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『白き鳥の止まり木 』
白鳥・瑞科8402
 優しく穏やかなクラシック音楽が室内を満たしている。タワーマンションの高層階は周囲の喧騒どころか鳥の声すら聞こえない、静かで穏やかな世界だ。この部屋の主である白鳥・瑞科は、緩やかな音楽に耳を傾けながらもキッチンで紅茶を淹れていた。
 ホットティーをジャムと氷の入ったお気に入りのグラスに入れて急速に冷やし、更に自家製のフルーツシロップを混ぜる。透き通った宝石のように美しい氷は、厳選し購入した高級なものだ。グラスから氷に至るまで、全てにおいてこだわりぬいた一杯はまるで瑞科の妥協を許さぬ性格を表しているかのようだった。
 グラスへとその形のいい唇を寄せると、爽やかなラズベリーの香りが鼻孔をくすぐる。思わず微笑みを浮かべ、彼女はアイスティーの味を楽しみ始める。夏にふさわしい爽やかな甘さが喉を潤し、ひんやりとした温度の心地よさに聖女は笑みを深めた。
 優雅な仕草で紅茶を飲む瑞科の姿は、まるで書物の一節のように美しい。休日であろうともその優美さは損なわれる事はなく、一人の自室で気を抜いていても瑞科という女性の華麗さは褪せぬのである。
(この曲、好きな曲ですわ。落ち着いていていながらも、どこか熱い意志を感じますもの)
 クラシック音楽が次の曲へと切り替わった。瑞科は目を閉じ、耳障りのいいその音色に聴き入る。真面目で仕事熱心な瑞科は、いつだって時間厳守だ。仕事にも任務にも遅刻する事はない。けれど、今日の彼女が時計を気にする様子はなかった。
 なにせ、今日は久しぶりの休日なのである。仕事もなく任務も入っていない。彼女が年相応の女性として、ゆっくりと一日を楽しめる日なのだ。
(さて、今日は何をいたしましょうか)
 紅茶を飲み終え、後片付けを済ませると瑞科は今日の予定を立て始める。ショッピングに行こうか少し迷った末に、本棚へと行き一冊の書物を手に取った。家で穏やかな一日を過ごすのも、悪くないだろうと思ったのだ。この部屋は、僅かに窓を開けただけでも涼しい風が入り込んでくる。室内はエアコンを使う必要もない程快適で、居心地がよかった。
 本棚から取り出したのは、先日購入した瑞科が気に入っている海外作家の新作だ。ソファへと腰をかけ、聖女はひらりと表紙をめくるとその重厚な物語の世界へと入り込んでいく。緩やかな音楽とページを捲る優しい音だけが、室内には響いていた。

 本を読み終えた瑞科は、ようやく時計へと目をやった。そろそろ昼食の時間だ。
 キッチンへと立つと、瑞科はタルト生地を作り始める。出来上がった生地にフォークで空気抜きのための穴を開け、冷蔵庫でしばし休ませている内に具材の準備にとりかかった。慣れた手つきで手際よく調理を進めていき、出来上がったのは見た目も可愛らしいキッシュだ。イタリアンと迷ったが、今日はフレンチの気分だったのである。ベーコンや玉ねぎ等を使うのが本来のキッシュ・ロレーヌであるが、今回は茄子やズッキーニ等の夏らしい野菜をメインに添えてみた。季節や状況に合わせたアレンジを加えるのも、料理の楽しいところだ。色とりどりで見た目も鮮やかなキッシュの、香ばしい香りが食欲を誘う。
 席に腰を掛け、彼女の手が丁寧な仕草でフォークを操った。無駄のない美しい動きで口元へと運ばれていったキッシュを、瑞科はゆっくりと噛みしめる。望んでいた通りの味が口の中に広がり、聖女は可憐な笑みを浮かべると舌鼓を打った。

 ◆

 のんびりとした休日は、ゆったりと、けれど確実に過ぎていく。夏といえど、まだ夕方は少し風が寒い。そろそろ窓を閉めようかと思い、彼女はそちらの方へと向かう。そして、不意にそこからの景観を見下ろし、優しげに頬を緩めた。
 タワーマンション高層階の窓からは、街を一望出来る。いつも通りの平穏な街がそこにはあった。瑞科が守る街。瑞科が守っている世界が広がっている。
 この景色を守るために、瑞科はいつも危険な任務へと身を投じていた。先日も、ドッペルゲンガーという脅威から街を救ったばかりだ。それでも、彼女の顔に憂いはない。あるのは喜びだけだ。悪を倒し、平和を守るこの日常に瑞科は満足していた。
 故に、聖女は思いを馳せる。自らを待つ次の任務に。休息は大事だが、いつまでも止まり木で身を休めている事など彼女の性には合わない。大空を羽ばたく鳥のように、のびのびと自由に戦場を駆けるからこその瑞科なのだ。
 まだ見ぬ戦いに胸を踊らせながらも、彼女はしばしの間羽を休める。更なる高みを目指し、次の戦いでもその胸にある翼を大きく広げるために。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年07月26日

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