を信じておりこのような言葉を投げかけてくる事などないが、今回は相手が相手だ。瑞科を信じているからこそ、瑞科のコピーと戦った瑞科の事を案ずるのだろう。
 けれど、瑞科の答えは決まっていた。なんて事がないように、彼女は余裕を孕んだ笑みを浮かべてみせる。
「問題はありませんわ。だって、全然わたくしに似てませんでしたもの」
 彼女のその言葉に、神父も思わず笑みをこぼした。
 ドッペルゲンガーであっても、瑞科の強さや美しさを完璧に真似る事は出来ない。聖女のその背中にぴったりと寄り添う事が出来るのは、彼女自身の影くらいなものだ。瑞科の立つ場所は、偽物の影では到底届かぬ高みなのである。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年07月26日

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