▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『二柱の王 』
夜刀神 久遠aa0098hero002
 今は昔。
 この世界は無より沸き出で、すべてをかき乱し、侵し、喰らうばかりの“混沌”により統べられていた。
 しかし。かき乱され、侵され、喰らわれる中、世界は一計を案じた。すなわち混沌の無法に対抗しうるもの、“秩序”の創造である。
 秩序と混沌は互いに依代を繰り出し、激しく争った。そしてついには秩序が混沌を引き裂き、残った切れ端を闇の底へと追いやったのだった。
 ――世は秩序に満たされた。今こそ疾く芽吹き、疾く増えよ。
 浄化された世界を指し、秩序の依代、その筆頭たる三柱の神は言祝いだ。
 かくして神と秩序の加護を受けた“命”は世界に満ち満ちるのであった。

 と。
 これはひとつの創世記。
 嘘と真を織り交ぜた、他愛のない寝物語。

                   *

 秩序の?~代に生まれ出でた白蛇へ、他の神々は畏怖と嫌悪の眼を向けたものだ。
 なぜなら蛇は、その清浄の白を映した身に黒き不浄を宿していたからだ。
 不浄。それは無秩序――混沌の性である。なにゆえに秩序の担い手たる神の内に混沌を抱えし者が? 混沌を覆して世界の行く末を定めたはずの神々は、混沌の再来を蛇に見、畏れ、怖れた。
「白蛇よ。汝は混沌なりや?」
 神々の王たる三神に問われた蛇はかぶりを振った。
 否。
「いかに証を見せる?」
 蛇は応えた。
「吾は混沌が隠れし地の奥底へ下らん。この身の不浄は、秩序をもってして殺しきれなんだ混沌を滅ぼす毒となろうがゆえに」
「光を捨て、闇に入るか。それはあまりに危うい」
「……我らは汝が毒に酔うて混沌と化すことをこそ危惧しておる」
「汝の性が秩序よりも混沌に近しきゆえにだ」
 まわりの神々が発する言葉を受け、蛇は低く息を吐いた。
 なるほど。吾が不浄の牙を与えられたは、平らかな時をむさぼるばかりの“花”と成り果てた神々を、世界が是としなんだがゆえか。
 本心を隠し、蛇は傍らへ眼を向けた。
「心配無用。我が妹はこの身の不浄を喰らう“神癒”の使い手なれば」
 蛇の右隣には蛇よりもずいぶんと小さな……しかしながら見かけは蛇とまるで同じ白蛇が控えていた。
「毒たる兄様、薬たる私。共連れてお役目を果たしに参ります」
 妹がその身を兄へ巻きつけ、這う。
 ただそれだけで、蛇よりにじみ出した不浄は削ぎ落とされ、清められて消えた。
 すさまじいというよりない力。だがしかし、この秩序の世にあっては使うあてなどない――あってはならない力。
 果たして神々は兄妹を望みどおりに送り出した。
 目の前から消えてくれるのならばそれでよし。自らの知らぬ場所で混沌を討つというならばなおよしだ。

 蛇と妹は世界を下る。
 時という秩序の及ばぬ常闇。そこに隠れ、反抗の機をうかがっている混沌の切れ端どもとの果てなき争いが、ここから始まったのだ。

                   *

 わずか二柱で始めたはずの争いは、いつしかその規模を大きく拡げていた。
 世界の意志によって次々と生まれ落ちた小蛇が、こぞって闇へとその身を投じたからだ。
 蛇は混沌を狩る者。しかしながら、これだけの数をもってしてなお混沌は枯れず、争いは続いている。
 神々はその事実に怯えたが、それでも蛇たちから眼を逸らし続けた。
 秩序を掲げて世界を護るふりをつづける神々。
 なにも起きてなどいない体で栄える地上。
 そうしてすべての神とすべての生物とが力を併せて熱演する平和を知らぬまま、蛇たちは混沌を追ってさらに下へ、下へと這い進んでいく。
「始まりからどれほどの時が経ったのでしょうか」
 混沌と争い、喰らい続けた兄の内に溜まった不浄を癒やしながら妹が言う。
「知れぬ。天はおろか、地に響く音すらも聞かぬようになって久しいゆえ」
 蛇の目は熱を見る。だからこそ常に己の傍らを行く妹の姿を見失うことはないのだが……妹の白鱗の彩を見られないのは寂しい。
(疲れているのやもしれぬな)
 けして使命に飽いたわけでも闇に沈んだ己を悔いたわけでもない。ただ、この闇の内ではなにも見えなくて、気を抜けば自らの意義をも見失いそうになる。
「王」
 聞き慣れない声音が蛇を呼んだ。
 ……小蛇たちを指揮し、守り、導き、常に先陣を切って混沌を殺し続ける蛇を、小蛇たちはいつしか王と呼ぶようになっている。
 なんとない面映ゆさを感じながら、蛇は「何用か」とそちらを見る。声の主は確か……先ほどの争いからこの一群に加わった新顔だ。
「三神が一柱より言づてを賜って参りました。先の争いによりご報告が遅れましたこと、平にご容赦を」
「よい」
 蛇が先を促すと、新顔が畏まりつつ口を開いた。
「王に引き合わせたいお方が在るとのこと」
 引き合わせたい者だと?
 忌み子たる自分と、混沌以外にまみえたい輩があるものか。いや、それよりも。
「顔も見えぬ闇底で見合わせようというか」
 新顔は「いえ」と鎌首をすくめ。
「王が闇の内にあれども見ゆる。そう言われておいでです」
 三神の真意がつかめない。
 命の熱のほか、この闇にあって見えるものとはなんだ?
「よい機会なのではないかと思います。闇ばかりを見つめていては、見るべきものを見失い、見ぬべきものばかりを追うことになりかねませんから」
 蛇へ、妹が静かに言葉をかけた。
「……見透かされているな」
 吾の迷いを。蛇は妹へうなずきかけ、新顔に言った。
「ならば歓迎しよう。久方ぶりに映るものが、この眼を楽しませてくれたらば倖いだ」

 闇が打ち祓われた。
 黒いばかりであった世界が金色に彩づき、蛇を――そして妹、小蛇たちをも鮮やかに浮き上がらせる。
「……兄様」
 妹が蛇に身を押しつけた。ようやく見ることのできた彼女の白鱗の美しさに心浮き立ちかけたが、彼女の発する恐れの波動が彼を引き留めた。どれほどの混沌を前にしても揺らぐことなく鎌首をもたげてきた妹が、怯えている。
「貴殿のお働き、拝聞している」
 金光の中心にて、彼の者は厳かに頭を垂れた。
 蛇はその身の不浄で妹と小蛇たちを浄化の光圧から守り、言葉を返した。
「許せ。寡聞にして吾は貴公の名を知らぬのだ。いかように呼べばよい?」
「名乗る名を持たぬ身なれば……。鷲、そうお呼びいただきたい」
 金色に燃え立つ翼を広げ、彼の者――鷲は告げた。
 この鷲こそ三神が闇へと遣わした者。三神がもっとも頼り、恐れる“鳥の王”であった。
「名乗る名を持たぬは吾も同じ。なれば吾のことは蛇と呼ぶがよい」

 三神がなにを企んだものかは知れない。
 しかしながら鷲は天へ還ることなく闇へ留まり。
 今、迫る闇を払い、蛇を導いて飛ぶ。
「先んじて参る」
 鷲の焔が混沌の先陣を焼き祓った。
「喰らいつけ」
 鷲の穿った突入口へ、蛇の指示を受けた小蛇たちがすぐさま突入。その牙で混沌を噛みちぎり、さらに穴を広げていく。
「行く」
 蛇たちが充分に混沌を噛み裂いた頃合を見、王たる蛇が動き出した。小蛇たちを千匹束ね、連ねたとても及ぶまい長大な体の前進。
 小蛇たちは王の進路を塞がないよう散開し。
「蛇殿は彼奴の核を。我が焔を標に行かれよ」
 鷲が燃ゆる羽を撃ち放し、蛇に路を示した。
「応」
 混沌の核たるものを、その顎で喰らい尽くす。
 果たしてもたらされた結果は、あっけないほどの勝利であった。

                   *

「……光」
 蛇の不浄を癒やすべく力を振るう妹へ身を任せ、蛇は傍らの鷲に言う。
「いかがした?」
 首を傾げる鷲へ蛇が答えた。
「何故にかような不浄をもって生まれたものか、吾はそれを混沌と対するためであろうと思うていたのよ」
 問いを招くための言葉。なるほど、蛇殿はこの鷲に語られるおつもりか。
 鷲は求められるまま問いを紡いだ。
「今はちがうと言われるか」
「うむ。こうして混沌を喰らい続けるは、闇の底より世界をあまねく照らしたもう光を仰ぎ見るがため……今はそう思うているのだよ」
 鷲の焔が蛇の白い横顔を照らし出す。
 蛇と共に百の争いを繰り広げた。
 蛇の前に百の勝利を積み上げた。
 しかし、鷲には蛇の心に沈む百の思いを見て取ることはできない。鷲は己が眼の鈍さに歯がみつつ、本心を晒すよりなかった。
「混沌を我らが神威にて討ち滅ぼし、共に光が下へ還らん」
 鷲の真摯な言葉に低く笑い、蛇はかぶりを振った。
「光の下にあってはこの身の不浄、どうにも持て余すこととなろうよ。それにな、こうも思うのだ――世界が望めど、混沌は滅ぼせぬであろうと」
 蛇殿! 鷲は声にならない声をあげた。
 蛇がなにを言おうとしているのかがわからない。蛇が光の下に居所を見いだせないことと混沌が不滅であること、どのような関わりがあるというのだ!?
 蛇は鷲のとまどいの視線を横目で受け止め、言い募る。
「そも秩序とは、世を満たした混沌に対するがため生まれ出でたもの。なれば今世を満たす秩序に対するがため、混沌は生まれ出でているのではないか?」
 未だ万物を俯瞰する眼を持たぬ鷲は、衝撃に痺れた頭を必死で巡らせ、蛇の言葉を反芻した。そして。
「――秩序在るがゆえに混沌もまた在ると?」
「是。世とはすべからく二極の釣り合いにて成り立っている。光と闇しかり、善と悪しかり、男と女しかり……いずれかが唯一となればその先は無く、ただ滅びゆくのみ。世が世で在るがためには秩序と混沌、二極が要るのではあるまいか」
 蛇は鷲の金光届かぬ闇の果てを見やり、また言った。
「混沌を滅ぼす。そして秩序を――光を護るがために吾は」
「しばらく! 蛇殿、それ以上は……言われるな」
 鷲が蛇の言葉を遮った。その先を言わせてはならない。絶対に。
 鷲の押し詰めた意気を受けて眼を細め、蛇は短く「托すぞ」とだけ告げた。
 鷲は投げ渡された蛇の信の重さを感じ、押し黙って顔を伏せた。

 ――兄の背よりこの会話劇を見下ろしていた妹は、本意を隠して不浄を祓い続けるばかりであった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【夜刀神 久遠(aa0098hero002) / 女性 / 24歳 / カオティックブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 王は王とまみえ、一時の友誼の末に宿命の閃きを視る。
WTシングルノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年09月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.